国立音楽大学

くにおん*Garden

フォルテピアノのスペシャリストから直接指導を受けられる「くにおんフォルテピアノサマースクール」

国立音楽大学の楽器学資料館は、世界各地の楽器や文献・音資料を系統的に収集・展示するほか、目録・資料集の作成、楽器の修復なども行っています。ベートーヴェンやショパンといった作曲家たちと同じ時代の楽器なども豊富に所蔵しており、楽器によっては試奏も可能です。また、専門の演奏家による解説を交えた「レクチャーコンサート」も随時実施しています。

2025年8月25日から29日の5日間、国立音楽大学の学部生・大学院生、および附属中学校・高等学校の生徒を対象に「くにおんフォルテピアノサマースクール」が開催されました。日本を代表するフォルテピアノ奏者である平井千絵先生、若手の注目ピアニストであり、ピリオド楽器にも造詣の深い飯島聡史先生を講師に迎え、作曲家たちが演奏していたピアノと同じ仕様の楽器を用いてのレッスンです。現代のピアノとは違う音色やタッチを体験することで、より楽曲への理解を深めることを目的としています。レッスンと修了演奏会は公開されており(事前予約制)、密度の高いレッスンを大人から子どもまでじっくりと聴講することができました。

 レッスンと演奏会に使用されたピアノは、国立音楽大学創立100周年記念事業で製作された「Anton Walter c.1795」 (太田垣至 2025年製作)、通称「くにおんフォルテピアノ」です。ピアノの演奏研究を深めるためには、楽曲の書かれた時代のピアノでどのような表現ができるか、実践的に学ぶことが求められます。しかし、モーツァルトやベートーヴェンの演奏研究に適切なワルターのオリジナル楽器は台数が少なく、また年月の経った歴史的楽器の使用には制約があります。そこで今回の楽器が製作されました。

オリジナルの楽器はウィーンのピアノ制作者、アントン・ワルターが製作したもので、モーツァルトが最期まで愛奏し、ベートーヴェンもボンからウィーンへと出てきてすぐの頃に演奏していたことでも知られています。充実した響きと美しい音色、音が重なってもそれぞれが独立して聞こえ、歌うような表現も可能な楽器です。演奏者の意図を聴き手に丁寧に伝えてくれます。音域は5オクターヴで、ペダルは現代の足で踏むタイプではなく、膝を上げて操作します。二つのペダルが搭載されており、右側は「ダンパーペダル」といい、ダンパーが上がることで響きが持続します。左側は「モデレーター」。ハンマーと弦の間に布が挟まることで音色が変化し、弱音の効果が得られます。

「くにおんフォルテピアノ」 の兄弟楽器を用いた練習の様子

 今回のレポートにあたり、レッスン最終日の8月28日の回を見学しました。レッスンは2部屋を使用して時間差で行われており、展示室では平井先生の公開レッスンが行われています。スタジオは楽器に慣れるための練習部屋で、必要に応じて飯島先生によるアドバイスがあります。普段演奏する現代のピアノとフォルテピアノではタッチの感覚をはじめ音色や音量も違い、さらに足で踏むペダルの代わりに膝を上げて操作するニーレバーがあるため、演奏にあたってはさまざまな難しさがあるのですが、楽器に向き合い、また飯島先生の細やかな指導によってそれぞれが魅力的な音色を奏でられるようになり、平井先生のレッスンや最後の修了演奏会へと臨むことができるようになりました。なお、練習用の部屋の楽器もワルターの同じモデルの楽器をもとに太田垣氏が複製した楽器で、「くにおんフォルテピアノ」 の兄弟楽器です。

28日のレッスンには8組(ピアノソロが4名、連弾が1組、室内楽が2組、リートデュオが1組)が参加しました。時間は各組40分で、全組ともまずは通奏し、指導を受けます。全員が前の日程で二度レッスンを受けていることもあり、前回からどのようなことを考えて演奏したか、また自分の演奏について思ったことなどを話し、そこから指導が始まります。全体的にはフォルテピアノを演奏する際のタッチや音色が大きなポイントとなっていました。とくに音量については「f」と書かれていたとき、ただ音を強く奏するのではなく、音色の変化や全体のバランス、また時間の取り方など、さまざまな方法を駆使することで目指す表現ができるようになることが、平井先生による模範演奏も交えて丁寧に伝えられていきます。

また古典派の作品では繰り返しの際のヴァリアント(装飾)が求められますが、その装飾法もさまざまです。今回のレッスンではそれをどのようにつけるかについても指導が行われました。またピアノについてだけではなく、歌手に対しては歌詞にあわせた表現や声の出し方、弦楽器奏者に対しても音色やフレージングについてなどの指導が行われました。そしてモダンピアノでのアンサンブルとフォルテピアノでのアンサンブルではバランスのとり方が変わってくることもお話しがありました。会場にもよりますが、ピアノの音量が弦楽器よりも小さく聞こえることもあり、今回は室内楽通常の配置とはかなり異なった配置での演奏やレッスンが行われたのも特徴的でした。

作曲家が生きていた当時の音色を知ることは、作品や作曲家、そして書かれた時代についての理解をさらに深めることができます。フォルテピアノの音色を聴いたり、演奏したりすることで、現代のピアノを演奏する際にも表現の幅が広がっていくはずです。そして今後、このような機会が増えていくことで、より国立音楽大学における教育の充実につながるでしょう。12月11日(木)には講堂小ホールで今回の「くにおんフォルテピアノ」をはじめ、楽器学資料館が所蔵するフォルテピアノを3台使った演奏会が行われます(無料・要予約)。演奏と解説は平井千絵先生です。それぞれに異なる音域、音色、響きの楽器を聴き比べられる貴重な機会です。ぜひ奥深いフォルテピアノの世界をお楽しみください。


長井進之介

PAGE TOP

お問い合わせ・資料請求
学校案内、入学要項などをご請求いただけます
資料請求
その他、お問い合わせはこちらから