国立音楽大学

くにたち*Garden

ヴィート・クレメンテ氏 インタビュー

2012年10月20・21日に開催された大学院オペラ2012「『ドン・ジョヴァンニ』K.527」公演において、素晴らしい指揮と指導をしてくださったヴィート・クレメンテ氏。
オペラ公演の本番にさきがけ、小林一男教授がお話をうかがいました。

(左)小林一男教授、(右)ヴィート・クレメンテ氏
(左)小林一男教授、(右)ヴィート・クレメンテ氏

小林一男教授(以下、小林)
本番を1週間後に控え、本日舞台上での始めてのオーケストラ付き舞台稽古を行なわれましたが、稽古の進み具合はいかがでしょうか。

クレメンテ氏(以下、クレメンテ)
順調です。本番まであと2回の稽古と2回のゲネプロが私たちにはありますが、これらの稽古を通してさらに良く仕上がってくると思います。
特に、オーケストラと歌手が本番の劇場(ホール)で稽古できるということは私たちにとってとても有意義なものです。オーケストラは舞台上で展開される劇との関連において音楽を捉えることができますし、歌手にとってもオーケストラがどのように演奏しているのかを感じながら稽古を行なうことができるからです。
お互いにオペラを作っていく過程において「感じとることsensibilità」の大切さを学ぶことができます。交響曲と歌劇は、同じ音楽の1ジャンルでありながら大きく異なる2つの世界をそれぞれ持っています。ですから、学生たちはモーツァルトの音楽そのものを感じるだけでなく、オーケストラの世界とオペラの世界で同時に起こっていることをお互いに感じ取り、対応していくことを学べるのです。オペラの舞台では予想しないことが起こったり、決め事通りに事が進まないことも少なくありませんが、この有機的で複雑な「作品opera」にどのように命を吹き込んでいくのかが、オペラに関わる者に与えられた醍醐味ではないでしょうか。
小林
今回、大学院オペラの客演ということで9月初めからご指導いただいているわけですが、学生たちの印象やくにたちの印象についてお聞かせいだだけますか。

ヴィート・クレメンテ氏

クレメンテ
まず最初に申し上げたいのは、高等教育機関としての大学組織が非常にしっかりとしていて、カリキュラムが確実に進められていく点に感動しました。イタリアではなかなかこのようには機能しません。
また、芸術的な面だけを一義的に追求するだけでなく、若い音楽家を育てるという教育的考慮も求められる現場で指揮をする機会をいただいたことに感謝しております。イタリアと日本は、お互いに歴史と伝統を持つ遠く離れた2つの国ですが、文化の違いやオペラにおける伝統的な表現を真摯に学ぼうとしている若者たちと音楽を通して時間を共にすることができ、非常に嬉しく思います。そして近い将来、彼らの中からプロフェッショナルな人材、音楽仲間が出てくれば望外の幸せです。

小林
国立音楽大学の大学院オペラには長い歴史があり、我が校の伝統としてモーツァルトのオペラ作品を取り上げてきました。マエストロのモーツァルトに関するお話、大学院オペラについてお話しいただけますか。

クレメンテ
モーツァルトのオペラ作品、特にダ・ポンテ三部作と呼ばれる《フィガロの結婚》《ドン・ジョヴァンニ》《コシ・ファン・トゥッテ》を演奏する場合、台本作家であるダ・ポンテのテキストを読み込むことが必要不可欠になります。文字通りセリフに書かれている言語的な意味とそこから読み取ることができる別の意味(裏の意味)を知ることはとても大切です。例えば、ドン・ジョヴァンニが口にするセリフcuoreは「心」、sposareは「結婚する」が文字通りの意味ですが、実際にドン・ジョヴァンニは別のことを意図して女性たちを口説いています。また、作品を読み解くための「コード」(当時の音楽言語など)も知る必要があります。つまり、当時の音楽書法で書かれた楽譜には、現代の私たちから見るとあまり多くの情報が記されていません。例えば、速度記号などはその一例ですが、当時の音楽家にはいわば常識となっていたであろうこれらの情報を、私たちは読み取らなければならないのです。
そして、モーツァルトのオペラ作品を歌うということはあらゆるイタリア・オペラ作品を歌うためのエッセンスを学び取れることを意味します。さらに、劇という観点から言えば、人生vitaとは何かを学ぶことも出来るのです。つまりは、若者の情操教育にもなっているのですね。モーツァルトとダ・ポンテによって創り出されたテキストと音楽が一体となった作品を演奏するということは、今舞台で何が起きているのかといった状況を音で表したり(説明したり)、登場人物が劇の中で感じている感情や心の状態を音で表現することだと私は考えています。これこそが音楽であり演劇である音楽劇の魅力だと思います。

小林一男教授

小林
マエストロはあの「東日本大震災」を日本にいて体験されたとか。その時の経緯と、震災後の日本の歩みをどのようにご覧になっていますか。

クレメンテ
昨年の3月12日に王子ホールで行なわれる予定だったコンサートのために、11日はホールにいました。地震が起こったときには、こんなに大きな揺れが起こっているのに、この建物はなんて堅固に建てられているのだろうと、被害の甚大さにまだ気付いていないのんきな私がいました。 [少しの間、沈思…] その夜、イタリアに残してきた妻と幼い娘2人が心配しないように連絡したいとホールの人にお願いしたのですが、快く国際電話を使わせてくれただけでなく、あなたの安否がご家族に伝わるまでいくらでもお話くださいと本当に優しい心遣いをいただきました。自分が大変な時にも困っている人の気持ちを思い、優しく接してくれる日本の人や国は私にとって大切な存在です。放射能の問題などがヨーロッパでは報じられていましたが、昨年の秋、また今年の春にもと機会があるごとに日本にお邪魔しています。もちろん来年も戻ってきます。
震災後の日本の印象ですが、確かに何か変わったのだろうと想像しています。というのも、私にはその何かが何であるのかが理解できないのです。つまり、日本の人たちは気高く品格dignitàを備えているので、自分が非常に苦しいときにさえ、周りの人に心配をかけないようにと、その苦しみを見せないように振舞うことができるからだと思います。この周りへの気配りや配慮によって、私は日本の虜になってしまいました。

練習風景

小林
さて、今回は1ヶ月以上の東京滞在になるわけですが、東京での生活や食事はどうですか。また、余暇はどのように過ごされていますか。

クレメンテ
おかげさまで、とても快適に過ごせています。食べ物に関しては、鼻が利く方なので実際の嗅覚やここは美味しそうだぞという感を頼りに美味しい物にありついています。もともと日本食は好きですし、イタリア料理に比べてヘルシーな印象を受けていますから、日本滞在中に美味しく食べながらダイエットしようかな、などと考えています。また、パスタが恋しくなれば、東京には美味しいパスタを出してくれる店がたくさんありますし。 自由な時間が出来たときは、勉強しています。今は、家族と仕事命です。仕事が好きなのですね。そのための勉強を時間を見つけてはするようにしています。おそらく、人生がもっとよく分かるようになるころには、人生の愉しみ方ももう少し分かるようになるかもしれませんね。あっ、そういえば一度、先生方に築地市場に連れていってもらいました。そこで食べたジャンボ・海老天の美味しかったことといったら。これでは今回のダイエット作戦は失敗でしょうか。

小林
いえ、いえ、まだあきらめてはいけませんよ。
ご家族の話しが出ましたが、2ヶ月近く家を開けられていますから、ご家族も早くマエストロに会いたいでしょうね。

クレメンテ
そうですね。国立音楽大学のオペラが終わると韓国に行きますから、今回は2ヶ月以上家を空けることになります。妻も音楽家ですから私の仕事への理解はあります。上の娘はずいぶん私の仕事のことが理解できるようになったのですが、下の娘は怒っていますね。家に戻ったら、彼女の心を優しく撫でてあげたいですね(もちろん、お土産の準備もしてありますよ)。
とはいえ、私は家にいるときも総譜とにらめっこしたり、文献をあさったりして勉強、勉強ですから、家にいてもいなくても同じかもしれませんね。

オペラ本番

小林
最後になりますが、学生たちの今後について何かアドバイスをいただけますか。よろしければマエストロの経験なども交えつつ。

クレメンテ
私の経験からお話しますと、まず個人レッスンで学んでいたピアノのディプロマを18歳で取得しました。それから大学に進み卒業したのですが、大学での勉学中にどうしても指揮者になりたいという欲求が生まれ、音楽学校にも並行して通いました。私の時代のイタリアの指揮科に入るにはまず作曲のディプロマが必要でした。イタリアの音楽学校でクラシック分野の作曲の授業は非常に厳しく、4声のフーガをはじめ、18時間や36時間といった制限時間内で規模の大きな作品を書き上げるといった課題をクリアーしなければなりませんでした。このように厳しくはありましたが、常に初心を忘れることなく学ぶという姿勢を貫き、学士号を1つ、ディプロマを6つ取得しました。
ただ、不思議なのですが、指揮だけは最初からプロになる、という意識で勉強しました。難関を突破して入った指揮科でしたが、幸か不幸か同級生たちの指揮を学ぶ動機付けはあまり高いものではなかったため、プロのオーケストラを指揮できる機会には準備の出来ていない同級生を尻目に私は多くの経験を積むことができました。
私の経験からのアドバイスをするとすれば、「将来を見据えて勉強すること」そして「自分の進むべき道を選択する意志(時には方向転換する勇気)を持つこと」です。音楽を学ぶということは、人間として成長することでもあります。また、「プロかプロでないのか」は音楽的なレベルの高低とは必ずしも一致しません。音楽を奏でる喜びを得るために音楽と関っている素晴らしい音楽家がいることを私は知っています。
人生を充実したものしていくなかに音楽が流れていたら素敵ですよね 。

小林
その通りですね。貴重なお話をありがとうございました。
オペラ公演まであと1週間ほどですが、より良い舞台を目指していきましょう。
本日はお忙しいなか、本当にありがとうございました。

(2012.10.13)

ヴィート・クレメンテ氏(指揮) プロフィール

 イタリア、キジアーナ音楽院にて学ぶ。2002年フランコカプアーナ国際指揮者コンクールにて優勝。ファーノ歌劇場及びトンマーゾ・トラエッタ室内管弦楽団の音楽監督。2003、2005、2006年のスポレート歌劇場のシーズン開幕を指揮した。
 ボローニャ市立歌劇場管弦楽団、ヴェローナ野外劇場管弦楽団、ロシア交響楽団等多くのオーケストラを指揮。U.S.A.、アルゼンチン、ブラジル、ドイツ、ハンガリー、スペイン、そして日本等にて客演した。
録音も数多く、ストラヴィンスキー「兵士の物語」、トラエッタの「ミゼレーレ」、ペルゴレージ「奥様女中」、ヴァン・ヴェステルート「ドナ・フロール」等のCD、K.リッチャレッリと共演したペルゴレージ「スターバト・マーテル」DVD等がある。とりわけルカーナ交響楽団と録音したCDは高い評価を受けた。
 幅広いレパートリーを誇り、100回を数える現代初演を行っている。R.カバイバンスカ、D.テオドッシウら一流の歌手との共演も数多い。ビトント市・トラエッタ・オペラ・フェスティヴァル芸術監督。

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