くにたち*Garden
対談:久保田真澄先生×上村誠一さん
第75回全日本学生音楽コンクール(主催:毎日新聞社、後援:NHK、地区大会協賛:かんぽ生命、全国大会協賛:島村楽器)声楽部門 大学の部で見事、第1位を獲得された大学院修士課程2年生の上村誠一さん。本学音楽学部入学後にテノールからカウンターテナーへ転向し、技術、表現力を磨いてきました。学部時代からの恩師、久保田真澄先生とともに、これまでの歩み、将来の展望についてお話しいただきました。
お祝いのメールは絵文字入り!
上村 誠一さん(以下、上村)
学生音コンは3回目の挑戦で、本番はすごく緊張していたんです。でも、聴いている人に自分の音楽を届けられればいいな、とのびやかな気持ちでもいました。久保田先生をはじめ、お世話になっている先生方、家族、友人のことも思い出して自分自身を励ましていました。
久保田 真澄先生(以下、久保田)
12月だったよね。
上村
はい、いくつか本番があるなかで、そのうち一つがコンクールという感じでした。なので神経質になりすぎないようにという思いは自分の中にあり、純粋に頑張ろうという気持ちでした。ですが入賞するとは本当に思っていなくて…。
久保田
僕は確かオペラの稽古があって、帰る途中でメールが入っていることに気づいたんだよ。パッと見たら「全国大会1位でした…」と。最初「…」この点が目に入って、ダメだったのかな?と思ってもう一度見直して、ホッとした記憶があります。「うれしい報告に稽古の疲れが吹っ飛びました!おめでとう」と返信したね、絵文字入りで(笑)
上村
ありがとうございます。初めて先生から絵文字入りのメールをいただいたので(笑)それがもう嬉しくて…!大きなご褒美でした。
久保田
普段は学生に絵文字は使わないんだけど、上村くんの努力を知っていたし、とてもおめでたいことだから、ついね。上村くんは自己プロデュースや、先々のことをすごくよく考えているよね。
上村
とんでもないです...ありがとうございます。
久保田
僕もかつてコンクールを受けて賞を取った時に「まだ若いんじゃない?」、「もうちょっと待ってから受けてもよかったのに」ということを言われたこともありました。でも、じゃあ、いつコンクールを受ける準備が整うんだろうか、と自問自答しても答えは出なかった。
やりたい時にやって、もし結果が悪くても「次はどうしようかな」という方向に気持ちを向けられたら、やっぱり受けたことにすごく意味があるんだと思うんです。
だから僕はコンクールでもコンサートでもどんどんやりなさい、というスタンスでいるんですね。
上村くん自身「全国大会は自分で納得がいけばどういう結果が出てもいい」と話してくれていたから、僕もあんまり気にしていなくて。そうしたら「一位でした」というメールだったので、「ああ、いい演奏ができたんだな」と思ってすごく嬉しかったですね。
いつもコンサートのように歌う
久保田
僕は、これは試験だ、これはコンクールだ、という様にカテゴリーを分けて歌ってほしくない、と日頃から話しているよね。審査員の先生方もお客様だと思って、自分の伝えたいことを心がけて、コンサートのように歌ってほしい。失敗することを恐れないでほしいと。
やり切ったな!と思った中での失敗であれば、そこからプラスに変えていけるけれど、何かを守りながら中途半端な演奏をしていたら、そこから何も得るものはないからね。今の上村くんの年代では、なんでもやり切って欲しい。思いっきり成功してほしいし、失敗も思いっきりしてほしい。「守り」というスタンスは一番してほしくないかなと思っています。僕たちのようなプロでも失敗することは沢山あります。そうした時に失敗に引きずられるんじゃなく、次で取り戻そうと思えるメンタルが必要です。そういうプラスのメンタリティを学ぶ場としてのコンクールであってほしいなと思っているんだ。
上村くんはこれまで積極的にコンクール、コンサートを経験してきて、以前よりもずいぶん強くなったな、と思います。この頃は試験で聴き終わった後も、コンサートを聴いたなと思えるし、すごく頼もしくなりました。
上村
実はスケジュールの関係でコンクール直前はレッスンができなかったんですよね。不安はありましたけれど、曲は十分に練り上げてきたもので、特に全国大会の前はピアニストの方と合わせをしていて新しい発見があったので、自分としては波に乗っている感じがしたんです。それで先生に「今いい感じで、ステップアップした演奏ができる気がします」とお伝えして、コンクール前日のレッスンはお休みを頂いたんです。その時の先生のお返事も、僕が言うのもおこがましいのですが、信頼してくださっているというか、「そのまま頑張ってきなさい」って背中を押してくださったように思えて。本番も先生がついていてくださっているという安心のもとで歌えましたね。
久保田
今、信頼という言葉があったけれど、確かに上村くんのことは信頼しています。
コンクール前のレッスンについても、もし上村くんがどう歌っていいかわからなくなってしまったと相談されていればレッスンしたのかもしれないけれど「今いい感じ」と伝えてくれたので、自分の声に全然迷いがないんだな、迷いがないのであれば、音楽的なことを本番の前日に伝えたところで、何が変わるわけではない。かえって迷ってしまうかもしれないから、自分自身がいける!と思えているのならいってらっしゃいという感じで送り出したことを覚えています。
幸運な行き違い!?自分の声を見つける
久保田
上村くんと初めて会ったのは受験準備講習会の時で、当時はテノールだったんだよね。合唱をやっていたから確かに綺麗な声だったけれど、合唱の中の声だなと思って。
入学後のレッスンで、試しにもう少し声を出してみようかと言った時に上村くんから「力みたくないんです」って言われて。
綺麗ないい声なんだけれど、テノールのソロとしてやっていくんだとすると、今までよりも音域を出していかなきゃいけない。全てが効率よく力まず上達するということは理想だけど、少なからず無理が必要な時があるものです。上村くんの「力みたくない」という意見には、どう向き合おうか悩みました。
でも、綺麗な声だから、きっといい声帯なんだろうなと思ったので、ちょっと裏声を使ってみるのはどう?と言ってその場で出してもらったら、地声で歌っているよりすごく滑らかに声を出していた。だから「この滑らかな響きを増やしていくようにしていけば、力んでいる感覚もなくやっていけるのかもしれない」、と思ってカウンターテナーで勉強することを勧めました。
まだカウンターテナーになるのか、地声でいくのかはっきりしていなかったから、発声では地声から裏声、カウンターテナーの声までずーっと行き来して。最終的にどうする?という話になった時に、「カウンターテナーでやります」、と返事をもらったね。
上村
実はいつ、カウンターテナーでやっていく…とお話ししたかよく覚えていないんです(笑)。学部1年生の間、悩みながら続けてきて、後期の試験が終わったらやっぱりテノールに戻ろうかなとも考えて。でも、試験が終わったあと先生から「じゃあ次のレッスンではこの曲を」と課題として頂いたのが、アルトの宗教曲だったんですよね(笑)。「先生はカウンターテナーの方が合ってるって思っているんだ…」って思って、じゃあもう1年悩もうかな、と。
そんな中で、後期の試験は前期より点数も上がっていて、向かっている方向は間違っていないんだなって実感できました。それならこの方向で頑張ってみようかなと思えたのが、2年生の初めだったと思います。
久保田
1年生の前期試験の時から試験はカウンターテナーで受けていたんだよね。ただ、同時にテノールの勉強も続けていたから、そろそろ声種を決めていかなくてはという時期になったときにどちらが魅力的かな、と考えて、僕としてはカウンターテナーだと思っていました。上村くんの話を聞いて、ちょうどいい感じに意思の疎通が図れていなかったのかな、と今気づきました。
久保田・上村
あははは(爆笑)
久保田
もし、やっぱりテノールで…って言われていたら、「少し無理をしないといけないし、その無理を自分ができるのであればいいんじゃない?」とは言ったかもしれないかな。それでもカウンターテナーで、とはなかなか言えなかったと思います。上村くんが真剣に勉強して、努力しているのを見ていたからね。
もし、あまり頑張っていないようなら、もう少し僕の意見を言ったかもしれないけれど。
上村
当時は相当辛かったです…。カウンターテナーの発声で歌うのは慣れないし、何もわからない中で頑張って歌ってみても単純に声が出なかったりして、「このまま頑張って、上手に歌えるようになるのかな…」と考える時間が多かったです。でもやるべきことを積み重ねて、こう歌いたいというところにだんだん近づいていって、それがノーマルになり始めて、自分にとっての「歌う」ということを見出してきた感じはあります。これからも、形が変わっていくのを受け入れながら、自分の声と音楽と向き合い、より磨きをかけていきます。
久保田
何より上村くんはカウンターテナーとして歌っていくためのものは全て持っていると思うんです。声があって、音楽があって、細かい音を回していく「アジリタ」というテクニックも、自分でよく考えて鍛錬しているしね。アジリタができないとカウンターテナーとしては少し厳しいけれど、それができているからね。
上村
レパートリーとしてヘンデルの作品やイタリア古典の作品を歌うことが多いですが、やっぱりこの時代のものを勉強していくのがいいと感じています。
久保田
上村くんの声でどの時代まで歌えるか聴かせてもらったことがあったよね。どの時代の作品も歌えていたけど、僕がお客さんとして、この舞台を観たいだろうかと思って聴いた時に、オペラ作品であれ、宗教曲であれやっぱり聴いていて一番いいなと思えるのがバロック時代のものだった。オペラは話の筋があり、声で人物像を作り出していかなければいけない。その声が作品として納得できるのかが、すごく大事だと思う。今のところ、上村くんもバロック時代のあたりの作品が好きだし、僕としてはそのあたりをメインとして突き詰めていってほしいかな。
ただ、歌曲に関しては、どの時代のものをやってもいいと思いますよ。歌曲は自分がその世界を作れるものだからね。より多くの人が「いいなあ」と思えるような世界を作れるようになってほしいと思います。
上村
オペラについては自分の興味を向けきれていないというのもあるんですが、そのアリアが、そこまでの流れを経てその感情になることを分かっていても、いざ自分で歌ってみると、音楽から感じたことが実は曲の内容と全然違ったりすることもあります。今回、コンクールで歌った曲では「生きろ!」と相手役に言葉を投げかけるのですが、僕自身が相手役への憎しみが強すぎて、「生きろ!」とは思えなかったんです(笑)でも、1つのパフォーマンスを作り上げる過程で、ルートは1つではないと思います。感情と歌詞の意味、音楽から感じたことがぴったり合わなかったとしても、自分が感じたことはこの歌詞のところで生かせるなとか、声の表情を作るのに使えるとか。バランスの取り方次第では、本来音楽が目指す所に近づくことができたり、新たな発見があったりするのではと感じています。まだまだ勉強不足なんですけれど…。
もちろん、オペラの役の目線としてはちゃんと納得した上でより正しいものを突き詰める必要があると思っています。
演奏家としての自分を磨くことで周りがついてくる
久保田
僕としては、我々は西洋音楽を学んでいるわけだし、ヨーロッパの空気を吸って…と思っているんです。外に向かって行って欲しいと思う。結果的に日本で歌うことを選択してもね。もちろん、求められているところで歌うのが一番いいのだけれど、絶対に海外の空気は吸って欲しい。海外の人たちのメンタルを直接体感して、それを味わって欲しいし、外国の言葉で暮らしてみてほしい。それから自分が求められている所で歌っていってほしいと強く思います。日本でも外国でもね。
この頃少し、気持ちがそっち(外国)に向いて行ってくれているのかな?
上村
ずっとそうおっしゃっていただいていますね(笑)今回、賞という形で結果が出て、そのことは少なからず自分を支えてくれるものかなと思っています。
歌の勉強をするための留学というビジョンから、留学を通して生き方の幅を広げることにつながるのかなと思い始めたので、留学についても少しポジティブに考えられるようになった気がします。
久保田
人生の中でこれまで見たことのないもの、経験したことのないことに触れてもいいのかな、と。そう考えられるようになったということかな?
上村くんはやりたいことがはっきりしているし、目標に向かって努力できる人なので、そのスタンスは崩さないで残りの学生生活も過ごしてほしいと思います。強いていうと、仲間たちにも恵まれているし「この人のために」という気持ちが強いところがあるから、もっと自分にフォーカスしていてもいいかなと思いますがどうですか?(笑)
上村
くにたちで学んでいてよかったと思うのは、本気で音楽をする仲間がいるということです。中学生の頃から今までずっと合唱を続けているのですが、みんなで作り上げる合唱、自分を磨くためのソロ、その両方にいい影響がありました。これでも昔に比べると自分のことについて考える時間が増えたとは思うんですけど、まだまだですね(笑)大学院に進学してより専門的な勉強ができる環境に集中するべきだという考えは先生のおっしゃる通りで僕も同じ考えです。同時に、そばに音楽をする仲間がいることも、僕の生き方なんだなぁと感じます。なので、これから少しずつ自分にフォーカスする部分を増やして行きたいと思っています(笑)
久保田
上村くんの今のスタンスを変えなくてもいいんです。でも学生時代は自分が勉強するためだけに時間が取れる時期ですから。演奏家として、まずは自分を磨くことを考えてほしい。そうしていると、必ず同じ方向に向かっている人たちが自分の周りに集まってきて、その人たちと切磋琢磨していくことができ、自分を向上させることが出来ます。この事は学生時代だけでなく、外に出て演奏活動をするようになってからが、より強く感じる事かもしれないね。そういう「友人」「ライバル」「仲間」を見つけるために、もう少しストイックでいてもいいのかな。
上村
はい(笑)これからも頑張っていきます。よろしくお願いします!