国立音楽大学

くにたち*Garden

マーク・スキャッタデイ氏 インタビュー

国立音楽大学シンフォニック・ウィンド・アンサンブルの第41回定期演奏会の指揮のために来日されたマーク・スキャッタデイ博士。素晴らしい指揮と指導により学生たちを導いてくださいました。

多忙なスケジュールの中、お話をうかがいました。(インタビュアーは三浦徹教授)

(左)マーク・スキャッタデイ氏、(右)三浦徹教授
(左)マーク・スキャッタデイ氏、(右)三浦徹教授

三浦徹教授(以下、三浦)
丁度、一年前になりますね。国立音楽大学ブラスオルケスターが、ロチェスターのイーストマン音楽学校を訪れた際には、スキャッタデイ先生に本当にお世話になりましたね。お陰様でイーストマン・ウィンド・アンサンブルとウィンド・オーケストラとの交流演奏が出来て参加した学生たちは大喜び、多くの事を学ばせて頂きました。有難うございました!
改めて感謝申し上げます。
まず、最初に今回の来日、来校についての感想、印象についてお伺いします。国立音大シンフォニック・ウィンド・アンサンブルの学生たち、大学の新一号館などについてお話し頂けますか?


マーク・スキャッタデイ氏(以下、スキャッタデイ)
日本人は芸術について常に真剣であり、私は尊敬の念を持っております。また米国人にとりまして芸術は生活の一部として大切にしております。しかし作品を理解し、また、理解されるという点において、しばしば難しいこともありますが、常に誠意をもって最高の演奏を提供するのが我々の使命であると認識しております。
今回、国立音大を初めて訪れ、新しい建物や響きの良いスタジオに目を見張ると同時に先生たちの卓越した指導に感服しました。また、学生たちは音楽的にレヴェルが高いだけではなく、その技巧の高さに驚きました。そして、演奏に向う真摯な態度や誠実さを強く感じています。プロの音楽家になるための条件を備えており音楽を一緒に創り上げてコンサートに向かう準備が充分出来ていますよ。明日の本番は、きっとうまく行くでしょう!
一つ懸念することは、「達成すること」Accomplishmentについてであります。学生たちの何人かは、もうすでにプロの音楽家として音楽の世界で活躍出来る実力を有しています。後は、教師が、若い学生たちが如何にすれば社会に貢献出来るのかを指導し手助けしてやれるかという点であります。この”達成すること”が一番重要で、私の北米での音楽活動において、なかなか出会えない部分でもあります。ですから国立音大のシンフォニック・ウィンド・アンサンブルのリハーサルを通して感じたのは、彼等が学んでいる芸術と技巧が、ただ音を並べるのではなく音楽を表現しているという事であります。

三浦
過分なお褒めの言葉を頂きまして恐縮です。吹奏楽について、少しお伺いしたいと思います。「ヨーロッパにおける吹奏楽は”文化”」冠婚葬祭など、ヨーロッパの人々の生活にはなくてはならない文化という位置付けです。一方「米国の吹奏楽は”教育”」学校教育の授業(学問)として扱われています。しかし「日本における吹奏楽は”盛んな現象”」吹奏楽コンクールを活動の中心とする社会とのつながりの少ない、ただ単なる盛んな現象と評されます。国立音楽大学の吹奏楽の授業では、”学問としての吹奏楽”を掲げ、学生たちに次代の吹奏楽の指導者としてのより良い考え方と音楽の力を指導しています。今回で4回目の来日のスキャッタデイ先生に良きアドバイスを戴ければ嬉しく思います。

スキャッタデイ氏

スキャッタデイ
三浦先生のお考えは、よく分かります。しかし、日本は、世界の中でも文化度の極めて高い国です。学生たちのコンサートを通して、彼らの演奏が質の高いものであれば聴衆は、それを評価するでしょう!そのような音楽的な芸術的な活動の積み重ねの上に吹奏楽が文化として、また、教育として世の中に定着していくと私は信じています。
三浦先生は、ヨーロッパでは、吹奏楽は結婚式や葬式などのパレードなどで使用される文化とお話しになりましたが、明日の大ホールで行われるコンサートも人々に伝え人々が鑑賞する立派な文化であると私は考えます。クニタチの学生たちの演奏会であってもオーケストラと同様、コンサート・ホールで聴くべき音楽的な内容と技巧を備えた芸術ですし文化の担い手を育てる教育だと思います。例えば、先日、オーケストラで素晴らしいホルンのソロを聴かせてくれた学生がいましたね。ウィンド・アンサンブルでも重要なパートを担当していますが、彼は、もうプロのオーケストラで活躍出来る実力を備えていますよ。このようなプロになれるような学生を助け、レヴェルに達していない学生と一緒に芸術的な内容のある楽曲をアンサンブルで経験させる事こそ教育だと考えています。きっと、この場合、ホルンの彼はオケに入り、他は教育の道を選ぶ事になるでしょう。そして教育もまた、芸術の形を教えることであり、演奏家だけが、プロの音楽家ではないのは云うまでもありません。Mentor (指導教員)は、報いのある価値のある仕事ですので、そういった意味でも吹奏楽は、多勢の聴衆を魅了する高い芸術性を有していると同時にそれ自体、学生たちに音楽を学ばせる教育的なものであると考えます。ですから私の考える吹奏楽は、クニタチの学生のアンサンブルに際しても単なるActivity(課外活動)ではなく芸術的な活動なのです。単なる楽しい娯楽ではないという事です。殆どのヨーロッパや米国の吹奏楽は、アメフトやバスケットボール同様、娯楽の要素の強いActivityですが、国立音楽大学で行われている吹奏楽は、高品質の芸術であり教育です。このように「芸術と教育」は、車両の両輪のように大切なものなのです。

三浦
スキャッタデイ先生の話されている事はとても興味深い話であり大切なポイントですね

スキャッタデイ
そうです!私は、今回、日本で見た事、聞いた事をアメリカに帰ったら話すつもりですが、少なくともクニタチのシンフォニック・ウィンド・アンサンブルの演奏内容は質が高く芸術的なものであるという印象を強く持ちました。三浦先生とレパートリーについて、長い時間を掛けて話して来ましたが、例えば、ジェームズ・スウェアリンジェンの作品(日米の子供達のバンドでよく演奏される)は、Activity。明日のウィンドの定期のプログラムは、挑戦的な芸術作品だということです。

三浦先生

三浦
39・40年前、私は、イーストマン音楽学校で学ばせて頂き、たくさん影響を受けました。もうずいぶん前の事ですね!?スキャッタデイ先生が引き継がれた現在のイーストマンの吹奏楽の授業についてお話し下さい。

スキャッタデイ
三浦先生が、よくご存知のようにイーストマン音楽学校の吹奏楽のプログラムは、イーストマン・ウィンド・アンサンブルの名称と共にフレデリック・フェネルによって1952年に創設されました。それ以前は、ロチェスター大学シンフォニー・バンド(注:イーストマン音楽学校はロチェスター大学の音楽学部)、また、それ以前はフェネルの学生時代のロチェスター大学マーチング・バンドに遡ります。フェネルが考えたのは、当時、米国では主流とされていた大編成バンド(みんなで一つの事をやっているのだという仲間意識を育んだ)に対して、一人1パートを原則とし、個々の奏者が自分のパートに責任を持って演奏するウィンド・アンサンブルの基本的な考え方と編成を確立しました。以来60年、今では、多くの全米の大学が、ウィンド・アンサンブルのスタイルを真似て採用しています。イーストマンには、世界中から多くの能力の高い学生たちが集まって来ますので学生達は、指揮者の私から学ぶだけではなく、お互いに学びあって高め合う傾向があります。お互いに切磋琢磨して成長していく、そんな気風がイーストマンにはあります。それは、ウィンド・アンサンブルだけではなく、オーケストラ、ジャズ、コンテンポラリー・アンサンブル、スタジオ・オーケストラなど、いろいろありますが、どのアンサンブルでも共通しています。さながらPre-Professional(プロの予備軍的)なレヴェルを持った教育機関とでも云いましょうか、そんな雰囲気を持っています。イーストマン音楽学校の吹奏楽のプログラムは、ただ単に "ラッパ" を吹く技術を修得するのではなく如何に世の中とつながり、プロの音楽家としてのチャンスをつかむのかを大切にしています。例えば、ウィンド・アンサンブルの中で、ただ吹いているのではなく、また、誰かリーダーがいて、その指示に、ただ従うのではなく、例えば、ある楽曲では3番トランペットを吹いている学生が別の曲では、1番を担当して、リーダーシップを発揮するという風にアンサンブルの中での役割と責任をもって務めていくのも、この吹奏楽の授業では大切なことです。このような訓練や考え方の上にフェネルやハンズバーガーのような創造的なinnovator(革新者)が出現してくる環境を作り出す教育をイーストマンの吹奏楽の授業では行っています。

三浦
それでは、具体的な授業の中身について話して頂けますか?

インタビュー風景

スキャッタデイ
イーストマンでは、ウィンド・アンサンブルとウィンド・オーケストラの2つのアンサンブルが、年間 (9ヶ月)16回から20回の定期演奏会を開催しています。それぞれのグループが、前期4回、後期4回の定期演奏会が基本です。その他に演奏旅行とレコーディングが入ります。これらの定期演奏会を通して80曲から85曲のレパートリーをこなしていきます。これらのレパートリーの25%が新曲です。そして、30%~40%が、ホルスト、ヴォーン・ウィリアムズ、ヒンデミット、シュワントナーなどのスタンダード作品。その他、学生達による作品、委嘱作品を演奏します。また、取り上げる機会を失ったような作品をより良い演奏によって再生の可能性に挑戦します。授業は一回100分を週3回行います。クニタチのような週1回では、いくら長くてもリハーサルとしては効率が悪いのではないでしょうか?一度にたくさん食べても消化不良を起してしまうようなものです!
私は、以前、コーネル大学に務めていましたが、コーネル大学もクニタチと同じように週1回の長い時間の授業でした。コーネル大学のウィンド・アンサンブルの学生は音楽専攻の学生だけでなく様々な専門分野を持つ学生によるアンサンブルでしたので、カリキュラムを組むのが難しかったのでしょう。しかし、私が指揮者に就任してから週2回の授業に組み替えました。しばらくは、アンサンブルの授業を選べない学生も出て混乱しましたが、何年か経って落ち着くと週2回になってからの方が効率よく学べるようになりました。カリキュラムを組み替えるのは、学生も教員にとっても大変なことです。吹奏楽の授業を取れなくなる学生も出て来て一時は大変でした。生みの苦しみですね。しかし、何年か経って落ち着いて来たらウィンド・アンサンブルの実力は格段に進歩したのは云うまでもありません。良い変化は苦しいものです。変化が容易なものであれば、それは良い結果を生まないものでしょう!

練習風景1

三浦
厳しいご指摘と貴重な提言を有難うございました!
最後にクニタチの管打楽器専攻の学生諸君により良いアンサンブル作りのためのアドバイスをお願い出来ますか?

スキャッタデイ
まず、お互いに、よく聴き合うこと!若い奏者は、しばしば楽譜を読み、音を出すことに集中するあまり、アンサンブル全体を理解し、聴くことが疎かになりがちです。丁度、馬車を引っ張る馬がよそ見をしないように目の両端に付けるBlinker (Blinderとも云う)を思い浮かべるとわかり易いですね。御者がムチで叩いて馬を走らせる際に方向を固定するために馬が余所見をしないようにする器具です。野性の馬は、そんな事をしなくても、まわりをよく見て、ぶつからないようにコントロールするように、良いアンサンブルは、よく聴く事、まわりをよく見渡すように、よく聴き合うことが、より良いアンサンブルを作る基本です。

練習風景2

三浦
一昨年のイーストマン・ウィンド・アンサンブルとの交流演奏の際のクニタチの学生諸君との一番大きな違いは、目の使い方が違うなと私は実感しました!

スキャッタデイ
そうですね!Eye Contactもより良いアンサンブル作りに欠かせない大事なポイントですね。

三浦
長時間のインタヴューを受けて頂きまして感謝申し上げます。本学では、アンサンブルに力を入れて教育活動を行っていますが、一方では音楽家である前に一人の人間として 「良識のある音楽家」になることを教育理念に掲げております。

スキャッタデイ
アンサンブルは、一人の人間として、いろんな事を学ばせてくれます。協調性がなくては、美しいハーモニーを響かせる事は出来ませんし個性豊かなリーダーシップを磨かなければ魅力的なパッセージを表現する事も叶いません。そして、自由な発想を他の奏者と共有して様々な世界や雰囲気を創り上げるには、多様なコミュニケーションの方法を知らなくてはなりません。”良識のある人間とは、良いと思われる様々な感覚の集合体です”。多勢の聴衆に伝わる”good sense” を磨き培われるもの、それが音楽家としての基礎になくてはならないものです。「良識のある音楽家」を育てる教育は、素晴らしい理念であると思います。

三浦
長い時間ご協力有難うございました!

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