くにたち*Garden
準・メルクル氏 インタビュー
2012年7月16日に開催された第117回オーケストラ定期演奏会で会場を感動の渦に巻き込んだ指揮者、準・メルクル氏。演奏会にさきがけ、花岡千春副学長がお話をうかがいました。
くにたちとの出逢い
花岡副学長(以下、花岡)
さて、既に3回目のリハーサルが終わられたところ、とうかがっていますが、仕上がりの状態は如何でしょうか。
メルクル氏(以下、メルクル)
とても素晴らしいですね。先生方によって、とても良く準備されていますし、学生たちの真摯な姿勢も言うことがないほどです。くにたちと私との前回の出逢いから5年の時が経っていますが、レヴェルは上がっている、と感じています。
また、先ほど学内、特に新校舎を拝見しましたが、本当に素晴らしい。こういった設備の充実が、学生たちの士気にも影響しているように思えました。あの素晴らしい建物のクオリティーは、とりもなおさず学生たちのレヴェルに、長期間に亘り良い影響を与え続けると信じています。学内の雰囲気も劇的に変わったように感じます。
花岡
ありがとうございます。ところで我々の初めての音楽的な出逢いは1999年、合唱団が共演させていただいたNHK交響楽団との第9の公演でしたね。素晴らしい思い出です。そしてベートーヴェンのミサ・ソレムニスがやはりNHK交響楽団で2005年。その翌年に、くにたちでマーラーを振っていただいたのですよね。
メルクル
ええ、ベートーヴェンの演奏の後、くにたちとの演奏に誘っていただき、我々の素敵な関わりができたというわけです。NHK交響楽団との公演でも、合唱が必要な折には、先ず第1にくにたちの学生の出演を望んでいる私でもあります。来年予定されているラヴェルの「ダフニスとクロエ」の公演でも学生の皆さんと共演しますが、本当に楽しみです。
花岡
ありがとうございます。本当に幸せなことです。加えて、来年のオーケストラの定期でもまた指揮をしてくださることになっているんですね。
メルクル
はい、プログラムは未定です・・・これまでやってきた流れとは異なるプログラムも考えています。それに加えて、今までなかった試みもしたいと思っています。
なによりここくにたちには素晴らしい図書館、そして前向きな学生たちがいます。通常のコンサートはもちろんしますが、それの前に、例えば学生さんたちや地域の方々の聴衆を想定して、様々な作品(本編の作品に関わる物が望ましいが)の演奏を(時には抜粋でも良いから)説明を交えながら、皆さんに聴いていただく会のようなものを、考え始めております。私はそれへのアドヴァイスや指導は行いますが、直接に演奏には参加しません。演奏や説明の全ては学生に委ねます。しかし、その経験を通して、演奏する学生たちは作品を深めることを知り、楽譜を通してどの様に音楽をつかむかを知り、演奏へのモチベーションを高めてくれるはずです。聴き手の学生たちも、それに接しながら、多くを学び、また聴衆の前で音楽をするということの本質も感じてくれるはずなのです。
花岡
教育的に素晴らしいお考えですね。
メルクル
はい、私はこういった試みを既にしてきていますが、音楽を深めるという意味で、大きな収穫を期待できると思っています。
来年の定期そのものでは、合唱を伴わない、純然たるオーケストラのための作品を選びたいと考えています。しかもできるだけ多くの学生が参加できる大きな作品を考えたいと思っています。多くのレパートリーの中から、学生たちが感動してくれる作品を探しますが、きっと何かあるはずです。
くにたちを選ぶ理由
花岡
本当に楽しみです。今うかがったプロジェクトについても、話し合いながら、良い形を作り上げたいと思っております。学長もメルクルさんの方向、音楽的な内容、等全てに満足しておられますし、人間的な側面には特に深い感銘を受けておられます。もちろん私どもも同様に、マエストロのお心に魅了されています。
さて、マエストロとくにたちとの将来について、ちょっとおはなしさせていただきたいと思います。本当にお忙しいマエストロですが、これからもできるだけご指導を仰いで参りたいと考えております。どういった程度のかかわりであるか、これはまた話し合いや熟考が必要でしょうが、いずれにせよ恒常的な関わりを構築できたら、というのが私達の考えですが、いかがお考えでしょう。
メルクル
ご存知でしょうか、私は演奏と同様、教育的な領域にも大きな関心を持っています。例えば、PMFオーケストラの指揮は来年も致します。またくにたちとの関わりも大事に考えています。何故くにたちで、他の音楽大学ではないか、というのも大事なところです。ここの皆さんの誠実で、周到で、何かを深めようという気概を、私は愛します。だからくにたちを、私は選ぶのです。
花岡
本当ですか、マエストロのおっしゃるとおりでありたい、と願いますが、いずれにせよ素敵なお言葉をありがとうございます。
メルクル
既に来年、私達の計画は決定いたしましたし、その先も、カレンダーを見ながら、その機会を探っていきたいと思っています。或いはまた、NHKや水戸との仕事の後、数日大学に来ることも可能でしょうか。マスタークラスですね。こうすると渡航費の問題もいくらか軽減されますね。
花岡
恐れ入ります。実際のところ、われわれの学生たちのレヴェルが、日本一という風には断言できないのです。もちろん我々は常にできる限りの誠実さでもって音楽に対峙しているつもりですが、例えば技巧的な側面から言われてしまったら、うち以上の所がないとは申せません。それなのに・・・
メルクル
いや、それは余り問題ではない。望むべき演奏の成果のために、一番大切なのは練習に対する真摯さではないかと思います。このくにたちという教育機関では、例えば今回この演奏会のために学生たちは一丸となり勉強しています。先生方もそうです。学生たちと一緒に演奏される先生もおられる。或いは練習の時でさえ、先生方は誰一人欠けることなく、聴いておられるではないですか。全てのリハーサルに立ち会おうともしておられる。これは普通ではないです。こういう教育機関は非常に稀ですよ。私はだから信ずるのです。ここでは全ての人が「より良くなれる」と。それがとても大事なことなのです。私にとって興味のあるのは、「進化する」ということ。真の誠実さでもってそれができるところが、この大学です。
花岡
ありがたいことです。
ところで、日本の文化や料理はお好きだと思うのですが、例えば東京の生活などについてはどのようにお感じですか?
メルクル
東京の生活はとても速く、少し大変で、しかしとても魅力的な街だと思っています。が、ここ玉川上水は、東京そのものからは少し離れ、静かで落ち着いていて、音楽を学ぶには非常に適した場所ではないでしょうか。精神がリフレッシュされ、落ち着いて勉強が出来、そして都心に出て、その成果を、例えばサントリーホールで演奏する・・・素敵なことですね。
東日本大震災後の日本における活動について
花岡
昨年は大震災もありましたが、その後、様々な風評などもありますのに、マエストロは本当に積極的に来日されておられますよね。特に放射能の事などで来日を取りやめた音楽家も大勢いたのですが。
メルクル
それについては先ず申し上げたいことがあります。去年の6月、本当は、今私の振っているリヨンのオーケストラが来日するはずでした。私はオーケストラが来日することを強く望みましたが、残念なことに彼らはそれを拒否し、結局叶わなかったのです。それはとても残念でした。私にとってとても悔やまれることです。
その後、私は以前より頻繁に日本に来るようになっています。その要因として、以前はNHKとだけの共演だったのが、水戸との関わりなどが増えたことにもよるのですが、私の意識のなせる部分も多いと思います。
花岡
水戸と言えば、まさに福島に近い場所ですね。
メルクル
私の知り合いの女性はガイガーカウンターを持って現地入りして、そこここで計測していましたが、私には大した意味はない。それよりも、水戸の人々の気持ちを引き立てたいという気持ちが強かった。実は、水戸の若いミュージシャンたちに、古い時代の素晴らしいヴァイオリンなどの弦楽器を貸与して、演奏する機会も作りました。こうして、とにかく彼らの気持ちを奮い立たせたかったのです。水戸の市長さんとも話しましたが、「音楽」が人の心を強め、盛り上げてくれる・・と、この試みは続けたいと思っています。
この月曜日(7月9日)、サントリーホールである方のお別れの会(吉田秀和先生のお別れの会のこと)がありました。そこで水戸の市長、小澤征爾、美智子皇后陛下ともお話ししましたが、このプロジェクトのお話しを皇后陛下がご理解下さり、とても感動しました。
花岡
それは良かったですね。
第117回オーケストラ定期演奏会に向けて
花岡
ところで、とてもくにたちの学生を誉めてくださいますが、もちろんこのままでもう不足はない、等とは思っていないのが私たちです。学生たちに更に必要なものは何だとお考えでしょうか。
メルクル
そうですね・・・まあ、私はリハーサルと本番位でしか学生たちとはふれあいませんし、彼らのメンタリティを完全に理解しているなどとも思っておりません。が、もとより非常に彼らを肯定している人間が私であるということは申し上げておかねばなりません。
オーケストラの中で弾くこと、というのはまた特別なことであります。オーケストラの中の一人であっても、聴き手に何かを与えなければなりません。そのためには、室内楽やソロの勉強はとても大事です。そうですね、彼らはちょっと控えめすぎるかも知れません。しかしいずれにせよ、日本人の規律正しいこと、練習への情熱は素晴らしい。
花岡
私はうちの学生、大好きなのですが、時折もう少し積極的になったら・・・などともどかしく思うときもあります。それは如何でしょう。
メルクル
いや、ですからマーラーは彼らにうってつけです。深く沈潜し、時に強靱で感動的で、彼らの気持ちを集約して方向付けるのにはもってこいなのです。
花岡
いずれにせよ、この演奏会の成功を確信しています。それがマエストロのお力に大きく負っていることに心からの御礼を申し上げたいですし、これから長期間に亘ってマエストロとの関わりが保てたらこんなに嬉しいことはありません。本日はありがとうございました。
(2012.7.13)
準・メルクル氏(指揮) プロフィール
1959年ミュンヘン生まれ。ハノーファー音楽院で学んだ後、チェリビダッケに師事して決定的な影響を受け、さらにタングルウッド音楽祭でバーンスタイン、小澤征爾に学ぶ。
1993年ウィーン国立歌劇場に「トスカ」でデビューして圧倒的な成功を収め、以後同歌劇場の常連として数々のオペラを指揮。1994年から2000年にはマンハイム州立劇場音楽監督および芸術監督を務めた。コヴェントガーデン王立歌劇場、メトロポリタン歌劇場などにも次々デビュー、さらにウィーン国立歌劇場、ドレスデン州立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、バイエルン州立歌劇場でも続々と上演を手掛け、オペラ指揮者として確固たる地位を築く。
コンサートでは、ミュンヘン・フィル、ハンブルク北ドイツ放送響、バイエルン州立管、ケルン放送響、パリ管、ボストン響、シカゴ響、フィラデルフィア管、クリーヴランド響、N響、水戸室内管などに客演。2001年から4年がかりで上演された新国立劇場のワーグナー「ニーベルングの指環」チクルスで圧倒的な成功を収めるなど、日本でも多くのファンを魅了している。2005年から2011年にかけて、6年間フランス国立リヨン管弦楽団の音楽監督を務めた。
2007年よりライプツィヒ放送交響楽団(MDR交響楽団)の首席指揮者・芸術監督を務めている。