国立音楽大学

くにおん*Garden

海外で学ぶ、働くために―小林資典先生による特別講座(後編)

対談後編

中村敬一先生
小林資典先生

前編ではヨーロッパの劇場で働くために必要なことや心構えを語って頂きましたが、後編ではさらに具体的なお話をたくさん伺うことができました。

中村
色々と大変な現実もわかってきたところですが、学生の皆さんの中にも将来ヨーロッパの劇場で歌いたい、あるいは指揮をしたい、演奏をしたいという方がいらっしゃいます。どのように動くべきか、もう少し教えて頂けますか。

小林
ヨーロッパは「エージェント社会」といわれるほどエージェントとの出会いが重要で、彼らが劇場に売り込んでくれるのです。実際、ドイツの学生は学校にいるときからエージェント探しをしていますね。食堂などでは「あのエージェントがいいらしい」といった話でもちきりです。また、大学院オペラのように大きな演奏会があるときには、エージェントを呼んで聴いてもらっている学生もいます。あちらのエージェントのフットワークは非常に軽いので来てくれるのですよ。彼らとしても、才能ある人を若いうちに見つけられる、という利点があるので。
もちろん、コンクールも仕事をするための重要な足がかりになります。大きな国際コンクールになればエージェントも聴きにきますからね。あちらではコンクールの出場は、「1位を獲りたい」というより、ご縁や仕事を探すために、というのが多いです。

中村
エージェント探しが非常に重要ということがわかってきましたが、そういった方々とどのようにコネクションを作ればいいのでしょうか。

小林
ホームページなどがあるので、そういったところからメールを送って頂いてもいいのですが、やはりこの際も電話することをおすすめします。なんといっても「直訴」が強いですから。あとは、もしコンクールに出場したら、結果を問わず審査の後のパーティに出席するようにしましょう。エージェントに直接声をかけるチャンスです。声、あるいは演奏などを聴いてほしいと伝えましょう。

中村
それではさらにオーディションのお話を伺いたいと思うのですが、今回の講座のために、小林先生がオーディションの際に歌手が実際に提出してきた経歴書を資料として持ってきてくださりました。 

小林
個人情報のところは隠してありますが、どのエージェントを通してきたものかということ、他に学歴やレパートリーなどが書いてあります。
日本の履歴書のように形式が決まっているわけではないので人によって書き方は違うのですが、良い例と悪い例をご紹介します。悪い例としては全部文章で書かれていて、最後まで読まないとその人がどんな人かわからない、というものです。だいたい審査員は、演奏を聴く5分前くらいに資料をもらって、聴きながら読むのであまり長文で書かれてしまうとどちらにも集中できません。
良い例としては、現在どこで何を歌っているのか、そしてレパートリーが最近のものから書かれていることです。我々は10年前の情報より、ここ2、3年のことを知りたいので。あとは単純なことですが重要なところは太字にするなど見やすいようにすることも大切ですね。

中村
どんな声なのか、そしてどのようなレパートリーをもっているかがすぐに伝わらなければいけませんね。

小林
自分のことをよくわかっているか、というのも審査側は見ています。たとえばコロラトゥーラなのに「アンナ・ボレーナ」がレパートリーになっているとキャスティングしにくいです。なんでも歌えることをアピールしたいのだとは思いますが、いざ実際に聴いてみるとそうでもない…ということが多いのです。自分の声の種類やキャラクターを正確に伝える必要があります。

中村
オーディションでの演奏の様子を教えて頂けますか。

小林
演奏はだいたい3~10人の審査員で聴きます。応募者は数曲提出し、たいてい1曲目はそのなかから自分で好きなものを歌うことができます。2曲目はこちらから指定することがほとんどですね。

提出曲については、モーツァルトはマストで、ドイツで受けるならドイツ語オペラのものもいれるといいでしょう。さらにフランス語など他の言語もいれて可能性を見せるのもいいですね。また、曲に迷ったらなるべく有名曲にするのがおすすめです。というのも、当日伴奏をする人はその場で準備なしに弾くので、弾きなれていないものになると大変なことになってしまう可能性があります。

中村
本日はヨーロッパで仕事をするための動き方や準備、心構えなど本当にたくさんのことを教えていただきありがとうございます。日本とは色々と違う部分も多いことが皆さんにもお分かりになったと思います。ちなみに、実際にヨーロッパで学び仕事をされている小林先生から見て、日本の音楽教育にはどんな課題があるとお考えでしょうか。

小林
教育というよりは積極性でしょうか。あちらにいて思うのが韓国人の凄さです。今、どの劇場も韓国人キャストなしではやっていけないのでは?というほど存在感が強い。彼らは歌もすごいのですが、キャラクターも立っていて、コミュニケーション能力も高い。特にドイツはわかりやすいものを好むので、日本のような奥ゆかしさよりもストレートに自分の意見を伝えられる方がいいのです。ぜひみなさんにも自分を大胆に表現していただきたいですね。日常ではできている方も多いと思うので、歌でイタリア語などを通したときでもそれを忘れないようにしていただけるといいのかなと思います。

質疑応答

約2時間にわたる対談は学生たちにとって新しい発見ばかりで、驚きつつも目標に向かって気持ちを新たにしている様子も窺えました。さらに詳しく話を聞きたいという学生も多いことから、最後に質疑応答も行われました。

 

―大学院修了後に留学を考えているのですが、大学に行くことと、直接オペラ研修所に入ること、両方のメリットとデメリットを教えてください。

 

小林 大学に入るメリットとしては1年、あるいは2年ほどその国に慣れる時間が作れること、非常に安い価格で様々な劇場のオペラを鑑賞できるというのがあります。ただ、学校でできるコネクションには限りがあるので、入学してもすぐに次のことを考えていかなくてはいけません。ダイレクトに研修所に入ることは実際の現場で一流の指揮者や歌手たちと仕事ができる、というメリットがありますが、端役とはいえ声に合わないものを歌う可能性もあるので、声をつぶしてしまう恐れもあります。大学と研修所、どちらにいくにしても、いい先生と出会うことが重要ですね。どんな大歌手であっても、歌手というものは常に自分の声の状態やレパートリーとの相性などを冷静に見て頂ける先生が必要なのです。

 

―指揮の勉強をしています。さきほど、デュッセルドルフでは年間300もの公演があるというお話がありましたが、それだけの多くの作品をこなすコツはありますか?

 

小林 次のシーズンの演目というのは事前に発表されるので、なるべく早く準備をはじめることですね。あとは取捨選択です。どの曲のどの部分も完璧に…というのはどうしても難しいことがあるので、「ここだけは完璧に」とか「ここは要練習だ」など、カテゴライズして要領よく練習し、慣れていくことですね。1年目はとにかく大変ですが、年数を重ねれば少しずつ慣れていきます。

 

 

―オーディションで歌手の歌声を聴く際、どこが重視されるのでしょうか?

 

小林 個人的な意見ですが、やはり声にあったものを歌っているかを見ています。また、どの音程も均一な声で歌えるかも重要です。そして同じ音をピアノとフォルテで歌えるか、それをどれほど自在にできるのか…というところですね。基本的なことができているかどうかを重要視します。日本の歌手に限らず、アジア系の歌手にいえることなのですが、みなさん自分の本来の声より重いものをもってきますね。特に多いのがグノーの「宝石の歌」です。アリアだけ聴くと軽めのものと思われるかもしれないのですが、マルグリートという役自体は結構重い声が求められます。なので軽い声の方が「宝石」を歌っても全幕は任せられない…というのがよくあるのです。ぜひアリアを選ばれる際は、その一曲ではなくオペラ全体を見て自分に合っているかを確認して頂きたいです。

「将来は教える仕事もしていきたい」とお話くださった小林先生は学生の質問に対して丁寧にお答えくださりました。10月に行われる大学院オペラに向け、指導を受けている学生たちはこれからさらに海外での学びや仕事に対して意欲を燃やしていくことでしょう。対談を通して小林先生は早く、そして積極的に動くことの大切さもお話されていました。少なくとも語学の勉強や検定試験の受験は日本にいても可能です。将来海外に行きたい、という方は自分にできることからはじめてみてはいかがでしょうか。

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