くにたち*Garden
第23回 くにたちと「日本人の音楽」研究(2)〜日本の楽器とその音楽をめぐる研究(横井雅子先生)
日本の近現代の音楽と音楽文化への理解を深め、本学のあゆみを知る授業。横井雅子先生による講義では、第22回の前島先生の講義でも触れた近世邦楽をご専門とする竹内道敬先生のご研究をさらに掘り下げ、先生のエピソードや本学に寄贈された膨大な資料などについてお話しいただきました。
まず横井先生より、今回のテーマの副題として「竹内道敬『日本音楽のなぜ』を追い、伝えた生涯」と、竹内先生のご著書のタイトルを引用しつつ、先生の研究のスタンスや人となりについてお話がありました。
竹内先生は、早稲田大学大学院文学研究科 演劇学修士課程を修了後、アカデミックな研究者の道ではなく、演劇百科大事典の編集や、芸能の現場で活躍され、研究のための研究ではなく、むしろ「在野の好事家」の立場を貫かれたことをご紹介いただきました。一般向けの書籍に見られる、わかりやすく洒脱な書きぶりに、時には「学術界で認められた事実ではない」といった誤解をされつつも、竹内先生の膨大な知識、経験に基づく見識は他の追随を許さないものがあり「知識を表に出さないことが先生一流の振る舞いだった」と横井先生はお話しされました。そこから、竹内先生が「研究のための研究」を行うようなスタンスではなく「一般向けに分かりやすく、しかし裏付けは盤石に」と常に現場でのご経験を大切にする姿勢をお持ちだったことに言及しました。
続いて、教育者としての竹内先生についてもお話しいただきました。竹内先生が本学で教鞭をとられる以前、1980年代初頭までの日本音楽研究は、文学や演劇からのアプローチが主流であること、日本音楽特有の細かく入り組んだ流派についての理解が必要とされることから、研究のハードルが高いイメージがありました。そのような状況の中で、竹内先生は歌舞伎のイヤホンガイドやラジオ番組でのパーソナリティの経験を生かし、分かりやすく巧みな話力で大学でも授業を行っていました。本学のみならず、複数の大学での講師を務めていた先生の薫陶を受けた学生は非常に多く、中でも本学の講師である吉野雪子先生、根岸正海先生、現在、京都市立芸術大学教授の竹内有一先生は、本学大学院音楽研究所の近世邦楽研究部門の研究員として、先生とともに近世邦楽の調査・研究にあたり、竹内先生の仕事ぶりを目の当たりにしてきました。
のちに『竹内道敬文庫』を形成する膨大な資料に直接触れる経験により「若手の研究者が場を与えられ、力をつけていく様子がみてとれる」と横井先生がお話しされたように、本学の音楽研究所はいわば近世邦楽研究の重要拠点として影響を持つほどの存在になりました。
また、先生がご退任後の20年間にわたり、若手の研究者を支援するための「竹内道敬奨励金」を設立し、日本音楽ないし音楽民族学を研究する修士課程在学の学生への奨励金を支給しました。受給者のうちの半数が博士号を取得し研究者として活躍するなど、若手研究者への惜しみない支援が豊かに実を結んだ様子をご紹介いただきました。
そして、竹内先生の真骨頂である「稀代の蒐集家」としての功績についてお話しいただきました。竹内先生は三味線音楽の楽譜である正本など、音曲そのものに関わる資料はもちろん、江戸時代の劇場の様子を知る手がかりとして、錦絵などに描かれた劇場図や役者絵、芝居番付などを自ら購入し江戸の人々がどのように芸能を享受していたのかを仔細に研究されていました。
その様子は「『かつての音曲の世界に身を置いてみたい』という竹内先生ご自身の夢追いのよう」と横井先生がお話しするように、竹内先生独自の研究へのアプローチだったと言えます。先生の江戸の芸能への興味は尽きることなく、祭礼にも広がりを見せ、これらの膨大な資料は本学附属図書館に寄贈され『竹内道敬文庫』さらに、Web上に公開されたデジタルアーカイブ『竹内道敬文庫の世界』へと収斂していきます。
講義の最後には図書館にて、実際に竹内先生が収集された錦絵を見学しました。竹内先生はかねてより、「実物の資料を見る経験をしてほしい、ガラスケースに入ったものではなく、紙の質感、凹凸を知ってほしい」とお話しされており、その希望通り、受講生たちは色の鮮やかさ、細かく書き込まれた人物の表情、実際にはありえない大胆な構図で描かれた劇場の風景の錦絵などを間近に見学していました。
竹内先生の計り知れない功績を目の当たりにすることにより、研究対象への思い、熱気が学生たちにも伝わり、今後、研究者としての第一歩を踏み出すことになる学生たちにとっても刺激を受ける機会となりました。
なお、この見学は竹内先生のご遺志に沿うものとして、図書館関係者も大変に喜んでいたことも付記します。
次回は津田正之先生による「岡本敏明、小山章三の音楽教育論と合唱行脚の展開」をテーマにお話しいただきます。