くにたち*Garden
インタビュー:エンターテインメントの力で社会問題の解決に携わるー声楽専修3年 黒部睦さんー
2022年11月、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)がエジプトのシャルム・エル・シェイクで開催されました。この会議に学生記者として参加した本学声楽専修3年生の黒部 睦さんは、高校生のときにSDGsに関するワークショップに参加、気候変動に関する問題意識を深め、活動を開始しました。
黒部さんにご自身の活動の原点、COP27に参加した際の様子、「エンターテインメントの力を使って、社会問題の解決に携わりたい」と音大生ならではの視点で気候変動の問題に取り組む意義をお聞きしました。
原点は「みんなが幸せに暮らせたらいいな…」
ーーまず、黒部さんの問題意識の原点についてお伺いしたいのですが、いつ頃から気候変動の問題について意識をしていたのでしょうか。
黒部 睦さん(以下、黒部):漠然とした夢のようなものですが、かねてから「みんなが幸せに暮らせたらいいな…」という思いは常にありました。具体的な行動をしたのは、高校1年生のときに先輩に誘われてSDGsのワークショップに参加したことです。そこで環境問題や気候変動の問題に触れ、自分でも活動することに興味を持ち始めました。高校3年生のときには、私の活動について知っていた高校の先生に勧められて、気候変動に関する海外研修に参加し、スイスとスウェーデンの取り組みを視察しました。
ーー高校生の頃から活動を始められていたんですね。高校3年生のときには海外研修にも参加したとのことですが、どんなことが印象に残りましたか?
黒部:スイスでは主に国連やWHOといった国際機関の視察を行いましたが、正直なところ難しくて…。ですが、スウェーデンでは環境先進国ということもあり、その取り組みの一つひとつが素晴らしく興味を惹かれました。そもそも社会インフラ自体が環境に配慮されているため、CO2を大量に排出するような製品は作られていないんです。さらに驚いたのは、先進的な取り組みで知られるスウェーデンの市庁舎を訪れたとき、もっと環境問題に対して積極的な取り組みを行うよう、若い世代の人たちが声を上げていたこと。私と同世代の人たちが、こんなにも気候変動について危機感を持って活動している…そのことが何よりの刺激になりました。私もすぐに声をあげよう!と気持ちが固まりました。
ーースウェーデンでの経験が黒部さんの原動力になっているんですね。世界では、10代、20代の若い世代の活躍が目覚ましいですが、黒部さんがこれまでに活動してきた経験から日本での活動はどのように感じていますか?
黒部:世界では若い世代が当事者意識を持って活動していますし、例えば活動のために学校を休んだり、自分たちの考えを表明することも、社会で受け入れられています。ですが、日本では気候変動に関する活動というと、経済を後退させるのではないか、生活の質の低下につながるのでは…とネガティブな感覚につながりがちで、学校を休んでまで活動をすることに対する批判的な意見もあいまって、外からの応援が乏しいなと感じることがあります。
また、最近はそもそも若い世代の人たちが困難な問題に対して声を上げる余裕が持てないということも問題なのではと感じています。
ーー気候変動に関する活動を通して、同世代の人たちが抱える悩みや苦しい状況も見えてきたということもあるんですね。
黒部:はい、そうですね。私は高校生のときから気候変動に関する活動を続けていますが、生活が苦しくて活動を継続できない、就学上の悩みを抱えているなど、活動を行う中でさまざまな社会問題にも直面しています。活動を中断しても、また戻ってくる仲間もいますが、気候変動への取り組みを通して、同世代の人たちがどんな考えや悩みを持っているかについても視野が広がりました。
私たちは「声を上げられる側」だと気づいた
ーー黒部さんは2022年11月にエジプトで行われた国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)に参加されました。どのような経緯で参加することになったのでしょうか。
黒部:COP27はとても大きな国際会議ですから、メディアでも大きく取り上げられてきましたが、報道されるのはそのごく一部だけです。ともに活動するみんなから、参加している人の思い、若い世代ならではの視点で現場の状況を伝えることが重要なのでは、と声が上がりました。私は高校3年生からずっと継続して気候変動に関する活動をしてきて、今はテレビやラジオ、SNSなどを通じて情報を発信したり、考えを話したりすることができています。その環境を活かして、ぜひ現地に行って状況を伝えてほしい、という声に後押しされてCOP27に参加することになりました。
ーー実際に参加した印象はいかがでしょうか。また参加したからこそわかった新しい課題はありましたか。
黒部:アフリカに行ったのも初めて、途上国に行くのも初めてで、普段の生活とはまったく違う文化圏という印象でした。COPの会場には各国の官僚が参加しているのはもちろん、気候変動の課題解決に向けて新しい製品の発表をする企業があったり、私たちのような学生でアクティビストとして活動したりしている人もいたりします。さまざまな角度から気候変動という一つのテーマに関わっている人たちが、ぎゅっと一同に会していることが一番衝撃でしたね。そのような人々が一緒に登壇する機会があって、普段は違うカテゴリーで活動している人たちが交わるということも印象深かったです。
現地に行ったからこそ気づけたことは、私たちは日本では政策を求めて「声をあげている側」でしたけれど、実際に気候変動の被害を受けている地域の人たちから見れば「声を上げられる側」の人間なんだ、ということです。
先進国が排出したCO2によって逼迫した状況になっている人々の声を実際に聞くことはこれまであまりありませんでしたけれど、私たちは声を受け取る側の人間でもあるんだということを実感しました。
だから、私たちは加害者側であることを認識したうえで、加害者であるからこそ行動することの責任をCOPに参加したことで気づけたと思っています。
それから、私自身がCOPに参加したこと自体、同世代の人たちに大きなインパクトを与えていることにも気づきました。アクションを起こしても声は届かないのでは…と思っている人たちに、私たちでもできることがある、声は届く、と伝えていくことが大事だと話す機会が増えましたね。
エンターテインメントの力で社会問題の解決に携わる
ーー黒部さんは高校3年生から気候変動の活動に関わっていらして、それでも音楽という分野を進学先として選ばれましたね。その決め手、きっかけはどんなことだったのでしょう。
黒部:進路はすごく悩みました。国際関係学部で社会問題について学ぶ、という選択肢もありました。
ですが、私は「エンターテインメントの力で社会問題の解決に携わりたい」という夢を持っています。気候変動の活動のやり方については試行錯誤しながら方向性が見えてきたけれど、エンターテインメントの部分をしっかりと学んできてはいなかった。だから大学ではその基礎を学んで、やりたいことの実現に向けて今後に生かしていきたいと考えていました。
気候変動の問題は、科学的なアプローチ、ビジネスの力はもちろん必要で、いろんな人が自分の分野で考えて、できることをやっていくことが大事だと思うんです。その一つとして、表現の力、多くの人に危機感を伝えるというのも大事だと思っていて。
これまでも海外のアーティストがさまざまな社会問題に対して声を上げて実際にたくさんの寄付が集まったり、賛同の声が広がったりして、すごくかっこいいな…と思っていたので、音楽の力、エンタメの力が必要だと感じて音大への進学の道を選びました。
ーー黒部さんの活動を知っている周りの方にとっては意外な選択だったと思いますし、大きな決断ですよね。その中でも特に声楽を選び、くにたちへの進学を決めたのはどのようなことからでしょうか。
黒部:子どもの頃から『おかあさんといっしょ』が大好きだったり、歌手の人たちの活動に共感したり、多くの人々の心を動かしているのは「声の力」なんだ、と実感することが多かったというのが声楽を学ぼうと思ったきっかけでした。
習い事としてピアノやミュージカルをやっていましたが、本格的に声楽の勉強を始めたのは高校3年生でした。夏の終わりくらいに意志を固めて勉強を始めましたが、楽典とかはもう…大変で。最初に声楽を習った先生のところではどうしても歌えなくなってしまって、これは直接大学に行って先生に習うしかない!と思い、冬期受験準備講習会に参加しました。そこで出会った先生によくしていただいて、声も出るようになったしすごく楽しく歌えるようになったんです。その先生が今も師事している小林菜美先生です。
大学選びでは、他の音楽大学にも見学に行きました。でも、くにたちは基礎を大切にして学べるというのが私に合っていると思ったし、基礎をしっかりと身につければ色々なことに挑戦できるという思いもありましたね。
ーー「声の力」が人々の心をつかむというのは大きいですね。では、音楽を学んでいることと現在の活動はリンクしていると。
黒部:すごくリンクしていると思います。メディアへの出演や、気候変動の活動でも「表に立つ」という役割を担うことが多く、声楽をやっているからこそできることだなと感じています。はっきり喋るというのも、発声の基本が役に立ちました。ラジオの出演のときにも「声がいいね」「聞きとりやすいね」と言われることもあります。
それから、今の段階ではまだ実行できていませんが、COPの会場でも歌ったり楽器を演奏したりして自分の思いを音楽に乗せている人たちも多くて、音楽の力の影響力を目の当たりにしました。音楽を通していろんな人の注目を集めることも大事だなと思っています。
ーー確かに、何か言葉を伝えたいと思ったときに、節回しだったりリズミカルな響きだったりというものは人々にきっかけを与えますよね。
黒部:そうなんです。だからミュージカルも作りたいんですよね…なんとか在学中に。気候変動ってこんなに大変なんだよ、ということをアピールするのではなく、普段の生活の中でなんとなく意識できることや、今の生活がこんなふうになったらいいよね、と人々に刷り込めるような作品を作れたらと(笑)
ーーミュージカルであれば、同世代の人たちはもちろんですが、子どもたちの世代にも対象が広がりますね。
黒部:確かに私より下の世代に伝えていくことも大事ですね。同世代で学校の先生を目指している人たち、子育てをしている人たちへの講演も少しずつ行なっていて、教育の大切さということも意識しながら、活動の幅を広げています。私は世代、ジェンダー、専門分野に関係なく、どんな人たちであっても社会問題について発信できることがあると思っています。
例えば、学校だったら再生可能エネルギーを使うであったり、親であれば子どもの教育であったり、企業にいるのだったら新しい技術・商品の開発であったり、それぞれの立場でできることをしていければいいのかなと思っています。
ーー大学の友人の方とも黒部さんの活動について話したりすることはありますか。
黒部:もちろんありますし、いつも応援してくれています。直接活動に参加するということでなくても、環境に配慮した食事ができるカフェをめぐったり、社会問題について、気づいたら何時間も話していたこともあります。私が出演するラジオの効果音は、コンピュータ音楽専修の友人が作ってくれたんです。輪が広がっていくことは嬉しいですよね。
ーー最後に今後の目標について改めて教えてください。
黒部:最近、将来何になるの?と聞かれることも増えてきましたが、私が当初から抱いている「みんなが幸せに暮らせる社会になったらいいな」という目標はぶれずに、それにつながる活動は何でもやっていきたいですね。ミュージカルであったり、メディア出演、あらゆる表現、エンタメの力を使って気候変動の問題を多くの人に伝える機会があればいいなと思っています。
ーー貴重なお話、ありがとうございました!