国立音楽大学

【開催報告】NHK交響楽団『ベートーヴェン「第9」演奏会』のコーラスを聴いて<教授 永峰 高志>

「新しい風」

永峰 高志 教授

N響の第九を40年ぶりに客席で聴きました。それは高校生の時以来でしたが、実は国立音大のコーラスを聴いてきた回数は150回を超えています。なにせ私は35年もN響に在籍していたわけですから・・・。
2015年N響を退団し、国立音大で教鞭をとるようになりました。ですから今回の第九のコーラスは今までオーケストラの中で聴いていた時と違い、「ハラハラ」「ドキドキ」して、とても愉めて聴ける状況ではないと思っていました。しかし違ったのです!
今回のコーラスはお世辞抜きで、今まで聴いてきたどの国立音大のコーラスよりも素晴らしかったからです。私は「新しい風」を感じました。

私がN響に入団した当時第九のコーラスといえば、残念ながら男性パートは雄叫び、女性パートは絶叫となってしまう事が多かったと思います。
しかし日本人はそういうのが好きなのだ、仕方ない、と思っていました。巷で流行って支持されているJポップを思い浮かべてください。殆ど地声で歌われて(わめいて?)いますよね。「あ゛〜」「え゛〜」「い゛〜」「お゛〜」「う゛〜」
それを否定するわけではありません。私も好きだからです。なぜか心に染みます。何故なら声楽に限らず、残念ながら日本人の出す楽音が地声のような音色だというのは、古来から我々の体に染み付いているからです。西洋人には全く理解ができない事なのですが、日本人にはそれが心地良く聴こえるのです。
ですから日本人は、気を付けていないとヴァイオリンを演奏する時でも、すぐに地声のような音色になってしまいます。私もです。
35年前に当時ベルリンから帰って来た友人にその事を指摘されたことがありました。しかし当時の日本のクラシックの演奏スタイルから出される音は、まさに地声オンパレードであったと思います。
西洋人のように何百年もの昔から毎週教会に行き、そこの豊かな響きの中で讃美歌を歌ってきた人たちと、木と紙で出来た家に暮らしてきた我々と音のイメージが違うのは当たり前のことでしょう。
私は決して自分たちの血の中に流れている音色を否定はしません。地声で唄うJポップも好きです。ぬか漬けが好きなように・・・日本人ですから。
しかし基本、クラシックはすべての楽音は響いていることが前提だと思うのです。西洋の音楽ですから!

NHK交響楽団『ベートーヴェン「第9」演奏会』の様子

近年徐々に、ほんの少しずつではありますが、音に響きをつける事を大切に思う日本人の演奏家が増えてきたと思います。
今回の第九のコーラスから出された音には心地よい響きがありました。それは私にとっては衝撃的でした。そこに「新しい風」を感じました。一人一人が響きを大切に歌っていました。そうすることによって全体の響きが柔らかく、ホール全体を包み込むようなとても心地よくしかも壮大なサウンドになったのだと思います。
これは声楽の指導陣が、長い年月をかけて根気よく指導した成果が、2015年の暮れに花開いたのではないかと思います。

国立音大の学生オーケストラも2015年、定期演奏会、音楽大学・オーケストラフェスティバル演奏会等の演奏で高い評価、多くのお褒めの言葉をいただく事ができました。ここでも「新しい風」を感じました。これも長い間、少しずつ蓄積され、蕾であった状態のものが開花し始めた現象ではないかと思います。

私たちは、今後も引き続き、西洋のクラシック音楽を演奏するときは、日本人独特の音色感にならないように気を付けて指導をし、社会に送り出していこうと思っています。
4年間国立音大で勉強することによって「国立出身の子の音には美しい響きがあるね。」と常に、何処ででも言われるように。今回N響第九コンサートで吹いた「新しい風」が普段から当たり前のように吹いているように。
またこの極東の地で「新しい風」を吹かせる事が、グローバル化したヨーロッパで少しずつ失われつつある「西洋の古き良き伝統」を守る事になるのではないでしょうか。

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