くにたち*Garden
全音楽譜出版社による特別講義:楽譜出版にまつわる話あれこれ
音楽文化教育学科 音楽情報専修には、音楽のさまざまな領域で活躍していらっしゃる方からレクチャーを受ける授業があります。
今回は、大手楽譜出版社である全音楽譜出版社の出版部長、新居隆行(にい・たかゆき)氏をゲスト講師としてお迎えし、「楽譜出版にまつわる話あれこれ」という題で講義をしていただいた貴重な機会をご紹介します。
新居氏からはまず、出版物の企画立案についてお話しがありました。全音楽譜出版社から刊行された様々なタイプの曲集や書籍について、そのコンセプトや作曲家との契約の経緯、タイトルや装丁の工夫、市場の反応などを教えていただきました。そのお話から、市場のニーズを予測する能力の重要さと、音楽文化を牽引していこうとする楽譜出版業の矜持を知ることができました。
次に、編集作業について、コンピュータ組版が始まる20年前まで、楽譜浄書は判子の手押しで行われていたという、受講している学生にとっては「衝撃的な」事実が告げられました。理想の楽譜に近づけるためには、小節線と音符の微妙な間隔や連桁の傾きといった、ごく細部にまで神経を行き渡らせる必要があることも教わりました。若手の作成した楽譜に対してベテランの編集者が鼻息荒くダメ出しする様子が、赤インクだらけの楽譜を前にユーモラスに語られました。
授業内では二つの実践的な課題が出されました。一つは、同一曲の浄書譜の「良い例/悪い例」を見比べてその違いを指摘する課題、もう一つは、手稿譜と印刷譜を見比べて転写のミスを見つける校正体験です。これらの課題は、より「読みやす」く「音楽が感じられる」楽譜とはどういうものであるか、またヒューマンエラーの契機はどこに生じやすいかを知ることにつながりました。
最後に、楽譜出版において無批判に受けとめられてきた原則への疑問が提起されました。すなわち、楽譜における書式統一の必要性(例、同一フレーズは必ず同一のアーティキュレーションを付けるべきか)や、原典版の権威(例、原典版とは一線を画すツェルニーによる校訂版は「悪」なのか)といった原則に対する疑問提起です。「音楽にまつわることには唯一絶対の正解はない」というのが新居氏の結論でした。
授業内で出された実践的課題は、学生たちにとっても大いに刺激になったようで、浄書の良し悪しを分別する課題や、楽譜校正の課題に取り組んだ体験を踏まえて、将来は楽譜出版の仕事に携わりたいと考える学生も出てくるのではと想像されます。また、最後に提起された問題に対しては、学生から「楽譜出版は作曲家の意図をくむ作業」でもあり、「作曲者と演奏者をつなぐ架け橋のようでとても興味深かった」とする意欲的なコメントも寄せられました。
なお、本講義には同社に勤務する本学卒業生も同席してくださいました。音楽出版業界の最前線で働く先輩の存在も、学生にとって大きな励みになったことでしょう。
本学では引き続き、音楽と社会を実践的に結びつける学びの機会を積極的に提供してまいります。
協力:全音楽譜出版社