くにたち*Garden
下払桐子 さん インタビュー
第85回日本音楽コンクール(主催:毎日新聞社、NHK、特別協賛:三井物産、協賛=岩谷産業)フルート部門において、第1位に輝き、併せて岩谷賞(聴衆賞)を獲得された大学院修了生の下払桐子さん。
受賞の喜びや音楽に対する考え方などを武田忠善学長が伺いました。
働きながらの受賞!
武田学長(以下、武田)
おめでとうございました。
下払さん(以下、下払)
ありがとうございます。
まさかの結果に…自分でも、びっくりしました。
武田
下払さんは既に音楽の現場でご活躍で、今回、プロとして仕事をしながら挑戦されて見事受賞となりましたが、大変だったのではないでしょうか。
下払
そうですね、働かないと生活が…ということも正直ありましたが(笑)。
でも、逆にそれが良かったのだと思います。
間に合わせるのは大変でしたが、現場では常に勉強させてもらう気持ちでいるため、そういう場に自分の身を置いておくということがすごく良かったなと感じています。
武田
コンクールというのは、音楽性が見えていることが大切で、苦労していないと生まれない部分でもありますよね。
同級生との同時受賞について
武田
作曲部門で1位を獲得した白岩くんと同級生だったということもすごいことですね。
下払
素直に嬉しいです。
白岩くんは、彼がフルートをやっていたこともあり、学部時代からフルートの曲をよく書いていました。そのため、何回も彼の曲を吹かせてもらっていました。
ただ、学年が進むにつれて、お互いに忙しくなり、演奏をする機会も減っていきました。
でも、彼が大学院の時に久しぶりに彼の曲を吹く機会がありまして、その時に格段に難しい曲を持ってこられたのです。「私ももっと頑張らなきゃ」と思ったことはよく覚えています。
彼は学部時代から「微分音」による作曲を追求していましたが、ずっとやってきたことを貫いて今回1位を獲得されたので、私もとても嬉しいです。
武田
仲間は仲間ですが、ある意味、尊敬するライバルといった意識もあったのでしょうか。
下払
そうですね。楽器は違いますが、そういう気持ちはすごくありました。
在学中は白岩くんのような他の専攻の方もそうでしたし、ブラスバンド(吹奏楽の授業)もありましたから、先輩、後輩からの刺激もありました。
自分から探して動く。そして練習することの大切さ。
下払
勉強していく上で、学生の時は当たり前のように先生方が用意してくださったものがありましたが、今は自らが行動しなくてはなりません。でも、それがとても楽しいのです。先輩方に聞くと「本当にそう。これからもっと楽しくなるよ。」と皆さん言ってくださるので、今後もどのような学びに出会えるか、すごく楽しみです。
武田
それぞれの現場で「自分なりに一所懸命にやる」ということが一番大切で、止まっていたらダメですよね。
やはり光っている人は、常に動き回っていますから。
下払
先生はお忙しくてもしっかり練習されていますよね。
武田
練習しないと沈んでしまいますね(笑)。
時間がない時でもスケールだけはやるようにしています。
昔、忙しいということを言い訳にしてスケールをやらなかった時期があって、その時にある失敗をしてから「スケールはやらなくてはダメだ」と自分の中で言い聞かせるようになりました。
下払
音楽はスケールで成り立っていると私も思います。
どんなに忙しくても10分、15分でもやる。本当に大切ですね。
武田
スケールをやっていないとステージに立ってもメンタル的に崩れていきます。自分で気がついた時にはもう遅いですからね。
2日も吹かないと手術用のものすごく薄い手袋をして吹いているような感覚になり、さらに時間が経過すると、それが厚手の手袋をして吹いている感覚になってしまいます。そうなると、厳しいですね。
下払
わかります。
自分の手の感覚が変わるのは一瞬ですね。薄い手袋から厚手の手袋になるのは、あっという間です。
大切なことは、「音楽を好き」になるということ
武田
先輩として学生に何かメッセージはありますか?
下払
私もまだまだ勉強中で、えらそうなことは言えませんが…。私が常々感じていることを申し上げますと、私は演奏会を聴きに行くことが大好きで今の収入をほぼ毎月コンサートに費やして、オーケストラやオペラなどを見に行っています。でも、演奏会で若い人にはあまり会わないです。
学生さんに、「私は1万円を払って聴くけれど、学生券は千円だから来た方がいいよ!」と誘っても、「ちょっと今日は合わせがありまして」と返答がきたりします。「何で?!合わせなんて調整すればいいのに…」と不思議でなりません。
練習は大事ですが、『聴くこと』もすごく大事なことだと思うのです。
武田
まず耳を鍛えないといけないですね。イメージすることは大切なことですから。
下払
「理想とする音がないと…」と思います。
くにたちでは、海外から先生をお招きする公開レッスンを、先生方が沢山企画してくださっています。しかし、聴きに行かなければ何の意味もないですからね。
図書館の利用についても同じです。
私は高校時代にコンクールなどを受けていなかったこともあり、大学に入った時には曲を全く知りませんでした。入学した瞬間に目の前に学生音コンで優勝した人がいらして焦りました。
そこで、曲を知るために、毎日図書館でCDを1日10枚借りて、フルートのレパートリー曲を全部聴いたのです。
国立音楽大学はそのようなことが出来る素晴らしい施設がありますが、中には全然曲を知らない学生さんもいらしたりして。
武田
確かにそうですね。環境が揃っていますね。
下払
また、私が国立音楽大学出身で一番良かったなと思うことは、良い意味で自分がやりたいことが何なのかということを考える時間が持てたということでした。3年次からの「コース制」があるということも大きかったと思います。
武田
そうですね。良いところを伸ばし、導くよう努めている教員が多いのかもしれません。
また、将来現場で役立つような教育も心掛けています。
下払
授業の際に、初見でフルート二重奏を演奏した記憶があります。通常、実技の授業は予め練習をして臨みますが、突然、「今日はこれを演奏してみましょう!」と言われ…。でもその経験はすごく大きかったように感じます。
武田
いきなり勝負しないといけないことがありますからね。「初見が苦手なのでできません。」とは絶対に言ってはいけませんし。
下払
自分がどの部分が苦手で、どの部分を伸ばせば生き残っていけるのかということを常に考えさせられる環境でした。きっちりした教科書どおりの授業だけでなく、応用というか、自由な部分も含まれた授業はくにたちの良さだと思います。
学生さんたちには、そのような恵まれた環境で学べることを大切にしていただきたいですね。
興味を持ち続けることを大切に
武田
僕はクラリネット奏者ですが、他の楽器の色々な音、例えばフルートの音を聴いて「ああいいなー」とか、歌の良い声を聴いて「この音を使いたい」とか、「出してみたい」などと感じることが多いです。先に「音楽が好き」ということがあって、それをこう表現したいという手段に楽器があると思っています。
下払
すごく共感します。
フルートの先生のお話だけ聞いていたとすると、偏ることが多かったと思うのですが、国立音楽大学の授業では、他の専門の先生と触れ合う時間も多く、とても有意義でした。
面白いですよね、他の楽器や専門の先生のお話を聞くのは。
武田
自分の楽器の先生は、親みたいな存在ですからね。
下払
そうですね(笑)。
フルートの先生は親みたいな存在なので、あれこれ言われると「もう分かりましたよ!」みたいな(笑)。
大学などの教育機関という所は、やるべきことが与えられているので、色々なことに興味を持ち続けることがとても難しいと思うのです。
しかし、今活躍されてる方達は、どれだけ音楽が好きで、どれだけその楽器が好きで、どれだけ興味を持ち続けているかという人達なのだなって思いますし、自分もそうありたいです。
学生さんはいつも忙しそうにしていますが、あまり細かいことに追われないで、興味を持ち続けるということを大切にしていただきたいですね。
武田
そうですね。本日はお忙しい中、貴重なお話をどうもありがとうございました。
下払桐子 プロフィール
国立音楽大学卒業、同大学大学院修士課程修了。学部卒業時に武岡賞を受賞。第85回日本音楽コンクール第1位及び岩谷賞(聴衆賞)、加藤賞、吉田賞受賞。第17回びわ湖国際フルートコンクール第1位。第17回日本フルートコンヴェンションコンクール第1位及び吉田雅夫賞受賞。第5回仙台フルートコンクール第1位。第4回岩谷時子賞「岩谷時子Foundation for Youth」受賞。第81回読売新人演奏会、第15回ヤマハ新人演奏会、第38回フルートデビューリサイタル、JTアートホールアフィニス主催「期待の音大生によるアフタヌーンコンサート」、小澤征爾音楽塾オーケストラプロジェクトⅡ等に出演。東京フィルハーモニー交響楽団、セントラル愛知交響楽団、ルーマニア国立オーケストラ等と共演。これまでにフルートを斎藤和志、佐久間由美子、大友太郎、菅井春恵、平木初枝の各氏に師事。現在、東京シンフォニエッタメンバー。