くにたち*Garden
18世紀の音を聴く〜《Caro mio ben》の弦楽伴奏版演奏の試み〜
約40万点の資料を所蔵する本学の附属図書館には、「貴重楽譜」と呼ばれる資料があります。
定期的に図書館の入口にあるガラスケースに展示され、現物を見ることもできますが、もっと気軽に、日常的に多くの貴重楽譜を見る機会があります。それは新1号館の壁にデザインされたサインパネル。
実はこの壁は、本学の図書館所蔵の貴重楽譜がデザイン化されたものだったのです。
このサインパネルに着目し、本学の魅力を演奏で表現してみようと「マネージメント・コース」の履修生たちが演奏会を企画、開催しました。
今回は貴重楽譜の閲覧から演奏までをレポートします。
本学の貴重楽譜とは?
本学では自筆譜、筆写譜、1860年以前の印刷譜、また19世紀半ばまでの洋書、明治33年以前に出版されたものをまとめて「貴重資料」と定義しています。
このような資料は、温湿度管理が徹底された外部の倉庫で保管され、原則としてマイクロフィルムやデジタル化された資料のみを閲覧することになっています。
今回は特別に貴重楽譜を使用して演奏を行うという試みのため、現物を閲覧することでさらに曲への理解を深めることを目的に、図書館員立会いのもと、マネージメント・コースの履修学生8名が演奏会のプログラムとして取り上げるモーツァルト《春への憧れ》、T.ジョルダーニ《Caro mio ben》、ショパン《バラード第1番》を閲覧しました。
触るのが怖い!貴重楽譜の数々
まずはモーツァルト《春への憧れ》。学生たちは口々に「かわいい!」と歓声をあげていました。見返しの部分にはデザインが施され、楽譜の天地は金色の彩色。口絵には女性と子どものイラストが描かれていて、サインパネルだけでは得られない情報が盛りだくさんです。
「ぜひ楽譜に触ってみて」と図書館員の宇田川さんから促されると、学生たちは恐る恐る楽譜に手を伸ばします。早速、現代の楽譜との質感の違いを感じとった様子で、何度も印刷の状態を確認していました。
この楽譜は「彫版印刷」と呼ばれる技法で作成されました。銅製の板に楽譜を彫刻するようにしたのち、紙に押し付けて転写する技法で、線を美しく印刷できるのが特徴。楽譜には銅板を押し付けた時のぼこぼことした手触りが残っています。こうした経験は、まさに現物を見て、触れる機会があってこそ得られるもの。学生たちは出版当時の楽譜製作への情熱に思いを馳せていました。
次に閲覧したのはT.ジョルダーニ《Caro mio ben》の楽譜。ロンドンで出版されたこの楽譜は『イタリア歌曲集』でおなじみの曲ですが、本学で所蔵しているのは歌と弦楽四重奏の伴奏(弦楽3部と通奏低音)という編成。実はこちらの編成がオリジナルで、私たちが聴き慣れている歌と鍵盤楽器の編成はいわば「編曲版」と言えるものだったのです。研究によると、本学所蔵の楽譜は初版の次に出版された楽譜で、世界的にも大変貴重な資料と言えます。
この編成での演奏は今回の演奏会の聴きどころの一つ。学生たちの目もより真剣さを増していきます。紙質や楽譜の状態から「紙が薄くて怖い…」、「溶けそう」と口々に話しながら、学生たちはそっと楽譜に手を伸ばし、ゆっくり丁寧にページをめくっていきます。《Caro mio ben》はイタリア語の歌詞ですが、ロンドンで出版された楽譜にふさわしく、イタリア語に加え英語の歌詞が併記されているのも、この楽譜の特徴です。
最後に閲覧したのはショパン《バラード第1番》の初版改訂版で19世紀に出版された楽譜です。時代を経て印刷方法がリトグラフに変わったことで、楽譜の凹凸がなくなり、すっきりとした見た目になっています。
楽譜には以前の所有者のものと思われる書き込みがあり、難しいパッセージのところには指番号が振られています。学生からは「苦労して演奏した跡が…」と思わず演奏者としての本音が漏れる場面も。
閲覧後も積極的に図書館員に質問する姿が見られ、学生たちは資料を閲覧したことでより作品への理解を深め、演奏会本番に向けて一層の準備を進めているようでした。
楽譜の閲覧後、コンサートを企画したマネージメント・コース4年生の平田友花さんにお話をお聞きしました。平田さんは貴重楽譜の現物は初めて見たそうで、「本当に触ってもいいのか…とても緊張しました」と率直な感想を述べていました。
特に《Caro mio ben》は、声楽と弦楽の伴奏で実用譜の出版がなかったことから、貴重楽譜を使用しての演奏に繋がったとのこと。原曲を音にする機会もなかなか得られないことから、「今回の貴重楽譜について、演奏者の方は実際には目にする機会がありませんでしたが、印刷の状態がどのようなものであったかなど、閲覧の感想なども共有していきたいですし、ご来場のお客さまにもパンフレットで楽譜について伝えたいですね」と話していました。
そしていよいよ、演奏会本番。どのような演奏になるのでしょうか。
歌と弦楽四重奏で奏でる《Caro mio ben》その響きとは
今回のマネージメント・コース修了演奏会のテーマは「くにおんに耳をすませば」。演奏と演奏の間に学内を巡る映像とナレーションが挿入され、まるで学内を巡りながら演奏を聴いているかのような体験をしていきます。学内の特徴的な建物、設備の整ったスタジオなどを歩いて回るごとに、学生たちによる演奏が披露されます。そしてついに《Caro mio ben》の演奏に。
弦楽四重奏による前奏では、ヴァイオリンが《Caro mio ben》のテーマを静かに奏で、シンプルなチェロの動きは、弦3部をゆったりと支えます。声楽パートは聴き慣れたメロディですが、弦楽器が歌のメロディとハーモニーを重ねるとピアノ伴奏とは異なった響きが生まれ、会場を包みます。18世紀に鳴り響いたであろうその音楽を聴いた瞬間でした。
《Caro mio ben》を演奏した学生たちからは「弦楽器と一緒に演奏している感じが声楽と伴奏ではなく、5部合唱のような雰囲気がありました」といった声や、「伴奏に徹しているのではなく、メロディラインに重ねていくような部分が多く、声楽部分がなくてもアンサンブルとして成立するように感じた」、「弦楽パートのフレーズが休符で切られているのは意外で、原曲の楽譜で演奏できたからこそ知ることができた」など、演奏者ならではの感想を話していました。
実際に演奏してみることで、さまざまな視点が得られた今回の演奏会。貴重楽譜は私たちにさまざまな見方や考えるヒントを与えてくれます。こうした経験ができるのも、充実した図書館の資料や、その成果を発表できる機会がある本学ならでは。
本学ではこれからも、リソースを活用した柔軟な学びの機会を提供していきます。
※新1号館のサインパネルについては、こちらからご覧いただけます。