くにたち*Garden
富貴晴美先生による作曲ワークショップ
本学講師で、テレビ、映画、ミュージカルなど多数の作品で作曲を手掛ける富貴晴美先生によるワークショップが開催されました。
現在放送中のNHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』の音楽を担当する富貴先生。ドラマの音楽制作、CM音楽の作り方、映像音楽のレコーディングについてと3つのテーマを軸に、今まさに現在進行形で作られている音楽制作の現場での実践的なお話を聞かせていただきました。
映像音楽の現場は「メニュー表」から始まる!
数々のドラマの音楽を担当されている富貴先生の最新のお仕事は、現在NHKで放送中の朝の連続テレビ小説『舞いあがれ!』です。主人公がパイロットを目指す物語で、富貴先生は「空を飛ぶ」をテーマにさまざまなタイプの曲を作曲したとのこと。
では、このような音楽を作曲するには、どのような工程があるのでしょうか。
富貴先生からは「メニュー表」のご紹介がありました。
「メニュー表」はドラマの制作スタッフ(音響効果スタッフ)が作成する音楽のオーダー表です。そこにはテキストのみで、音楽のイメージが事細かに記述されています。まず制作するのは、メインテーマです。主人公は東大阪の町工場で育ち、幼少期には母の実家がある五島列島で過ごします。
富貴先生は実際にドラマの舞台となった五島列島に足を運び、曲のイメージを膨らませたとお話しくださいました。五島列島は、潜伏キリシタンの文化の影響を色濃く残した地域でもあります。また、かつて行われていた鯨漁の際に使用された「くじら太鼓」の勇壮な響きをイメージし、さらに「空を飛ぶ」というドラマ全体を貫くテーマを組み合わせ、メインテーマを制作されたとご紹介いただきました。
実際に作曲されたメインテーマを聴いてみると、イントロには讃美歌を思わせるコーラス、Aメロは滑走路を飛び立つような疾走感、Bメロでは和太鼓のリズミカルな響き、Cメロでは空を悠々と飛ぶような壮大な音楽が奏でられており、メインテーマにふさわしい音楽が出来上がっていたことがわかりました。
続いて、富貴先生からメインテーマのアレンジについてお話がありました。「アレンジは学生時代に変奏曲の技法をいかに勉強しておくかが問われます。苦手意識のある方はぜひ頑張ってくださいね」とお話しされるように、さまざまなメインテーマのアレンジを聴き比べました。特に、ピアノ・ソロはどの映像音楽の現場でも必要とされるアレンジで、セリフに被せることが多いことから音数を少なめにする方が、シーンに合わせやすいことに触れていました。
その他、ヒロインのテーマ、シーンや状況につける音楽など、ライトモティーフを数多く制作されていることをお話しいただきました。さらにセカンドテーマである『Thermalにのって』では、「空を飛ぶ」というテーマを表現するため、浮遊感のある音色を持つインドの横笛「バンスリ」(リンクは楽器学資料館の資料へ)、打楽器の「タブラ」とチベットの弦楽器「ダムニェン」を中心に音を構成したことをご紹介いただきました。
富貴先生は「朝ドラでは全部で120曲ほど書きました。録音は3回に分けて行い、これから3回目の録音を行います。朝ドラ以外の連続ドラマでは1クール20〜30曲ほどで、分量は桁違いです。数を作る時には、テーマをいかに展開させられるかのアイデア勝負でもありますから、テーマの展開という基礎力は必ず役に立ちます!」と力強くお話しくださいました。
CM音楽の世界
続いて、先生が最も数多く手がけたCM音楽について、実際のCMに音をつけるワークショップを行いながらご紹介いただきました。
まず、日本ではCM制作を行う場合、前後0.5秒は無音声にするという規制があるため、15秒CMの場合実質は14秒での制作が必要とされること、制作の現場ではCMの映像を見てすぐに作曲してほしいというオーダーも多々あることをお話しいただきました。
何度かCMの動画を視聴した学生に富貴先生から「映像音楽の作曲家になりたい人!ぜひチャレンジしてみてください!」と呼びかけると、一人の学生が名乗りをあげ、戸惑いながらもキーボードで音をつけていきました。先生からは「素晴らしいです!同じモチーフを短い時間の中で3回繰り返すことができるのはとても優秀。今回の課題のCM音楽では、イントロ、メロディ×2小節、メロディの展開×2小節、アウトロの6小節で作られることが一般的かと思いますが、チャレンジでは3回メロディの繰り返しがありました。印象づけとしてはとても効果的。最近のCMでは規定の時間で音楽を収めずに、その先も続くようなイメージを持ってプラス2、3小節長く曲を作っておくことが主流になっています。ミニマムな世界で繰り返しをどうアレンジするかを意識して作ることが大切ですね」と、アドバイスが送られ、最後に先生が実際のCMで制作した音楽を映像に合わせて聴き、印象的なフレーズと楽器の組み合わせの妙を体感しました。
映像音楽のレコーディングの現場では
次に、映像音楽の制作現場でのレコーディングについてお話がありました。特に、楽譜の納品や制作の準備について、富貴先生の助手を務める安井恵一さん(本学作曲専修卒業生)が実際に納品した楽譜を例にお話しくださいました。
通常、映像音楽の演奏はスタジオミュージシャンの方が担当します。本番1回、多くても2回の録音で仕上げをする必要があるため、納品する楽譜の書き方にもクラシックの楽譜とは異なる工夫が必要であると安井さんが実際の譜面を見せながら説明くださいました。例えば、クラシックでは音を伸ばす際にフェルマータ記号を書き込みますが、映像音楽の楽譜には具体的に音の長さを書き起こしておくことをしたり、ソロ楽器が入る場合には、ソロパートを独立させて譜面を書くために、コンチェルトのようなスコアとして制作したりと、すべては音楽のクオリティを上げる時間を作り出すための準備であると、安井さんはお話しされました。
細かな指示をすべて楽譜に書き込む作業がある一方、熟練のスタジオミュージシャンの技量に任せた演奏を依頼することもあるそうで、特にギターやジャズ系の管楽器の場合には、プロでなければ思いつかないフレーズを期待して、楽譜には基本となるメロディラインのみを記譜したうえで、アドリブのイメージをテキストで伝えることもあることを富貴先生からもお話しいただきました。
安井さんは「映像音楽は作曲しただけでは終わらない、その先を見据えた作業を考えることも必要。レコーディングのクオリティを上げるためには奏者のポテンシャルを最大限に引き出す親切な楽譜を書くことが大切だと思います」と現場を知る立場ならではのお話をしてくださいました。
講義の後には富貴先生への質問の時間も設けられ、受講生から活発な質問が寄せられました。学生時代によく聴いた作曲家からストリングス音源でおすすめのものは、といった実務的な質問まで、丁寧に答えていらっしゃいました。講義の後も「メニュー表」を見てみたいという学生が熱心に質問する様子も見られ、多くの映画監督、ドラマスタッフから信頼されている富貴先生の現場でのお話しを聞き逃すまいと熱心にメモを取る姿が見られました。
スペシャルインタビュー
富貴先生のご厚意で、本学のためのスペシャルインタビューのお時間をいただきました。講義を終えて、これから音楽大学を目指す方のメッセージなどをいただきました。
作曲家の夢をがむしゃらに追いかけてみよう
ーー本日のワークショップを終えて、ご感想をお願いします。
作曲専修の学生や映像音楽作品が好きで興味のある方にお越しいただいて、みなさんが知らない世界のお話を少しできたかなと思っています。何度も頷きながら、真剣な表情で聞いていただき、私も話していて嬉しかったです。
ーー初めて「メニュー表」を拝見しました。かなり細かいオーダーが書き込まれているものなのですね。
そうですね。ドラマでは音響効果担当の方が映像に音楽をつけていきますので、その方から オーダーをいただきます。
ーーご卒業後はお仕事をしながら大学院にも進学されました。本当にお忙しい中での両立になったのではないでしょうか。
お仕事と学業の両立はすごく大変でした。学部時代は教職も履修していましたので、教育実習が終わったらそのまま着替えてスタジオに行く…というような日々もありましたね。学部時代は主にCM音楽の仕事をしていましたが、大学院に進学してからはドラマや映画のお仕事も始めていたので、時間を捻出することに苦労しました。学部時代の課題は作品提出でしたから、得意分野を伸ばせばよかったのですが、大学院では論文を書かなければならなかったので…。それでも、大学院では専門的な勉強ができて楽しかったですね。
ーー以前、広報誌『カリヨン』のインタビューにお答えいただいた時にも、教職のお話をしていただきました。教えるということがお好きだったのでしょうか。
映像音楽の作曲家になりたいという夢はありましたが、家族や親戚に音楽家業界の人はいなかったので、身近なものではありませんでした。教員もとても魅力的だと感じていました。中高生に教えるのも楽しいだろうなと。
大学3年生の時、教員採用試験までちょうど1年程あり、悩んだ末、とにかく半年間、作曲家の夢をがむしゃらに追いかけてみようと決めました。映像音楽やCM音楽について研究して、デモテープを作る日々でした。20社以上に音源を送り、最初はまったく手応えがありませんでしたが、その中で一社だけ声をかけてくれたCM音楽の制作会社に入りました。すると1年で50本ほどCM音楽を手がけることになりました。
一流の作曲家を育ててみたい
ーーその半年間があったからこそ、今の富貴先生があるということですね。それだけ没頭できる環境があるというのは、くにたちならではかもしれません。
そうですね。それに、私は1・2年生の時にかなり真面目に授業の単位も取っていたので、3・4年生の時には余裕も出てきて、自分の本当に好きなことをできる時間を取れるようになっていたんです。それもくにたちの良さで、自由に自分の好きなことを研究できる、追求できる。その時間が何よりも大切でした。
ーーそして現在では本学の講師としてもご指導いただいています。作曲家のモード、教育者のモードなど切り替えはされていらっしゃるのでしょうか。
切り替えていますね。作曲家としてのスタンスは、いい曲を書きたい、たくさんの方に音楽が届いて、幸せになってもらいたいという欲があります。一方で、実は教える方でも一流の作曲家を育ててみたい、という欲があるんです。ヴァイオリンでいうとザハール・ブロン先生みたいに教える天才というか、プロを一人でも育ててみたいという目標を持って今、教えています。
ーー第一線でご活躍の先生が一流の作曲家を育てたいというのはとても興味深いお話です。
映像音楽の仕事の現場に出ると、学生の時には見えなかった景色を見ることになると思います。学生の時に書いていたオーケストレーションとスタジオのオーケストレーションは少し違うので。だから実際に曲を書いてみると、思っていた音と違う、音が鳴らない、そんな経験が必ずあります。もちろん私も通ってきた道です。でも、その失敗を経験して糧にしていってほしいと願っています。
ーー先生が授業で学生と接していて印象的なことはありますか。
今の学生たちが好みの音楽を教えてくれることですね。今の流行りのアニメのかっこいい音楽を教えてもらったり、反対にいわゆる名曲と言われる古い映画音楽などはみんなあまり知らないから、そういう曲を紹介したり。好きな音楽を交換している感じがとても楽しいです。部屋にこもって作曲しているだけでは得られない経験がたくさんあります。
好きな音楽なら、ここがかっこいいと突き詰めていくことができる
ーー改めて、先生が作曲家を目指したきっかけを教えてください。
映画『タイタニック』を見たことがきっかけです。タイタニック号が出港する前に号泣してしまったんですよね。音楽と映像がピッタリとはまって感情がぐっと盛り上がったんです。こんな音楽を書いてみたいと思ったことが最初です。
中学生になって本格的に作曲を学びはじめて、苦労したのは和声でした。作曲は自由なものだと思っていましたから、好き勝手に弾くのは楽しかった。
でも中学1年生にとって和声のテキストは分厚いし、日本語も難解で厳格です。それを読みこんで理解して、実践しなければならない…本当に意味があるのか?これをやればいい曲が書けるのか?と半信半疑でした。今は意味があることがよくわかっていますけれど。
ーーそれが意味があると変わったのはいつのことでしょうか。
高校3年生くらいだったでしょうか、普段はピアノを弾いて作曲をするのですが、頭の中で音が鳴ってピアノを一切使わなくても曲がどんどん書けるようになりました。オーケストラの曲ならオケの音が頭の中で鳴るんです。これまでの蓄積もあったと思うのですが、和声ってすごいんだ!と思えた瞬間でした。遅いですよね(笑)。
ーーくにたちでしか学べないこと、学生時代の学びで影響を持っていることはどのようなことでしょうか。
とにかく演奏してもらえるチャンスが多い。作品展などを含めて、年に3、4回は自分の書いた曲が音になる。実際に演奏してもらうと、思っていたように音が鳴らない、この楽器のポジションは難しい、など目に見えてわかってくる。書いて演奏してもらって、の繰り返しが、本当に身になるんです。
1年生の時はオケの作品を書けるなんて思ってもみなくて、怖いと思っていました。でも4年生になると自然と書けるようになる。オーケストラのすべての楽器を自信を持って書ける。実践的な学びですよね。
あとは図書館が素晴らしいです。毎日2時間程いました。音源を聴きながらスコアとにらめっこして。私はロシア音楽が好きなので、チャイコフスキーとかリムスキー=コルサコフ《シェヘラザード》とか、勉強とは思わないで、好きなものを研究していました。これを聴きなさいではなく、好きな音楽ならここがかっこいいと突き詰めていくことができる。一番力がつくことだと思いますね。
ーー最後にくにたちを目指す方へメッセージをお願いします。
くにたちで作曲の基礎の力が身につくのはもちろん、自由な時間をどう使うかだと思います。その時間を遊びにも使ってほしいし、自由時間に何か一つ自分の興味のあることを1日に30分でもいいから突き詰めてやってみる。きっと4年後が楽しみになると思うんです。
興味のないことをやる必要はなくて、本当に好きなことをやり続けるということです。
でも本当に遊ぶことも大事ですよ。私もすごく遊びました。勉強ばっかりの人生も楽しくないですから(笑)遊びつつ、興味のあることをやる。校風でもあるのかな、本当にみんな楽しそうに過ごしていますね。
ーー本日は貴重なお話、ありがとうございました!