国立音楽大学

くにたち*Garden

歴史的ピアノに関するレクチャーと演奏

本学の楽器学資料館では、古今東西のさまざまな楽器を所蔵していますが、とりわけ19世紀に製造された歴史的ピアノ(ピリオド楽器)は世界的にも高く評価されているコレクションの一つです。歴史的ピアノについては、ショパン国際コンクールでも古楽器の部門が創設されたことにより注目が集まっており、本学では第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールで第1位を受賞したトマシュ・リッテル氏、第2位を受賞した川口成彦氏を迎え、本学所蔵の歴史的ピアノを用いたレクチャーを開催しました。

本学講師で鍵盤楽器技術者としても活躍している太田垣至先生の3人でモダンピアノと歴史的ピアノの違い、魅力など演奏を交えながら語っていただいた特別レクチャーの様子をレポートします。

歴史的ピアノの扱いは難しいが、音の美しさは忘れられない

飯島先生の演奏
フォルテピアノ:コンラート・グラーフ(1839年頃、復元楽器)

本レクチャーの導入として、本学博士課程を修了し現在は助教を務めながらピアニストとしても活動する飯島聡史先生から、歴史的ピアノとの出会い、その魅力を演奏を交えてお話しいただきました。
飯島先生は、2019年に楽器学資料館が主催したレクチャーコンサートで初めて1848年製のプレイエルのグランドピアノを演奏したときのことが忘れられないそうです。
「一般的に、フォルテピアノは弾きにくく、表現の幅が少ない、強弱のレンジが狭いというイメージを持たれているようですが、その分モダンピアノの均質化された響きに比べ、一つひとつの音に個性があり、いわば「人の声」に近く語りかけるかけるような温かみのある音が魅力的」と飯島先生はお話しされました。
当日はモダンピアノではあまり演奏される機会の少ないマリア・シマノフスカ《ノクターン》を演奏され、「シンプルな作品であっても自然と作品の表現や性格が立ち現れる」と楽器が引き出す作品の魅力を語りました。

「いい音」であること、「同じクオリティ」であること

太田垣先生

続いて、鍵盤楽器技術者である太田垣先生から、歴史的ピアノとモダンピアノの違いについての解説、先生の考える魅力的なピアノについて話されました。
太田垣先生は「歴史的ピアノ」と「ピリオド楽器」の用語の違いについて、歴史的ピアノは現代のピアノと比較して古い時代の楽器を指す、ピリオド楽器はある時代、時期に製作されたピアノを指すとして、例えばショパンのピリオド楽器という場合には、ショパンの生きた時代に製作された楽器のことであると、例を挙げて説明してくださいました。
太田垣先生は技術者の立場から、歴史的ピアノの魅力について「当時のフォルテピアノの製作家たちは最高の材料を使ってどんなに時間をかけてでもいい音のする楽器を作ろうと取り組み、難しい技術を取り入れてきたと感じます。現代でもさまざまなモダンピアノの製作者、技術者たちが競い合っていい音を目指していると思うけれど、その「いい音」がピアノによって異なってしまうのは困る。だから同じメーカーの同じモデルのピアノは均一なクオリティであることが求められていると思います。一方で、18〜19世紀のフォルテピアノは各時代、各地域で一番いいと思う楽器を製作者たちが作ってきました。作られた国によって音の違いがあり、作曲家たちも音楽性が異なってくるのでは」と楽器から見る音楽性の違いについても言及していました。そのうえで、ピアノの楽器自体に立ち戻って演奏を考えることも、歴史的背景を考えるうえで大事なことで、本学の楽器学資料館にはそれぞれの時代、地域、作曲家が好んだ楽器があり、実際に演奏できるとアピールしていました。

日常の色々な手触りが音に反映される

川口さんによるレクチャー

次に、第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールで第2位を受賞した川口成彦さんより、演奏者の立場から歴史的ピアノの魅力について演奏を交えてお話しいただきました。
川口さんは10代の頃は歴史的なピアノにあまり魅力を感じていなかったようですが、20代でさまざまな人に出会い「歴史的ピアノの演奏から、現代のピアノでは知ることが難しかった作曲家が意図したアイデアがあったということに気づきました。楽器を通して、そのアイデアを生かしたいと思ってもらえたら嬉しい」と話し、楽器によって引き出される作曲家の作品の魅力があるとお話しされました。また、川口さんはモダンピアノとのタッチの違いについて、指先の繊細な動きが大切であるとして「1830年代の楽器はタッチがすごく軽く、鍵盤が浅い。モダンピアノは余白がある感じで、その半分くらいの感覚なのが今日演奏するグラーフです」とレクチャーで使用した楽器に言及しました。タッチの感覚については「ハムスターの鼻のてっぺん、猫の額を撫でるくらいのタッチなど、日常のいろんな手触りが音に反映されます。あの手触りをやってみようかな、と古楽器を演奏する際の参考にしています」と独特の表現で指先の繊細な動きについて解説。
また、歴史的ピアノのペダリングについて、ショパンが楽譜にかなり細かくペダルの指示を書いていたことに触れ、《バラード第2番》をグラーフとモダンピアノで弾き比べてペダルの濁り方の違いを実際に聴き比べました。
川口さんは「歴史的ピアノは音の減衰が早いため、ペダルであえて音を濁らせていたがモダンピアノでは濁りすぎてしまう。ペダルは濁らせない方がいいと考えるピアニストもいますが、古楽器ではどれくらい濁るのかを知ったうえで演奏することが大事」と楽譜から読み取れる指示が楽器とも深く結びついていたことを具体的に解説されました。

その他、ピッチの違いや歴史的ピアノの音の感覚についても触れ、「ショパンは音楽を「脈略のある言語表現」と例えて、言葉を喋るように弾いています。モダンピアノとの発音の違いをイメージしてみるといいと思います」とピアニストならではの視点から歴史的ピアノとモダンピアノの違いを明瞭にお話しされていました。

歴史的ピアノの練習環境は世界的に見てもまだ初期段階。普及を手助けしたい

トマシュさんによる演奏

続いて、第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールで第1位を獲得したトマシュ・リッテルさんによる演奏が披露されました。ショパンの《ノクターン ヘ長調 Op.15-1》、《マズルカ Op.41》をグラーフを用いて演奏し、会場を魅了しました。
演奏後はトマシュさん、川口さん、太田垣先生の3人によるトークセッションと質疑応答がありました。
歴史的ピアノを演奏することで得られるものは、という質問に対し川口さんは「楽器を通して作曲家が近づいてくる、自分自身も近づいていく感覚」だと語ります。モダンピアノではわからなかった古典派作品の表現が、フォルテピアノの演奏によってよりわかるようになったご経験から「時代を超えて、作曲家とより密にコミュニケーションが取れるような気がして、魅了されています」とお話しされました。

トマシュさん、川口さん、太田垣先生による対談

また、歴史的ピアノをめぐる練習環境についてトマシュさんは、出身地のポーランドや留学先のモスクワでも大学等の協力がなければまとまった練習時間を確保することはまだ難しかったと話され、「ワルシャワやその近郊でも歴史的ピアノをめぐる環境は初期段階だと思います。さらなる普及を手助けしたい」と練習環境の整備についても言及しました。
さらに、歴史的ピアノの演奏に際して学ぶべきこととして、川口さんは指の関節の動かし方、トマシュさんは音の形をまずは頭で理解し、シミュレーションすることだとお話しされ、モダンピアノとの奏法の違いなどにも演奏者ならではの視点でお話しいただきました。

最後にレクチャーの参加学生より、モーツァルトやベートーヴェン、バッハの作品を演奏するときにはそれぞれの時代の楽器で演奏することが必要かとの問いに対し、トマシュさんはピアノは時代によって楽器が全く異なるので、恐れずにさまざまな時代の楽器に触れてほしい、川口さんからは「楽器学資料館所蔵のピアノを試奏したが、それぞれとても美しかった。直接楽器に触れられる機会があるのだからぜひ体験してほしい」とそれぞれ学生たちにエールを送りました。
当日は学生向けのレクチャーのほか、一般の来場者に向けたレクチャーコンサートも開催し、多くの来場者が歴史的ピアノならではの温かみのある響きを体感しました。

レクチャーの冒頭で演奏した飯島聡史先生は、第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクールの予選を通過し10月の本選に出場されます。先生のますますのご活躍を願っております。

PAGE TOP

お問い合わせ・資料請求
学校案内、入学要項などをご請求いただけます
資料請求
その他、お問い合わせはこちらから