くにおん*Garden
研修レポート:歌声合成ソフトの体験を基に考える音楽科の教材開発
2025年8月、国立音楽大学キャンパスにて、東京都教職員研修センター様と本学の連携協定に基づく研修が開催されました。ヤマハ株式会社様のご協力の下、ICTを活用した音楽科の教材開発というテーマで、本学教授の瀧川淳(音楽文化教育学科 音楽教育専修)が、東京都の教員の皆様に向けた講義を行いました。
以前、くにおん*Gardenでご紹介した「音楽授業に生かすボーカロイド〜バージョンアップしたVOCALOID 6を体験しよう〜」の発展形とも言える今回の講義の様子をレポートします。
ボーカロイドは2003年にヤマハが開発した歌声合成ソフトです。2007年の「初音ミク」の登場をきっかけに日本の音楽文化の多様性が大きく広がったとも言われ、最近ではボカロP(ボーカロイドを使用して楽曲を制作し、インターネット上で公開するクリエイターのこと)が中学生の「なりたい職業」の上位にランクインするなど、若年層や音楽クリエイターを中心に大きな影響力を持っています。
研修の前半では、ヤマハのインストラクターを務める吉森さん(本学卒業生)による「ボーカロイド教育版II」の紹介が行われ、参加者にアプリを使った歌づくりを体験していただきました。
後半の瀧川先生の講義では、前述のボーカロイドの操作体験を踏まえて、ICTを用いた音楽科の教材開発についてお話しいただきました。
音楽の授業におけるICT活用のポイント
瀧川先生からは、まず最初に、実際に見る・聞く・触れるなどの身体感覚を働かせて学習する活動と、ICTを使用する活動を学習の狙いに応じて見極めて、適切に活用することが重要だというお話がありました。先生は、授業で効果的にICTを使用することで、生徒の新しい創造性や表現力を引き出すことができると言います。
音楽科の指導においてICTを活用する際の利点としては、以下が挙げられます。
・音楽を音声と画面の両方で確認し、試行錯誤できる
・主体的に学習に取り組む意欲を持ってもらいやすい
・聴覚だけでなく、視覚など様々な感覚を働かせることができる
・感覚を十分に働かせ、思考を活性化し、工夫を促進することができる
また瀧川先生は、音楽の創作の授業でICTを使う利点を次のように説明しました。すなわち、音と音楽の見える化、ICTアプリによる知識や技能の補完、トライアル&エラーの容易さ、クラスメイトとの作品共有の可能性、です。
「ボーカロイド教育版II」を含め音楽創作アプリの多くでは、ピアノロール式の入力方法が採用され、音の長短や音程の高低も視覚的に表現されるので、音楽の構造が理解しやすくなるという特徴があります。また、演奏技術の制約を超えて創作活動に集中できる点や、作ったものを音で確認しながら修正できる点も、ICTならではの利点と言えるでしょう。
歌声合成ソフトを体験してみよう
授業で活用できそうな音楽創作アプリは幾つかありますが、今回体験したボーカロイドの最大の特徴は、言葉をしゃべらせたり、歌ったりさせることができる点です。教育現場向けに開発された「ボーカロイド教育版II」は、日本語であれば男性・女性のどちらの声でも発声可能で、英語の歌詞も女性の声で歌わせることができます。
講義では実際に、参加者に「ボーカロイド教育版II」を使った創作に取り組んでもらいました。音楽教科書の創作の題材として掲載されている、松尾芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」という俳句に、歌詞を入力し、リズムを作り、「レファソラド」の音を使ってメロディーをつける体験を行いました。応用編として、英語版の俳句を使った創作にも挑戦しました。
参加者はアプリに音や言葉を入力したり、参加者同士で作品を聴き合ったりしているうちに、「もっと創作を先へ進めたい」という意欲が刺激されたようです。これこそ、ICTを活用した音楽創作の大きな効果の一つと言えるでしょう。
瀧川先生は、この創作活動を通じて日本語の発音やリズム、メロディーと言葉の関係について気づきを得られることを指摘しました。音楽合成ソフトによって、言葉の持つイントネーションや抑揚が創作のイメージを豊かにすること、今の音楽文化に触れることができること、逆説的に人間の持つ表現の幅広さや可能性を実感できることなどがわかりました。
ICTを活用する際の留意点
一方で、ICTを授業で活用する際は留意すべき点もあります。瀧川先生は、試行錯誤の対象がICTの機能に向けられすぎないようにすることや、表現の工夫がICTの機能の範囲にとどまらないようにすることが大切だとお話しされました。
最後に、参加者は数名ずつのグループに分かれて、研修で学んだことに関するフリーディスカッションが行われました。音楽教育に関わる参加者同士で活発な意見が交わされ、会場全体が熱気に満ちた雰囲気となり、有意義な研修となったことが伺えました。
研修を終えて(瀧川先生より)
「今回、ヤマハ様をお迎えして、東京都の先生方に「ボーカロイド教育版Ⅱ」を実際に体験していただきながら、音楽の授業でそれを活用する可能性についてお話できたことはとても光栄なことでした。
多くのICT研修会や講習会で私がいつも言っていることですが、ICTに関しては『実際に体験していただく』ことで、先生がたの理解の深まりや、授業への活用法のアイデアの創出が格段に上がります。今回の研修では、積極的に受講してくださった先生がたから授業にすぐ生かすことのできるアイデアもたくさん生まれました。
大変有意義な研修会になったのではないかと思います」
(国立音楽大学 音楽教育学 教授 瀧川 淳)
