富貴晴美 (作曲家・編曲家・ピアニスト)
くにたちで学んださまざまな技法を織り込んで
悔いの残らない“自分の作品”を作りたい
2013年9月
プロフィール
富貴 晴美 さん(ふうき はるみ)
FUUKI Harumi
作曲家・編曲家・ピアニスト
2008年国立音楽大学音楽学部音楽文化デザイン学科音楽創作専修を首席で卒業。2010年同大学院音楽研究科修士課程作曲専攻作品創作コースを修了。大学在学中よりドラマ、映画、ミュージカル、CM音楽の作曲やアーティストへの楽曲提供など精力的に活動。2009年には「第26回現音作曲新人賞」で 第1位に輝き、2011年には「第16回東京国際室内楽作曲コンクール」で入選するなど、数々の賞を受賞。2012年には映画『わが母の記』の音楽を担当し、「第36回日本アカデミー賞音楽賞 優秀賞」「第67回日本放送映画藝術大賞 映画部門 優秀音楽賞」を受賞している。日本アカデミー賞音楽賞の受賞は、35年の歴史の中で最年少での受賞という快挙だった。
〈主な作品〉
テレビドラマ/『日曜劇場SCANDAL』『非婚同盟』『明日の光をつかめ』『明日の光をつかめ2』『花嫁のれん』『花嫁のれん2』『初秋』『シングルマザーズ』『モメる門には福きたる』『明日の光をつかめ −2013 夏−』など
映画/『審理』『山のあなた −徳市の恋−』『余命』『京都太秦物語』『曇天クラッシュ』『わが母の記』『はじまりのみち』『RETURN』など
CM/「三井住友銀行」「SUNTORY なっちゃん」「メナード化粧品 イルネージュ」「共同募金 赤い羽」「キリンビバレッジ 午後の紅茶」「花王 クイックルハンディー/キッチンハイター/ケープ」「SONY」「オリンパス」「ユニ・チャーム」「リクルート」など多数。
インタビュー
テレビドラマや映画などに音の面から効果をプラスする音楽。
脚本、映像からイメージを抽出し、情景や登場人物の心情に重ね合わせていく。
そんな音楽に、”これでいいではなく、これがいい“を追求する作曲家・富貴晴美さん。
映画『わが母の記』で日本アカデミー賞音楽賞 優秀賞を受賞した新進気鋭の作曲家の
音楽との出会いや才能を開花させた学生時代などを教えていただきました。
映画音楽を手がけたい、
でも、どうしたら携われるのか
手探りで見つけた1本の道の先に
“自分のやりたいこと”が広がっていました。
映画、ドラマ、CMにと幅広く活躍
♪史上最年少で日本アカデミー賞音楽賞 優秀賞を受賞されましたが、楽曲制作時の思いやエピソードなどをお聞かせください
2012年に公開された映画『わが母の記』で賞をいただきました。メガホンを執った原田眞人監督の頭の中には、バッハのイメージがあり、監督からのリクエストは「バッハ以上」でした。それからはバッハ研究に時間を割き、楽曲をたくさん聴き、真っさらな状態で台本と向き合いました。
受賞はあくまで結果に過ぎず、制作中は“作品が良いものに仕上がって、自分の曲がその助けになればいい”という思いが常に頭にありました。
♪映画やドラマ、CMと、広範囲での活動をされていますが、それぞれの違いはどんなところにあるのでしょうか?
どんな作品でも、監督には“この場面ではこうしたい”という思いがあります。音楽をつけることでその実現に近づけることに違いはありません。ただし、映画は先に映像が出来上がっていて、その映像に1秒の誤差もないように音楽を組み合わせていきます。1作品に対して大体30程度の曲が必要になります。反対にテレビドラマでは、あるのは台本だけで、何度も台本を読み自分の中でシーンをイメージして40前後の曲を作っていきます。
CMは15秒や30秒という短い時間の世界。その中にイントロやクライマックスなど“起承転結”をつけるようにしています。
♪その中での難しさ、苦心されているところや心がけていることは?
例えば、「泣かせるシーン」でも、音楽ひとつでその効果をより高めることも、流れを止めてしまうこともあるのです。もちろん、“泣かせる”作曲上のテクニックやノウハウもあるのですが、作品ごとにコンセプトが異なるので、これまでの経験がそのまま通用するものでもありません。前述の『わが母の記』では何パターンも試した結果、オーケストラよりもフルートの音量を上げたほうが格段に良くなることがわかりました。また、11月に公開予定の『くじけないで』では、メロディに使用する楽器を試行錯誤し、当初は音量や効果が少し弱いかなと思っていた単音のチェレスタ(鍵盤から金属製の音板を叩くことにより、 可憐で美しい音色を出す楽器)を用いたところ、意外にもより“泣かせる”効果が高まりました。このようにそれぞれのシーンに合わせて作曲することを第一に考えるとともに、音楽がストーリーを包み込む空気のような存在であることを大切にしています。
映画音楽へのきっかけは『タイタニック』
♪音楽との出会い、そして作曲を始めたきっかけはどんなことでしたか?
幼稚園年中のときにピアノを習い始めたのがきっかけでした。両親とも、音楽を聴くことはあっても演奏することはなく、ピアノ教室に通っている友達と一緒に習いたいという気持ちからでした。
作曲に目覚めたのは小学校に入ってから。ドラマを観ていて“いいな”と思った曲をピアノで再現し、さらに自分でその続きを作ったり、シーンに合わせてアレンジしたりという感じでした。
♪映画音楽への意識も早くからあったと聞きましたが
映画『タイタニック』(1997年)を友達と観に行き、オープニングから10分で号泣していました。まだタイタニック号は出港していませんでしたが(笑)。音楽と映像の組み合わせの素晴らしさに圧倒されてしまいました。このときにサウンドトラックというものの存在を初めて知り、将来こういう仕事に就きたいと思うようになりました。でも、どうしたらそうなれるのかまったく見当も付かず、大学で作曲を学べることも知りませんでした。
♪国立音楽大学との出会いも早かったようですね
中学生になり、ピアノ教室の先生に作曲を学ぶならと勧められたのがくにたちの中原健二先生でした。そこで、作り溜めしておいた曲を聴いていただいたのですが……「理論がなっていない!」と酷評でした(笑)。それから和声についてかなり勉強しました。“赤・黄・緑の三巻”(『和声−理論と実習』の1〜3巻)を徹底的に読み込んだのです。途中、何のために理論を勉強しているのかわからなくなるほど苦戦しましたが、次第に頭の中で音楽が構築できるようになっていきました。
寝る時間を削ってでも学業と仕事を両立
♪国立音楽大学では、学部・大学院と6年間を過ごされましたが、振り返ってみて、どんな学生生活でしたか?
進学にあたっては、偉大な先輩方がたくさんいらして、作曲が学べることから迷いは全くありませんでした。いちばんの決め手は、“褒められると伸びる”という自分のタイプに合っていたことです。
音楽創作専修(作曲)は1学年10人くらいで、みんな仲が良かったです。先生方も親しみやすく、私は講義中に質問することもよくありましたが、何でも丁寧に、ときには授業後1時間も2時間も説明してくれたこともありました。印象深いのは、やはり和声の授業です。フランス和声、ドイツ和声だけでなく、ドビュッシーやラヴェル、ベートーヴェンなど作曲家ごとの和声も学べました。また、オーケストレーションや対位法など、今の自分に活かせることが学べたと思います。
♪大学では現代音楽を学んでいたそうですね
それまでピアノを習ってきて、どうしたらあんな曲が作れるのだろうという興味があったんです。3年次には専門のコースを選ぶのですが、ほとんどの人が商業音楽を対象としたコースへ進む中、“大学でしか学べない”との思いから現代音楽を学ぶコースを選びました。
現代音楽は取っつきにくいイメージを持っていましたが、やってみるとムダな音がなく、謎解きをしているような感覚でした。一度手を出したらハマってしまいました(笑)。それからはコンクールにも積極的に応募し、現音作曲新人賞で1位をいただいてからは“もっと”という気持ちが強くなり、現在でも時間を見つけて、年に1〜2曲書いています。
♪作曲のお仕事も在学中に始められましたよね
作曲家になるにはどうしたらいいか悩んでいる中で、CM音楽にそのルートの入り口があるのでは、ということでスタートしました。でも、人に教えるのが好きなので、音楽の先生もいいなと思い、教職課程も履修していました。その教育実習と、CMの曲作りが重なったときは本当に大変でした。夕方まで実習先で授業を行い、その後自宅でパソコンと向き合って作曲、寝ずに翌日の授業の準備をして登校なんてこともありました。
楽曲構成について学びたいとの思いから大学院へ進学した後も学業と仕事の両立は大変でしたが、自分の時間を多く持てるようにもなりましたし、曲をどう展開したら良いかを考えられるようになりました。
♪最後にそんな“くにたちライフ”を過ごした先輩から、これから国立音楽大学をめざす方にメッセージを
音楽の仕事というと、演奏者など表に立つ仕事をイメージするかもしれませんが、音響や選曲、プロデューサーなど、音楽の知識・技術を活かす道は広がっています。温かくて伸び伸びした雰囲気のくにたちで、自分がめざす道を見つけてほしいと思います。そのためにも、音楽の基礎知識はカラダにたたき込むくらい勉強しておくといいですよ。そうすれば、4年間でいろいろなものを積み上げられますし、その後音楽に携わるうえでの基盤になります。それと、自信にもなりますから。
才能ももちろん大切な要素なのですが、それ以上に重要なのはトレーニングで身につけられることに対する努力です。将来どんな道に進んでも、求められるのは初見能力と応用力。それを今のうちから鍛えておくことをお勧めします。