音楽徒然草
第32回 「ミュジシアン・コンプレへの道」 今村 央子 准教授
ミュジシアン・コンプレ(musicien complet)という言葉をご存知ですか?
直訳すると「完全なる音楽家」という意味のフランス語です。フランスでは、教養が深く、演奏、作曲、研究、教育などすべての活動を高いクオリティーをもって行う音楽家を、尊敬の念をもってこのように呼ぶのです。
バッハやモーツァルトのように、かつての音楽家が様々な活動をごく普通に平行して行っていたのは、基本的に同じ時代の音楽のみを扱っていたからです。現代に生きる私達は、音楽史上の様々な時代の音楽、中世やルネッサンスから21世紀の音楽まで、膨大な数のレパートリーを持つようになり、音楽家も分業が進みました。専門の領域が、演奏家、作曲家、指揮者、研究者、教育者などと分かれている場合が多いように思います。
しかし、演奏家にとって、自分のレパートリーについて作曲家の立場から解釈すること、文献や自筆譜など研究することと、教育活動を平行して行うのはごく普通のことですね。同じように作曲家や研究者も、自身が演奏に関わることで音のもつ力を実感します。教育者や音楽療法士は、研究が欠かせないと共に、時に応じて作曲家になったり演奏家になったり柔軟性が求められます。このように、プロの音楽家は皆、程度の差こそあれ、ごく自然にミュジシアン・コンプレとしての面をもっています。そしてさまざまな視点を統合しながら専門家としての活動していることがわかります。
大学はこれから1年のまとめとして大切な時期に入ります。
皆さんが取り組んでいる沢山の科目の中には、「何の役に立つのかわからない」、「容易に理解できない」ゆえに「なかなか真剣に取り組む気持ちになれない」科目もあるかもしれません。
でも、本来「学び」というものは、「これこれの役にこのように立つ」と保証された「商品」ではありません。学ぶ人自身が知らないことを知ろうと努力するうち、出来ない事に一生懸命向き合い工夫を重ねるうちに、知らずしらず血となり肉となって、その人の一部を形作っていくものです。
皆さんは沢山の科目を履修しています。それらを一つ一つ全力で学ぶことが、すなわちミュジシアン・コンプレへの道そのものだと言えるでしょう。皆さんには等しくミュジシアン・コンプレへの道が開かれているのです。
専門家として、そして同時にミュジシアン・コンプレとしての意識も高めつつ、しっかり1年間の「学び」の成果を出しましょう。