音楽徒然草
第4回 「一対のわらじ」 武田 忠善 教授
昨年、演奏生活30周年記念リサイタルを無事に終えました。おかげさまで皆さまのあたたかいご講評をいただき、成功だったかなと感じています。
思えば、大学教員生活も30年を迎えました。演奏生活30年、教員生活も30年。つまり、演奏活動と教員活動をずっと並行してやってきたことになります。
私はくにたちを卒業後、フランスのルーアン音楽院に留学し、ジャック・ランスロ先生のもとで学びました。先生は私の帰国の際に、「名演奏家は必ずしも名指導者とは言えないが、名指導者は名演奏家でなくてはならない。それを目指しなさい。」という言葉を贈ってくださいました。その教えにそって30年間、演奏者としても、教育者としても一生懸命やってきたつもりです。私にとって、演奏することと教えることは二足のわらじではなく、音楽をするための一対のわらじなのです
私は、ステージに立つときが一番好きです(そこは音楽だけが存在する空間だからです)が、教えることも大好きです。学生には自分の背中を見せる、つまり言葉より演奏を通じて私自身の生き様を見せているつもりです。一方で、こちらが学生から教わることもたくさんあります。一人ひとりの個性や考え方に合わせて教えるのが理想ですが、自分の考えが伝わらないときに、学生といろいろ対話することによって、逆に「なるほどなー」と思わされることもあります。「あなたは誰に習いましたか?」ではなく、フランス語でよくいう「あなたは誰と一緒に勉強しましたか?」という言い方の方が好きです。
ここ数年間、私の演奏活動はアンサンブル活動が主です。とりわけ、くにたちの教員仲間と演奏する機会が増えました。先の30周年リサイタルのメイン、O.メシアン:『世の終わりのための四重奏曲』で、徳永二男先生、藤森亮一先生、花岡千春先生と競演したことは実に楽しいできごとでした。第一線で活躍されている方々であることは、皆さんもご存知でしょうが、その超一流の方々が、私の30周年を祝ってサポートしてくださったのです!余談ですが、打ち上げパーティの会場では、聴きに来てくれた仲間たちであふれかえりました。その中にいた他大学の関係者に、「くにたちの先生方って、皆さん仲がいいんですね」と驚かれました。それぞれが自分の専門の中で“自立”している一方で、ぱっと集まってアンサンブルができる“和”。これが「くにたちらしさ」なのかもしれません。
今年4月の基礎ゼミ・新入生のためのレクチャーコンサートでは、モーツァルトのコンチェルトをクニタチ・フィルハーモニカー(教員、学生、OBからなるオケ)で演奏しましたが、このときの体験も今までにない貴重な体験でした。コンサートマスターの武藤伸二先生とは何年かぶりのアンサンブルで興奮しましたし、普段から一緒に仕事をし、気心知れて信頼できるメンバーとモーツァルトを通じて会話をしている、何とも言えない心地よい気持ちというか、むしろ「無」の境地になりました。企画・構成の礒山雅先生から「楽器も名人芸も演奏者もすべて消え去り、モーツァルトの音楽だけが存在するという、私が理想とする音楽の形を示してくれました」というお言葉をいただき大変光栄でした。自分の目指す「個ではなく、互いに音を聴き合い、音で会話をするアンサンブルで音楽を創造する」という理想の形が実現できたと感じています。
くにたちにはこうした考え方の先生がたくさんいます。ほとんどと言っても過言ではないでしょう。本当に音楽が好きで、教えることが好きな先生ばかりです。学生たちもまさに音楽好きばかりです。アンサンブルが大好きな学生たちです。教員と学生が一対になって音楽を学んでいるのがくにたちのカラーと言えるのではないでしょうか。つい先日、7月9日に行われたブラスオルケスターの定期演奏会はまさにそうした学びの成果の表れと言えます。
しかし、ただ音楽が好きというだけではステージには立てません。音楽をするための様々な基本を学ぶことが必要であり、くにたちでは基本を大切にした基礎教育にとても力を入れています。しっかりした基礎をくにたちで築き、10年20年とキャリアを積んで一人前になってほしいという思いで、これからも自分自身、気持ちを新たに、演奏・教育にとさらに精進したいと思っています。