音楽徒然草
第14回 「キャンパスの中で見つけた緑の命」 塩原 麻里 教授
今は一年中で一番美しい季節、国立音楽大学のキャンパスのあちらこちらに可憐な花々が咲き乱れています。新しい命をもったかのようにぐんぐんと緑を増す木々、生命の偉大さと再生を繰り返す自然の強さを感ぜずにはいられません。クラシック音楽の故郷、ヨーロッパ文明の源であるキリスト教ではイースターの季節であり、キリストの死と甦りのエピソードが伝えられています。
今年の春は一生忘れることができない、特別な春でした。東北・関東大地震が引き起こした想像を絶する大津波の被害、そして世界を震撼させた原子力発電所の事故と、私たちの身近で次々と大変な出来事が起こりました。多くの方々が一瞬にして亡くなられ、死がとても身近に感じられました。何かが根本的に変わってしまったのではないか、そんな思いにとらわれて、時間が止まったように感じたのは私だけでしょうか?
国立音楽大学は、幸運にも、4月1日から平常通り授業を開始することができました。音楽家や音楽教育家を育てる教育にとっては、毎日の練習やレッスンを欠かさず積み重ねることが何よりも重要である、という信条のもと、教員や職員一同、そして学生さんたちが少々無理を承知で努力して、新学期にこぎつけました。その甲斐があってか、現在ではキャンパスに音楽と活気が溢れています。
新学期をむかえた学生さんの中には、今回の震災で被災した方たちも何人かいらっしゃいます。音楽を学べることに感謝して、生き生きと仲間と活動している姿は、私にとても大切なことを教えてくれました。音楽は社会が平和で豊かなときに発展するのかも知れませんが、その音楽が個々の人々の心をとらえ、かけがえのないものとなるのは、むしろ人が苦難や心の渇きを感じているときなのではないか、ということです。音楽はときとして、私たちに現実を見るだけでは見えてこない真実を、私たちの心に映してくれます。人が試練を乗り越え、自分自身を取り戻していく過程の一部始終によりそい、希望と夢を与えてくれます。そのような音楽は、一生をかけて学んでいく価値のある素晴らしいものです。
一所懸命に学んで故郷に帰り、音楽教師として町の復興と子どもたちの未来のために生きていきたいと語った、1人の国立音大生の瞳の中に、悲しみを乗り越え大きな変化を受け入れて、心を新たに再出発する固い決心が、美しくきらきらと輝いていました。