音楽徒然草
第10回 「音大の貴重樹木『メタセコイア』」 武藤 伸二 教授
9月からのスタートに向かって新校舎の建設が着々と進んでいます。やむを得ないことではありますが、それと引き換えにあの美しい庭の景観が失われました。庭木の多くが消滅したとはいえまだかなりの樹木が残っています。
その中の1本、東の端に立っているメタセコイアについてお話します。
メタセコイアは日本名アケボノスギといい、スギ科の落葉高木です。春の芽出し、夏は繁って枝垂れ、秋は赤茶色に紅葉、そして冬は裸木となって四季折々の姿を見せてくれます。
このメタセコイアはある理由で重要な樹なのです。
メタセコイアという樹木は私達が子供の頃にはあまり目にすることがなかったことを覚えていますか?その理由はこの樹が「生きた化石」といわれる樹木だからです。メタセコイアは中生代、恐竜がいた時代に地球上に繁茂していたそうですが、とうの昔に絶滅したと考えられていました。ところが1940年代、中国の山地に実存しているのが発見されたのです。つまりこの樹はやはり「生きた化石」といわれる古代魚シーラカンスの樹木版なのです。シーラカンスを人工的に増やすことは至難ですが、メタセコイアは増殖がなされ現在では世界中に広がり珍しいものではなくなりました。日本でもいたるところで目にすることができます。ですからメタセコイアが珍しいという話ではありません。
ところで「全国巨樹・巨木林の会」というものを存知でしょうか。これは民間団体ですが、全国組織を持ち、環境省ともタイアップして全国の巨木や自然林を調査し保護していくことを目的として活動している会で、実は私もその会員です。巨樹と言うのは定義があって、地上1.3mの幹周が3m以上のものをいい、高さや樹齢は付随的なことです。幹周3mというと、幹の直径が約1mというのが目安です。杉やクス、ケヤキ、イチョウなど幹周が10mを越すものもありますが、メタセコイアは発見されてまだ70年足らずですからそれ程の大木になっていないのは当然で、巨樹の定義に入るものは極めて稀です。現在「巨樹の会」にデータ登録されているのは全国で10数例しかなく、未登録のものを含めてもそう多くはないはずです。
音大のメタセコイアは校舎建築にあたって測量されたデータによると、幹周3.71m、樹高27mということで、この数値は登録されているものに限れば、東京都では第2位、全国でも有数のものとなります。私はこれまでに全国で多くの巨樹を見てきましたが、メタセコイアに限れば音大のそれより大きなものに出会ったことはありません。かつて中庭が造られた時に、まだ若く小さかったこの樹が植えられたようですが、樹齢50~60年でよくもあれだけの大きさに育ったものだと驚嘆せざるを得ません。よほど環境が合ったのと手入れが良かったに違いありません。地球上には無数の樹木が存在しますが、その中で巨樹となって残るのは極めて少ない確率です。そうなるには、その樹の資質と環境条件そして運が必要です。音大のメタセコイアも当初の建築計画では除去される可能性があったのが、その後の計画変更で残ることになりました。運を持った樹といえます。人の長寿や成功にも似ていますが、人にはもう1つ「努力する」という手段を持っています。しかし樹も努力しているのかもしれません。
今後、管理に気をつけることといえば、周囲の地面を踏み固めないこと、根や枝を切ったりしないこと、病虫害への対処、あとは台風、落雷などの自然災害ですがこれは運命です。
昨年「会」にこの樹のデータと写真を送り、「国立音楽大学のメタセコイア」として報告しました。音大のシンボルツリーとして永く大事にしていきたいものです。