国立音楽大学

音楽徒然草

第18回 「心に響く音色」 大友 太郎 教授

大友 太郎 教授

 今から四十数年前、私が中学三年生の秋、進路相談のための三者面談の席で突然「音楽学校へ行きたい!」と爆弾発言をしてしまい一家は大混乱。中学入学時からブラスバンドやオーケストラの魅力にハマっていた私は普通高校への進学がこの土壇場に来て我慢が出来なくなったのでした。まあプロの管打楽器奏者を目指すスタートラインの話というのは大抵こんなものなのです。

そんなわけで半年後には奇跡的に国立音楽大学附属高等学校で音楽の勉強をスタートしていました。

 その頃はどこの家も屋根の一番てっぺんにあるといったらテレビのアンテナと決まっていましたが、私の家の屋根の上にはもう一つ、それの何倍もあろうかという巨大なアンテナが立っていました。これは私が秋葉原に通い詰めて集めた材料で、屋根から何度も落ちそうになり、その都度冷や汗をかきながら苦労して設置した自慢の高性能アンテナなのです。当時はレコード全盛時代でしたが、恐ろしく値段が高くてとても次々と買うことができないので、多くのクラシックファンはラジオのFMをよく聴きあさっていました。小型の携帯ラジオでも勿論雑音交じりだが聴くことができますが、音色の微妙なところがきこえてきません。でもセパレートタイプのステレオのチューナーにこの高性能アンテナをつなぐと・・・凄い。きこえて来るではありませんか、澄んだ艶のあるフルートの音色、奏者の息づかい、オーケストラのコンサート会場にいるかのように錯覚してしまう余韻等、心の中に響きわたるその音色に感動しました。良い音のために屋根に上って命がけで頑張った甲斐があったというものです。

音響抜群の新1号館のレッスン室
音響抜群の新1号館のレッスン室

 ドイツ留学時代は自然豊かで静かな恵まれた環境の中で勉強することが出来ましたが、留学生活の中で最も為になったことと言えば週3~4回夜の7時半から開催される学生による校内演奏会や半期で十数名が受けるリサイタル形式の一般公開卒業試験、月に一度週末にある現代曲ばかりやるお客の入らない演奏会等、学校の敷地内である演奏会全てを聴きに行ったことだったと思います。中でも校内演奏会には教員推薦の学生が数名ずつ出演するのですが、プログラムは実に多彩で声楽、ピアノ、管楽器、弦楽器等のソロは勿論のこと、室内楽、小編成のオーケストラ曲まであり、演奏に当たり外れはあるものの、あらゆる時代、スタイルの音楽とその楽器の音色を耳にすることが出来ました。今でも私の頭の中にこの時の沢山の音色や感動体験が蓄積されていて、おそらくこの経験が私の音楽家としての大きな力の源になっているのではないかと思います。個人練習も大切ですが、他の人たちの演奏を沢山自らの心で聴くことにより、聴衆を感動へ導く心に響く音色というものがいかなるものなのかを知ることが出来ると思うのです。是非本学で多数開催されている演奏会を聴き逃すことなくホールに足を運び、感動体験を重ねて、皆さんの耳と心を鍛えて頂きたいと思います。

響きを可変可能な音響パネル(新1号館レッスン室)
響きを可変可能な音響パネル(新1号館レッスン室)

 心に響く音色を求めてもう四十年以上経ってしまいました。良い音とはどんなものなのでしょう。雑音のない純粋な音? 良い音には真ん中に芯があってそのまわりに身があってその外側に殻があってそのまわりに薄い膜のようなものがあって、あるときは膜が取れて艶のある殻が輝き、あるときは膜がかかり艶消しになる。真ん中の芯がない音もある。殻の堅いのもある。柔らかくて紙風船みたいなのもある。マシュマロのような小さくてフワッとしたのもある。いざ演奏するときにはどんな音色を使って聴衆に自分の気持ちを伝えるかがとても難しいですが、それを考えるのがまた楽しいものです。

新1号館屋上から外階段を見下ろす
新1号館屋上から外階段を見下ろす

 心に響く音色を身につける為には音に真剣に向き合う事のできる静かでしかもよい音響の空間が必要です。こころの通った音楽を大切にする国立音楽大学が長年かけて音を育むためにこだわって考え抜いて出来た夢のお城(123段の外階段)、それが「新1号館」なのです。みなさん、心臓の鼓動までとは言いませんが、普段の我々人間の息づかいまでがきこえる静かで音響抜群なレッスン室の環境で、落ち着いてじっくりと音作りをしてみませんか。

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