音楽徒然草
第11回 「くにたちの『空続き』」 北爪 道夫 教授
忙しいと、生き物はみな同じ空の下に棲んでいるということを忘れがちです。私たちは太陽のもと、ひとつの空で繋がっているわけですね。しかし「陸続き」という言葉はあるのに「空続き」とは言わないのは、それが当然過ぎて、有り難さを感じないからでしょうか?私の仕事場からの眺めも、最近次第に空の面積が減り、雲の流れを楽しむのが趣味の私には少々残酷です。そんな時、絶好のシチュエーションが「くにたちの中庭」でした。一昨年の秋は「最後の紅葉と空」を目に焼き付けたものです。作曲の仕事は、机が無くても出来るということを実感しました。
しかし今、前回の「音楽徒然草」で武藤先生が紹介されたメタセコイアを象徴的に保存し、伐採した他の樹木の再利用に優しい眼差しをおくりながら「新1号館」建設を決断した大学に敬意を表することが出来たのは、我が家での些細な体験からでした――25年程前、やんちゃな子供たちがリビングの天井に小さな穴をあけてしまい、それを塞ぐにはどうしたら良いかを子供たちと話しました。誰かの提案で、2番目の息子の手形を紙に採り、それを切り取って貼り付けたのですが、現在、壁紙張替えを思い立って見上げた先には、三歳児の小さな手形が紅葉のように焼けて張り付いているのです。もったいなくて思案投げ首、未だにそのまま・・・(笑)。
国立音大の作曲セクションは、山下洋輔、久石譲をはじめ素晴らしい人材を継続的に輩出した伝統をもっていますが、玉川上水に沿った郊外の素晴らしい環境に恵まれた広いキャンパス、都心のコンサート等にも無理なく通える立地で、最近も「作曲」の学生は伸び伸び元気です。「作曲は演奏するところまで仕事のうちだ。現場、現場!」と、私は言い続けて来ましたが、最近は学生が自発的に学外で作品発表をする喜びを覚えたようです。私自身、学生時代に初めて学外で自作を演奏した時の感動は忘れることが出来ないので、彼らも同じ体験をしていることを喜んでいます。
今年も、2年生が2月18日(金)杉並公会堂小ホールで、3年生が3月15日(火)日暮里サニーホールコンサートサロンで作曲作品展を開催します。学内、学外で友だちの新作を真剣な眼差しで初演してくれる演奏セクションの学生の姿は、いつも感動的です。また、日本音楽コンクール、奏楽堂日本歌曲コンクール、現音新人賞など色々な作曲コンクールにも毎年複数の学生が入賞し、「コンピュータ音楽」も、学外で大きな成果をあげています。尤も、コンクールは直ぐに結果を求めるものではなく、それは様々に利用するに過ぎないものですが、その積極性は、自身に必ず大きな宝を運んできてくれるでしょう。
私は、大学は社会の縮図であるべきだと思っています。そうした意味から学外や他ジャンルとの交流は欠くことのできない意識です。「作曲応用コース」では武蔵野美術大学とのコラボレーションを試みています。毎年、東京オペラシティ文化財団のご協力で、武満徹作曲賞(本学の渡辺俊哉先生も入賞されています)の審査員として来日される世界的な作曲家を「公開講座」にお招きする企画も恒例となっており、ヘルムート・ラッヘンマン、トリスタン・ミュライユに続き、今年はサルヴァトーレ・シャリーノ氏です。「ワークショップ」の授業には多くの著名な作曲家・演奏家の方々が訪れ音楽界からの新しい風を日常的に送り込んで下さいますし、本学の演奏家の先生方・卒業生とのコラボレーションによる現代音楽の演奏会も今秋で第6回を迎えます。先生方の「横の連携」こそ、社会への入り口であり、それを眺めた演奏と作曲の学生たちが目を輝かせて新作に真剣に取り組んでくれているとすれば、最高に幸せな「アンサンブル」そのものではないでしょうか。
偉大なる島岡譲先生が礎を築いた和声・フーガも「くにたち作曲」の重要なファクターであり、その伝統は現在第4巻を刊行間近のソルフェージュ教材(国立音楽大学編・音楽之友社刊)にも受け継がれています。特に和声は幾つかの時代様式の勉強であり、様式を扱う演奏家の共通語として必要なものでしょう。一方、純粋創作である作曲の訓練のなかで和声・フーガはどの様に役立つのか?私がそこで学んだことは、解答はひとつではないこと、自分と他者との様々な違いを知ったこと。つまり和声を書きながら、今と同じように空を眺めていたのです。自らに課した制約の中で自分の響きを見つけるために試行錯誤を続けるという、音楽家としての基本的な習慣はそこで養うことが出来たのではないかと思います。
考えてみれば、制約の中で要領よく上手くいかないことは必ずしも短所ではなく、個性なのかもしれない。個性は長所にも育ち得るということです。恐れず試行錯誤を重ねましょう。「くにたち」は「帰る家」であり「出掛ける家」、外で思い切り飛び散ってください。もうすぐ竣工する新校舎の上には、いつも大きな空の広がりがあるのですから!