第38回 霧島国際音楽祭(日本・鹿児島)
坂井 彩香 4年 演奏・創作学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)
研修概要
研修機関:霧島国際音楽祭
研修期間:2017年7月23日~8月7日
担当講師:若林 顕先生
研修目的
私が霧島国際音楽祭に参加した目的は、演奏技術の向上と、プロの演奏を聴くことによる感性の育成、そして、様々な国からくる受講生との意見交換をもとに、自分自身の意識を見直すきっかけを作ることである。
研修内容
マスタークラスは事前に行われたテープ審査によって、受講者が決められる。若林先生のクラスは、15名で比較的、年齢層が低かった。1時間レッスンが1回、45分レッスンが3回、30分レッスンが1回の計5回行われた。
第一回レッスン/7月24日
初回のレッスンではBeethoven Sonata No.30 Op.109を全楽章見ていただいた。最初に、1度すべて通した。弾き終えると全体の構造は良いとおっしゃった。しかし楽譜に忠実になりすぎている部分があったため、少し崩しがあってもいいのではという指摘を受けた。
1楽章では、アルペジオの一番上の音に達する時や、いきなりpになる時、場面転換をする際に時間を取ることを気を付けるよう言われた。そうすることで、曲に余裕が生まれ、いい響きの音や雰囲気を作り出せる。私自身、弾きにくいと感じていたり、表現に悩んでいた箇所が時間をかけることにより、解決したように感じる。また、これ以外にも、意外性のある和音の時に素通りせず、時間をかけることにより強弱の手助けになることも、学ぶことができた。
2楽章では、ペダルの加減について学んだ。今まではほとんど全てにペダルを踏んでいたが、指でレガートを作ることで拍子感を失う恐れもなくなり、何より2楽章らしい決然とした表現を生みやすくなったと感じた。ゆっくりとしたテンポで、曲の表現を確立できたのちには、もう少し前にせき込む表現をできるとなお良いとおっしゃっていた。
3楽章では、ハーモニーによる色の変化を主に見ていただいた。若林先生の弾く音には輝きがあり、しかしただ明るいだけではなく、ベートーヴェンらしい何か多くの思いが込められた音の響きだった。今までの耳の使い方では、まだ全然足りないという事を、実感した。
若林先生のレパートリーである、この曲を細かく見ていただけて、本当に良かった。また、今までの自分の方向性は間違っていなかったと感じ、嬉しかった。しかし、まだまだ奥深い楽曲であるという事も、同時に実感することができた。
第二回レッスン/7月26日
2回目のレッスンではShumann Sonata No.2 Op.22-1,3,4を見ていただいた。まず最初に1・3・4楽章を通した。この曲は去年の試験で弾いた曲だった。そのため、長く弾いて生まれた悪い癖を取り除く。というのがレッスンのテーマの1つだった。例えば、細かな強弱記号に気を配れていないと指摘を受けた。それをつけることにより、シューマンらしい波のようなゆらめきが生まれる。私自身も、ここにこんな強弱記号があったのかと、再発見をするいい機会となった。また、フレーズの変わり目で息をつきすぎていると指摘を受けた。これに気を付けると、1つの楽章の中に息をつくところは1つもないと分かった。しかし、それと同時に流れ込んでしまったため、そこのバランスを気を付けて曲を再構築したいと思った。
第三回レッスン/7月31日
3回目のレッスンはScriabin Sonata No.3 Op.23-1.2を見ていただいた。この曲では、体の使い方を特に指摘された。両手を横に開き、中指を伸ばして力を入れ、徐々に脱力しながらピアノの上に手を置くと自然なフォームになる。手が小さい私は、どうしても体を動かすことにより、届かないところや、表現をカバーしていたが、動いたほうが開きにくくなっていることや、軸がぶれて本当にやりたい表現ができなくなっていることに気づかされた。
1楽章では、ベートーヴェンと共通して、楽譜通りのテンポで弾きすぎているため、跳躍の箇所などで時間をかけること、そしてシューマンと共通して、フレーズの切れ目で息をつきすぎないことを指摘された。作曲家は違っても、気を付けることは共通していることを実感した。
2楽章では、ペダルの加減を中心に指摘していただいた。全体的に踏んでしまっていたが、本当に必要なところはどこなのかを考えて付け直すと、曲が聞きやすくなり、手の力も少し抜けた。しかし、左手のオクターヴが届きづらく、ペダルがカバーしてくれていた分、しっかりとさらわなければいけないことを痛感した。
第四回レッスン/8月3日
4回目のレッスンではScriabin Sonata No.3 Op.23-3.4を見ていただいた。
3楽章では、メロディの歌い方に対する左手の入れ方について特におっしゃった。左手のアルペジオに対して右が左右されるのではなく、右のメロディの中に左を入れるようにすることで、フレーズを大きく弾くことができた。またメロディも前に進むだけでなく、時には左を迎え入れるように間を取るとよい。それを待つのではなく、次の音の音色を作る時間と思うと、わざとらしくならなかった。内声が動き出した際に、耳をそちらに傾けず、両外声を常に意識すると、メロディの流れを失わず、バスを聞くことができた。
4楽章では、左手にとらわれがちだったが、右のメロディの歌い方にもっと注目するべきとおっしゃった。左手はうねりのようなものを表現するため、明確なタッチではなく、響きで弾いて行く感じ。それに対し右のメロディはもっと訴えるものを作らなければならない。特にアウフタクトの感じ方。2分割なのか、3分割なのかによって、そのアウフタクトにかける重みも違う。また、次の音との跳躍なども考慮して、右のことをもっと考えたいと思った。
第五回レッスン/8月4日
5回目のレッスンではBeethoven Sonata No.30 Op.109をもう一度見ていただいた。前回ベートーヴェンを見ていただいた時は1.2楽章中心だったため、今回は3楽章を中心に見ていただいた。
テーマはもっと和声の色が出ると良いとおっしゃった。そして若林先生が実際に弾いてくださった。間の取り方や、同じ音が続く時の陰影のつけ方など、とても素敵だった。音数が少ない分、どうしてもただ弾くだけになりがちだったテーマだが、多くのことを考えなければならないと思った。
バリエーション1では、装飾音の入れ方についておっしゃった。装飾音ではあるが、しっかり意志のある音で弾くこと。そして、同じ形が続く時の音の方向性を考えることが必要だと感じた。
バリエーション2は、ベートーヴェン自身が過去を回想しているように弾くこと。ここに表記される強弱記号はその気持ちの高ぶりを表しているとおっしゃった。
バリエーション4では、どこか他人が弾いているかのような、落ち着きと冷静さが必要と言われた。その反面、後半部分では盛り上がりを作ることで対比を明確にすることができる。
バリエーション5では、音の音価によって、重みを変えることを特におっしゃった。二分音符に乗って曲が進んで行くと、曲が前に流れることができると感じた。
バリエーション6では、最後のテーマに戻る際、盛り上がりを全て落ち着かせ、技巧的から和声感への切り替えをしっかりすることをおっしゃった。
聴講
受講生は自由に他の講師のレッスンを聴講することができた。
ダン・タイソンクラスによく聴講をしに行った。そのクラスの受講生は、特に技術が高く、私は素晴らしい演奏だと感じた。しかし、ダン・タイソン先生は、その受講生にあなたはここはどのように弾きたい?と尋ねた。彼は明るい響きをイメージした。と答えたが、ダン・タイソン先生はそれに対し、明るいにも様々ある。楽観的に明るいのか、心の中は靄がかかっているが、外面は明るいのか。私は後者であると思うと。ただ、明るくだけではなくそこの奥まで考えて音にして。とおっしゃっていた。奥が深すぎて、最初はついていけなかったが客観的に演奏を聴くとそれを実感することができた。
フルートクラスのポール・エドモンド・デイヴィス先生は、とても愛にあふれた方で、ピアノである私にもとても優しくしてくださった。まず、最初に衝撃を受けたのが、レッスン室に入ったら、フルートの受講生全員でリズムを「アダバダバ、ドゥクドゥクアダアダ」という風に、リズムを歌っていたことだ。ピアノのレッスンでは決してみられない光景だった。体を使って吹く楽器だからこそ、口で実際に体感して進めるレッスンだった。しかし、ピアノも身体全身を使って演奏する楽器なので、身体で音楽を感じるという事を学ぶことが出来た。同じ部屋の韓国人の友人のフルートも聴くことができ、とても楽しく聴講させてもらえた。
クラスコンサート
8月2日にみやまコンセール小ホールにて、公開のクラスコンサートが行われた。クラスの他の受講生の演奏を聴くことができ、刺激をもらえた。また、コンサート終了後に、若林先生に講評を伺ったところ、あなたはいい音をたくさん持っていて、演奏も安定している。良い演奏だった。姿勢に注意すると、もっとやりたいことができるようになると、お話していただいた。これからさらに、励みたいと思える機会だった。
ロビーコンサート
8月4日に国分シビックセンターというところで行われた、ロビーコンサートに推薦していただき、出演することになった。まさか選ばれると思っていなかったため、驚きでいっぱいだった。本番ではやはり極度の緊張をしたが、とてもいい経験をさせていただけた。同じステージに立った、ヴィルサラーゼクラスのピアノの方の演奏は、堂々としていて、やりたいことも明確で素晴らしい演奏だった。演奏の悔いは残ったが、沢山のことを考えるきっかけをいただけた本番だった。
演奏会を聴く
音楽祭の期間中には、音楽祭が主催する様々な演奏会が開かれており、受講生は無料で聴くことができた(例外あり)。14の演奏会の鑑賞がカリキュラムとして必修になっていた。世界的に有名なピアニストの三方の演奏を、この短期間に聴けたことはとても贅沢な経験となった。特に若林先生のリスト作曲「愛の夢」は涙があふれた。以前弾いたこともあったが、こんなに素敵でこみあげてくるものがある曲なのだと、初めて知ることができた。 また、事務局の方に頼まれ三船優子さんの譜めくりをさせていただいた。プロの方の指を間近で見ることができ、とても幸せだった。
研修中の生活について
霧島は山の中にあり、緑にあふれた場所だった。都会のじりじりとしたコンクリートの暑さはないが、直射日光がとても暑かった。そして、天候が変わりやすく雨が降らなかった日はなかった。そして、最後には台風が直撃し、宿を変えることになったりもした。
練習場所やホールの間には距離があり、それぞれ10~15分ほど歩いた。バスもあるが、本数が少ないのと時間通りに来ないため、受講生は歩いて移動している人が多かった。
受講生は日本人が6割ほどで、残りは韓国や中国、遠方だとアメリカなど、海外からきた方々だった。合間の時間には、楽器、年齢、国籍関係なくたくさんコミュニケーションを取ることができ、とても刺激的な空間だった。
研修を終えて
初めて、このような講習会に参加しましたが、こんなにも充実した2週間とは思ってもいませんでした。毎日音楽のことだけを考え、常に音楽に触れていた2週間でした。
レッスンは5回も見ていただくことができ、多くのことを吸収し、考えるきっかけをいただけました。また、ロビーコンサートにも推薦していただき、普段の本番とは違った緊張感を体験することができました。クラスコンサートでも弾くことができ、人前で沢山演奏させていただき、とても幸せでした。
また、多くのハイレベルな演奏会を聞くことができました。特に印象に残っているのが、やはり若林先生のリストの「愛の夢」の演奏です。過去に弾いたこともありましたが、こんなにも感情が溢れ出してくる曲なのかと、初めて気づきました。ピアノを弾くにあたり、技術はもちろん必要ですが、魂のある演奏というのが、人の心に1番届く演奏に繋がると、その時感じました。
生活面では、ルームメイトが韓国人の方であったこともあり、国境を超えた関わりを持つことができました。初日は英語が聞き取れず、言いたいことも言えずもどかしさがありましたが、共に生活するうちに、探りながら簡単な文法ではありますが、伝えたいことを伝え合えるようになりました。そのおかげで、他の海外からきた受講生とも積極的にコミュニケーションを取ることができ、同世代の様々な国の方達は、このように音楽と向き合っているんだなと、とても刺激になりました。しかし、もっと流暢に会話ができるようになりたいと強く感じました。これを機に、語学の大切さに改めて気づいたので、これからも勉強を続けたいと思います。
最後に、このような素晴らしい経験をさせてくださった皆様に、心から感謝しています。個人的には決して行くことができなかった、夏期講習に参加することができて、本当に嬉しかったです。今まで私は頑張っているとどこかで甘く自分自身を評価している部分がありました。しかし、もっと頑張っている人、もっと音楽と向き合ってる人は沢山いて、こんなことで納得していてはいけないと感じることができました。技術的にも精神的にも、沢山のことを得ることができました。この経験を生かし、今後の音楽生活をより、充実的なものにしたいと思います。
本当にありがとうございました。
濵尾夕美先生のコメント
坂井彩香さん(鍵盤楽器専修4年)は、霧島国際音楽祭(日本・鹿児島)に、明確な目的を持って参加され、有意義な2週間を過ごされました。
若林顕先生のレッスンでは、ベートーヴェン、シューマン、スクリャービンの作品を勉強されました。ベートーヴェンのソナタ第30番p.109では、先生から「全体の構造が良い」と認められ、大学での勉強の成果を実感されました。シューマンでは、デュナーミクやフレージングを、スクリャービンでは、身体の使い方やフレージング、立体的な音の響かせ方などを学ばれました。みやまコンセール小ホールでの公開クラスコンサートでは、先生から「いい音を沢山持っていて、演奏も安定していて良かった。」というご講評を頂き、さぞや励みになったことでしょう。そして国分シビックセンターでのロビーコンサートにも推薦して頂きました。霧島の緑溢れる自然の中で、様々な国の受講生の演奏や交流からも刺激を受けられました。とりわけ若林先生のリストの演奏に感動され、より高い音楽への意欲が芽生えたことは、貴重な経験でした。今後さらなる発展を期待しております。