ムジークアルプ 夏期国際音楽アカデミー (フランス・ティーニュ)
森 遥香 2年 演奏・創作学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)
研修概要
研修機関:ムジークアルプ 夏期国際音楽アカデミー
研修期間:2017年8月11日~8月22日
担当講師:ジャック・ルヴィエ先生
ムジークアルプ夏期国際音楽アカデミーは、フランス北アルプスに囲まれたヴァノワーズ国立公園内で開催され、総勢80人以上の先生方、世界各国から300人前後の受講生が集まる大規模な講習会で、1期、2期、3期と開催され、私はご指導頂きたいと思っていたジャック・ルヴィエ先生がいらっしゃる第3期を受講した。
研修目的
私はフランス音楽を深く勉強し、自分の音楽の専門としていきたいという将来の目標がある。将来の目標に向けて、フランスの空気を肌で感じ、自分自身や音楽と向き合い、感性を磨くきっかけとすることを目的として、セミナーに参加した。また、世界各国から参加する受講生の音楽への取り組みを間近に見て、自分の学ぶ方向性を明確にすることを目的とした。
研修内容
レッスン打ち合わせ(8月11日・13日)
現地到着後21時半よりレッスン打ち合わせの予定であったが、ルヴィエ先生の到着が明後日になるため、レッスン打ち合わせは13日になることを掲示で知り、この日は、掲示されていた練習室割り振りを見て、同室を使う受講生と集まり、翌日からの練習時間を決めた。音出し可能な8時半から20時半の間を1部屋3人で使うため、1人1日4時間の練習時間を確保できた。12日は練習をして過ごし、13日14時よりレッスン打ち合わせで、ルヴィエ先生と受講生が集まった。
ルヴィエ先生の受講生はフランス、台湾、日本からの受講生計14人だった。50分レッスンが5回の予定だったが、ルヴィエ先生の滞在期間が13日~20日と短いため、60分レッスン4回となり、翌日からのレッスン時間を各人の希望で決めていった。レッスン受講の審査は、申し込みの時に音楽歴などの書類で行われていたので現地でのオーディションはなくスタートした。
第1回目レッスン (8月14日)
- ベートーヴェン ピアノソナタ 31番 Op.110
レッスンの始めにセミナー中にみて頂きたい曲をすべて伝え、1回目のレッスンは、ベートーヴェンピアノソナタ31番Op.110をみていただくことにした。
最初に通して弾いた。良いスタイルでとても良く弾いているが、水彩画を見ているような感じで軽い音なので、もう少し奥深い音を出した方が良いとご指摘を受けた。もう一度1楽章の冒頭を弾いた。指先を1ミリだけ動かして、鍵盤と指は離さないようにと言われた。先生が、私の腕の上で指をどのように動かすと深い音が出るのかを実際にやってくださったり、私の指を掴んでどう動かしたら良いのかを教えてくださった。そのタッチで弾いてみると、鍵盤と指が吸い付いたような感じになり、さっきまでとは全然違う音になることがわかり嬉しかった。自分の音がこの曲に相応しい音かどうか、自分でも気になっていたことなので、その部分をご指導頂け、とても勉強になった。また運指についても細かくアドヴァイスをいただき、運指が少し変わるだけで随分弾きやすくなることを感じた。
2楽章は主に和音の打ち方、3度の練習方法、オクターヴをレガートに弾くための練習方法を教わった。関節を柔らかく使うことで、手が小さくてもレガートに弾くことができるのを実感し、この弾き方を自分のものにしていきたいと思った。
3楽章はL’istesso tempo di Ariosoの前までみていただいた。フーガも良く弾けているが、全体的に遅すぎると言われた。今は1小節で色々表現をつけているが、もう少しテンポをあげて拍感を大事にすることで、あまり細かく表現をつけすぎなくて良いとアドヴァイスをしていただいた。ご指摘いただいたことが、自分でもどうも弾きにくいと感じていたことの原因であると気付くことが出来た。2回目のレッスンは3楽章の続きと次のレッスン希望曲を見ていただくことになった。
この日のレッスンの終わりに、ルヴィエ先生と今後どのように音楽に取り組んでいきたいかということなどについて話す機会を頂けた。将来、海外で学ぶ機会も持ちたいと思っていることなどの話をした。ルヴィエ先生は、「4回すべてのレッスンをみた後で、また話をしよう。」と仰って終わった。ルヴィエ先生とこのような話をする機会を持て、とても貴重な時間だった。
第2回目レッスン (8月16日)
- ベートーヴェン ピアノソナタ 31番 Op.110 3楽章
- ショパン バラード4番
ベートーヴェン3楽章の前回の続きからみていただいた。Klagender Gesangからの部分は、もう少し重く歩くように弾いたほうが良いとアドヴァイスをもらった。左手は鍵盤の戻りを意識して、右手より大きすぎると感じたらビブラートペダルを使って調整すると良いと言われた。また、同音が続く部分は最初の音と2つ目の音で指先の動かす方向を変えることで、音色が変わると教えて下さった。重く歩くように弾くというのは、レッスンを受講する前から自分の中で課題となっていたが、鍵盤の戻りを意識することで感覚がつかめるようになることがわかり、勉強になった。 Ermattet klagendからの部分は、最初の部分ではなかった休符を意識してと言われた。また、音色を変化させるときに速さが変わらないようにとご指摘を受けた。
次に、ショパンバラード4番をみていただいた。通して聴いていただいたあと、構成をよく考えて弾けていると仰っていただけた。構成のつなぎの部分の弾き方を改善したほうが良いというご指摘があった。ここで終了の時間となり、次回のレッスンはバラードの続きからとなった。
第3回目レッスン(8月18日)
- ベートーヴェン ピアノソナタ 31番 Op.110 1・2楽章
- ショパン バラード4番
この日のレッスンの前、20日に行われるスチューデントコンサート出演に選ばれたことを知り、レッスン曲を変更して、コンサートで弾くベートーヴェンソナタOp.110の1・2楽章をレッスンの最初にもう一度みていただくことにした。
通して弾き、前聴いた時より良くなっていると仰っていただけた。またdim.の途中で弱くし過ぎないように同じ音価が続くときに指は鍵盤にのせたまま腕を使って切る、などの細かいアドヴァイスを具体的にいただき、コンサート本番に向けて改善したい課題を確認できた。
次に、前回レッスンの続きのショパンバラード4番をみていただいた。今回は通さずに最初から細かくみていただいた。冒頭部分は運指を変えて、もっと左手に圧力をかけて弾くようにすること、con motoを崩さないよう、これ以上テンポを遅くしないようにと言われた。テーマの部分は、テンポが停滞してしまうところがあるのでもっと前進していくようにとご指摘を受けた。具体的には腕を柔らかくしてフレーズを長く意識するような弾き方を教えていただいた。
このレッスン途中、ベートーヴェンソナタ1楽章を弾き終わったところで、ルヴィエ先生が、「自分のクラスに来ないか?来年6月に試験があるから受けたらどうか。」と仰ってくださり、とてもびっくりした。1回目のレッスンのあとで将来について話をした時に、4回すべてのレッスンが終わったらまた話をと仰っていたのはこのことだったようで、まだ、全レッスン終わっていないが、最後まで待たずに伝えてくださったようだった。
ルヴィエ先生のクラスで学べるという光栄な嬉しいお話だったが、予想もしていなかったお話で、あと一年もない間近の具体的なことだけに、ただただ驚くばかりで、先生のご連絡先を頂き終えた。
将来海外で勉強したいという希望はあったが、大学もしくは大学院を卒業後のまだ先のことと漠然と考えていたので、真剣に考えなければという気持ちにさせられた。
第4回目レッスン (8月20日)
- ショパン バラード4番
- ショパン エチュード Op.25-6
- ラヴェル クープランの墓
この日はスチューデントコンサートで演奏してからそのままレッスンに向かった。
レッスン初日に、準備してきた曲をお伝えしていたところ、今日はレッスン最後の日なので、残りの曲を全てやりましょうと仰っていただけて、前回の続きのバラード4番のコーダの部分から始めた。
バラード4番のコーダは、もう少し自由に、縦の線だけにならないで横の流れを意識して弾くように、とご指摘をうけた。
ショパンのエチュードOp.25-6 を通して弾いた。良く弾けているが、もう少しテンポをあげることで左手が歌いやすくなる、あとは腕を柔らかく使うと軽く弾ける、というアドヴァイスをいただいた。また3度のエチュードとは考えずに水の流れをイメージして弾くとよい、と仰っていた。これまで、3度の動きにとらわれ過ぎていたことに気付かされ、イメージを変えることでより楽に弾けることを実感した。
クープランの墓を通して聴いていただいた。プレリュードに関しては、軽やかに、16分音符のモティーフを、弧を描くように弾く、フーガはセンチメンタルになり過ぎないで、密度のある音で、トッカータは鍵盤の底から1ミリぐらい上の部分で弾くなどという、各曲の性格に合わせた曲のつくり方をご指導いただいた。全体を通して、手首を動かしてレガートをつくる、指先だけで音色をコントロールするといったアドヴァイスをいただいた。クープランの墓は、自分の中で各曲に応じたタッチが課題となっていて、どの位置で音をつくればよいのかを研究しているところだった。ルヴィエ先生に教えて頂いたことを自分の研究に活かしていきたいと思う。
レッスン全体を通して
レッスンに持って行った曲の範囲にとどまらず、すべてに通じる練習の方法や、曲の解釈や表現と、表現するための技術的な部分を具体的にとてもわかりやすく教えていただくことができた。また、ルヴィエ先生は運指に重きを置かれていて、運指により曲が変わってくると仰り、全曲細かく運指についてのアドヴァイスをいただいた。今まで、その曲にふさわしい音を出すためにどの指で弾けば効果的かということをここまで深くは考えたことがなかったので、これからの取り組みに活かしていきたい。
スチューデントコンサート(8月20日)
スチューデントコンサートは、ティーニュスペースという400席くらいのホールで行われた。先生方のコンサートも同じ場所で開催され、ティーニュの町の掲示板にも、ポスターが貼られ、受講生以外の地元の一般のお客さんも入場されていた。
スチューデントコンサートに選んでいただけたことは本当に嬉しいことだったが、慣れない場所での本番ということと、この日はコンサート出演後、最後のレッスンが残っていたため、レッスン曲の練習もしたかったので、本番でどこまで自分の演奏に集中できるか不安も大きかった。ホールに着いてみると、舞台袖のスタッフの方々の音楽を楽しんでいる雰囲気、それまでの出演の方達もそれぞれの個性を出して演奏していたことで、必要以上の緊張を忘れられ、ここで演奏できることを楽しもうという気持ちに切り替え臨むことができた。異なる環境の中で、演奏時間までの過ごし方も含め、自分の音楽に集中できたことは、今後の本番への大きな自信となる貴重な経験となったと思う。
現地での生活について
割り振りした4時間の練習時間以外も、空いている練習室をみつけ、一日5~6時間の練習時間をもつことができた。受講生皆、練習場所確保に積極的で、練習の音が途切れると使っていいか?と入ってきてしまう。その経験から、私も積極的に練習室を確保し、練習時間を無駄にしないようにと集中できたと思う。また自分の練習室を別の受講生が使っていると最初は動揺したが、自分の練習時間ということを伝えると代わってくれるので、言葉を発することの大切さを感じた。そのほか、練習中に調律の方が入ってきて、次にこのピアノを調律するけれどどんな音にしたい?と聞かれたり、今調律するからどいてくれと言われたり(この時は、自分の練習時間がなくなると伝えると、じゃあ後にしよう。と別の部屋に行ってくれた。)、また、ショパンのエチュードを練習していた時には、どんな運指で弾いているの?と質問に入ってくる人がいたり、他にどんなレパートリーがあるのかと話しかけられたり、練習中にも様々な人とコミュニケーションを取る場面があり、他の国の受講生の積極的なことに驚くと同時に、刺激の多い時間となった。
私の練習室は宿泊しているホテル内にあり、窓からは明るい陽射しと広大な高原の景色がひろがり、心地よい練習時間を過ごすことができた。レッスン場所は先生によって異なり、ルヴィエ先生のレッスン室はホテルからバスで10分程度のところ、コンサートホールもバスで移動する場所だったので、レッスン、コンサートのために1日何回か移動し、バスがない時間帯は30分くらい徒歩で移動した。この移動時間も清々しい気候の中でとても良いリフレッシュ時間となった。また、セミナー中、全レッスンが聴講自由だったので、他の先生のレッスンの聴講の時間を持てたことも、とても勉強になった。ほかにはセミナー期間中、ほぼ一日起きに計5回、夜20時半より先生方のコンサートが開催された。
それ以外の時間は、セミナー中に親しくなった受講生とホテル前の湖の周りを散歩したり、ゴンドラに乗って山の上から美しい景色を眺めたり、雄大な自然の中でとても健康的なゆったりした時間を持つことができたので、十分にリフレッシュし、また練習に向かうことができたと思う。また、日常必要な物は、町のスーパーで購入できたので不便なく、お店の人との簡単なフランス語でのやりとりも私にとってはとても勉強になる時間だった。毎日の暮らしの中で強く感じたのは、誰と接するときもどんな場面でも、まず「Bonjour」「Bonsoir」の挨拶が大切ということだ。一日何十回と言っていたのでは、というくらい「Bonjour」は大切な言葉だった。語学力不足で戸惑う場面も沢山あったが、「Bonjour」と言うと、そこからコミュニケーションが始まり、拙い言葉でも聞いてもらえたことが印象に残っている。
研修を終えて
初めてのヨーロッパ、日本とは大きく異なる気候の中、長期間のセミナーへの一人での参加で、体調管理も含め不安も多く緊張を持って臨んだが、セミナー期間中、睡眠・食事などの基本的な生活を規則的に、健康的に過ごすことができ、自分の音楽に集中した時間を持つことができたことで、研修の最初の目的を達成できたと思う。
セミナー期間中、あちこちから聞こえてくる練習の音に刺激を受け、皆限られた時間の中で努力していることを感じ、これから音楽と向き合っていく力をもらえたような気がした。また、様々な国の人達が、真剣に音楽に向き合っていることを目にし、音楽のスケールの大きさを感じた気がする。国を超えてこんなにも多くの人々を惹きつけている音楽の魅力にあらためて気付かされ、自分が音楽を学びたいと思う気持ちを再確認し、迷いなく取り組んでいこうという気持ちを強めた。
レッスンでご指導いたただいた事はもちろん、スチューデントコンサートで弾かせていただけた経験はとても貴重で、これからの自分の音楽に活かしていかなければいけないと感じている。またルヴィエ先生から来年6月の先生のクラスへの受験、留学のお話を頂いたことは、将来の事として漠然と抱いていたものが急に近い事に感じられ、とても嬉しいことであると同時に、これからしっかり考え成長しなければと強く思う出来事だった。
私は、1年生の終わりに国内外研修奨学生の試験を受け、2年生の夏に受講させていただいた。音楽的にも、語学力も未熟で時期が早過ぎるのではと迷いもあったが、多くの刺激を受けられ、音楽を学んでいく姿勢、方向性を考える大きなきっかけとなり、今回受講させていただくことができ、とても有意義だったと思う。
また私は、セミナー中に20歳の誕生日を迎えた。20歳を迎えるにあたり、日本での日常から離れた環境に身を置き自分自身と深く向き合えたことは、本当にかけがえのない貴重な時間であったと思う。
この経験を大切にこれからもっと成長していけるように努力していきたいと思いを強めている。
最後に、国内外研修奨学生としてこのような素晴らしい機会を与えてくださった大学関係者の皆様、あたたかくサポートしてくださった学生支援課の皆様、いつも熱心にご指導くださる花岡千春先生、佐野隆哉先生、また沢山のアドヴァイスをくださった先輩方、ルヴィエ先生はもちろん、セミナー中に出会い、お世話になったすべての方に心から感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。
濵尾夕美先生のコメント
森遥香さんは、ムジークアルプ夏期国際音楽アカデミー(フランス・ティーニュ)に、フランス音楽を自分の専門としていきたいという目的で参加され、充実した10日間を過ごされました。
ジャック・ルヴィエ先生のレッスンでは、ベートーヴェン、ショパン、ラヴェルの作品を勉強されました。ベートーヴェンのソナタ第31番p.110では、「良いスタイルで、とても良く弾いている」と認められ、大学での勉強の成果を実感されました。身近に先生の演奏を聴きながら、実際に手をとって伝えて下さったことで、深いタッチによる表現を学ばれました。レッスンでは、特に運指で曲の表現が変わるということを再認識した非常に有意義なレッスンでした。
そしてティーニュスペースでのスチューデントコンサートにも選ばれ、地元の方々にも聴いて頂けて、とても良い演奏経験をされました。先生方のコンサートを隔日に聴く機会に恵まれる中、他のレッスンも率先して聴講し、様々な国の受講生の演奏や交流からも大いに刺激を受けられました。ルヴィエ先生から今後の勉強のアドヴァイスを沢山頂けて、大変収穫ある研修となりました。
この貴重な経験を生かして、さらに発展されますよう期待しております。