国立音楽大学

Centrum Jazz Port Townsend 2017 (ワシントン州ポートタウンゼント)

乾 帆奈 4年 演奏・創作学科 ジャズ専修(ピアノ)

研修概要

研修期間:Centrum Jazz Port Townsend 2017
研修期間:2017年7月23日~7月30日
担当講師:ジョージ・ケーブルズ、ジェー・トーマス、ケンドリック・スコット、 他

研修目的

世界で活躍するトップアーティストの演奏を聴き指導を受けることで、客観的に自分の音楽を見つめ直すとともに視野を大きく広げること。
ジャズが生まれ、文化として染みついているアメリカで同世代の参加者がどのような演奏をするのか聴き、ともに演奏する機会を得ることで日本では得られない刺激を受けること。

研修内容

Centrum Jazz Port Townsend(以下セントラムと表記)では以下のようなスケジュールが組まれ、コンボリハーサル以外は基本的に全て自由参加という仕組みであった。

研修期間中のスケジュール(例)

  ✳︎月曜〜水曜✳︎
07:45-08:45 朝食
 09:00-10:30 コンボリハーサル
 10:45-11:45 理論など自由参加型の講義
 11:45-12:45 昼食
13:15-14:45 楽器別マスタークラス
15:00-16:00 コンボリハーサル②
16:15-18:00 講師によるライブ
18:00-19:00 夕食
19:00-20:15 自由参加型講義②(主にボーカル専攻、教師向け講義)
19:00-23:00 ジャムセッション

 ジャズフェスティバル開催中のスケジュールの一例

✳︎木曜日✳︎  
07:45-08:45 朝食
09:00-10:30 コンボリハーサル
10:45-11:45 自由参加型講義
11:45-12:45  昼食
13:00-16:00 施設内のホールで参加者のコンボライブ(鑑賞自由)
16:15-18:00  講師によるライブ
18:00-19:00 夕食
20:00-23:00 ダウンタウンのライブハウスで参加者のコンボライブ(私 のバンドはここで演奏した)
22:00-00:30 ダウンタウンのライブハウス数カ所にて、講師によるライブと参加者のコンボライブ

 

コンボライブ後、ケンドリック・スコットとともに
コンボライブ後、ケンドリック・スコットとともに

スケジュールを見ると参加者と講師のライブがかなりの割合を占めているのがよく分かるが、それがこのワークショップの醍醐味であり、ミュージシャンがミュージシャンを志す人々に伝えたいことを伝えられる一番の方法なのだとこの一週間で感じた。また、木曜日からのライブはワークショップの参加者は無料でライブを聴くことができ、一般公開もされていた。アメリカのトップミュージシャンである講師たちのライブはもちろん私が入ったバンドのライブにも多くのお客さんがライブハウスに集まり、プレイヤーでない人々にもジャズという音楽が当たり前に生活に染みついている空気を感じられてとても幸せだった。
セントラムのワークショップ後半の三日間(今年度は27日~29日)にかけてポートタウンゼントのダウンタウンでジャズフェスティバルを開催している。私たちワークショップの参加者はエントリー時に提出した録音オーディションに基づいてランク別のコンボ(5~6人で構成されるジャズの小編成バンドのこと)に振り分けられ、そのジャズフェスティバルに出演する機会をもらえる。それは私たちワークショップの参加者にとってとても大きなイベントであった。私の入ったコンボは木曜日に本番があったので初日のオリエンテーションを除き月曜日から水曜日まで間は90分と60分のリハーサルが午前と午後で一回ずつ行われた。それぞれのコンボには付きっきりで指導をして頂くコーチがついた。そして私のコンボについたコーチが、ジャズドラマーのケンドリック・スコットである。
ケンドリックの指導には理論に基づいたアドリブソロの取り方などは一切なく、バンドとして音楽を作っていくにあたって意識を常に向けなければならない重要なポイントを指摘し各々の自由度を高めてくれるスタイルであり、ピアノという他の楽器の伴奏も重要な役割である楽器を専攻している私にとってとてもありがたいものであった。コンボのメンバーは年齢も経験もそれぞれ異なりながらも、それを超えて意見やアドバイスを出し合い、どのメンバーも日に日に音がいい方向に変わっていっているのを聴いていて感じられたこと。本番でも今までのリハーサルよりも格段に自由度が高いパフォーマンスが実現できたのがとても嬉しかった。

参加型ワークショップ 

参加自由型の講義では毎回三つずつくらいの異なる講義があり、どれに参加しても、あるいは興味のある講義がなければどこにも参加しなくてもよいことになっていた。講義内容は基礎的なジャズ理論、応用の理論の他に、ラテンジャズの奏法、ジャズレジェンドの研究、ポリリズムの活用の仕方、楽器奏法と姿勢、ブルースなどの講義があり、実際に担当の講師とともに演奏しながら学べる実践的なものも多くあった。ギタリストのダン・バルマーによるブルースの講義ではいろんな人とブルースを演奏することができ、ブルーススケールしか使わないという一見窮屈に思える縛りが逆に理論を超えて自由度を高めてくれるのを感じられとても楽しかったのを覚えている。他にもピアニストの伴奏系を分析する講義、ビル・エヴァンスの音楽についての講義などがあり、過去のアーティストのレコーディングを聴きながら学ぶものが多く早く吸収して自分で実践してみたいと思えるものばかりであった。
この講義は自分のコンボチーム以外の人と演奏をし、交流を図ることができる数少ない機会であったので私は積極的に足を運んでいた。講師の方と会話をするほかにも仲良くなった参加者から得る情報もとても参考になった。何よりも、後々ジャムセッションで一緒に演奏をしたりお互いのコンボのライブを観に行ったりするくらいに仲良くなることができた。

楽器別マスタークラス

楽器別のマスタークラスは月曜日から水曜日の三日間のみ行われ、ホールにピアノの講師が集まり、ピアノ専攻の参加者とともに全員でステージに上がりピアノを囲んでともに時間を過ごした。主なテーマはソロピアノで、弾きたい曲を持ってきた参加者が演奏をし、講師と他の参加者がアドバイスやコメントを出し合いどうすればもっといい演奏ができるか全員が同じ立場でその人の演奏と向き合うという、日本ではあまり出会えない雰囲気のマスタークラスであった。師弟関係こそあれ日本では当たり前である上下関係はそこにはなく、しかし皆がそれぞれにリスペクトを持って接していて、私はその感覚が当たり前にあるアメリカの文化がとてもうらやましく思えた。
ここで私が演奏したときにアドバイス頂いた講師が、ジョージ・ケーブルズ、ビル・クンリフ、サリヴァン・フォートナーなどであった。本番になると緊張で演奏がふくらまないのが最近の悩みだったので一曲演奏したあとにその相談をした。アドバイスはさまざまであったが、大きく共通して指摘を受けたのが自分の音をよく聴いて弾くという意識についてだった。演奏するときはどの楽器を演奏する人でも、どんな演奏形態やジャンルであっても人は自分の出す音にしか責任を取ることができない。だから他の人の音を聴くのはもちろんだが同時に自分の出した音もよく聴いていなければ音楽が次に繋がってくれないということを教えてもらった。そのアドバイスを受けた後にまた演奏をして、手癖に頼らず本当に弾きたい音だけを選択して演奏するという世界に今までで一番近づくことができた。あの感覚は一生忘れてはいけないと感じたとともに、まだまだ自分自身の聴く力を研ぎ澄まさないといけないことを痛感した。
マスタークラスのとくに面白いと感じた点は、講師の方々がそれぞれの演奏経験や練習方法を共有する時、他の講師たちも好奇心をもって聞いて新しいことを学んでいたところだ。どんなトップアーティストであっても(そうであるからこそかもしれない)、こういう風にして人からの得られるものを最大限に吸収し続けているということ。その重要性とそれがあたりまえであるという感覚を、講師の方々の表情から学ぶことができたのは自分自身にとても大切なことであったと感じている。

研修を終えて

一週間のワークショップを得て、なんと言っても私はさらにジャズが大好きになって帰ってきた。同世代のミュージシャンやトップスターの講師と過ごしていると、何よりも音楽が大好きであるということの素晴らしさに気づかされ、私はこんな人たちと生きていきたいし、こういう人になりたいと思った。
このワークショップに参加することができたのは、様々な方面から私の背中を押してくれた人々のお陰である。最後に、私の人生を変えたこの貴重な機会をくださった全ての方に心から感謝申し上げ、以上を私の研修報告とさせて頂きます。

池田篤先生のコメント

幼少期からの家庭環境によって日本語と英語のバイリンガルとして育った彼女ですが、これまでほとんど海外を訪れたことはなかったそうです。今回の渡米を通して体験した、本場アメリカでの歴史に根ざしたジャズという音楽、そして同世代の参加者からの大きな刺激によって、卒業後の進路として現在のジャズの中心地ともいえるニューヨークの大学への留学を希望するようになりました。
またこのミュージックキャンプへの参加者は本学からは三人目となりますが、その度にシアトル在住のトランペッター兼教育者であるジェイ・トーマス氏が全面的に支援して下さっています。セミナーの前後数日間、日本各地からの参加者を自宅に招きホームスティさせて下さり、音楽以前に大切な人と人との関係、そしてそれがあってこそ成り立つ音楽人としての人生の在り方を強く感じ取ってくれたであろうと思います。
少々無器用なところもある彼女ですが、何事にも真面目に一所懸命取り組む姿勢を四年間見続けてきて、卒業後も出来る限り応援していけたらと思っています。

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