国立音楽大学

サレルノ夏期国際音楽講習会(イタリア・サレルノ)

米望 智哉 4年 演奏学科 声楽専修

研修概要

研修機関:サレルノ夏期国際音楽講習会(Corsi internazionali di perfezionamento musicale)
研修期間:2016年8月23日~8月28日
担当講師:エンツォ・ディ・マッテオ教授

研修目的

(1)イタリア・ベルカントオペラにおける歌唱技術の向上と、発声時の体と息の使い方を把握する。
(2)ベルカントオペラと密接に関係しているイタリア語にふれ、「生きたイタリア語」を感じることにより、新たな観点からオペラにおける登場人物の理解をより深化させる。
(3)イタリア現地の生活、国民性、風土や文化を触れることで、ベルカントオペラやイタリア作品に存在する文化的バックグラウンドを感じとる。

研修内容

研修先について

 ナポリ近郊、中世の街並みを色濃く残すカーヴァ・デ・ティッレーニという街で開催される。年齢制限なしで開講されるコースは幅広く、声楽、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、ギター、トランペットのほか、珍しいところではアコーディオンやマンドリンなど。
 教授陣には、主にイタリアやヨーロッパを中心に第一線で活躍する演奏家たちが顔を揃える。
コース期間は2週間で、レッスン最終日には修了コンサートが開催されるが、私は最終日まで参加ができなかったため、途中で開催される他のコースの修了演奏会に出演した。
 講習会はドン・ボスコ校という小学校を借りて行われ、各教室の中にグランドピアノを入れてのレッスンだった。練習室(l'aura di studio)を借りることもでき、連続3時間まで、1日5時間まで借りることができた。
 私はドン・ボスコ校の道を挟んで隣にあるホテル・ヴィクトリアに宿泊し、行き来は1〜2分だったため、昼休みにはホテルに戻って休憩することも多かった。スーパーマーケット、バール、コピー屋も近く、水や軽食の購入、楽譜のコピーなどもスムーズに行うことができた。
 町の音楽教室に近い教育団体であるAccademia Musicale Jacopo Napoliと、それの代表であるFelice Cavariere氏が主催する短期講習会である。会場の町である、Cava dei Tirreni を盛り上げる目的もあり、講習会中はその講習会に関係した様々な音楽会も開かれ、受講生はそれを無料で観ることができる。
 受講生はホテルの料金が割り引かれ、会場で購入できるチケット(9ユーロ)と引き換えに通りのレストランと、ホテルのビュッフェでも通常より安く食事ができる仕組みだった。チケットで食べられる食事の内容はお店によって違いはあるが、 ①primo piatto、②secondo piatto、③パン、④水(ペットボトル)かグラスワインといった内容であった。
 時間は毎日朝10時半〜13時、16時〜18時。今年はたくさんの生徒が参加したが、ほとんどがイタリア人であったため、たくさん刺激を受けることができ、ものすごく勉強にもなった。イタリアで活躍されている韓国人の人や、すでに他の大学で教授をしている人も生徒として参加しており、ものすごく学びの多い講習会であった。1人20〜30分程度のレッスンをローテーションしていき、他の受講生がレッスンを受けている時は聴講出来るという形式だった。レッスンは午前か午後に1回ずつ見てもらえる順番が回ってきて、その他の時間は自由であったため、練習や聴講に利用できた。
 ほぼ全員がイタリア人であり、必然的に話される言語はイタリア語であったため、聴講は非常に学べることが多く、またリスニングの勉強にも役立った。そして、先生がレッスン中におっしゃるのもイタリア語なので、その曲に対しての微妙なニュアンスをイタリア語の言葉で表現している場面にも出くわすことができ、大変勉強になった。
 他の受講生の実力もさることながら、先ほど述べたように、すでに活躍されている韓国人の人や、すでに大学で教鞭を取られている人も、受講生のとして参加しているため、大変技術のレベルも高いレッスンを聴講することができた。

発声法について

 基本的に、意識するべき大きな要素は3つであるとおっしゃっていた。

(1)顎周辺は常に緩みを持たせる。
・顎周辺の筋肉、そして位置は常に緩みをもたせるよう意識していなければならない。
・それを行うには身体の「支え」を使う必要性がある。

〔支えについて〕
 支えについては、吸ったときに広がったお腹、押し下げられた横隔膜を動かないように固定すること(bloccare)で作り出すよう、おっしゃっていた。練習方法としては、以下のものである。
(ⅰ)椅子に腰掛けた状態で上半身を折り曲げて脚の間にもっていく。
(ⅱ)前屈した状態で息を吸い込む。
(ⅲ)お腹が広がり横隔膜が押し下げられて広がっていくので、そのお腹と横隔膜の状態を固定してしたまま身体を起こす。
(ⅳ)その状態で、20秒間保つ。
(ⅴ)20秒かけながら、とてもゆっくりと静かに小さな息で吐き出す。
以上を、一日5分間毎日続けるようおっしゃっていた。
 また、脚を組んだ状態で息を吸うことも支えの意識を持ちやすいため、その状態で発声をさせることも多かった。

(2)口の中や喉の奥の形は、決して横にひろげず、縦に長く行う。
・発声を行う上では、口の中や発音する際の口の中や喉の奥の形は、上に対して大きく縦型である。
・横に広げてしまうと。音色が必要以上に明るくなり、響きが失われてしまう。
・下顎を落とすイメージではなく、上顎の上げるイメージである。前者の場合であると、響きももってしまい、外へ響かないことに繋がる。

(3)響きを鼻腔等に当てながら、前に出していく。
・響きを当てる箇所は、鼻腔(鼻の後ろの空間)、両頬骨の周辺である。
・当てる箇所は「点」にならないよう、大きく意識する。
・響かせる際は、とても軽く鼻歌程度の状態から始める。
・響かせ方は、鼻腔等の周辺で、歯車が回転するような運動を常に持たせる。
・響きは、常に前進させる。

《発声練習の種類と注意点》

 すべての発声練習においては、先程述べた『発声法について』の注意点を意識して行う。開始音は無理のない音(ほとんどの場合が1点ハ)から始め、最高音はその人の限界に合わせて行う。

『種類1』

・全ての母音を「o」から派生させた形に合わせる。
・全ての発声練習の基礎的な形として使用した。


『種類2』

・上行形に入る際に、支えと身体の連動がうまく行えているかを確認しつつ行う。
・最高音の通過の際、頭の頭上から響きを回転させる意識をもつ。

『種類3』

・かなり難度の高いバリエーションであるので、最初は4小節、馴れてきたら5小節、最後は6小節と、成長に合わせながら増やして行う。
・テンポは、4分音符=110 で行われていたが、ブレスの際に間をとるなど、場合や個人に寄って違いはあった。(技術の高い方は、in tempo で行っていた。)
・staccatoの箇所でしっかり支えを使う意識をもつ。
・4小節、6小節のスラーは、その他の箇所との対比をしっかり出すために、身体の使い方を切り替える必要がある。
・特に4小節目は、よりよりスラーを表現するため、響きの前回転を強く意識する。
・アジリタ等の細かいパッセージの練習として効果的に使用できる。

『発声練習4』

・常に legato を意識して行う。
・fermata の箇所で響きやその推進力が失われないよう、しっかりと身体を使い、響きを縦にもっていく。
・『発声練習3』と異なり、legato や長いパッセージの練習として効果的に使用できる。

イタリア語のディクションについて

Enzo di Matteo先生と私-レッスン教室にて
Enzo di Matteo先生と私-レッスン教室にて

・イタリア語のディクションにおいて一番重要であることは「母音」が繋がることであった。繋がった母音の中に子音が入るイメージである。よって、歌唱においてlegatoを意識することは、歌唱のためだけでなく、イタリア語を美しく発音するためにも必要な要素であった。
・現地のイタリアの人達が話しているイタリア語を聞いて、一番印象的であったのが、「母音」の深さである。深さが全く違うため、日本語のそれとは全く異なるものであった。その中でも特に印象的であったのが「u」の母音である。(Barで店員からメニューを渡させる際、“Menu”の「u」の母音の深さに驚いた。)
・深さの印象としては、全ての母音がお腹の中から発音されている印象であった。
・それに関連して、歌唱の際の発音も同様に深く発音することを意識する。
・「発音の深さ」をより美しく効率よく出すために、『発声法について』の(3)で記述した、縦に長く広げる意識がとても関係してくる。縦の広がりを意識することは、イタリア語を深く、お腹から発音するために重要な要素であり、発声においても同様の役割を果たしている。
・子音についてだが、子音は母音を邪魔するものではなく、母音が前へ飛んで行くことのたすけになれる。また、本来はそのような役割がある。
・特に、「r」「m」は、その役割が強い。
・オペラのアリアを歌う際は、そのキャラクターがもつ性格や振る舞い、性格などによって考察できる要素によって、歌いまわしやディクションを変えていかなければならない。(面白い例えで、Cosi fan tutteの女中は、DespunaでもDesponaでもDespettaでもなく、Despinaであるとおっしゃっていた。それは、キャラクターがもつ要素に即した、母音感覚、子音感覚が必要であるということであった。)
・常に感情や気持ちを噴出させる意識が必要である。(“sfogareという単語を使って、それの意味を説明していた”)


レッスンにて感じた、イタリアと日本の違い

〈声の重さ〉
・同じコースを受講している他の参加者のほとんどが23歳から26歳と、一般的な日本の大学生よりも年上の人が多かった。しかし、レッスンで演奏した曲のほとんどがMozartやDonizetti、Belini、Rossiniなどのベルカントオペラの作品であり、その他の作曲家だとしても比較的軽い作品を演奏していた。また、Verdiなどの重い曲を演奏していたり、勉強している人は少なかった。
・しかし、他の受講者の声を聞いた印象が、ほとんどの人が素晴らしい声を持っていて、日本であればベルカント以外の他の作曲家の作品を勉強していてもおかしくないのにも関わらず、ベルカントオペラに準じた作品を進んで勉強していることが印象的であった。
・日本で感じる「重い声」「軽い声」などの声種分けの基準は、イタリアでの基準よりも重いものだと感じたのも印象的であった。

〈レッスンで持っていく曲の形式〉
・日本のレッスンでは、レッスンに持っていくときは、人にもよって個人差はあるが、そのレッスンに向けて練習したものを持っていく場合がほとんどである。
・イタリアでは、今まで自分が勉強した曲、レパートリーをそのまま全て持っていき、そのなかから先生が好きなものを選んでレッスンしていく形式であった。
・よって、イタリアの学生は、自分のレパートリーの歌曲やアリアのコピー譜が入っているファイルを持っている
・レッスンでは最初に、自分で作ったレパートリー表を先生に見せて、その日にレッスンする曲を先生に決めてもらう場合がほとんどである。
・しかし、もちろん先生がレパートリー外の曲を指定する場合もあった。


レッスンを受けた曲についての詳細、または個人的に受けた指導

 最初のレッスンでは、VerdiのLa Traviataのアルフレード、2幕1場のアリア“Lunge da lei”を持っていった。先生には、「あなたの声はもっと軽く、ロッシーニのオペラなどが向いている。今の状態でヴェルディを勉強しても、より力みを作り出してしまう原因になる。」とおっしゃっていただけた。
 その次のレッスンからは、MozartのLe Nozze di Figaroバジリオ、4幕のアリア“In quegl’anni qui val poco”を持っていった。最初におっしゃっていただいたのは、「支え」と「音の前回転による響き」である。
 「支え」については、先生はよく「Blocca」とおっしゃっていた。横隔膜の動きを抑え、戻る力の固定することが支えに繋がると教えてくださった。また、お腹の呼吸の入れどころにも注意をして下さり、呼吸した時に、お腹の全面の広がりや空間に意識がなかったので、そこに常に意識するよう指導していただいた。
 また、先生は響きを更につけさせるために、レッスンではよく鼻腔付近での「前回転」を注意してくださった。より軽く、回転運動によって、鼻の周りを掃除するようにと教えていただいた。
 レッスン終盤では、その注意された2つの要素が、互いに深く関係していることにも気づけ、レッスン最終日や修了コンサートでは、先生に“Bravo!”とおっしゃっていただいた。

研修中の生活で感じたこと

 留学にいき、最も感じたことは、やはり「語学力の低さが与える問題」であった。研修前までも一応勉強はしていたが、いざというときにやはりイタリア語が出てこないことが多く、とても苦しんだ。中でも一番苦労したのが、イタリア語の「リスニング」であった。
 文法をきちんと理解しておけば、必要最低限、生活のための言葉はすぐに話せるようになった。また、コミュニケーションを取る際、自分のことを話すために、毎日イタリア語で日記などを書いておけば、自分の行動や思っていることも話すことが出来た。しかし、リスニングがわからないとコミュニケーションをより深めるための、会話のやり取りが全く成立しないことが非常に多かった。原因としては、やはり聞き取れなかったということ。そして、聞き取れたとしても、それの単語が理解できなかったことである。
 レッスン中の聴講でも、生徒へアドバイスする内容は、流れやニュアンス、ジェスチャーをみればすぐに分かるのだが、何故先生がこの場面でこの言葉を使ってアドバイスをしたか、その微妙なニュアンスを捉えることが出来なくて、たいへん悔しい思いをした。
 また、イタリアの文化であるイタリアオペラ・声楽作品を、イタリアの人が演奏したときの自然さ、優美さを強烈に感じた。
 それは、やはり生まれたときからイタリアにいて、毎日晴天が続くがからりと爽やかに乾く気候に触れ、街を歩けば底がすでに芸術であるかのような町並みを見て、多くの作品にあふれているキリスト教というものの存在が身近に感じる文化的背景、そして、作品自体が母国語で書かれている言語的背景が大きく関わっているのではないかと感じた。
 オペラの中でキャラクターが動き回る際の動き方は、もちろん舞台専門の動き方であるが、それの根本には「イタリア人の振る舞い」と言うものが深く関係していると思う。だからこそ、彼らが自然と感じ、考え、行動すること自体が、「キャラクターの振る舞い」に根本で繋がっていくのであろう。
 したがって、イタリアの作品を深く追求するためには、ただ勉強するのではなく、文化的に言語的に、あらゆる方向からの追求が必要なのではないだろうか。

研修を終えて

講習会会場を背に撮影
講習会会場を背に撮影

 とても有意義で価値のある時間ばかりの素晴らしい研修だった。充実したレッスンを受け、得たものが非常に多く、とても短い研修に感じた。
 自分自身の歌唱技術の低さ、イタリア語の語学力の未熟さを強く痛感したが、逆に自分がどれだけのことを知れていないかという、その無知さを知ることも出来た。
 研修中は周りにほとんど日本語を話せる人はおらず、現地の人の中にも冷たく扱われたこともあり、辛く感じた時もあったが、だからこそ学べたこと、知れたこと、出会えたことが数え切れないほどあり、これから学ぶべきことが明確に見えるようになった。また、イタリア作品、イタリアという言語、そしてイタリアという国に、より魅力を感じられるようになった。
そして、日本という島国だからこそ感じない、自分という個性を出すということ、そして、全く知らない土地の人とのコミュニケーションを取ることができることの素晴らしさ、さらには世界を進んで知りに行こうとしないことがどれだけ遅れているかということなど、様々なことを感じられた。
 今回の短い講習会で全ての問題を直していくことは残念ながら叶わなかったどころか、たくさんの新たな課題を見つけてしまった。しかし、今回の研修で教えていただいたこと、学べたこと、知れたことを改めて一つ一つ咀嚼し、しっかりと獲得していく気持ちと意志を強くもち、これからも着実に前進していくつもりである。
 最後に、国内外研修奨学生としてこのような素晴らしい機会を与えてくださいました大学関係者の皆様、教育実習との関係で様々な問題が発生した中、真摯に相談にのってくださった学生支援課の皆様、留学の相談やサポートなど熱心に協力してくださいましたアルダ・ナンニーニ先生はじめ語学のご指導をいただきました先生方、ご尽力いただいた全ての皆様に心より感謝申し上げます。本当にどうもありがとうございました。

久保田真澄先生のコメント

 ナポリの近郊の町カーヴァ・デ・ティッレーニという町は中世の街並みを色濃く残しているとのことで、ヨーロッパの空気を街の雰囲気からも味わったようだ。
 エンツォ・ディ・マッテオ氏の元、1人20~30分のレッスンを1日に1回は経験することが出来、またほかの参加者のレッスンも聴講可能とのこと。他の参加者はイタリア人、またはイタリアで活躍している韓国人など、イタリア語に堪能な人々の中でのレッスンや生活は「言葉」に対する触覚にも刺激を得られたようで、語学は声楽にも、またコミュニケーションにもたいへん重要なものなのだと肌で感じられたことは大きな収穫であったと思う。
 息の吸い方、コントロール、響きの位置など発生の基本を細かく指導してもらえたようで、自分の課題も得られこれからの学習意欲をより強く持てている様子は、この研修の1番の成果ではないだろうか。
 今回、出発も迫る中予定していた講師がキャンセルになり、当初の予定よりも短い滞在になってしまい不安や焦りも大きかったと思うが、充実したイタリアでの生活をしてきた様子が感じれてホッとしている。
 この経験を生かして、音楽家として、また人として成長していってくれることを強く望む。

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