第37回霧島国際音楽祭(日本・鹿児島県 霧島市)
伊藤 太郎 4年 演奏学科 弦管打楽器専修(ヴァイオリン)
研修概要
研修機関:第37回霧島国際音楽祭
研修期間:2016年7月24日~8月7日
担当講師:藤原 浜雄
研修目的
マスタークラスの受講、聴講を通じて将来の音楽活動に必要と思われる演奏技術、表現の方法、様式感の獲得を目的とする。また期間中の講師、アーティストによる演奏会も数多く開かれるため、それらを聴くことも目的達成のために重要な要素と考えられる。選ばれた受講生と講師が共に作る演奏会などもあり、プロの音楽家とともに音楽づくりができるという点もこの音楽祭の大きな特色である。
また、日本で最も歴史ある音楽祭であるこの音楽祭は、前音楽監督の故ゲルハルト・ボッセ氏の遺志を受け継いだ理念である地域性・国際性・フェスティバル性にあふれる音楽祭であり、国内の音楽祭で最も規模の大きい音楽祭である。その理念の通り国外からの受講生も多く、今回は全受講生158名のうち3分の1にあたる50名が国外からの参加である。この特色を生かし、国際的な交流を図ることも研修目的のひとつとした。
研修内容
今回の研修では
・ヴァイオリンマスタークラス(60分レッスン×4回+クラスコンサート)
・体験室内楽レッスン(60分レッスン×2回)
・キリシマ・ストリング・アンサンブル(受講生より選抜。7/30本番)
以上が主な研修内容であった。ここではマスタークラスのレッスン内容、体験室内楽レッスンの内容と、キリシマ・ストリング・アンサンブルについてはリハーサルから本番に至るまで、すべて時系列順に記述していく。そのため以下はレッスンやリハーサルのなかった日を除いた日記のような形式となっている。
7月25日(研修2日目)
朝、クラスミーティングが開かれ講師と受講生の顔合わせと、レッスンスケジュールの発表がされた。レッスンは講習期間中1時間のレッスンが4回。最後にはクラス内でコンサートを行いそれぞれの成果を発表しあう。ミーティング終了後、その日の午前中に自分の初回レッスンが行われた。初回レッスンは、バルトーク作曲「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」より第2楽章を受講した。藤原先生のレッスンはとてもテンポが速く、最初のうちはついていくのが大変だった。
作品については、単旋律を奏することが多いヴァイオリンという楽器の、無伴奏の作品における多声的な表現の方法について実際の演奏も交えながらレッスンをしていただいた。また、バルトークのようないわゆる“現代もの”の作品について、昔と現在との考え方の差、ということも教えていただき、楽器の技術のみにとどまらないレッスンとなった。
バルトークのレッスン後は時間が余っていたので、初回に見せる予定ではなかったのだがドビュッシーのヴァイオリン・ソナタより、第1楽章も見ていただいた。こちらは自分で決めたボウイング、フィンガリングに若干の問題があることを指摘され、細かい修正やより幅広い表現の可能性についてレッスンをしていただいた。
レッスン終了後、夕方には体験レッスンでアンサンブルを組むことになったチェロ奏者と合流し、軽くミーティングを行ったのち、1時間ほどリハーサルを行った。メンバーの半数が韓国、台湾からの受講生ということもあり、コミュニケーションの難しさを実感しながらのリハーサルとなった。
7月27日(研修4日目)
午前中、11:30~12:30まで、ホール内の練習室の抽選に当たったので、午前中はホールのロビー(コンサート時を除く音楽祭期間中、いつでも音出しが可能)と練習室を使って個人練習をし、午後のレッスンに備えた。
2回目のレッスンでは、前回残ったドビュッシーのヴァイオリン・ソナタから、2,3楽章のレッスンをしていただいた。“rubato”のイメージについてのお話が印象的で、「そこはもっと酔っ払いが踊っているように」など、笑えるたとえ話も交えながらの楽しいレッスンだった。
初回のレッスン同様今回も時間が余り、前回のレッスンを踏まえてバルトークを再度見ていただいた。だいぶ構造が見えてくる演奏になった、とお褒めの言葉をいただく一方で、曲全体としての構築性、フレーズ感など多くのことをレッスンしていただいた。
夕方からはキリシマ・ストリング・アンサンブルのリハーサル初回。コンサートマスターを務める成田達輝さんの下、受講生と講師からなる20名の弦楽アンサンブルである。今回演奏する曲目は、
ポッパー:演奏会用ポロネーズ(チェロ:イ・カンホ)
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ(ヴァイオリン:藤原浜雄)
ドヴォルジャーク:弦楽セレナーデ
の3曲。初対面のメンバーの中、緊張がほぐれないところもあり、はじめは固さの目立つアンサンブルだったが、ソリストを務める先生方の卓越した技術と音色、成田さんの的確な指示のもと、メンバー全員が確実なまとまりを作り始めたリハーサルだった。
7月28日(研修5日目)
この日も夜からストリングアンサンブルのリハーサルだった。全日よりもアンサンブルに精密さが増し、自由な音楽をすることができるようになったように感じた。また、ソリストとの合わせになる2曲も、ソリストの一方的な活躍から、オーケストラとソリストの対話、という構図に変化してきたように感じる。全員で最終のバスの時間ギリギリまでリハーサルを行った。
7月29日(研修6日目)
この日の朝は体験室内楽のレッスン。受講曲はモーツァルト:ピアノ四重奏曲第1番。講師はピアニストの練木繁夫先生だった。
まず、現代の社会における室内楽の立ち位置について、「なぜ室内楽の演奏会のチケットってあまり売れないのだと思う?」という問いかけから始まる非常に熱心なお話をしていただいた。「室内楽は4人のメンバーがいれば一人25パーセントの力をだせばよいものだと一般の人々は考えている。実際は違う。全員が力を出し切って表現しなければならない」という言葉が大変印象的だった。
演奏に関しては、モーツァルトの表現の多彩さと自由性について「あるときはヴァイオリン・ソナタのように、あるときはピアノ協奏曲、オペラアリアのようにも変化しうる」という言葉に沿って楽譜を見ていくと、より多彩な音選びが可能になったように思う。
夜はストリングアンサンブルの最後のリハーサル。ほとんど調整のみだったが、最後の最後まで良い演奏を届けようとボウイングなどを試行錯誤する成田さんの姿が非常に印象的だった。
7月30日(研修7日目)
いよいよキリシマ・ストリング・アンサンブルの本番の日を迎える。当日のゲネプロは45分しかなく、確認程度のことしかできない状態であった。「全員でいい演奏を届けようという気持ちをもって演奏すれば必ずいい本番になる」と最後に檄を飛ばしてくれた成田さんの言葉に、アンサンブルの結束もより固くなり、本番は最高の演奏ができた。ソリストの先生方も、リハーサルのときには見せなかった気迫あふれる演奏で、客席のみならずバックのオケまでも引き込むほどの勢いがあった。
8月1日(研修9日目)
週も明け、講習会後半の始まりは午後からのレッスン。今回一番受けたいと思っていたR.シュトラウスの『英雄の生涯』より、ソロパートを見ていただいた。
ソロパートといっても常にオーケストラとのアンサンブルを忘れないことなど、多くのことに気を配らなければいけない点など、協奏曲のソリストとは違った難しさを教えていただいた。
残りの時間はブラームス:ヴァイオリン協奏曲 の第一楽章を見ていただいた。協奏曲という中で、ある程度の自由さを保ちつつも楽譜に従っていることが重要だというアドバイスをいただき、さらに“音源などを聴いて覚えること”の危険性についても話してくれた。自由に弾いているように聴かせる昔の大家のような演奏は、ただ真似をするだけではなし得ない業なのだと改めて認識することができた。
8月4日(研修12日目)
この日は体験室内楽レッスンの最終回。レッスンを担当してくださったのはヴァイオリンの松原勝也先生。
実際に楽器を演奏してお手本を示してくれることはなかったが、歌や、大きな身振り手振りで音楽を説明してくださった。特に、「曲に入る前のブレスで、音楽が表現されなければならない」という言葉が印象的だった。また、練木先生と同じく、モーツァルトの作品全般におけるオペラとの類似性を指摘し、モーツァルトを知るにはオペラを勉強しなければならない、ということもおっしゃっていた。
8月5日(研修13日目)
クラスコンサートを前日に控えた最後のレッスン。クラスコンサートではバルトークを演奏する予定だったが、前回レッスンを受けたブラームスのコンチェルトの残りの部分があったため、先にブラームスを受講した。楽譜に書かれていない細かいニュアンスによってフレーズを作ること、書かれていないことをするときに参考にすべき楽譜上の要素についてのお話がとても面白く、自分の演奏もより立体感をもってきたように感じられた。
レッスンの最後にはバルトークを通して演奏した。「特に問題ないから、明日は楽しんで」との言葉をいただき、レッスンはすべて終了した。
8月6日(研修14日目)
クラスコンサートは朝早く、9:30からのスタート。軽く音出しをし、自分の演奏順は2番目だった。
半年近く取り組んでいたバルトークだったが、この日は一番良い演奏ができたように思う。他の受講生たちの曲も実に様々あり、とても刺激になるコンサートだった。
コンサート終了後には先生からの総評があった。その中でも特に、暗譜をすることの重要性についての話が興味深かった。「楽譜を見ることで生まれる安心感は確かにあるが、視覚からの情報に引っ張られてイメージする音を失くしやすい」という言葉に、暗譜することが良い演奏を作る上で重要な要素なのだと感じた。
総評後、個人的な講評を聞きにいったところ「非常にしっかりとした演奏で、言うことは特にない」という非常にうれしい褒め言葉をいただきうれしく思う一方で、さらに上のレベルに到達するための課題は自分の手で見つけなければ、と危機感も感じた。
研修を終えて
先生からのお話や、印象に残った言葉について多く記述しているが、実際に先生方や共演したアーティストが間近で聴かせてくれた演奏がより記憶には鮮明に残っており、文書という形でそれを表現できないのが非常に残念である。また、レッスンのみならず共に受講生として参加したたくさんの同年代の音楽家と知り合うことができたのは自分にとって大きな財産であり、何にも代えがたいものだと思う。
最後に、このような機会を自分に与えてくださり、様々なサポートもしてくださった学生支援課の皆様に心からの感謝を申し上げ、この研修報告書の結びとしたい。
永峰高志先生のコメント
1980年に始まり、今年で37回をむかえた日本で最も歴史があり規模の大きな音楽祭の一つである霧島音楽祭は、世界的な音楽家によるコンサートを聴講したり、レッスンを受けられる音楽祭です。
今回伊藤君はソリスト、室内楽奏者として、また長年読売日本交響楽団のコンサートマスターとして活躍されました藤原浜雄先生にメジャーオーケストラのコンサートマスターならではの内容の濃い指導を受けました。
先生には協奏曲、無伴奏ソナタ、小品など多くの楽曲をご指導いただきましたが、見ていただいた曲の一つにリヒャル・トシュトラウス作曲のオーケストラ曲:「英雄の生涯」の独奏ヴァイオリンパートがありました。
伊藤君は本学の授業のオーケストラでコンサートマスターをしていましたが、12月のオーケストラの定期演奏会ではこの「英雄の生涯」が演目に入っており、音楽祭で学んだことを活かして素晴らしい演奏をすることが出来ました。
この有意義な2週間で、学び・体験したことが伊藤君の音楽的財産となり、それが今後の演奏活動に大いに役立っていくことを確信しています。