モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー(オーストリア・ザルツブルク)
小倉 茉緒 3年 演奏・創作学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)
研修概要
研修機関:モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
研修期間:2016年7月28日~8月16日
担当講師:ディーナ・ヨッフェ教授
研修目的
曲を演奏するにあたって、作曲家の思い描いた情景をイメージすることは、音楽表現の中でも最も重要な作業のひとつであるため、現地の空気や街並みに触れ、特にオーストリアはクラシック音楽の聖地であるため、風景からも芸術を体感出来ると思い、今までとは違う、新しい感覚を取り入れたい。
多くの偉大な作曲家が生まれ、育ち、それと共に発展してきた、音楽の伝統や文化が染み込んでいる土地で音楽に触れることで、沢山のことを吸収して、心を豊かにしたい。技術も勿論だが、「表現すること」を学び、多くの人とつながり、自分の音楽性や価値観の振り幅を大きくして、可能性を広げたい。
研修内容
オーディション
講習会の前日に受付をし、諸々のプリントを貰い、講習会初日に行われるオーディションの時間と場所を確認した。ディーナ・ヨッフェ先生のクラスは、10時開始であった。オーディション前に30分練習室を使うことが出来るため、私は9:00~9:30で予約をした。
オーディションに向かうと、殆どの人がヨッフェ先生のお弟子さんで、演奏はしないで名前だけ言って、受講票にサインを貰っていた。実際にオーディションを受けたのは5名で、申込の時に提出していた曲目の内、その場で先生に指定された2曲を演奏した。「少し部屋の外で待っていて」と言われ、その後無事にサインを頂き、合格することが出来、一安心した。私のレッスンは1回50分で、2週間で5回になった。
第1回 レッスン (8月2日)
ドビュッシーの前奏曲集より「花火」をレッスンして頂いた。あるべきテンポと違う箇所があると指摘され、テンポ表示としては同じでも、拍子と連符によって、微妙に変わり、弾いているうちに一本調子になっていた所を、再確認することが出来た。冒頭の両手で分担して弾く部分は、グリッサンドに聞こえないように、特に右手の下降形を注意して、手の移り変わりの際を綺麗に、音が流れてしまわないように、しかし手の動かし方はしなやかに、と教えて頂いた。スタッカートとテヌートが交互に出てくる所は、テヌートをもっとしっかり、つられて短くならないようにと言われた。テンポ・ルバートをしても、その中で基本に流れている拍子感が無くならないように、ということを全体を通して仰った。
第2回 レッスン (8月4日)
ベートーヴェンのソナタOp.10-3第1楽章をみて頂いた。左手で和音が連続するときのレガートが滑らかでないと言われ、完全なレガートにするためには、片方の手でその手の甲を押さえながら、手首が上下運動せずに、横へと移動していくようにゆっくり練習することが良いと教えて頂いた。この練習方法はどの曲にも活用出来るので、応用していこうと思った。又、伴奏のアルペジオでは、それぞれの固まりの最初の音がポルタメントのようにならないで、均等にと言われた。右手のスラーが掛かっている旋律的な部分は、もっと歌ってと言われ、少し鍵盤を押し込みながら弾くといいかなと思った。4声でsfの箇所は、全部の音を強くするのではなく、4声の中でもどの音を特にsfにしたら効果的か、バランスをよく考えるということを習った。
第3回 レッスン (8月6日)
デュティユーのソナタの第3楽章 コラールと変奏を聴いて頂いた。一度通して弾くと、「よくわかって弾けていますね、技術的な面は問題ないわ。でもコラール、Ver.1,2,3,4という構成が、特にVer2はとても長いので難しいけれど、はっきりわかるようになると良い」と仰った。出だしのコラールは、「教会の鐘の音だと思って、高音の和音と低音の和音は違う鐘の鳴り方で表現して」と言われた。和音が鐘というイメージは以前から自分の中であったが、実際にザルツブルクの街を歩き、様々な教会の鐘の音を聴き、レッスン室の窓の外から教会が見えている景色で弾くと、ダイレクトに頭の中に音がなっていて、表現しやすかったので、この感覚を染み込ませようと思った。又、次の和音を弾いても、前の和音を伸ばしておく指示が楽譜にあるため、ペダリングを変えて、長めにした。
第4回 レッスン (8月9日)
クラスコンサートでデュティユーを演奏することになったため、引き続きレッスンして頂いた。Ver.1の最初の左手の旋律は、ブラジルのダンスの、肩を小さく上下に動かす振りをイメージして、続くユニゾンはミステリアスに迷路を恐恐と進んでいく、スタッカートはピッチカートで弦をはじく音で。Animandoは響きが明るくなって光が差し込んでくるから遅くする。山を駆け上がっていき、次の6/16拍子はエベレストの頂上にきてハッとする感じ…と、要所要所で具体的なイメージを沢山仰ってくださり、掴みやすく、世界観に入りやすくなった。「Ver.1に入る前に空間を作った方が、コラールからバリエーションに移ったことがはっきりわかるから、現代曲ならではの工夫で面白いんじゃない」とアドバイスを頂いた。「前回のレッスンで言ったことを、ちゃんと理解して練習してきて、嬉しいわ。」と仰って頂き、励みになった。
第5回 レッスン (8月12日)
講習会最後のレッスンではラフマニノフの練習曲Op.39-1を聴いて頂いた。まず通して弾き、「曲の後半の方から手が疲れてしまっていたら、出だしから全体的に強く弾きすぎているから、最後まで持たない。ラフマニノフのfはとても激しいと皆思っているが、そうではない」と指摘された。又この曲はショパンエチュードのOp.10-8、25-6のように左手にメロディーがあり、よく歌って、その左手のメロディーに、右手の細かいパッセージでハーモニーを足していくイメージで弾くと良いと教えて頂き、とても勉強になった。右手のパッセージにクレッシェンドデクレッシェンドがあるが、あまりやり過ぎずに、アジタートの要素が少し出ればそれで良いと言われた。両手の和音の連打は、叩きつけず、和音の構成音が8つなら、8人でひとつのfを作るように、そして内声の音を意識して聴こえるように出すと効果的だと教えて頂いた。
クラスコンサート
ヨッフェ先生のクラスコンサートは、8月11日にモーツァルテウム音楽大学内のKleines Studioというスタジオにて行われた。後半のプレストのテンポを、楽譜の指示通りでは速すぎるからと新たに設定して頂いたテンポで弾くことによって、いつもつっかえてしまう、その後に続くパッセージが初めて上手く弾けて、テンポ設定の大切さをとても感じた。演奏を終えると、ヨッフェ先生はディプロマをくださり、「とても良かった、構築がよくわかる演奏だった」と誉めて頂いた。
中国、イタリア、ブラジル、ロシア、日本の生徒がいる中で、特に、ロシアの生徒が演奏したラヴェルの夜のガスパールの表現にとても圧倒されて、感動した。
レッスン以外の過ごし方
練習室を毎日2時間、いちばん質の良い部屋を予約した。ピアノはスタンウェイやベーゼンドルファーで、響きが良く、窓からは三位一体教会が見えて、とても気持ちの良い景色の中で練習することが出来た。
予約をしていなくても、空いている部屋は自由に使用してよかったため、空き部屋を探すのに地下から4階までを探し回るのは少し大変だったが、練習時間は充分確保出来た。聴講は自由にしてよかったため、自分のクラスや他の先生のレッスン、ヴァイオリンのクラスコンサートなど、色々聴きに行った。自分が知らない曲でも、身体の使い方や手首の動かし方など、一緒にレッスンを受けているように勉強になった。
研修を終えて
ザルツブルクという自然に恵まれた素晴らしい街で音楽を学べたこと、そして、音楽を通して出会った、先生方、友人との日々は、かけがえのないものとなりました。レッスンでは、上手く出来ない部分を、確実に弾けるようにための練習法などの技術面も教えて頂き、自分の概念にはない様々な表現を知り、又、沢山の人の演奏聴く中で多様な音楽性を感じ、刺激を受け、とても充実した密度の濃い時間を過ごすことが出来ました。このような貴重な機会を与えてくださった、大学関係の皆様、学生支援課の皆様、先生方に心より感謝申し上げます。この経験を糧とし、これからも精進して参りたいと思います。本当にありがとうございました。
濵尾夕美先生のコメント
小倉茉緒さん(特別給費奨学生3年)は、モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミーに明確な目的を持って参加され、充実した2週間を過ごされました。
オーディションを無事通過され、希望通り、ディーナ・ヨッフェ教授のレッスンを受講することができました。レッスンでは、ドビュッシー、ベートーヴェン、デュティユー、ラフマニノフの作品を数多く勉強されました。特にデュティユーのソナタ第3楽章では、教授から「よくわかって弾けていますね」と認められ、大学での勉強の成果を実感されました。さらにコラールの音色では、ザルツブルクの教会の鐘をイメージするなど、現地での研修を有意義に過ごされました。モーツァルテウム音楽大学内のKleines Studioで行われた教授のクラスコンサートでは、その成果を存分に発揮して演奏し、教授から「構築がよくわかる、とても良い演奏だった」という高評価を戴き、ディプロマを取得することができました。また、他のレッスンも率先して聴講し、身体の使い方や新たな表現方法を知ることができると同時に、様々な国の受講生の演奏からも大いに刺激を受けられました。
この貴重な経験を生かして、さらに発展されますよう期待しております。