草津夏期国際音楽アカデミー (日本・群馬県吾妻郡草津町)
早藤 碧 4年 演奏学科 弦管打楽器専修 フルート専攻
研修概要
研修機関:草津夏期国際音楽アカデミー
研修期間:2016年8月17日~2016年8月30日
担当講師:マリオ・アンチロッティ先生
研修目的
豊かな自然に囲まれた草津温泉の地で、14日間自分の中の音楽と向き合いたかった。そして今の私には何が足りないのか、これからどのような演奏家になりたいのか、音楽のことのみならず、自分探しのきっかけになればと強く思い草津夏期国際音楽アカデミーに参加した。
研修内容
○レッスンについて
マリオ・アンチロッティ先生のクラスは9人の受講生がいた。受講生の年齢は幅広く、中には中国人も参加しており、とても勉強になり興味深いマスタークラスであったと思う。そしてレッスンを受ける当日になって知ったことなのだが、レッスンは全て英語で通訳なしであった。最初は聞き取ることに苦戦したが、次第に耳が英語に慣れてきて、マリオ先生が伝えたいことを理解することが出来るようになったことを強く実感した。
レッスンの時間は一人5回ずつあり、45分レッスンが4回と30分レッスンが1回であった。レッスン期間は8月18日~8月29日の12日間で、そのうち2日は休講日となる予定であったが、マリオ先生が快く休講日は1日で十分だとおっしゃったことから、一人5回もレッスンして頂けることとなった。
第1回目レッスン:ヴィヴァルディ/フルート協奏曲 作品10 ニ長調 第3番―1.2楽章
マリオ先生のCDの中に、この度8月25日に発売されたCDがヴィヴァルディのフルート協奏曲集であったため、最初にレッスンに持っていこうとずっと決めていた。
ヴィヴァルディのフルートコンチェルト 作品10は全6曲からなる曲集で、私は第3番の“ごしきひわ”を選んだ。“ごしきひわ”とは小さな鳥のことであり、ヴィヴァルディがこの曲では鳥の鳴き声を模倣したしたといわれている。
レッスンで最初に言われたことは、「ヴィヴァルディのフルート協奏曲はオーケストラと一緒に演奏されるから、普通ピアノとは一緒にやらないからね。」と笑われた。確かにその通りだと思ったが、仕方がない。そのままレッスンが始まった。
私が用意していった楽譜は、イタリアの伝統的な出版社であるリコルディだ。ヴィヴァルディの楽譜を用意するときは原典版であるリコルディ版にしたいと思っていた。しかし、先生には「リコルディ版は、とても古くとても良い楽譜だ。あなたの演奏もスラーなどつけずにきれいにタンギングをしていて、私はとても好きだ。だけど演奏しやすいようにスラーをつけたり、レガートにして音楽的に流れたいところもある。最近の出版社では良いアーティキレーションで書かれている物もあるから見てみると良いよ。」と言われた。楽譜については、いろいろな版を見比べて、自分でスラーをつけるなどして、たくさん勉強するべきだなと実感した。
1楽章の冒頭は、「“ごしきひわ”の鳴き声をイメージして。だからもっと16分音符は1音1音短く、もっともっとはっきりと。“ティ・キ・ティ・キ”ってやってごらん。最初は1羽分の鳴き声だけど、次第に何羽も増えていくんだ。だから音の勢いが落ちていくのはおかしい。一気に進んで。」と言われた。これだけで、とても曲のイメージを掴めたし演奏しやすくなった。
「ヴィヴァルディの音楽はとてもシンプルにできている。だから音の動きも理解しやすいだろう。ここで重要になってくるのはバスパートの動きだ。今はピアノの左手になるけれど、チェロ、バスをよく聴きながら演奏して。」と言われた。これはどの曲を演奏することになっても当たり前のことであり、重要なことであると思った。ピアノが弾いてくれる和声の上にフルートの旋律があるので、旋律だけでは和声進行が分からないことも多い。最初のレッスンから、とても勉強になった。
第2回目レッスン:カゼッラ/シシリエンヌとブリュレスク
毎日16:00~18:00に、講師の先生方による演奏会が開かれる。マリオ先生はカゼッラのバルカローラとスケルツォを演奏された。そして2回目のレッスンでは、同じ作曲家の曲を持っていった。
最初に言われたことは、「カゼッラのシシリエンヌとブリュレスクは本当に本当に難しい曲だ。いろんな音色が必要で、いろんなキャラクターが必要だ。そしてフルートのレパートリーとしてとても重要なうちの一つである。」と言われた。
まず、シシリエンヌの音色作りから苦戦した。とても印象に残っている言葉がある。それは「Not flute sounds. :フルートの音を出さないで。」ということだった。フルートの先生にフルートの音を出すなと言われた。衝撃的である。しかし、そういう伝え方もあるのだなと英語に感動した。日本語に直訳すると何とも言えない表現になってしまうが、私にとってはとても新鮮ですっと心に入ってきた。マリオ先生はフルートの音楽を求めているのではなく、もっともっと広いオーケストレーションをイメージされていて、音楽を求めていらした。「例えばクラリネットとか、ヴァイオリンとか、シシリエンヌの冒頭はフルート以外の音にして。」と続く。
ブリュレスクの方はとにかく息が苦しく音を読むのが難しい。悔しいがまだ完璧にさらえていなかった。マリオ先生も優しいので、「難しい曲だから、もう一度時間をおいてレッスンしよう。」と言ってくださった。次レッスンに持っていくときは完璧にして、さらにシシリエンヌの音色を作っていかなければならない。とてもやりがいがある。
第3回目レッスン:チャルディ/ロシアの謝肉祭
前回のカゼッラはまだ調整中であったため、違う曲を持っていくことにした。しかし、なんと「I don’t know.」と言われてしまった。チャルディはイタリアの作曲家であるのだが、知らないと言われた。イタリアと言えば「ヴェネチアの謝肉祭」だが、なにしろ「ロシアの謝肉祭」である。
冒頭はアンデルセンによる長い長いカデンツァで始まり、ようやくテーマが出てきて変奏曲になっている。とりあえず吹いてみると、私が吹いている後ろで「I know.」と先生がピアニストと話していた。一安心である。 マリオ先生は演奏したことがないようだったが、先生のご指導のおかげでとても華やかな仕上がりになったと思う。イタリア人の感性は素敵だなと思った。マリオ先生にもとても褒めていただき、この曲でホテルのスチューデントコンサートに出るように推薦して頂けた。
第4回目レッスン:カゼッラ/シシリエンヌとブリュレスク つづき
そしてカゼッラに戻ってきたのだが、なんとか仕上げることができた。
ブリュレスクはとにかく音を間違えずにそしてすべての音を吹きすぎずに、重要なポイント押さえて演奏するのが良いそうだ。それが一番難しいのだが、必死に先生の指導についていった。「(sempre piu vivaceの部分について)ここは最も危険なところ。焦って最初から速くなりがちだけど、ここは抑えてそのままのテンポで行きなさい。安定してから一気にテンポを持っていけば大丈夫だから。」と言われたり、演奏するときの裏技になることをたくさん教えていただけた。そして前回のレッスンで言われたシシリエンヌの部分については「良くなっているよ。でもまだまだできると思うから、その調子でやっていってごらん。」と言ってもらえた。この曲を本番で演奏する機会が欲しいと強く思った。
第5回目レッスン:イベール/フルートコンチェルト 1楽章
5回目は30分レッスンであった。そして元々用意してきた曲も終わってしまい、悩んだ結果、聴講用に持ってきていた楽譜の中から、今度演奏する機会があるイベールを持って行った。
準備不足もあり、あまり反応できなかったのが悔しい。全体を通して言われたことは「キャラクターをどんどん変えて。」ということであった。イベールのコンチェルトの1楽章は、音数も多く忙しいため、テクニックだけになりやすい。それは音楽ではないと先生は言っており、自分の音楽を音で表現するようにと言われた。一生の課題である。
レッスンを聴講して印象に残ったこと
○ブレスの吸い方
私もだが演奏中に苦しくなってくると、ブレスの音が目立ち、肩が上がってきてしまう。そんな時、マリオ先生は「脱力して吸ってごらん。」と言われた。すると一瞬のうちにたくさんの空気を吸えることを実感した。ブレスを吸うときに首に力が入っていると言われたことがあった。それを克服できるのではないかと、これから気をつけたいことの一つである。
○音楽について
マリオ先生が何度も言われていたことがある。
「多くのフルーティストは指を速く速く動かそうとする。でもそれは音楽ではない。速く演奏することは重要なことではない。最も重要なのは自分で音楽をデコレーションすること。」
「自分の考え、自分の音楽を表現して欲しい。私がレッスンで言ったことが100%の正解ではないことを絶対に忘れないで。音楽にはたくさんの考え方があるから。あなたの音楽を聴きたい。」
自分の中の音楽を見直せる、とても素晴らしいレッスンを受けることが出来たと思う。
○スチューデントコンサートについて
スチューデントコンサートは2か所のホテルで4日間、そして最終日にコンサートホールで開催された。私は8月26日の夜にホテル「中沢ヴィレッジ」開催されたスチューデントコンサートに出演した。すべてのスチューデントコンサートは先生の推薦によって出演することが可能であり、全員が出演することが出来るわけではないため、そのような演奏する機会を頂くことが出来て本当に感謝している。私はチャルディの「ロシアの謝肉祭」を演奏した。
ホテルでのスチューデントコンサートは、そのホテルにご宿泊されている一般のお客様がほとんどで、とても小さな子供からご高齢の方までたくさんの方が聴きに来ていた。ホテルのエントランスでの演奏で、座って最初から最後まで聴いて行かれる方もいれば、途中で立ったまま聴いて、すぐお部屋に戻られる方もいて、お客様の移動が激しく、少しザワザワしていた会場だと思った。その中で立ち止まって最後まで興味を持っていただけるような演奏するというのは、今後も課題になるのかなあと思った。私の演奏を聴きに来てくれていた人からは、「すごく聴きやすくて、選曲も良かった。お客さんもみんな静かに聴いていたよ。」と言っていただけて、嬉しく思った。
研修を終えて

草津温泉は海抜1200メートルの、豊かな山の中にあった。想像以上の豊かな自然に囲まれ、都会から離れてとてもリフレッシュすることが出来た。山の中であることから、天気がとても不安定で何度も大雨に降られ、気温20度以下という真夏とは思えない環境の中で、14日間自分の音楽に集中することが出来た。
マリオ先生のレッスンはとても素晴らしく、受講することはもちろん、聴講している時も吸収するべきことがたくさんあった。また9人の受講生は互いに接点もなく、国を超えて交流することが出来て、音楽の繋がりというものに改めて感動している。
レッスンを受けて演奏技術を高めるのみならず、実際に演奏する場を頂いて、一人の演奏家として必要なスキルを模索した。毎日夕方に世界で活躍されている講師の方々の演奏を聴き、刺激を受けて、毎日音楽のことだけを考えて生活するという貴重な経験は一生のうちにあとどれくらいできるのだろうか。もう2度と出来ることではないのかもしれない。それほど、私にとって草津での2週間は一生の中で大変貴重な経験になったと思っている。
最後になりましたが、国内外研修奨学生としてこのような貴重な機会を与えて下さいました大学、学生生活委員の先生方、たくさんサポートしてくださった学生支援課の皆さま、熱心にご指導してくださる先生方、そしていつも支えてくれる家族や友人に、心より御礼申し上げます。
大友太郎先生のコメント
草津アカデミーは国内でありながら海外から著名な演奏家たちが集まり、熱心なレッスン及び魅力あるコンサートを連日聴かせてくださるという受講生にとってはとても充実した時間を過ごせる講習会だと思います。マリオ・アンチロッティ先生を私は存じ上げないのですが、きっと明るくて暖かい人間味溢れる方なのでしょうね。先生から指摘された肩の力を抜いて自然体で演奏することや自分自身で音楽をデコレーションすることの大切さ等これからあなたが目指す音楽家の道への重要なアドヴァイスをいただきましたね。これからのあなたの演奏にどのような成果が現れるかが楽しみです。
次は先生の暮らしているヨーロッパの空気を吸いに行ける良いですね。ヨーロッパの国々各々が独特の個性、環境、生活習慣、食文化等を持っており、その中で音楽を勉強することにより、過去に演奏したことのある曲のテンポ感やリズム感、音色感等が大きく影響を受けることになります。これからも良い演奏を目指して精進してください。