国立音楽大学

ムジークアルプ夏期国際アカデミー(フランス・ティーニュ)

松下 愛 4年 演奏学科 弦管打楽器専修(クラリネット)

研修概要

研修機関:ムジークアルプ夏期国際アカデミー
研修機関:2016年7月31日〜8月11日
担当講師:ローマン・ギョイヨ教授

研修目的

 普段生活している環境とは全く違い、異なる言語が飛び交う中で、世界で活躍している憧れの先生のレッスンを集中的に受講し、演奏のレベルを上げることが第一の目的でした。
 また、他の受講生のレッスンを聴講し、自分の演奏へ生かせるヒントを得ること、そして、大学の授業でフランス語を学んでいるので、外国人の受講生とコミュニケーションを積極的にとり、人の輪・音楽の輪を広げること、音楽の本場であるフランスで歴史ある街並みや風景、美術鑑賞を目に焼き付け、帰国後の演奏へ繋げたいと考えていました。
 卒業後の進路として考えている留学へのイメージがこの研修を通して具体的になることも目的でした。演奏面では具体的に、演奏するときの体の使い方、そしてクラリネットを通しての歌い方を先生から沢山学びたいと思い、研修に参加しました。

研修内容

 講習会が10日間ある中で、レッスンは1人あたり2日に1回のレッスンで各1時間ずつ行なわれました。合計5回のレッスンを受講することができました。
 ギュイヨ先生のクラスは9人で、日本人が5人、フランス人が2人、台湾人が1人、韓国人が1人でした。自分のレッスンがない時はもちろん聴講が自由にできます。特にギュイヨ先生は人のレッスンを聴講することをとても大事に考えている先生なので、ほとんどのレッスンを聴講しました。

レッスン1回目 ブラームス クラリネットソナタ第1番 1楽章

 常に生活している場所が標高2000mの場所のためにとても乾燥しており、リード選びに苦労したのと、普段日本では続くフレーズも、すぐに息がなくなってしまったりと早速環境の問題に直面しました。1回目のレッスンでは、まず展開部まで演奏しました。まず先生は、「この1楽章についてどう思う?」と私に問いました。私はブラームスについてもこの曲を作曲した経緯についても勉強をしていましたが、やはり先生はそれ以上の知識に富んでいました。ブラームスは、“死”を非常に恐れていたこと、そして自分より以前の作曲家バッハ、モーツァルト、そしてベートーヴェンの音楽をすべて暗譜、記憶していたそうです。そして自分の作曲にも、昔の作曲家の音楽を振り返ることをやめなかったと教えて下さいました。また、この曲にも、ブラームスのクラリネット五重奏の中にもジプシー的な要素や宗教的な要素を含んでいること、ブラームスはドイツ文学からも非常にインスピレーションを受けていたといいます。
 そして、「この楽譜を見た時に最初に何をみる?重要なことが4つある。」それはまず調性、この曲ではf moll、次に速度=allegro、次にappassionato、そして最後に拍子=3/4。それは演奏するにあたって、ごく当たり前の情報ですが、私はそれをただ当たり前のものとして認識していただけでした。私の1回目の演奏はallegroより少し遅めで、それによってappassionatoがない演奏でした。先生にそれを指摘され、この当たり前の情報がどれだけ大事なことかを再確認しました。
 先生は演奏する上でとにかく歌うことを一番重要視しているのが1回目のレッスンから分かりました。そして先生はそれを声で歌って説明してくれます。先生の音楽は歌うことでさえ、美しかったです。私はこのブラームスをレッスンに持ってくる前に、フランスものとは違うドイツものの作品での歌い方を疑問に思っていたため、このレッスンでそれが明瞭になりました。先生のアドヴァイスを実践して演奏してみると、確かにappassionatoの演奏になっていることが自分でさえハッキリと認識することができました。

レッスン2回目 ブラームス クラリネットソナタ第1番 1楽章

 最初に、前回の復習として再現部までを通すと、先生にとても良くなったと言って頂くことができ、とても嬉しかったです。今回はその続きから最後までを見て頂きました。
 今回のレッスンでは主に、ピアノとクラリネットの声部での動きについて学びました。特にこのようなソナタ作品はスコアを見て練習することが大事で、それぞれを理解して記憶し、最終的に歌えるようにしないとダメだ、ということでした。そしてブラームスにおいては、全てが理屈で、たまたまそうなった、というような箇所が一つもないのでもっと楽譜と忠実に向き合い理解することが重要だと感じました。
 また、楽器を吹くときのポジションについても指摘されました。顔の角度が少し下向きになってしまっていることで喉が少ししまっているということでした。もう少し目線を高くしてクラリネットを構えれば、喉の場所も確保されとても良いということをアドヴァイスしていただきました。実際にそれを実践してみると、特に跳躍のときに前よりとてもやり易くなりました。また、低い音から高い音への跳躍の際の、喉の練習法も学びました。それはクラリネットについているレジスターキーを押さずに喉の位置だけ変えて倍音を出す練習です。レジスターキーは音色を補助するためのものなので、この練習をすれば、喉の的確な位置を認識することができ、音色を良くすることもでき、この練習が完璧にできるようになればクラリネットにおける様々なことに柔軟に対応することができると教えて下さいました。先生自身もこの練習は何年もかけてできるようになった、と仰っていました。先生は私たちより若い年齢のときからもうプロとして活動していましたが、どのレッスンのときも先生は、「君たちの歳のときにはこういうことはできなかった、とにかく毎日練習をし続けたんだ、僕が出来たのだから君たちも絶対できるようになる」と今の私たちに対して出来ることをポジティブに応援してくれました。

レッスン3回目 ウェーバー クラリネット協奏曲第1番 1楽章

 この曲もブラームスと同様f mollで始まります。長いオーケストラによる前奏が終わり、1小節間の休符を待ってからクラリネットの旋律が始まります。まず、先生はこの直前の休符について触れました。それは、今までオーケストラが前奏で作っていたものがいったん終わり、この1小節間の休符によってより短調の緊張が深まり、そのあとのクラリネットの旋律から新しいものが始まるということでした。いかに休符の意味するものが重要かということを感じました。この最初のフレーズには音量記号が書いていませんでしたが、私なりの解釈でpで演奏することで、このf mollの不安を表現できると思っていました。しかしそこで先生は、「不安=pとは誰も決めていないでしょ?」と指摘し、私はとても納得しました。逆に、pで演奏することで不安の要素を演奏することのエネルギーがなくなっていました。だからといってfで演奏するという意味ではありません。また、「その音量の度合いをコントロールするために一番大事なことはリラックスすることだ、それはゴルフでも一緒だ」と仰っていました。そして先生は、先生なりのこの作品に対して考える物語を説明して下さいました。ロマン派の作品での登場人物は自分のみで、心理状態が常に変化する、ということでした。私は、いままで不安・楽しい・幸せ・悲しい、などの形容詞を用いて作品を解釈し演奏することが多く、特にウェーバーの様なロマン派作品では、自分なりの解釈で物語を作って演奏することがいかに大切かということを、この回のレッスンで痛感しました。

レッスン4回目 ウェーバー クラリネット協奏曲第1番 1楽章

 先生の解釈は、曲全体を聞いてただ物語を作ることだけではなく、ピアノ(伴奏)のリズムなど、それぞれの役目をも理解しての物語でした。例えば、8分音符で細かい動きは、馬が駆けているという解釈でした。私にはまるで自分が物語に入り込んだようなイメージが足りないと思いました。自分が映画を作るように想像してみなさい、とアドヴァイスして頂きました。
 また、今回のレッスンでは、ブレスについても指摘されました。この作品を演奏するにあたり私はブレスを恐れているところがありましたが、「ブレスも表現の一部だ」と先生にアドヴァイスして頂いたことでその不安が解消されました。またこの作品には連符が多い箇所が2箇所あります。先生は、連符の中のハーモニーの変化、倚音、ドミナント、疑終止などをとても重視していました。私は連符を演奏する際にそれを見逃していました。 ウェーバーの2回のレッスンを受けて、私はクラリネットのパートのみにとらわれていて、全体像がつかめていなかったこと、自分が吹いている後ろでオーケストラがどれだけ大事な動きをしているのかが理解不足だったということを反省しました。

レッスン5回目 ブラームス クラリネットソナタ第1番 3楽章

 4回のレッスンを終えて、最後のレッスンに何を持って行こうかとても迷っていましたが、先生は歌を本当に大事にしていることを今までのレッスンでわかったので、最後のレッスンではそれが学べる作品を持って行こうと思っていました。そこで、先生のブラームスが収録されているCDを聞いてとても綺麗で感動した第1番の3楽章をもてもらおうと決めました。
 この作品の冒頭で、同じフレーズが2回続いているところがあり、楽譜には書いていませんがそれを私はエコーのように演奏することをアイデアとして表現していました。しかし先生は、それは1つのアイデアとしてはとても良いけど、ブラームスは楽譜を出版する際に、提出しては稿を確認し訂正し、それを何度も繰り返していたということを教えてくださいました。つまり、ブラームスの楽譜はとても忠実に書かれており、楽譜に書いていること以外をする必要性がないということでした。ブラームスが楽譜に書いていることをいかに忠実に、そして書かれていることの中で表現の幅を広げることが大事ということがわかりました。そのために、練習の時に、書かれていることをとても大げさに練習すると、それがのちに自然なものとして演奏できるようになるということでした。他の人のレッスンを聴講したときにも、レッスンの中で1回おおげさに、全部ffで吹くことをやっていたので、これはブラームスだけではなく、どの作品を練習するにあたりとても大事なことだと思いました。

講習会中の生活について

 基本的に練習場所は、自分のホテルの部屋で音出しも長時間できるので良い環境で練習することができました。また、講習会場であるティーニュは避暑地でとても涼しく毎日過ごしやすい気候で、周りが山に囲まれているため大自然に囲まれての生活をおくることができます。練習に疲れたときには外に出るだけで空気がとてもおいしく、リフレッシュすることができました。ときにはリフトに乗って2600mの山頂に登ったり、近くにある湖でボートに乗ったりと、レッスン以外の生活も非常に充実していました。
 この講習会は日本人も多く参加しているため、他の楽器の日本人と友達になったり、世界中から参加している外国人と友達になったりと、人の輪も広げることができました。特に、同じクラスだった1歳上の台湾人の子とは親交を深めることができ、講習会期間中の行動を共にしていました。時には一緒に基礎を練習したりもしました。この講習会で思ったことは、外国人は意見交換がとても多く、思ったことを素直に相手に伝えるため、お互いに良い刺激を与えあえているなと思い、それは日本人にはあまり見受けられない文化の一つだなと思いました。同じクラスのフランス人2人とも会話をし、私は留学にとても興味を持っているので、ヨーロッパの学校の仕組みや、良い先生の情報などを交換することができ、それは私にとても良い経験となりまたその交流は嬉しいものでした。
 また、この講習会では毎晩講師の先生によるコンサートが開かれるのも目玉の一つです。午前中はレッスン、午後は練習、そして夜はコンサートと、一日中音楽で溢れている生活をできたことはとても幸せで、本当に充実していました。

研修を終えて

 以前からヨーロッパで音楽を学びたいと思っていた私にとって、今回の研修は非常に大きな経験になりました。今までの自分の着眼点の甘さ、視野の狭さをとても痛感しました。ギュイヨ先生は、演奏するすべての一つ一つに根拠があり、またそれは誰もが納得できることでした。なので、色々な人のレッスンで、「なぜ?」と理由を聞いている場面が多かったように思います。演奏する全ての場面において確実な自分の理由をもたなければ、聴衆をも納得させることはできないと感じました。
 他の人のレッスンを聴講していると、自分にはないものを発見することができ、またその人の良いところを見つけ出し、それを自分の演奏へのヒントにしようと思うことができました。特に、外国人のレッスンでは、楽器を吹く以前に自分のアイデアを豊富に持っており、それについて先生と意見交換をしているところを多く見て、私は新しい刺激を受けました。私はアイデアを持っていたとしても、自分のアイデアに自信がありませんでした。外国人は、自信どうこうより、それが例え間違っていたとしてもそれをポジティブに受け入れていました。そのやり方が素直に良い演奏にも結びつくと思うし、先生と意見交換を率直にすることはとてもいいことだと感じ、私も真似していきたいと思いました。
 また、いつもとは違う言語が飛び交う中で生活することはとても新鮮でした。日本にいると外国人に声をかけられただけでびびってしまう私が、この研修期間で外国語を話すことをとても楽しんでいました。
 音楽面でも生活面でもなにもかもが新鮮で、測りきれないほど沢山の経験をすることができました。最後になりますが、今回国内外研修生として貴重な機会を提供して下さった大学関係者の皆様、国内外奨学金を通してサポートして頂いた学生支援課、学生生活委員会の皆様、いつも熱心に指導して下さる先生方に心よりお礼申し上げます。
 今回の研修で得たこと全てを今後に生かし、精進していきたいと思います。本当にありがとうございました。

受講クラスのみんなで
受講クラスのみんなで

武田忠善先生のコメント

 松下さんは国立音楽大学入学前からレッスンしています。入学後も常に上位の成績を修めています。彼女の特徴は何と言っても美しい音色です。その美しい音が、フランス・ティーニュの山あいに響いたことでしょう。国立音大卒業後はフランス留学を考えているようです。そのための準備体験として大変有意義だったようです。
 その成果の表われとして8月に行われた日本管打楽器コンクールに出場した時でした。(私も審査員として聞きました。)美しい音は相変わらずでしたし、自分はこう思って(感じて)演奏しているということが大変よく伝わってくる演奏でした。
 今回の体験を出発に留学後、ますます成長することが期待されます。

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