国立音楽大学

ニース夏期国際音楽アカデミー

正村 恵  4年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)

研修概要

  1. 研修機関 ニース夏期国際音楽アカデミー
  2. 受講期間 2011年7月26日(火)~8月8日(月)
  3. 会場 ニース地方音楽院
  4. 担当教授 ガブリエル・タッキーノ、オリヴィエ・ギャルドン各氏

1957年に発足し、毎年7月中旬~8月中旬の1ヶ月間開催されている。これまでに50カ国以上の国から5万人の受講生が参加しており、54年という長い歴史を持ち、世界中から注目されている。パリ国立高等音楽院(CNSM)やパリ地方音楽院(CRR de Paris)などで教鞭を取る傍ら、自らコンサーティストとして国際的に活躍されている先生方が一堂に会し、マスタークラスを行うというものである。アカデミーのマスタークラスは1週間単位で行われるため、受講したい先生の週を自由に選択することが出来る。また、受講生は担当教授の推薦により、各週土・日に開かれる"Les Concerts d'Etudiants(受講生によるコンサート)"に出演出来る他、"Les Concerts du Cloitre(修道院コンサート)"と呼ばれる、アカデミー教授陣によるコンサートを無料で聴くことが出来るなどの特典もあるため、魅力的な講習会となっている。

研修の目的

自らの音楽性を更に追究していくことはもちろん、海外という新しい環境の中で、様々なことを見たり聞いたりして、自分自身を見つめ直す機会とする。高校の頃から憧れていたフランスに留学し、大好きなフランス音楽を中心にレパートリーを広げたいというヴィジョンがあり、この機会にフランス語のスキルアップに努めると同時に、フランスの文化や芸術に直に触れながら、幅広い視野をもって音楽と対峙することを目標に定めた。

研修内容

1週目

7月26日(火): 打ち合わせとレッスン1 Beethoven/ Sonata No.28 Op.101 A-Dur

タッキーノ先生のクラスはフランス人2人と中国人1人、そして私を含む日本人2人の計5人という、比較的小規模なクラスであった。そのため、1人あたり1時間弱のペースで、ほぼ毎日レッスンしていただけることになった。同じクラスに、パリ在住7年になる日本人学生がおり、先生の提案により私のレッスンではその方に通訳をしていただけることになった。自分の語学力に少々不安を感じていたので、先生のご厚意に感謝し、頼もしい仲間がいることに安心感を覚えた。

私のレッスンは午後からであり、午前中に練習をしてからレッスンに臨んだ。第1楽章を通して弾いた後、先生から「よく弾けているけれど、テンポを揺らしすぎないように、楽譜に書かれているretard.以外はIn tempoで弾くようにね。」また、「1つのフレーズを、もっと表情豊かに歌えると、なお良いですね。強弱を明確にしたほうが良いし、今の演奏だと、冒頭部分は少し"timide"な感じがするから…。でも、曲の後半になるにつれて、良くなっていたよ。」と言われた。"timide"とは「恥ずかしがりな、シャイな」などという意味であるが、それだけ私の演奏が、固く内気な感じに捉えられたのであろう。初めて学ぶ先生なので少々緊張していたのが、伝わったようである。とにかく、自分自身を解放してあげること、特にこの第1楽章のようなゆったりした曲は、もっと"libre(自由)"に演奏することが望ましいということ(但しそれは、テンポの変化をつけるという意味ではない)など、今の私に足りない、とても大切なことをアドバイスしていただいた。

続いて第2楽章は、冒頭部を少し弾いた後、「とっても良いですよ。君はこの曲いつから練習しているの?」と訊かれた。本格的に練習し始めたのは4月からです、と答えると、先生は驚かれて「本当に良い演奏だと思うよ! Marciaではあるけれども、1拍1拍を強調しすぎないで、もっと横のラインをつくるともっと良くなるよ。」とお褒めの言葉と、さらに良い演奏にするためのアドバイスをいただいた。フレーズが無意識のうちに縦割りになってしまうというのは、よく陥りがちなことだったので、横の流れになるように音の繋がりを意識して弾くことに留意した。続くTrioの部分では、「右手と左手が掛け合うところは、単調にならないように気をつけて。君ならもっと表情豊かに出来るよ。」と言われた。ごく基本的なことではあるのだが、その部分は音数が少なく、そう聞こえがちになってしまう箇所なので、気をつけようと思った。

そして、第3、第4楽章を全部通した(楽譜を見ながら弾いた)。「よく考えながら弾いているね。4楽章はフーガの部分が難しいみたいだけど、暗譜していけば自ずとわかるようになると思うよ。暗譜はもう出来ている?」と訊かれた。暗譜はまだ自信が無かったが、次回のレッスンでは全楽章暗譜で弾き、さらに他の曲も用意してくるように言われ、今日のレッスンは終了した。

7月27日(水): レッスン2
Beethoven/ Sonata No.28 Op.101 A-Dur
Barber/ Piano Sonata Op.26 Mov.1 Allegro energico, 4 Fuga
Stravinsky/ Trois Movements de Petrouchka Mov.1 Danse russe

Beethovenを暗譜で通して弾いたあと、いくつか手直しをされた。例えば第4楽章の部分で、「16分音符が出てきたときに、あまり繋げ過ぎないように。弾くときは、手の中で弾くようにすると、良くなると思うよ。」と言われた。それから、第4楽章の同じ部分で、「和声感をもっと持った方がいいね」とも指摘された。どちらについても、私は重々承知していたつもりだったのだが、自分が思い描いている理想のBeethovenの音にはなかなか近づくことができず、思い悩んでいた。先生がその部分を還元し、和声の授業のようにピアノで弾いてくださると、和声だけではない、Beethovenの色彩感の豊かさをより感じることができた。和声感を持つことはどの曲を演奏するときも非常に大事だが、思い詰めてしまったら還元してみるという作業は、実はとても大事なことなのではないか、と今更ながら思った。そして問題の中間部、フーガの部分は「ここはまだ良いとは言えないけれど、これから練習していけば、君ならきっと良くなるよ。」とアドバイスをいただいた。

結局、Beethovenは1回通しただけで終わってしまったので、次にBarberのソナタを見ていただいた。第1、第4楽章を続けて通したら、先生から「よく弾いていて、僕は何も言うことがないです。素晴らしい!今週の土曜日にある"受講生によるコンサート"に、君も出演することを勧めるよ。どうする?」と訊かれた。まさか私が出演できるだなんて思ってもみなかったので、光栄だし嬉しい限りである。喜んで、「出ます!」と答えた。このソナタについては、それまで強かった小節からすぐにpになるところを注意するようにという指摘があっただけで、これもまた1回通しただけで終わってしまった。

時間が多少余っていたので、曲が足りなくなってしまった時のために予め用意しておいた、ペトルーシュカを見ていただく事になった。今日は第1楽章、《ロシアの踊り》である。まず1回通した後、「良いですよ」とのお褒めの言葉をいただき、「ただ、君は体が小さいから、最初の部分や最後など、和音をしっかり押さえる部分は、全体重をかけるようにして弾くのが良いだろうね。その上で、和音は上の声部をしっかり出さないと、良い音が出ないよ。」と、和音のバランスも指摘された。中間部の難解なテクニックを要求される箇所では、「1番出すのはもちろん主旋律だけど、内声も大事だから、1つ1つの音が全部聞こえるように、全ての要素が混ざらないように。」とアドバイスされた。確かに、私の場合はそういう部分に限って音がぼやけてしまい、客観的に聴いてもよくわからなくなるなどの傾向が強かった。どんなに難しいパッセージでも客観的にわかるようにはっきり弾くことは大事だし、その方がより音楽的になるということを改めて痛感した。その箇所のバス(低音)も吟味し、左右のバランスもよく聞くなど、先生が改善策をどんどん見出してくださったお陰で、内容の濃いレッスンだった。

7月29日(金): レッスン3
Barber/ Piano Sonata Op.26 Mov.1 Allegro energico, 4 Fuga
Stravinsky/ Trois Movements de Petrouchka Mov.1 Danse russe, 2 Chez Petrouchka

前回に引き続き、今日もBarberのソナタを見ていただいたのだが、前回と比べて指摘されることが少なかった。先生は「ところで君は、Baberの第2、第3楽章は譜読みしていないの? 全部弾いておいたほうが勉強になるし、いずれ国際コンクールでも使える良い曲だから、是非とも勉強しておくと良いよ。出来れば僕のレッスンの間に、第2、第3楽章も見せてほしいなぁ。」と言われた。とりあえず、最後のレッスンまでに3楽章だけでも頑張って譜読みしておこうと思った。

そして、ペトルーシュカの第1、第2楽章を見ていただく事にした。まず第1楽章は前回と同じく、和音を全て鳴らすのではなく、上声部を響かせて、その中でもよく歌うように、とのことだった。更に、「君はこの曲を弾いているうちに、だんだん肩が上がってきてしまうね。もっとリラックスして。」と指摘された。確かに私は、無意識のうちに肩が上がり、自分で弾きづらくしていたのだ。これは意識するだけで大分弾き易くなるのはもちろん、難しい箇所をいかに楽にして弾けるかにも繋がるので、本当に大切なことだと改めて感じた。また、場面の変化をもっとつけられる様にするともっと良くなる、ということも言われた。中間部のsubito pになった所からは、ペダルを多めにし、柔らかい雰囲気を出すようにして、曲のメリハリをつけるようにするなどのアドバイスを受けた。第2楽章《ペトルーシュカの部屋》は、私がまだ弾ききれていなかった部分もあったのにも関わらず、「よく勉強しているよ。この曲も難しい箇所がいっぱいあるけれど、和声を吟味しながら、これからも練習していってね。」と言われた。そして明日、コンサート前に1回Barberを通す約束をして、レッスンが終わった。

7月30日(土): 受講生によるコンサート Les Concerts d'Etudiants

いよいよ、コンサート本番の日。午後、タッキーノ先生に1度Barberを聴いていただいた後、コンサートが行われる会場、音楽院に付設されているホールへリハーサルに向かった。先生が立ち会ってくださり、ホールでの残響や音のバランスなどを確認していただいた。音楽院のホールは約700名が収容可能な、本格的なホールだった。いざ舞台で弾き始めると、ピアノ(スタインウェイ製)の調律は悪く、舞台袖に掛かっているカーテンが音を吸収しすぎていたため、音が遠くまで飛ばなく、ピアノがよく鳴り響かない。鍵盤がかなり重かったこともあり、最悪のコンディションであったが、リハーサルの際、先生から「もっと大きな音で弾いて!」とアドバイスをいただきながら、策を練って本番に備えた。

そうして迎えた本番。プログラムは、それぞれのクラス毎にまとまって組まれていた。今日はヴィオラ、フルート、ピアノ、ヴァイオリンの生徒が出演し、タッキーノ先生のクラスからは5人のうち4人が出演した。海外で初めて人前で弾くという状況であったが、クラスの仲間が一緒だったため、私はあまり緊張しなかった。とりあえず、今出来る演奏をしよう、と思い、舞台に上がった。Barberは弾けていない箇所が多々あったにも関わらず、弾き終えると数人から「ブラボー!」をいただけた。嬉しいと思う反面、こんな演奏で申し訳ないと思い、自分の練習不足を反省した。複雑な気持ちではあったけれども、聴衆がこんな未熟な私の演奏を受け入れてくれていると思うと、演奏が終わった瞬間、涙が出そうになるほど嬉しかった。演奏会というのは国境をも遥かに越えて、演奏者と聴衆とを強く結びつけることが出来る最高の舞台であるということを、演奏者側から直接感じることが出来た。演奏後、タッキーノ先生が舞台袖に駆けつけてくださり、「とても良かったよ。お疲れ様でした。ブラボー!」と声を掛けて下さった。コンサートに出るという貴重な機会を与えてくださったタッキーノ先生には、感謝の気持ちで一杯だった。

クラスの皆は本当に仲が良く、このコンサートでもお互いの演奏を聴き、称え合い、それぞれの持つ音楽性を認め合った。それぞれに刺激を受けながら毎日を過ごせ、この5日間そしてこのコンサートは、本当に忘れられない幸せな時間だった。

7月31日(日): レッスン4
Beethoven/ Sonata No.28 Op.101 A-Dur
Barber/ Piano Sonata Op.26 Mov.3
Bach/ Das Wohltemperierte Klavier Teil Ⅱ 1. C-Dur

レッスン最終日。再びBeethovenから見ていただいた。第1楽章では、フレーズ間で強弱の差が付けられると、面白い演奏になるとのアドバイスをいただいた。また第3楽章では、「ここも和声感を大事にして弾くと良いよ。あと、3連符は固くならないように。指の中で弾くように。」との指摘をいただいた。また、第3楽章に関しては、拍通りきちんと数えるように、音から音への跳躍も、縦割りではなく歌い手のように弾く、ということも言われた。

次に、最後のレッスンまでに譜読みしておいたBarberの第3楽章を見ていただいた。といっても、まだ譜読み段階であったため、「この曲はまだ勉強し始めたばっかりだよね。」と見抜かれてしまった。しかし、旋律の歌い方や強弱など、基本的ではあるが幾つかアドバイスしていただいた。例をあげると、中間部の右手が細かい音符で動き始めるところは「もっと軽いタッチで、横に流れをつくってあげて」「遅いテンポでも常に頭の中で1小節を正確にカウントして」など、今後練習していく上で留意すべき点を教えていただいた。

最後に、Bachの平均律クラヴィア曲集から、2巻の1番を見ていただいた。先生は「よく弾けているけれど、この曲が書かれた時代は、ピアノがまだクラヴサンだった頃だから、特にPreludeの方は、そんなに音を繋げて弾かなくても良いんじゃないかな。もしもBachが生きていた時に、今のピアノで作曲していたら、きっとクラヴサンのようにnon legatoに近いニュアンスで旋律を弾いていたのだと思うよ。ピアニストのグレン・グールドなんかは、そういう風に弾いているものが多いよね。こんな風に…」と話し、グールドの弾き方を真似してくださった。それを見て思わず笑ってしまったが、先生の仰ることはその通りだと実感した。確かにBachが活躍していたバロック時代は音が小さい楽器だったし、音自体も現代のピアノのように伸びたわけではないだろうと思ったからだ。しかし、音を短くすれば良いというわけではないので、改めて、Bachを演奏する難しさを実感した。

レッスンの最後に、「君はこのアカデミーを修了したら、日本に帰っちゃうの? フランスに留学したいとは考えていないの?」と訊かれた。先生にそう仰っていただけただけでも、私はすごく嬉しかった。「君はとても真面目で勉強熱心だし、本当に良く弾いているよ。これからも日本で頑張ってね。日本での君の先生にもよろしく。またいつか会いましょう」とのお言葉をいただき、感激した。

このようにして、4回のレッスンを終えた。タッキーノ先生は、曲の詳細よりも曲全体の流れをよく吟味するという先生だということがわかった。自分が準備していた曲のレパートリーが、先生とあまり合わなかったとも思い、フランスものをお見せできなくて本当に心残りであった。しかしながら、先生は温かくとても親身な方で、こんな私でも懇切丁寧にご指導して下さり、とてもありがたかった。また機会があれば、是非とも学んでみたいと感慨にふけり、研修1週目を終えた。

2週目

8月2日(火): 打ち合わせとレッスン1 Beethoven/ Sonata No.28 Op.101 A-Dur Mov.1, 2

アカデミー第3週。ギャルドン先生のクラスの生徒は13人で、うち日本人が10人だった。打ち合わせの際、先生に「君はこの後、弾くかい?」と訊かれ、私は少々緊張しながらも承諾し、打ち合わせ早々にレッスンを入れていただくことになった。人数が多いこともあって、レッスンは1人あたり3回までとされた。

今回は、Beethovenから見ていただいた。全楽章通した後、フランス語のみでレッスンが始まった。第1楽章では、「ハーモニーを吟味するように。それから、自分の音を良く聞いて」との注意を受けた。タッキーノ先生と似たようなことを言われたこともあって、私は改めてこの曲の表現の難しさを味わった。それから、「内声もよく響かせて、よく歌うように、ぎこちなくならないように。」と指摘された。第2楽章では、「最初の和音のバランスがあまり良くないね。やはり上声をもっと出して。それから、左手バスの和音の変化にも注意して、クレッシェンドをかけてみたら?」とも指摘されたので、試しに弾いてみた。すると、曲の始めから立体感が出て、最初の印象がより好感の持てるものになったと実感した。ちょっとしたことに気をつけるだけで、こんなに印象が変わるものなのかと、改めて気づかされた。中間部では、「声部がだんだん増えていくところは、例えば木管楽器が演奏しているような、あるいは歌い手がだんだん増えていくようなイメージで弾くように。」と言われた。これも当然といえば当然のことであるが、弾くときは常に自分の中で強いイメージを持っていなければならないと実感した。

今日は第2楽章までとなってしまったので、明日はその続きと、Bachの平均律を準備してくるようにと言われた。

8月4日(木): レッスン2
Beethoven/ Sonata No.28 Op.101 A-Dur Mov.3, 4
Bach/ Das Wohltemperierte Klavier Teil Ⅱ 1.C-Dur

第3楽章の冒頭、「ソプラノも大事だけど、左手のバスの音量が足りないね。もっとバスに重みを持たせて弾いて。」と指摘された。確かに、左手の音の支えが足りないと、音楽全体が軽くなってしまう。特にこの曲は、他の楽章と違いa-mollでゆったりとした曲調であるため、ある程度の重みは必要だ。しかし、先生が最も気にされたのは、旋律が繋がっていく箇所における手の脱力の仕方だった。「指の中で弾くのではなくて、指を繋げるんだけど、3連符の前で少し弾く指をあげるんだ。そうすると、脱力が上手くいくよ。試してごらん」とアドバイスをいただいた。試してみると、私にはこの方法の方がしっくりきた。それから、カデンツァの部分では、「こんなに小さな音符でも、きちんとリズム通りに弾くように。」との注意を受けた。いくらカデンツァとはいえ、そこには旋律的な要素が散りばめられているため、「連符の最初の音を少し意識すると、Ⅴの和声音で出来たフレーズが少し際立って、より良い演奏になると思うよ。」とアドバイスをいただいた。

続く第4楽章では、主に展開部のFugaの部分において、弾きにくい箇所の練習方法や指使いなどを教わった。それから、再現部直前、クレッシェンドの仕方についても指摘を受けた。「ffからクレッシェンドって書いてはあるけれども、最初は強く弾いて、その直後に一旦落としてから再びクレッシェンドして、再現部に戻る直前で少し溜めたらどう?」と言われ、その部分を練習した。「この曲は色々な意味で難しい曲だから、あとは自分でよく練習してね。でも良い演奏でしたよ。」とお褒めの言葉をいただいた。

追加で用意していたBachに関しては、特に細かい指示は無かったが、Preludeにおいて「和声感を持つ」ことの重要さを教わった。

最後のレッスンでは、先生にBarberのソナタを見ていただく旨をお伝えし、今日のレッスンを終えた。

8月6日(土): レッスン3 Barber/ Piano Sonata Op.26 Mov.1 Allegro energico, 4 Fuga

最初に全て通した後、先生は、「テンポが速すぎるよ。第1楽章はまだ良かったけれど、第4楽章はPrestoではないんだよ。それに、ペダルが濁っている箇所が多いよ。もう少し声部を整理しないと、折角技術的に弾けていても全て台無しになってしまうからね。もったいない、残念だなぁ。」と指摘をいただいた。落ち着いて演奏したはずが、それが先生には伝わらずショックを受けたが、自分でも納得のいく演奏ではなく、技術も表現力もまだまだ勉強不足だった、と反省した。「もう1度、今度はテンポを落として、最初からやってみよう。全ての音が僕にはっきり聞こえるようにね。」と言われた。このソナタは、比較的手が小さい私にとっては技術的な難所が多く、特に第4楽章Fugaは全ての声部を聞かせると同時に、要所要所で変わる強弱や雰囲気の変化にも気を配らなければならなかった。また、このような現代音楽であっても、和声感を持って演奏することは言うまでも無く大切で、私の中でもっと意識を強めなければならない、とも痛感した。また、オクターヴで上行するコーダの部分の練習法について、「左手の手首をもっと固定させて、腕全体で弾く練習をするように」とのアドバイスを受けた。これが私にとって難しく、レッスン中何度も繰り返して練習した。先生は根気良く付き合ってくださり、何となくコツが見出せたものの、自分の技術力の不足を痛感した。この曲は先生に好評ではなかったけれども、自分の中でも今後の練習に大いに役立つことがたくさんあって、私としては良いレッスンであったと思う。

計3回のレッスンを終え、この日をもって私の研修は修了した。今回は、ギャルドン先生がレッスンにおいてフランス語のみで話されていたため、最初は戸惑ったが、幸いにも簡単な言葉で表現してくださったので、さほど苦労はしなかった。そのため、レッスンも細かいながらもスムーズに進み、先生の仰ることが概ね理解できたので、良かったと思う。今後の演奏に活かすことが出来るように、帰国後も更なる練習に励もうと思った。

研修中の生活について

レッスンが無い日には、同じクラスの仲間のレッスンを聴講したり、与えられた練習室で練習に励んだ。練習室はどの部屋もアップライトピアノだったが、私の部屋は思っていたよりもピアノの質が良く、内心ホッとした。体調を崩して1日休んでいた日もあったものの、ほぼ毎日のように、与えられた3時間を練習に充てた。

昨年度、本学主催の公開レッスンでお世話になったミシェル・ベロフ先生のレッスンも聴講した。その時はちょうどMozartのソナタとDebussyの練習曲のレッスンで、時折ベロフ先生が弾くピアノの素晴らしい音にうっとりしながら、アドバイスに聞き入っていた。特にMozartについては「小さなオペラのような、あるいはその序曲のようなイメージで弾く」ということを仰っており、興味深かった。

また、アカデミーで出会った仲間とニース市内を観光したり、教授陣によるコンサートや受講生によるコンサートに足を運んだりして、楽しいひと時を過ごした。その日のレッスンが終わる度、地中海を毎日のように眺めに行ったり、トラムに乗ってマセナ広場で買い物を楽しんだり、ニース旧市街の散策や近代・現代美術館なども見学した。その中でも特に興味を惹いたのは、ペットボトルの底面を繋ぎ合わせて作られた青いドレスや、画家イヴ・クライン自身が名づけた「インターナショナル・クライン・ブルー」と呼ばれる、真っ青な色の絵の具を使った作品だった。斬新な手法やその作品たちは、近・現代音楽の作品にどこか通ずる部分がある気がして、とにかく、新鮮な感覚を覚えた。

シミエ修道院で行われた教授陣による野外コンサートでは、Claude Lefebvre(Fl)、Olivier Gardon(Pf)、Bruno Rigutto(Pf)、Vincent Lucas(Fl)、Ives Henry(Pf)、 Philippe Bernold(Fl)、Marc Coppey(Vc)、Jean-Francois Heisser(Pf)などの著名な音楽家の演奏を聴いた。特に印象深かったのはヴァンサン・リュカ先生のフルートで、力強く華麗なffから、まるで囁いているようなppまでを自在に操っていて、音色が多彩な演奏に惹きつけられた。そのとき伴奏を担当していたイヴ・アンリ先生のピアノも音色が柔らかで魅力的な演奏だった。プログラムの最後にProkofievのフルートソナタを聴いた時は、鳥肌が立つほど素晴らしく、感銘を受けた。アンコールに、アンリ先生によるフルートとピアノのための自作曲を披露していた。アンリ先生は、実はピアノ以外に和声も教えていらっしゃるらしい。その曲もとても美しく、いかにもフランスの雰囲気が漂うような、そんな曲だった。

また、協奏曲のプログラムにおいて、ソリストの先生方をバックで支えていた、ニューヨーク・マンハッタン音楽学校の学生オーケストラの演奏(世界的ピアニストでもおられるPhilippe Entremont先生の指揮)も、「学生オケ」だということを感じさせない素晴らしい演奏で、ソリストの方々をしっかりと支えている姿勢が印象的だった。このオケと共演したエセール先生が、Mozartのピアノ協奏曲第21番第2楽章で、聴き慣れない装飾を施して演奏していたのが印象に残った。名曲であるこの楽章を聴衆に飽きさせることが無い彼の演奏は、とてもチャーミングなものだと感じた。本当に楽しいひと時であった。

受講生によるコンサートでは、出演者の多くが日本人であった。その中で特に印象的な演奏だと思ったのは、第3週で同じギャルドン先生クラスにいた女子学生の演奏で、リストの《マゼッパ》を弾いていた。とても音楽的であり、超絶技巧だからといって決して弾き飛ばしていない、丁寧に仕上げられた演奏で感動した。案の定、彼女は演奏後に聴衆から多くの「ブラボー!」を貰って、更にカーテンコールまでかかってしまうほど。彼女の演奏はそれほど魅力的で、且つ刺激的な演奏だった。こうした同年代の演奏を聴けるのも、このアカデミーの醍醐味であるので、この企画は励みになるので良いと思うし、今後も続けていってほしいと思う。

とにかく、まるまる2週間音楽に満ち溢れた生活で、様々な演奏をたくさん聴くことが出来て、本当に貴重であり、幸せな時間だった。

研修を振り返って

今回の研修をきっかけに、私は初めて日本を離れた。言葉も違い文化も違うという未知の世界に、たった1人で飛び込んでいくという行為は、不安と孤独で一杯だった。しかし、いざ現地に着いてみると、ニースの人々は私のような外国人にとても親切で、訪れた先々では英語で話して下さった。「Bonjour!」と話しかけただけで、お互い自然と笑顔がほころんだ時は、もう大丈夫だ、と安心した。滞在して3日、4日経つころには、店内などで自然とフランス語が出てくるようになって、更に楽しくなった。

前述の通り、アカデミー内では日本人受講生が多く、中には私と同じく海外が初めてという学生もいて、安堵感を覚えた。同じ日本人でもパリに留学している学生も数人いて、留学生の生の声を直接聞けたことは、本当に良かったと思う。

アカデミー内で出来た友達は大半が日本人であったが、その他に、台湾、中国、韓国、インドネシアなどアジア出身の友達も出来た。また少数ながら、アメリカ、カナダ、イタリア、フランスなど欧米出身の友達も増え、様々な国の人と交流することが出来て、とても良い経験になった。同じ「音楽」を志す者同士が集まり、期間中あらゆることについて語った。好きな作曲家や今取り組んでいる曲など音楽の話題はもちろん、自分自身のこと、自分の趣味や母国のことなどで盛り上がったりもした。

この約3週間、私にとっては毎日のほんの些細なことが新鮮に感じられた。横文字だらけの看板広告や街中の案内板を目にしただけで、「あぁ、ここは日本じゃないんだなぁ…」などと思ってしまった。21時を過ぎてもまだ明るいという、日照時間の長さの違いもあり、コンサートは日が暮れる21時ごろからスタートという日が多く、普段早寝を習慣づけている私としては、眠い目をこすりながら聴くといったこともあった。それでもコンサート会場には大勢の観客が集い、熱気を帯びていた。大半は一般市民でご高齢の方が多く、若い世代はというと、私たちのようなアカデミー受講生がほとんどだった。コンサートが定刻通りに始まる、ということは先ず無く、会場の外に溢れ出ている観客を客席に案内するのにも手間取っていた。また、1日に違う演目を立て続けに2本公演する日もあったため、その準備に追われていることもしばしばだった。それでも文句を言う人は誰1人おらず、フランス人はなんて寛容なんだろう、とも感じてしまった。そして、音楽好きな人が多く、コンサート終了直後にその日の演奏について熱く語っている人々の姿が、今でも印象に残っている。

研修修了後はパリに行き、ノートルダム寺院やサクレ・クール寺院、エッフェル塔、オペラ・ガルニエなどの名所を見学したり、近現代音楽を代表するフランスの作曲家、オリヴィエ・メシアンが生前オルガニストを務めていたことで有名な、サン・トリニテ教会を訪問した(しかし残念なことに、工事中のため中には入れなかった…)。フランスは、どの建築物も芸術的に見えてしまうほど、美しい外観が多かった。そんな建物を横目に見ながら、セーヌ川のほとりを散策するのは、この上もない至福のひと時だった。

このアカデミーにおいて、たくさんの仲間達に囲まれ、お互い切磋琢磨しながら2週間を過ごせたこと、良い先生方に出会えたこと、そして何よりも、フランスでたくさんのことを吸収出来たことが、一番の収穫であった。1人で不安になる暇も無く充実した毎日を送ることが出来て、帰国する頃には長い間フランスに住んでいる感覚がしてしまうほど、夢のような時間だった。

今後とも練習に励み、今まで以上に努力を積み重ねよう、と心に刻んだ。またいつか、行ける日が来ると信じて。

最後に

このような貴重な体験をさせていただくことができ、私は本当に幸せでした。この機会を与えてくださった大学関係者の皆様、そして、いつも熱心にご指導くださる花岡千春先生、加藤真一郎先生に、厚く御礼申し上げます。また、いつも支えてくれる家族や友人…全ての人に、心より感謝申し上げます。今回の研修における様々な体験が自分自身の糧となるよう、今後も邁進してまいります。本当に、ありがとうございました。

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