モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
加藤 未奈 4年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)
研修概要
- 研修機関 モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
- 受講期間 2011年8月1日~2011年8月13日
- 講座名 Meisterklasse Klavier
- 担当教授 Prof. Jura Margulis
モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミーは、モーツァルトの生地ザルツブルグで開催される「ザルツブルグ音楽祭」の一環であり、国際モーツァルト財団とモーツァルテウム音楽院が世界の若い音楽家の育成を目的として開催しているもので、1916年の開催以来、90年以上の歴史を誇る、全ヨーロッパにおける最大規模の音楽講習会である。
研修内容
オーディション・レッスン打ち合わせ等
オーディションは講習会初日、8月1日の16時半から行われた。(オーディション前は、一人30分練習ができる。)ユラ・マルグリス先生のクラスは、日本、メキシコ、スイス、アメリカ、フランス、イタリア、セルビアから来た受講生10名程度が集まった。定員より少なかったため、オーディションはなく、全員とってもらえることになった。
登録時にもらった赤い受講カードにサインをもらい、受付で練習室の予約をした。(講習期間中は1日8時間、2週間分の練習室を予約できた。)
4回のレッスンはほぼ自分の希望の日程を選べ、以下のように決定した。
- 8月2日: 第1回レッスン
- 8月6日: 第2回レッスン
- 8月9日: 第3回レッスン
- 8月13日: 第4回レッスン
レッスン
第1回
メシアンの火の島1,2の2曲を見てもらった。この日は火の島1中心のレッスン。先生からは3つのポイントを指摘された。
(1)音の動き
「ハーモニーの有無によって曲の雰囲気は大きく変わるが、どちらにせよ、音には動きがある。テーマにもっと動きをつけ、一つのラインで弾くとより良くなる。」と言われた。テーマの場所は確認していたものの、音を出すことに必死になってしまっていた。テーマの音がどのような動きをしているのか、一緒に弾いてもらいながら確認し、全てのテーマを生かした演奏ができるようになった。また、フォルテと書かれていたフレーズを、私が一定の大きさで演奏していたとき、「音楽は機械のように常に同じことはなく、音の方向性を常に意識し、大切にすることで、音が生きてくるのだ」と指摘された。私自身、そのようにとらえたことがなかったため、曲の見方が大きく変わった。
(2)バランス
和音を弾く際、左右の響きのバランスをもっと自分の耳で聴きとるよう注意された。「ピアノで左右同じ大きさで出すことができるのは中音域のみ。あとは左よりも右の音を意識しないと、低音ばかり響いてしまいバランスが悪くなる」とアドバイスをもらった。先生の弾く音は高音が綺麗に響き、バランスよく音がのびていて、同じ音を弾いているのに聴き手に与える印象がこんなにも変わるのかと驚いた。和音の響きを普段いかに聴いていないかがよくわかった。
(3)曲のイメージ
「よく弾けているが、4ページの短い曲の中で、もっとイメージをはっきりさせるべきだ。この曲で表現する「鳥」は、ただの鳥ではない。原始的で危険な鳥をイメージすると良いだろう。低音部は、街を破壊するゴジラをイメージし、迫力をだして」とわかりやすい例えで、イメージによって音色を変えることを、弾きながら教えてもらった。
音楽との向き合い方がより深まったレッスンとなった。
第2回
ベートーヴェン ピアノソナタNo.21ワルトシュタイン1楽章を見てもらった。主に4つのポイントにつき注意を受けた。
(1)タッチの工夫
「とてもよく弾けている。でももう少し、当時と現代の違いを理解して演奏しよう。現代のピアノと、ベートーヴェンが使っていたピアノとでは、音の響きも鍵盤の軽さも違う。当時のピアノは現代のピアノよりも軽く、弾きやすいピアノであったと言われている。現代のピアノで楽譜上に書かれている音を弾くだけでは、うるさくなってしまうから、タッチを工夫する必要がある」とアドバイスをもらった。先生の演奏を聴き、少しタッチを変えたことで、同音の連続に面白みが増し、音の方向性が明確になった。弾き方において、響きを聴きながらタッチを工夫する大切さを知った。
(2) フレーズ
少し曲が小さく感じると指摘された。「フレーズを大きくもっていくためには、感情の高まりも必要である。少し足りないかもしれない。同音連打でも気持ちは前進し、高まりをもっと表現すべきだ」と言われた。長いフレーズはストーリー性をもたせると良いとアドバイスをもらい、実際に弾いてみると、とても弾きやすくなった。少し自分の殻に閉じこもった演奏をしていたように感じた。
(3)体の使い方
演奏中の体の使い方によって、音色や音の響きが変わってくるとアドバイスをもらった。特に、弾く姿勢と座り方は徹底的になおされた。慣れるまでは弾きにくかったが、弾いているうちに音に安定感が出てくることに気づいた。腕の使い方の説明では、言葉だけでなく、実際に先生が弾いているときに腕をのせて確認させてもらい、スピード感や動きを感じることができた。今までの弾き方を見直すとともに、音と体のつながりを改めて感じた。
(4) ペダル
「音をつなげるためだけにペダルを使うのでなく、音色を変えるためにペダルを使うと考えるべきだ。」と言われた。ペダルの使い方、踏み方を少し変えただけで、面白いほど音色が変わった。
第3回
1回目のレッスンがメシアンの火の島1だけで終わってしまったため、火の島2を見てもらった。複雑な同曲のレッスンでは、現代曲の解釈についての話題となった。モティーフが曲中でどのように使われているかなど分析はしていたが、楽譜に記譜されている音符を見て、なぜそのように作曲されているのか、何を意図して作曲されたのかまでは考えていなかった。「作曲した意図を深く考えさせることを目的として、作曲されているものもある。その場合、弾き手はしっかりと考え理解しなければならない。しかし、理解不可能であるという結果が作曲者のねらいである作品もあるから、全ての現代曲が明確になるとは限らない。君の演奏においてはテクニック的によく弾けているし、テーマもよく出ている。でも、テーマ以外の箇所がなんだかゴチャゴチャしている。リズム、ハーモニー、メロディーもない部分をいかに面白く聴こえさせるかが課題である。」と指摘され、「クラシック音楽に旋律があり、それを理解してこそ歌えるのと同じように、現代曲においても、音の連なりの中から構造を見つけ出すことで流れが見えてくる」というアドバイスをもらった。様々な視点から曲をみることで新しい発見があり、現代曲の魅力をさらに知ることができた。
第4回
リストの「ダンテを読んで」を見てもらった。
私はこのレッスンで、イメージをどのように音へ結び付けていくかが自分の課題であるように感じた。ダンテの「神曲」を読み、地獄のイメージを自分なりに膨らませて演奏していたのだが、「曲のつくり方や、音のもり上げ方はよい。よく弾けているのだが、地獄の重厚感が演奏に足りないように感じる」と指摘された。見直すべきポイントとして、和音のバランスやテンポ、ペダル、タッチ、強弱があがった。以下のアドバイスを受けながら、手本演奏中心のレッスンだった。
(1)和音のバランス
「音域による響き方の違いを知り、左右のバランスを自分の耳でしっかりと聴きとることで、聴き手に与える音の印象が大きく変わってくる。ダンテの場合は音の緊張感がとても大切であるのだから、常に意識するように」
(2)テンポ
「テンポは常に流れを意識した上で変化させたほうがよい。勢いを止めてはならない」
(3)ペダル
「譜面に書かれている通りペダルを踏まなければいけないわけではない。リストが弾いていたピアノと現代のピアノは同じでないのだから、譜面通りに踏むのは不可能である。書かれているペダルは提案に過ぎない。ペダルは単に音をつなげるだけのものではなく、音の色合いを変えるものでもある。音を生かせるペダルの踏み方をするべきだ」
(4)タッチ
「イメージによって、大きく変わってくる。オーケストラだったらどの楽器で演奏するのか考えることも大切である。楽器によって柔らかいタッチなのか、鋭いタッチなのか変わってくるだろう。中間部の綺麗な旋律はタッチを工夫するべきだ。少し硬いから、鍵盤を撫でるように弾くと良いだろう」
(5)強弱
「音の数が多ければ大きな音が出るし、少なければ音量は下がる。音の動きを常に意識し、自然な盛り上がりをつけられると良い」
先生に実際に弾いてもらえたため、響きを感じ取りながらレッスンすることができた。イメージを音にしていく楽しさをとても感じた。1時間以上レッスンをしてもらったのだが、ダンテが最後まで終わらなかったため、「午後にまたおいで。続きをやろう」と、時間を作ってレッスンをしてもらえた。今回、「ダンテを読んで」を収録したCDを出している、ユラ・マルグリス先生を選んでよかったと思った。
研修中の生活について
寮
講習期間中は、大学から徒歩7分ほどの距離にある"Studentenheim Mozart"という寮で過ごした。各部屋にキッチン、トイレ、シャワーがあり、キッチンには1人分の食器、鍋、フライパン、バスルームにはタオル、石鹸が用意してある。ベッドのシーツやタオルの交換、ゴミ出しも1週間に一度やってくれるので、とても快適に生活できた。洗濯機はチャージ式で、24時間いつでも利用できる。寮の入口は夜になるとロックされるが、コンサートなどで帰りが遅くなったときは部屋の鍵で開けることができる。寮の近くにはパン屋、スーパーもある。
研修中の生活
演奏の練習、他の受講生のレッスン聴講、大学主催で行われるコンサートや大学外のコンサートの聴視、観光等、とても充実していた。練習室はとても広く、全てベーゼンドルファーのピアノだった。朝練習していると、調律師さんが「調子はどう?」と声をかけてくれることも多く、弦が切れても次の日にはなおっていて、常に良い状態で練習できた。自分のクラスだけでなく、他クラスのレッスンも聴講した。ユラ・マルグリス先生のコンサートは全曲リストで、スタンディングオベーションになるほど素晴らしい演奏だった。
講習中、昼食は主に学食だったが、旧市街へ行ってレストランで食べることもした。学食は安く沢山食べることができる。レストランでは、小さいサイズで頼んで丁度良い大きさだった。
常に音楽に囲まれた環境のなかでの生活はとても幸せだった。日曜日は大聖堂へミサを見に行き、夜にはモーツァルトのレクイエムを聴くなど、日本では味わうことのできない経験が沢山できた。
研修を終えて
今回の研修で、ピアノを演奏する楽しさや音楽を学ぶ面白さを心から感じることができた。世界各国から集まった受講生の演奏をレッスンやコンサートで聴くことができたのは、とてもよい刺激になった。人によって演奏表現は異なるが、それぞれに良さがあり魅力的であるのは、演奏者が自身の演奏を楽しんでいるからだと感じた。
「音楽に正解なんてない」
そう先生に言われたとき、私は何かが吹っ切れたような気がした。レッスンでも今までより自分の演奏に自信をもてるようになり、「人にどう思われるか、上手く弾けるか」と今まで気にしていたことも考えずに演奏できるようになった。ピアノとの向き合い方を見つめなおす良いきっかけになったと思う。
ユラ・マルグリス先生はとても熱心で、4回のレッスンはとても充実したものだった。先生に弾いてもらうたびに、響きの綺麗さや迫力、音量、スケールの大きさに感動していた。言葉のニュアンスを理解するために、外国語を学ぶ大切さも改めて感じた。
モーツァルトの生地ザルツブルグで多くの音楽に触れ、素晴らしい環境の中でピアノを学ぶことができ、とても貴重な経験となった。
最後に
このような素晴らしい機会を与えて下さった学生支援課の皆様、大学関係者の皆様、日頃熱心にご指導頂いている近藤伸子先生に心より感謝しております。今回の経験を励みに一層頑張っていきたいと思います。本当に有難うございました。