国立音楽大学

モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー

木村 早紀  4年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)

研修概要

  1. 研修機関 モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
  2. 受講期間 2011年8月1日~2011年8月13日
  3. 担当教授 セルジオ・ペルティカローリ教授

講習会に参加するには、初日に行われるオーディションに通過しなければならない。無事合格することが出来れば、モーツァルテウム音楽大学にて一人 4~5回のレッスンを受けることが出来る。

教授陣によるセミナーや演奏会、参加者による演奏会などのイベントが多くあり、とても充実した講習会である。

研修目的

私は以前より海外で音楽を勉強したいと思っており、日本と違う環境の中で勉強し音楽や自分自身と改めて向き合い、成長することを目的とした。また、海外の先生のもとで学びより深い音楽表現を身につけたいと思った。

研修内容

講習会初日  8月1日

オーディション

私が希望したセルジオ・ペルティカローリ先生のオーディション開始時刻は10時だったので、8時には大学に到着し窓口で練習室を予約した。初日のオーデション前に30分の練習室の利用が許されていたため、私は8時半から9時まで借り、少しピアノに触ることが出来た。日本を出発してから初めての練習だったので、指が動かなくなっていないか心配だったが、落ち着いて練習することができた。

10時前になり、指定のレッスン室に向かうと20人程の生徒が緊張した面持ちで先生の到着を待っていた。その様子を見て、私もその雰囲気に少し呑まれそうになったが、いつも通り落ち着いて演奏しよう。と自分に言い聞かせていた。

10時になると先生が現れ、笑顔で私たちを歓迎して下さり、その気さくなお人柄にとても安心した。先生が、オーディションは希望者から順に5分程演奏してもらうので、得意な曲を演奏して下さい、とおっしゃった。私は、緊張して手が冷たくなってしまう前に早く演奏したいと思い、1番に弾かせて頂いた。曲はリストのスペイン狂詩曲を演奏した。少し緊張したが落ち着いて演奏することが出来、無事に合格することが出来た。

その日の夕方に合格者のレッスン表が貼り出され、私は火曜日と金曜日の全4回のレッスンが受けられることが決まった。

第1回目レッスン(8月2日)/Liszt: Rhapsodie espagnole

初回のレッスンでは、前日のオーディションで演奏したリストのスペイン狂詩曲を見て頂いた。先生は前日の私の演奏を覚えていて、もっとスペイン的な情熱や表現力を持たなければいけません、とおっしゃられた。そしてまず、最初から曲の半分位まで通して演奏し、レッスンが始まった。この曲の冒頭部分はとても特徴的で華やかなので、もっと思い切って演奏しなさいと、まず始めにおっしゃられた。また、楽譜をよく見てみるとスラーやスタッカート、アクセント等の奏法記号が細かく指示されており、リストがわざわざ記譜した事の意味をよく理解し、忠実に守らなければならない、とご指摘を受けた。弾くことに慣れ始めた曲は特に、細かい奏法記号や強弱記号の存在が曖昧になりがちなので、また改めて楽譜を読み直さなくてはならないと思った。

また、先生がレッスンでよくおっしゃっていたことは、私の演奏は真面目にきちんと弾いてはいるが、自由さや面白みが足りない、ということであった。冒頭部分も、もっと自由に抑揚をつけ、早くしてみたり遅くしてみたり自分の思ったままに演奏すれば良いのだよ。とおっしゃって頂いた。

冒頭部分が終わり、テーマのメロディーが出てくるのだが、すごくキャラクター性が強い部分なので、役者になったつもりで情熱的かつ個性的に弾きなさいとおっしゃられた。特に私はスラーやレガートの扱いがまだ十分ではなく、音と音がプツプツと切れてしまい繋がって聞こえないので、もっと鍵盤の中で音を掴み、音の響きで繋がりを作りなさいとご指導頂いた。君はまだ弾くことに一生懸命な所があり、楽器から出てくる音の響きを十分に聴けていない。もっと音一つ一つの意味や音色にこだわりを持つことが出来れば、変われるよ、と言って頂いた。先生は何度か日本に来日されたことがあり、日本の音楽学生がどのような環境で、普段練習をしているのか良くご存じだった。日本では小さい部屋や防音室など、閉鎖的な空間で練習することが多いが、ヨーロッパは部屋も大きく建物も石造りのため、響きやすく開放的な空間で練習することができる。今回こうしてヨーロッパで勉強することが出来たのだから、音の響きを聴く習慣を身につけなさい、とご指導頂いた。

日本人がヨーロッパに留学して、一番変わることは、そういった音の響きのことであるとおっしゃっていた。

そして、中間部の両手オクターブでスケールが続く、私が最も苦手とする部分に来ると、先生は腕や手の使い方から練習方法まで細かく教えて下さった。次回は残りの後半をレッスンすることになり、レッスンは終了した。

第2回目レッスン(8月5日)/Liszt: Rhapsodie espagnole

2回目のレッスンでは、前回見て頂いたリストの続きをレッスンして頂いた。前半がスペイン的でキャラクターが濃いのに対し、後半からは歌う要素が必要となるので切り替えをしっかりとしなくてはならない。とおっしゃった。特に、柔らかい音色や妖艶な響きを作るために、色々な音色が必要で、そのためには日々研究するしかないが、ヒントとしては鍵盤に対しての腕の乗せ方や、指の打鍵スピードに変化を持つと、多くの音色を習得出来る様になる、と教えて頂いた。実際に先生が色々な音色を弾いて下さったが、実に多彩で表情があり、もっと音に対して探究心を持たなくてはならないことがよく分かった。

また、ペダルの使い方についても注意された。ペダルを長く踏みすぎて音が濁ってしまい、ベタベタしてしまった箇所がいくつかあったので、ペダルは耳で踏むのだよとおっしゃっていた。また途中でグリッサードのように弾く音型があり、ここでの効果的なペダルの使い方も伝授して頂き、音楽の幅がとても拡がり大変勉強になった。

この曲をレッスンしている時に、先生が口癖のようにおっしゃっていたのは、「もっと歌って!(cantabile!)」や「表情豊かに!(espressivo!)」といった言葉であった。この2つは私が一番弱点としていたことでもあり、日本でもよくご指摘頂いていたことでもあったので、先生にも同じように指摘され、始めは少し弱気になっていたが、具体的にどうしたら表情豊かに歌っているように聴こえるのか、丁寧にご指導下さったので、今後も諦めずに弱点を克服していこうと勇気を頂いた。

レッスンの最後に、講習会の最終日に行うクラスコンサートでは何が弾きたい?と聞かれ、この曲を弾きたいと答えると、少し長いのでもう少し短い曲はないのかと聞かれた。しかし私はリストのスペイン狂詩曲とベートーヴェンのピアノ・ソナタ30番、後は小品を数曲しか用意してなかったため、適当な長さの曲がなく、ベートーヴェンを繰り返しなしで演奏することに決まった。クラスコンサートでは7分や8分位の曲が適当なのだということを知り、次回講習会に参加する際はその程度の長さの曲を用意しなくてはならないな、と学んだ。

第3回目レッスン(8月9日)/Beethoven: Piano sonata No.30 E-dur op.109

前回のレッスンで、クラスコンサートのためにベートーヴェンを持ってくるようにおっしゃられたので、まず一度通して聴いて頂いた。先生は、しっかりと真面目に弾いていて良かったが、君にはやはりレガートをつなげるという事がまだ出来ていない。とおっしゃられた。そしてこの曲も、まだ弾くことに一生懸命になってしまっているから、少し身体を離して音の響きを聴くことを意識しなさい。とご指摘して頂いた。この曲はヴァリエーションになっているから、もっと音色でそれぞれ変化をつけなくてはね、ともおっしゃられた。

まず、テーマである第一楽章では、メロディーのラインがゴツゴツしてしまっているので、横のラインを意識してレガートを保つようにご指導頂いた。また和声感を分析しながら、フレーズの切れ目も丁寧に教えて下さり、そのフレーズ感を身体で感じながら演奏しなさいとおっしゃられた。この曲には、2つの対照的で対比的な主題があり、それが交互に現れる。その2つをいかにコントラストつけて演奏するのかも、とても重要だと先生はおっしゃった。しかし私は、それぞれに表情をつけることばかりに一生懸命になってしまい、自由なテンポで演奏していたので、あくまでも同じ一定のテンポの中で変化をつけることも合せてご指摘頂いた。

第一楽章後半、79小節目から和音が続いていて、打鍵の変化で音の重みや響きを作るように、おっしゃられた。ここは特にレガートを意識しなくてはならない部分で、音の響きでレガートは繋げるということを教えて頂いた。私はまだ数種類の音色しか持っていないが、打鍵や腕の使い方を少し変えるだけで色々な音を出せるようになるから、これからもっと音について探求しなさい、と言って頂いた。

第二楽章では、レガートでフレーズの最後まで音の緊張感を保つことが十分に出来ていないと、ご指摘頂いた。もっと音の密度を高くして、最後まで歌い切るという習慣をつけなさいとおっしゃられた。また、小指が弱いことによりメロディーの声部が消えてしまっているので、意識的に指を使い、音が浮き出てくるようにとご指導頂いた。

第4回目レッスン(8月12日)/Beethoven: Piano sonata No.30 E-dur op.109

前回に引き続き、ベートーヴェンのソナタを第三楽章から見て頂いた。この楽章からヴァリエーションが始まるが、ここでもやはりレガートについてのご指摘が多かった。テーマは特にレガートやフレーズを楽譜通り忠実に演奏し、表情豊かに歌わなくてはならないとおっしゃられた。ここから曲が発展していくのだから、大切な部分なのだと教えて頂いた。

第3変奏では強弱のメリハリをもっとつけるようにおっしゃられた。フォルテとピアノが交互に出てくるので、その切り替えが難しいのだが、それがうまく出来るととてもかっこいい箇所でもある。また、フレーズの頂点に持っていくために少しクレッシェンドさせ、タッチを変化させることで音の密度を上げていきなさいとおっしゃられた。最後の第6変奏では、まずテンポ設定についてご指導頂いた。この変奏では最初にまず主題提示があり、それが数的に分割されて展開していく。それはやがて、最初に低音部による長いロ音上のトリルによって釘付けにされ、最後には右手の高音のトリルに移されて、さらにその上に「遥かなる恋人によせる」の旋律が散りばめられている。テンポ設定で重要なことは、最も音が細かくなった部分のテンポを考慮して、主題部分を弾き始めることだと、教えて頂いた。主題はあまり慌てて弾き始めず、ゆったりと余裕を持って始め、だんだんと発展していく様を意識し、楽しむのだということが分かった。変奏の最後に再び主題が現れるが、ベートーヴェンの過ぎし日々への思いが詰まっており、温かい気持ちで演奏するのだと教えて頂いた。

レッスンの最後に、私の演奏についてアドバイスを頂いた。私の演奏は、まだ自分の世界中でしか発信出来ておらず、自分の中だけで音楽が流れている傾向がある。もっと自由に解放して演奏することが出来れば、人により多くの事を伝えられるのではないか、とおっしゃられた。今日行われるスチューデントコンサートでは、思い切って楽しく演奏しなさいと、言って頂いた。私は本番になると、ミスをしないように…など、守りの演奏に入ってしまうことが多いので、今回は失敗を恐れずに思いっきり演奏出来るように挑戦してみようと決めた。

Student Concert(8月12日)

コンサートは夕方5時から、大学内にあるKleines Studioで行われた。先生のクラスはとても生徒数が多かったので、コンサートは2日間に分けられて行われ、私は1日目に出演した。スタジオは、本大学の6号館にあるスタジオに作りが似ており、とてもよく響くスタジオだった。

私はこの日のコンサートのトップバッターだったので、開演時間ぎりぎりまで練習をすることができ、比較的良い状態で本番に臨むことが出来た。客席もとても和やかな雰囲気だったため、あまり緊張することなく落ち着いて演奏することが出来た。ピアノから出る音の響きに集中し、今の私が表現出来るものを全て客席に伝えたい、という思いで演奏した。

演奏が終わると、先生が直接ディプロムを下さり、2週間講習会をやり切った達成感で胸がいっぱいになった。

この日の演奏会では他に12人の生徒が出演したが、それぞれ個性的な演奏で、聴いていてとても勉強になった。主にイタリア人と日本人が多かったのだが、それぞれの国の特徴が演奏に出ていて、聴き比べるととても面白かった。イタリア人の演奏はとても大胆で表現力豊かだったので、日本人がよく内向的だと注意されることの理由がよく分かった。今まで同年代の外国人の演奏を聴く機会があまりなかったので、とても刺激を受け、自分の今後の課題について見つめ直すことが出来た。

講習会を終えて

私がずっと憧れていた音楽の聖地であるオーストリアで、音楽と真剣に向き合い学んだ日々は、私にとって大変かけがえのないものとなった。普段日本では、音楽以外のことにも時間を取られてしまいがちだが、日常から遠く離れることで完全に音楽のみに集中でき、没頭することが出来たので、とても心が穏やかで幸せな毎日であった。私が研修目標としていた、「自分の音楽と向き合う」事が達成出来たと思う。

講習会中レッスンのない日は、自分の練習をしたり積極的に他のクラスのレッスンを聴講した。私がよく通っていたのは、ユラ・マルグリス先生のレッスンだ。先生は曲の解釈や背景を丁寧に説明しながら、技術的な面もしっかり指導されており、とても勉強になるレッスンであった。期間中、先生のコンサートも開催され、その圧倒的なテクニックと表現力に魅了され、すっかりファンになってしまった。

この講習会を通して、自分の音楽の表現力の弱さを改めて知ることが出来た。表現したい気持ちは十分にあるにもかかわらず、それがうまく音として現れない事に悩んだこともあったが、ペルティカローリ先生のレッスンを受けて、打鍵や腕の使い方を工夫したり、音の響きに着目するなど、表現力に繋がる方法をたくさん教えて頂き、これからも音楽を探求してゆこうという希望や勇気を頂いた。また、海外でもっと音楽を勉強したいと強く思う良い機会となった。

最後に

国内外研修奨学生として、このような素晴らしい機会を下さった学生生活委員会の皆様、学生支援課の皆様、日頃から熱心にご指導下さる梅本実先生、そしていつも私を支えてくれる家族や友人に心から感謝を申し上げます。本当に有難うございました。

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