アルテンシュタイク夏期音楽講習会
岡林 麻里子 4年 演奏学科 弦管打楽器専修(チェロ)
研修概要
- 研修機関 アルテンシュタイク夏期音楽講習会
- 受講期間 2011年8月2日~8月12日
- 担当教授 ヘルマー・シュティーラー教授、ヘルムート・ツェートマイヤー教授
アルテンシュタイク夏期音楽講習会では、南ドイツの黒い森の都市、ナゴルトNagoldを中心に生活し、夏休みで解放された近くの学校で練習やレッスンが行われ、ナゴルトの市民ホールと周辺の街アルテンシュタイクAltensteig、カルフCalwなどでコンサートを開催する。開催科目はバイオリンからコントラバスまでの弦楽器、ピアノ、作曲、室内楽。教授陣は、モーツァルテウムやミュンヘン、チューリッヒの音楽大学教授、著名なソリストなど様々で、人数など特別な事情がない限り事前に希望した先生にレッスンしてもらえる。ソロのレッスンに限らず、弦楽オーケストラ、アンサンブルのレッスンもあり、現地でアンサンブルを組み、レッスンを受けることも可能。室内楽の教授のレッスンのみ、元から結成されたグループで申し込む必要がある。各地で開催される教授陣のコンサートを聴講することができ、コンサートの日以外にはPodiumという受講生の発表会がある。先生から許可が出て出演を希望する受講生はみんなの前でソロの演奏をする機会が出来る。
Nagoldは、シュトゥットガルトより電車で30分、更にバスで30分ほど行った小さな田舎町。街の中心には美しい教会があり、宿舎近くの山を登って行くと小さな古城がある。時間のある時に友人と山に散策に行ったり、買い物に行ったりと、街を堪能してきた。空気が美味しく、人々は優しい。夜は星が美しかった。
研修目的
今まで音楽を学んできて、ドイツに対する憧れを強く持っていた。大好きな作曲家が生まれ育ち、数々の名曲が生まれた地でいつか音楽が勉強できたら、と思っていた。
また大学在学中の経験から、全く畑の違う人と音楽を共有しお互いに刺激し合って高め合っていく機会がいかに大切かということ、自分が普段いかに狭い世界で音楽に取り組んでいたかということを強く感じるようになり、もっと違う環境に自分をおいて勉強したいと思うようになった。
この研修で、ドイツの空気に触れ、人々に接し、クラシック音楽の本場の環境に身を置くことで、新たな発見と将来に繋がるものを何か掴むことができればと思い、講習会に臨んだ。
研修内容
日程
8月
2日 受講開始(バイオリンのみレベルチェック)、オープニングコンサート(教授陣による)の聴講
3日 クラスミーティング、オーケストラスタディ(以降ほぼ毎日リハーサルあり)、レッスン1回目
4日 レッスン2回目
5日 レッスン3回目
6日 アンサンブルレッスン(チェロアンサンブル)
7日 教会ミサでの演奏、Altensteigでのコンサート出演
8日 レッスン4回目、Pfrondorfの教会で演奏、Podiumでソロの演奏
9日 レッスン5回目、Calwの教授と選抜受講生のコンサートを聴講
10日 作曲科の作品演奏のためのアンサンブルレッスン、教授陣の弦楽四重奏団コンサート聴講
11日 General Probe、Kinder Konzert(子供のクラスのコンサート)、Schlusskonzert(ファイナルコンサート)
12日 受講終了
プライベートレッスン
シュティーラー先生に初めてお会いしたのは、2日目の朝にあったクラスミーティングだった。クラスのメンバーは私を含め11人で、ミュンヘン音楽大学の学生が多く、子供のクラスが3人、ポーランド人1人、日本人は2人いた。シュティーラー先生はとても気さくな方で、ドイツ語の苦手な私に快く英語で話しかけてくださった。その場で全員が自己紹介をし、先生からレッスンの開始時間の指示をいただいた。
初めてのレッスンはクラスミーティングの日の夕方にあった。バッハの無伴奏チェロ組曲第3番BWV1009よりプレリュードとジーグを見ていただく。初めにプレリュードを通して弾いて、まず先生に指摘されたことは弓を持つ右手の指の位置であった。私の癖として、小指が他の指に寄ってきてしまい弾き続けるうちに手全体がずれてきてしまうことがあり、それが腕のパワーを弓に伝える上で問題点となると言われた。確かに、今まで弓の持ち方が定まらず長く演奏すると弾き初めとは別の筋肉を使って弾いているような感覚があった。しかしその原因が小指であるとは全く気づいていなかったのだ。先生は小指の位置、薬指の位置を明確に教えてくださり、Down bowとUp bowの腕の重みのかけ方運び方、使う指の動き、関節の位置など、細かな指導をいただいた。このフォームで弾くと右手のパワーがより音に反映されると助言いただき、右手の練習に適した練習曲も紹介してくださった。
曲の解釈についての先生の考えも各箇所で教わった。バッハは弾く人によってフレーズの切り方が違う。それによってスラーの切り目やボーイングが変わってくるのだが、シュティーラー先生は私が考えて演奏してきたものよりもっともっとテーマの弾き分けや同じ音型を見つけるアイデアが豊富で、なるほどと思う所がたくさんあった。約一時間でレッスン終了。初回ということもあって、言葉の不便さや今までと全く違う弾く時の気の使い方に戸惑うことばかりであった。レッスン後はとにかく右手だけに焦点を絞って、新しい感覚を身につけようと練習に取り組んだ。
翌日の夜、2回目のレッスンがあった。この日は前日指摘された弓の持ち方を徹底的に注意しながら練習をしてレッスンに臨んだ。まず一回通すと、先生に「右手が随分改善されている。よりパワーが弓にかかって音が変わってきた。」と言っていただいた。曲の解釈に関しても、前日のレッスンで助言いただいたことを確実に忠実にさらってきたため、レッスンはスムーズに進み、先生の新しい解釈もすんなり対応することができた。先生に、学びが早いとお褒めの言葉をいただき、少し安心した。先弓の使い方で疑問に思っていたことを質問し、どうすべきか聞くこともできて、非常に充実した気持ちでレッスンを終えた。しかし右手のフォームが定着するまでにはまだまだであるし、曲の解釈も先生の言われた通りに弾けただけで、自分のものにはできていないように思った。先生の言っていることは理解できても、なんだかしっくりこない状態だ。より自然な音楽の流れになるよう身体に染み込ませたいと感じた。
3回目のレッスンではハイドンのチェロ協奏曲第二番ニ長調より第一楽章を見ていただいた。私が弾き始める前に、「これは本当に難しい曲だよね。でも、ひゃーハイドンだ!って恐れずに、気楽に弾いて良いんだよ!」と先生は仰った。この曲は技術的に非常に難しい曲で、先生がそう仰ってくれてとってもうれしかったが、難しい箇所では右手のフォームにまで気が回らず、弾き終わったら先生からはやはり真っ先に右小指を指摘された。今までの癖は一朝一夕には変わらないので、根気がいる。その後先生はより確実に音程が取れるフィンガリングを教えてくださり、今までより楽に弾けるようになった箇所がいくつもできた。フィンガリングひとつで、こんなに弾きやすくなるのか!と驚いた。確実な安定した演奏をするためには、様々な面から自分を見つめアプローチしていかなくてはならないことを、改めて気付かされた。
4回目のレッスンでは、この晩に行われるPodiumでバッハを演奏することが決まっていたので、バッハをもう一度レッスンしていただいた。細かなニュアンスの弾き分け、徹底した新しいフレーズの転換など、求められるものがより多くなり、充実したレッスンであった。
最後のレッスンでは、もう一度ハイドンを見ていただいた。前回のレッスンでの教訓もあり、改めて指使いを考えボーイングを変えてみたものをもっていった。豊かな旋律の場所で、弾き方について指摘があった。私は歌う気持ちのあまり、スラーも何もない音を長く弾きすぎてしまっていて、ハイドンらしくないと教えていただいた。それ以外も、細かいボーイングやフィンガリングを教えていただいた。
シュティーラー先生はいつも具体的な方法を教えてくださるので、技術面をとても鍛えていただいたように思う。弓の持ち方、指の位置まで綿密で、練習方法も教えていただけたことは、今後の自分にとって重要なレッスンであったこと間違いない。先生は言葉で示すより模範演奏で示してくださったので、理論的というより感覚的に学んできたものが多かった。数回のレッスンでは、それを自分のものにすることはとても困難だったが、初回のレッスンから比べると音の充実感がどんどん増していったことがわかる。更なる演奏の研究への意欲が湧いた。
Podium
8日にPodiumでバッハを演奏した。Podiumは寄宿舎の中のホール部屋で行われる。先生も見に来てくださっていて、演奏後は真っ先に大きな拍手をしてくださり、終了後に会いに来てくださった。「君の音は素晴らしく響いていた!この短い間にどんどん良くなっていった。右手もどんどん改善されたね。」と言ってくださった。当日、市街の教会でも演奏してバタバタしていた中、このPodiumでは自分でも驚くほど落ち着いて演奏することができた。会場に響く自分の音を、響きの端まで冷静に聴き楽しみながら弾いていた。とても貴重な経験となった。
オーケストラスタディ(ツェートマイヤー先生)
オーケストラは2日目からほぼ毎日、約1時間のリハーサルがあり、指揮をするモーツァルテウム音楽大学のバイオリンの名誉教授、ツェートマイヤー先生の指導を受けた。
曲目は、グリーグ作曲のホルベルク組曲で、楽譜は初リハーサルの時配られた。自分は何度か演奏したことのある良く知っている曲だったので初見でも楽曲を理解して弾くことが出来たが、周りの人は初見でいきなり合わせだったので、初日はぐちゃぐちゃになり、少し心配だった。しかし数日間の練習で音がどんどんまとまってくるのが分かり、メンバーの集中力の高さと音楽のセンスの良さがうかがえた。
たくさんの外国の仲間とアンサンブルして、「みんな中途半端な音楽をしない」ということを強く感じた。たとえ方向性や弾き方がバラバラでも、一人ひとりの音楽を出すエネルギーははっきりしていて力強い。最終的にそのエネルギーが結集して素晴らしい演奏に繋がった。アンサンブルの醍醐味を感じたし、とても良い刺激をたくさんもらった。
演奏機会、コンサート
講習会全体を通じて、たくさんの演奏機会に恵まれた。同室の三人のバイオリンの友人とカノンを教会やコンサートで3回演奏させていただき、別のメンバーで弦楽四重奏を組んでバイオリン協奏曲の伴奏を弾かせてもらったりと、現地の人々の前でたくさん演奏ができた。市民の人たちはとても反応がよく、演奏後に「とても素晴らしかったよ!」と声をかけてきてくれた。
シュティーラー先生のクラスの数人でチェロアンサンブルを演奏することになった。小曲を5曲ほど先生にレッスンを受け、7日のAltensteigでのコンサートに出演した。
また、メキシコ人の作曲科の人のチェロアンサンブルのための作品を最終コンサートで演奏することになり、そのレッスンもシュティーラー先生に見ていただいた。その作品は、日本をテーマにしたものだそうで、チェロ8人で雅楽の笙のような響きを作ったり、とても興味深かった。オーケストラでも最終演奏会に出演し、現地のHPにも掲載された。
たくさん演奏機会をいただいたが、そのほとんどは「明日弾いてね」とか「今日出るから」とか、突然ふられることが多く驚きの連発だった。でも、その分度胸もついたように思う。また、様々な場所の教会で演奏ができたのも素晴らしい経験だった。厳かな空気、パイプオルガンや鐘の音、教会の中にいるだけで心が洗われるような感覚になったし、その空間の中で自分の音が響く感覚も言葉では言い表せない素晴らしい感覚だった。
どんなに小さな教会でもたくさんの市民が見に来てくれて、みんな音楽を愛していることがとてもよく伝わってきた。音楽が生活の一部のようで根付きが奥深いものに感じられた。
教授陣のコンサートもとても頻繁に行われた。中でもツェートマイヤー先生の息子の弦楽四重奏団は衝撃的で、ベートーベンの弦楽四重奏曲を全て暗譜で演奏していたのが印象に残っている。緊迫した空気感で、世界が縦横無尽に広がるようなスケールの大きい演奏は、とてもたった4人で作られた音楽とは思えなかった。本当に素晴らしいの一言であった。
そんな演奏会がたくさんあり、間近で聴けたこともとても貴重な経験となった。音楽の素晴らしさを毎日感じていた。
研修中の生活について
食事は寮の食堂で3食付いていたし、生活に困ることはほとんどなかった。Nagoldは田舎町ではあるがスーパーや薬局なども揃っており、空き時間に買い物もできた。講習会中はレッスン、オーケストラ、個人練習などで毎日忙しかったが、一日だけ山に行く時間ができ、友人たちと散策に行った。寮の中に卓球台やジムなどもあり、身体を動かす人も多かった。
講習会にはドイツ人、オーストリア人、スイス人、ロシア人、セビリア人など、色々な国からたくさんの人が来ていて、子供のクラスもあるせいかとてもアットホームな雰囲気で親しみやすかった。その中で語学力というのがやはり問われ、英語が分かったとしてももう少しドイツ語が話せたら良かったなと思う場面が度々あった。語学学習の意欲が高くなった。
講習会の前後では、なるべくたくさんの都市を見たかったので飛行機の乗り継ぎをせず、フランクフルト空港から全て鉄道で移動した。フランクフルト、シュトゥットガルト、ミュンヘン、国境を越えてザルツブルクにも足を運び、街散策や美術館巡りに時間を費やした。街中を歩くだけでも美しい芸術品に出会っている気持ちになった。
たった一人で3週間も海外で生きていけるのだろうか?渡航前は不安でいっぱいだったが、行く先々で出会った人みんな優しい人ばかりで助けてもらい、大きな荷物と大きな楽器を背負った私に本当に親切にしてくださって、なんとか無事に帰って来ることができた。
研修を終えて
約3週間のドイツ滞在は、毎日が充実した夢のような日々となった。慣れない土地での生活は常に不安と緊張をもたらすものであったが、常に新しいものと出会い、新しい人と出会うことは今後音楽を続けていく上で大きな財産となった。様々な国の音楽を勉強する仲間と出会い、彼らの音楽に対するひた向きな姿勢、音楽との接し方に大きな刺激を受けた。音楽をずっと勉強してきて、楽しい時期ばかりではなかったけれど、やはり音楽はこんなに楽しく、心を救ってくれるものだということを再確認し、これから音楽をもっと探求したい、もっと自由にチェロを演奏できるように上達したいと強く思った。この経験を生かし、これからも弛まぬ努力を重ね、精進して参りたいと思う。
最後になりましたが、私を国内外研修奨学生としてこのような素晴らしい経験を与えてくださいました大学学生生活委員会の皆様、明るく優しくサポートしてくださいました学生支援課の皆様、いつも温かく厳しくご指導くださいます先生方、そして家族に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。