グロッセート夏期国際声楽講習会
今井 実希 4年 演奏学科 声楽専修
研修概要
- 研修機関 Spazio Musica
- 受講期間 2011年8月2日~2011年8月14日
- 講座名 Corso di Canto lirico
- 担当教授 Gabriella Ravazzi
研修目的
私は、他の受講生のレッスンを聴講できるという環境、現地のオペラに合唱として参加させて頂ける機会、最終日の修了者コンサートに魅力を感じ、本講習会への参加を希望した。目的は、国籍も年齢も様々な受講生が集まり、沢山の演奏に出会える本講習会で自分の視野を広げること。また、日本ではなかなか経験できないイタリア語での会話を通して語学やディクションと向き合うことであった。
研修内容
本講習会(Corso di Canto lirico)は1日3~4時間のグループレッスンで、受講生が約30分交代で順番に曲や発声をレッスンしていただくという環境だった。並行してLaboratorio liricoというオペラワークショップが開催されている。本講習会の受講生は殆どLaboratorio liricoで講習期間中に上演されるオペラ「ラ・ボエーム」の合唱に参加することができた。講習期間中は合唱の稽古と本講習会を午前と午後に分けて行うというのが1日の流れであった。Laboratorio liricoの稽古も自由に見学することができた。このような機会を与えていただいたお陰で、沢山の人と知り合うことができた。練習室は、空いている教室を自由に使うことが出来た。
8月2日
講習会初日。この日からRavazzi先生にRitaの"E lindo e civettin"を見ていただいた。「息の流れは良いですが、支えが間違っています。この歌い方だと喉に悪いですよ。もっと後ろにも息を入れて、下でしっかり支えなくては。」とおっしゃった。この曲は速く、支えが上がって来てしまうのが悩みだったので、この日から「支えを下に」ということをしっかり意識して歌うという目標が出来た。合唱(ラ・ボエーム)の譜読みを終え、合唱練習に参加した。合唱の指導をしてくださったCaputo先生は、良くない例や手本をわかりやすく実践して下さり、とても楽しい合唱練習だった。
8月3日
Ravazzi先生に発声を見ていただいた。「骨盤は下げて、胸は上げて、肩は下げて、胸は上」という基本姿勢を教えていただいた。「全ての音に衝撃を。響きは行って返ってくる」とのことだった。意識して歌ってみると、響きが明るくなったように感じた。Ravazzi先生はゆっくり、はっきりと私達に指示して下さり、電子辞書を引く時間もくださった。合唱はソリストとの合同稽古に入った。練習にはRavazzi先生もいらっしゃり、「合唱も、歌い手として求められる音楽表現をどう歌うかしっかり考えて歌いなさい。」とおっしゃった。
8月4日
この日は聴講のみだった。ソをsolと発音することや、跳躍で音節を離して歌うことなど、新しい発見があった。Ravazzi先生はVaccajを使って発声を指導なさっていて、Vaccajの旋律は、歌曲やアリアにもよく出てくることが分かった。Ravazzi先生もVaccajの旋律と歌曲やアリアの旋律を結びつけて説明してくださり、帰国したらVaccajももっと勉強したいと思うようになった。また、レガートで歌うことよりも、1音1音しっかりあてて歌うことを指示されていた。合唱は3幕に入った。2幕合唱は全体的に「短く!スタッカートで!」と指示されている。
8月5日
Ravazzi先生に師事されている石上先生に、発声を見ていただいた。とてもじっくりとレッスンしていただいて、喉に入ってしまう力をお腹の支えでカバーすることが出来るということを知った。また、支えを上げないためには、息を使いきったら支えで入った力を抜き、抜いたときに入った息だけで次のフレーズを歌うのだということを教わった。この2つは、時間をかけてしっかり身につけていきたい。とにかく自分の歌には不要な力の脱力が必要であり、それを解決するための具体的な方法があると実感できた一日だった。合唱は劇場にて立ち稽古に入った。夜は自由時間だったので、夕飯の後、ソリスト稽古を劇場まで観に行った。ミミ、ムゼッタ、マルチェッロはキャストが複数で、様々な演技を見学でき、とても勉強になった。
8月6日
Ravazzi先生に発声を見ていただいた。「舌をスプーンのような形にしなさい。」とのことで、鏡を見て練習した。その後練習室に移動して鏡を見ながら受講生のみの自主練習も行った。舌の形をスプーンのようにして発声することによって、Ravazzi先生がよくおっしゃる「開けて!」という感覚を実感することができた。合唱は23時過ぎまで2幕稽古だった。だんだん舞台上の演技で合唱の仲間とのコミュニケーションを楽しめるようになってきた。
8月7日
Ravazzi先生に発声を見ていただき、「No gira! Dritto!」という指示をいただいた。わたしは他の受講生が同じ指示を受けているのを見て、「響きを曲げてしまわないように、まっすぐ声を飛ばす」という風に解釈したが、後の本学の授業で「ポジションを変える」ことをイタリアでは「girare」と表現すると知った。また、弓矢と同じように、声を飛ばすために後ろの空間を意識することがとても重要になるということを学んだ。合唱は劇場にてオーケストラとの合わせに入った。演出家によるソリストへの演技指導も間近で見学できた。
8月8日
この日はCorso di Canto liricoが休みだった。合唱では、前が空きやすく舞台のバランスが悪くなってしまうという問題が生じてしまい、なるべく前に出て演技するよう意識した。後ろに行きたがるのは日本人だけではないのではないだろうかと、このときふと感じて外国の仲間に対して親近感が湧いた。また、オーケストラとの合わせは指揮をしっかりと見ていないと、すぐにずれてしまう。私は元々オーケストラと合わせることに苦手意識があったので、この機会に克服に努めた。
8月9日
午前は他の受講生のレッスンを聴講し、午後はレッスンをしていただいた。Ritaは長い曲だが、最後までしっかりと見ていただいた。「o母音が落ちてしまいます。もっと鼻を広く意識して。」という指摘を受けて、中音域ではo母音によって体全体が落ちてしまっている事に気がついた。「支えはフレーズのアクセントに向かって」ということも注意していただいた。これは歌詞をしっかり理解して、何度も歌詞を読み返さなければできないことなので、この日から早速練習することにした。また、「上昇する音形において、始めの音で支えた後、そのオクターブ上の音で支えなおし、その後の音は聴くだけ」という歌い方を教わった。音が上がるにつれてだんだん苦しくなってきてしまうのを解決するのに必要なことだと感じた。
8月12日
Ravazzi先生にRitaをレッスンしていただいた。アジリタやトリルで腹筋を動かさないこと、顎を硬くしないことに集中したレッスンだった。意識するべき筋肉は使って、他の部分に入った力は抜く、ということの難しさを日を追うごとに痛感していた。私は日ごろから喉で声を調整してしまいがちなので、その「喉」を取った発声に戸惑ってしまったのだろう。ここで自分の癖と向き合い、原因を追及し矯正するレッスンを受けることができたのは本当に良かったと思う。合唱は2日目の本番を終えた。
8月13日
Ravazzi先生にRitaをレッスンしていただいた。この日も引き続きアジリタやトリルで腹筋が動いてしまうのを直すよう努めた。私は下の支えを意識する際、腹筋の上の方の力も入ってしまうので、この指摘はそれとも繋がっているのではないかと考えた。新しいことを沢山教えていただき、消化できずに悩んだこともあったが、学んだことそれぞれとの繋がりを考えることによって発見することもあった。これまで、レッスンではイタリア語が達者な日本人の受講生の方が訳を手伝ってくださった。それでも、イタリア語が満足に理解できない私にとって、レッスンを思い返して指摘を消化する時間は大切だった。
8月14日
講習会最終日。Ravazzi先生は本日の修了者コンサートで歌うRitaの最終チェックをしてくださった。「最後に何か質問は?」とおっしゃったので、「この12日間で教えていただいたことで、できるようにならなかったこともあると思いますが、それを日本で自力で伸ばしていくことはできますか。」と質問したところ、「もちろんできます。しっかり練習するように。」とのお返事をいただいた。修了者コンサートはモンティアーニという山の上の小さな街の広場で21時から行われた。広場といってもお客さんは沢山で、青い照明が美しい素敵な舞台だった。お客さんは皆さんとても暖かく、沢山のBrava!と拍手をいただき、終了後も沢山の嬉しいお言葉をいただくことができた。とにかく、Ravazzi先生のご指導を一から意識した演奏をしたつもりだったが、成功しなかったことは山ほどあった。自分が12日間で吸収できることを自覚し、日本で磨くべき課題を把握できた一日だった。
研修中の生活について
宿泊施設はグロッセートの城壁内(Centro)に位置し、薬局やスーパー、飲食店などが近く、とても生活しやすかった。2階建てで4人が一緒に生活する仕組み。私は一緒に講習を受けた萩森さんと、フランス人男性2人の計4人で生活した。それぞれ部屋のような空間はあったが、壁があるのは一部屋のみだった。可愛いシャンデリアか飾ってあったり、絵が沢山掛っていたりして、とても素敵な内装だった。照りつける太陽が眩しく、昼間は暑く感じたが、気候自体は涼しくカラッとしており、夜は寒いくらいで、私は長袖で寝ていた。飲食店は周りに沢山あったが、基本的にスーパーで食材を買い、自炊していた。ただ、日曜日は13時までしか空いていないので、水など切らさないよう注意が必要だった。時々、お誘いを受け他の受講生の方々の宿泊施設に行き夕飯や昼食をごちそうになることもあり、楽しい日々だった。劇場はCentro内にあり徒歩で5分くらいだったが、講習会会場はCentroを出て20分くらい歩いた。家庭ごみの処理は市内の所々にある大きなごみ箱に入れるだけでよく、とても簡単だった。グロッセートは頻繁に宗教的なお祭りを開催しており、その影響でお店も頻繁に休みになるので、営業時間を把握するのは困難だった。
研修を終えて

レッスンでは自分に足りないもの、できないことが浮き彫りになった。それらと真剣に向き合い、少しでも良くしていこうと奮闘する日々は決して楽しいだけではなかった。Ravazzi先生は、いかに体に負担をかけずに声を出すかについて、本当に豊かな知識をお持ちの方だった。Ravazzi先生に発声についてご指導いただいて、自分がいかに体に負担をかけた歌い方をしているか、実感することが出来た。帰国後、以前よりも「今、どこが辛いか。どこに力が入っているか。」という観点を大切にできるようになったことが、技術面での一番の収穫だ。また、今回の研修では本当に沢山の出会いがあった。年齢も出身も違う仲間から自主練習で意見をもらったり、合唱として同じ舞台に立てたり、様々な良い経験ができた。受講生は全員、真剣に音楽と向き合い、時に戦っていた。受講生が涙を見せることも少なくなかった。
今回の研修で、イタリアの魅力を知ることができ、外国の方々の親切にも沢山触れることが出来た。同時に、もっと日本で勉強すべきこと、達成したい目標が明確になった。私は自分の弱点や癖についてまだまだ把握し切れていないことを実感することができた。まずは自分を知ることが大切だと感じ、日本でもそのような面での研究に努めたいと思った。次イタリアを訪れるときまでに成長していられるよう、日々努力を積み重ねていきたい。
最後に
このような貴重な機会を与えてくださった大学関係者の皆様、いつでも親身になってサポートしてくださった学生支援課の皆様、熱心にご指導くださる先生方、具体的なアドバイスを下さった先輩方、現地で支えてくださった石上先生、そして家族に心より感謝申し上げます。今回の研修を通して、私は本当に沢山の方々に支えられているのだと、身をもって感じることができました。本当にありがとうございました。