モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー(オーストリア・ザルツブルク)
佐藤 麻里 3年 演奏・創作学科 弦管打楽器専修(ヴァイオリン)
研修概要
研修機関:モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
研修期間:2018年7月25日~8月16日
担当講師:ヴァイオリン/ライナー・キュッヒル教授
オーケストラアカデミー/エリザベス・ヴァルフフィッシュ教授、ブルーノ・ヴァイル教授
研修目的
- プロの演奏家を目指すきっかけとなった10歳からの憧れのヴァイオリンニスト であるライナー・キュッヒル先生のレッスンを受け世界中から集まった優秀なメンバーとオーケストラで演奏することによりヨーロッパの演奏スタイルを学びテクニックや音楽性、アンサンブル力の向上を図る。
- マスターレッスンの受講曲としたモーツァルト・バッハ・ベートーヴェンの生誕の地、ゆかりある地で実際に生活することで現地でしか味わえないものを体感する。
- 講習会中に開催されているザルツブルグ音楽祭でのコンサートを聴きに行くことで世界最高峰の演奏に触れる。
研修内容
アカデミーはモーツァルテウム大学で行われ、Ⅰ期Ⅱ期Ⅲ期のⅢ期制からなっており私はⅡ期でヴァイオリンマスタークラスとオーケストラアカデミーの2つのクラスを受講した。
アカデミーは事前にオーディションがあり、受講曲の録画を専門のスタジオでレコーディングからDVD作成までしてもらい申し込み時に提出した。
キュッヒルクラスは受講曲にモーツァルトの作品を入れるモーツァルトクラスで60分×6回のレッスンがあった。本来は5回のレッスンと6回目がクラスコンサートとなっていたがオーケストラのリハーサルと重なっていた為レッスンを1回増やしてくださった。
オーケストラアカデミーは最終日のコンサートに向けて1回2~3時間、1日に2回合計で19回のリハーサルがあった。マスターレッスンは聴講ができないクラスだったので練習時間、回数の多いオーケストラアカデミーとの両立が出来た。
ザルツブルグ音楽祭のコンサートやオペラ公演を鑑賞したいと思っていたが、リハーサル時間とほとんど重なってしまったのが残念であった。
第1回レッスン 7月30日
曲目:W.A.モーツァルトヴァイオリン協奏曲4番 K.218 二長調より第一楽章
チューニングをしながら準備をしているとヨーロッパでは443Hzが標準でこのピアノも443Hzで調律されているのでこれに合わせるようにと先生に言われた。
展開部まで弾いてからレッスンは始まった。古典音楽の拍の重さは4拍子なら1拍目に一番重みがあり2拍目で抜け3拍目でまた少し重みがかかり4拍目は一番軽いはずなのにあなたの演奏からはそのことを感じられない。その原因はボーイング(弓順)とフィンガリングだと指摘された。基本的には拍通りにダウン・アップ・ダウン・アップに当てはめてモーツァルトが楽譜に書いたことに忠実に。スラーが書いてあるところは弓が足りなくなるといったボーイングの都合で勝手に返さない。音程幅が2度のところにスラーをかけ3度にはかけていない。また、フィンガリングでもスラーがかかっている音では音質が変わってしまうので移弦をしないフィンガリングにする。
弾きながら細かく理由付けをして説明してくださったので意図はすぐに理解出来たが、新しく変えたボーイングとフィンガリングですぐに適応させることが出来なかった。
そのことを先生は、あなただけではなく多くの日本人は一つの方法に固定して練習してしまうからボーイングやフィンガリングをすぐに変えるのが難しい。練習する時はいつも同じフィンガリングではなく兎に角色々試してみる。そうすると何が良くて良くないのかが分かるようになる。テクニックだけでなく音楽面・表現のことも毎日同じように練習していても意味がない。学校から家に帰るときのように、ゆっくり歩くのか急いで走ったり、違う道を通り寄り道をしたりと毎日違うことをするように練習も冒険。
もし人生が500年あれば同じ練習を永遠としてれば良いが人生はそんなに長くないので色々試し自分に合っているものを見つけ出す。メカニックに練習したら絶対にダメ!と釘を刺された。
第2回レッスン 8月1日
曲目:J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリンソナタ2番 BWV1003イ短調よりフーガ
最後まで聴いていただき2つのことを指摘された。まず1つ目は、アーティキュレーションのことを正しく理解出来ていないと言われ、17~18世紀のバッハの時代の楽譜に記譜法と実際の演奏法のルールを説明していただいた。フーガのテーマにも出てくる8分音符が4つ並んでいる時私は1つ1つ弓を返して音を分けて弾いていたが、2つずつスラーをかけ2つ目と4つ目の音は必ず短く抜き、スラーが掛かっているところはカンマを入れる。これが鉄則と習った。
2つ目は、4弦を使って弾くアコードが続くところでテンポが落ちリズムも崩れて聴こえていることを指摘された。1つの音しかない単音でも4弦のアコードを弾く時も同じ音価なので、4弦のアコードを弾く時は時間がないので弓のスピードを速くし1番上の音を拍頭に入れることを意識するよう言われた。
私は左手でヴァイオリンを構えて先生が私の右手の代わりに弓を持ち4弦のアコードのボーイングの使い方を教えてくださった。先生は弦にかなり強い圧力をかけスピードも速くこの指導法はボーイングの使い方を目の前で体感出来るのでとても分かりやすかった。
音楽作りに非常に大切なフィンガリングにも先生の考え抜かれたこだわりがあり弾きながら教えてくださった。
スラーがかかっているところではポジションチェンジをしない。細かいフレーズ内では移弦をしないフィンガリングを使う。先生が弾いて下さるのを見てフィンガリングを習得するのは大変だったが先生のフィンガリングに変えるだけで少々弾きにくい箇所もあったが、音楽的に自然になりフィンガリングの大切さに気付かされた。
第3回レッスン 8月3日
曲目:L.v.ベートーヴェン ヴァイオリンソナタ第5番 Op.24 ヘ長調
スプリングソナタより第1楽章
前もってピアノの先生とピアノリハーサルをしていたのでレッスンには安心して望むことが出来1楽章を通してからレッスンは始まった。
この時代のソナタはヴァイオリンの伴奏付きソナタというスタンスで作曲されているのでピアノとヴァイオリンは対等な関係であり全楽章通してお互いの掛け合いが特徴的な曲。1楽章の出だしは暖かく幸せな雰囲気で始まるのに突然ドラマチックに変貌するのでベートーヴェンの性格が出ている。
楽譜に書かれている記号クレッシェンド・ディミヌエンド・スフォルツァント・スビトピアノは毎回大げさなくらい全力で弾く。特にベートーヴェンのスフォルツァントは常に激しく。あなたの演奏には勢いが足りないと指摘され右手の圧のコントロールの仕方と練習法を教えていただいた。
曲想、フレーズ、1つの音でさえも微妙な発音にこだわれられた先生の活き活きとした演奏を今回も沢山聴かせてくださり、今までの曲との向きあう態度や詰めの甘さを反省した。
第4回レッスン 8月6日
曲目:W.A.モーツァルトヴァイオリン協奏曲4番 K.218 二長調より第1,3楽章
1楽章のカデンツァまで通して弾き前回の続きの後半からレッスンをしていただいた。
オーケストラとヴァイオリンが16分音符でかけ合いするところは細かい動きを出したいのでオーケストラが動いている時は、ヴァイオリンの4分音符の伸ばしは後膨らみしないように。要る音と要らない音を認識する為にも自分のパート譜だけ見て練習するのではなくオーケストラのスコアを見ること。モーツァルトだけに関らず他のどの曲でもとても大切なことであると言われた。
時間が余ったので3楽章も見ていただいた。今回も半分以上先生が弾いて聴かせてくださりカデンツァも即興で作って聴かせてくださった。トリルや装飾音符の入れ方がおしゃれで踊りたくなるような演奏に聴き入ってしまった。ロンド形式なので何回もテーマが戻ってくるが毎回同じに弾いていては面白くないのでニュアンスや音色で印象を変え毎回新しいメロディーを聴いているかのようにお客さまを楽しませる工夫が必要と言われた。
先生が弾いてくださった時のボーイングやフィンガリングを忘れないようにと楽譜にメモをしていたら、いつも先生のイミテーション(真似)は良くない。これは僕の弾き方だから…何でも先生に言われたことを受け入れるのではなく先生からきっかけや刺激を受けそれを自分の中で考えたものを弾けばよいのだとアドバイスを受けた。
第5回レッスン 8月8日
曲目:J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリンソナタ2番 BWV1003 イ短調より フーガとアンダンテ
フーガは前期の試験曲でもあり力を入れて取り組んだ曲だったがなかなか解決出来ないことがあり、4弦のアコードを弾いた時に1番上のE線の開放弦が裏返ってしまうとご相談した。先生はすぐにその原因はE線に移弦した時にもう既に弓の圧力が抜けてしまっているので、力を入れ直し弓を縦方向に投げつけるのではなく横に引っ張るイメージでとアドバイスをくださった。意識を変え実践したらきちんとEの音を発音できるようになった。
今回もフィンガリングにはかなり細かく注意され楽譜に印刷されているフィンガリングは無理やりなものが多いので書いてあるからと使う必要はない。強調したいベースラインはG線を使い他の音はG線を使わないことによってよりベースラインを強調出来るので弦の特徴や音楽的にどう弾きたいのかによってフィンガリングは決めるべきであると強く言われた。
少し時間が余ったのでアンダンテも見ていただき冒頭を弾いて聴かせてくださった。1人で弾いているのに2人で弾いているかのようにベースラインの空気をポンプで送るような刻みと天に召すようなメロディーのバランスが美しかった。
メロディーを繋げながら下のベースを刻むボーイングのテクニックを教えていただいた。
第6回レッスン 8月10日
曲目:W.A.モーツァルトヴァイオリン協奏曲4番 K.218 二長調より 第1楽章カデンツァ,第2楽章
最初に2楽章を聴いていただいた。ソロとオーケストラがユニゾンでオーケストラパートにだけ強弱記号が書いてある場合はソロパートにも有効となるのでオーケストラ譜をしっかりと読むように。2楽章はカンタービレの緩徐楽章なので美しい音色を聴かせたいが音量の強弱だけで音楽を作ると、本来ソリストの後ろにはオーケストラがいて大きなホールではオーケストラの音に吸収されて1番後ろにいるお客様まで聴こえなくなるので強弱だけを表現の手段とするのは良くないと指摘された。常にハーモニーを感じてハーモニーの進行(カデンツ)に寄り添い音色を変え音楽を作ると弾きながら教えてくださった。また、フレーズの終わりを弾いている時に次の事を考えて音の処理がおざなりにならないよう細心の注意を払うようと言われた。
[1楽章 カデンツァ]
本編に出てきたのをアレンジしたのがカデンツァ。必ず今どこの部分を弾いているのか把握しているように。カデンツァになった途端にテンポやアーティキュレーション、フレーズを変えてソリスティックに弾かないでカデンツァも古典派のルールを守って弾くように言われた。また、カデンツァの最後の3小節はモーツァルトの時代にはない奏法をヨアヒムが書いているのでカットして弾かなくて良いと言われたのには驚いた。
オーケストラアカデミー
オーケストラアカデミーは、指揮科のクラスと合同でⅡ期のみに開講された特別クラスで30人程の小編成で最終日に行われるコンサートに向けてリハーサルが行われた。14歳から30代前後と幅広い年齢層でオーストリア周辺国々のヨーロッパや中国・韓国・台湾・日本のアジアと世界各国から優秀なメンバーが集まっていた。日本人は4人いた。
前半の1週間はヴァイオリンニストのエリザベス先生が弦分奏や合奏のご指導をしてくださった。先生はオーケストラの演奏に対し「Oh~lovery!!Fantastic!!」と言い明るくチャーミングで音楽の楽しさを教えていただいた。練習の仕方も工夫されていて全てを言葉で教え込むのではなくヒントを与えて私たちに考えさせるので、受け身ではなく自発的な姿勢が育つのがヨーロッパ流の教育法なのかと感じた。
難しいところを歌った時に、ほとんどのメンバーはメロディーを歌っているときの発音が日本人にはない柔らかく自然でヨーロッパの言語と平坦な日本語を話している私では言語と話し方の違いで歌い方から演奏・音楽的な面で不利になることを感じた。
後半の1週間は本番に向けてヴァイル先生と指揮科の学生(10人)とのリハーサルが始まった。指揮科の学生が楽章毎交互に指揮をして先生が指揮者に指導をした。
同じ曲を何十回も通して弾くのは大変だったが、人それぞれにカラーがあり指揮者によって音楽が変わっていくのが面白かった。
本番は大成功し生まれも育ちも何も相手の事を知らずに集まったメンバーが2週間オーケストラを通して大切なかけがいのない仲間となれたことに音楽の真の力を体感した。
本番終了後メンバーとレストランで食事中、オーケストラのコンサートを聴きに来てくださったという地元の方に声を掛けられた。音楽がとても好きで演奏から若いエネルギーを感じたと言葉をいただき街に音楽を愛し音楽家や学生を育てる文化が根付いていることを実感した。
講習会以外の生活
ザルツブルグ滞在中は大学までバスで30分程の閑静な住宅街にある「Franz von Sales Kolleg」という学生寮に宿泊した。キッチン・トイレ・シャワーが付いている1人部屋で、スーパーやショッピングモールが近くにはあり初めての1人暮らしだったがほとんど自炊して生活していた。部屋の内装も新しく備品も清潔に保たれており1週間に1度シーツとタオル交換があった。
4つある学生寮の中では1番大学までの距離が遠かったが自分の部屋で練習することが出来たので快適な環境だった。
この夏はヨーロッパ各地が猛暑で毎日30度以上あり大学のレッスン室や寮の部屋にはエアコンが無いのでとても暑かったが、日本よりも湿度が低く乾燥しているので苦ではなかった。
通学中のバスでは地元の方が話しかけてくださることや顔見知りになった他の受講生と話しをすることもあり美しい街並みを見ながら色々な方と会話をするのは英語力の向上にもなり楽しみの1つであった。
ある日曜日の朝にはモーツァルトが洗礼を受けたザルツブルグ大聖堂でドイツ語のミサに与った。日本の教会よりも絵画や装飾が豪華でパイプオルガンや聖歌隊の聖歌、美しい響きから神聖な気持ちになりクラシック音楽とカトリック教会の密接な関係があることを改めて感じた。モーツァルトを始めとするほとんどの作曲家がクリスチャンなので彼らも教会で同じミサを与っていたと考えると少なからず教会のインスピレーションが音楽に込められているのではないかと思った。
ザルツブルグ音楽祭では、ウィーンフィルのマーラー2番とイザベル・ファウストのシューベルトのオクテットのコンサートを聴く機会に恵まれた。今まで聴いたことのないほど美しい響きの演奏で心の奥底から感動したのは今でも鮮明に覚えている。
今回の滞在ではザルツブルグの他にウィーン・ハルシュタット・ミュンヘンを訪れた。どの街でも今まで世界史や音楽史で勉強した建築物や景色が目の前に広がり歩くだけでもとても興奮した。沢山の博物館・美術館・王宮を見学し実際に訪れて自分の目で見ることで理解が深まった。
何百年も街の景色は変わることなくゆったりと時間が流れそこで暮らす人々もおおらかで余裕があり人生を楽しんでいるように感じられた。
研修を終えて
初めて海外に1人で行き見知らぬ街で生活するのはとてつもなく不安だったが、モーツァルトが生まれ育った街ザルツブルグで憧れの先生のレッスンを受けることが出来て23日間の研修中はどの1分1秒さえ思い起こしても新鮮で夢のような時間だった。
生活面から学んだことを間接的に音楽に活かせるような経験が多かった。私は幼少期から人見知りで積極的に行動を起こすのが得意ではない性格があり未だに克服出来ていなかった。しかし現地の土地に足を踏み入れた途端、分からないことがあれば近くにいる人に教えてもらう為に話しかけるのは自らアクションを起こさなくてはならず慣れるまでは自分の内面の壁を打ち破るのは勇気のいることだった。しかし、英語で話しているうちに自然と口も回るようになり小さな成功経験が自分に自信を与えてくれ講習会中にもなると自分から積極的に他の受講生にも話しかけられるようになった。多くの人と出会い交流することで、人それぞれの生き方から刺激を受け視野も広がり自分のいる世界の狭さに気付かされた。また、現地に留学している友人や日本人から生の留学体験段も聞くことも出来今後の参考となった。
現地での使用言語はドイツ語圏にも関らずほとんど英語を用いていた。英語を母国語としない人でもネイティブのように話せる人が多く、私の拙い英語力では上手く自分の思っていることを伝えられないもどかしさが常にあったが、伝えたい、分かって欲しいという意思で似たような単語や言い方を変えてジェスチャーを使い身振り手振りで必死に表現することで、相手はこういうことを言いたいの?と汲み取ってくれることも多々あった。この経験からこの伝えたいという意思が演奏家になる上で最も大切な感情の1つであることを確信した。
最後に国内外研修奨学生として貴重な機会を与えて下さった学生生活委員会、学生支援課、学校関係者の方々、熱心なレッスンと愛情を持っていつも全力でサポートしてくださる先生方、1番近くで見守ってくれている家族、どんな時でも励ましてくれる先輩や友人達、現地でお世話になった皆様に心より感謝申し上げます。
こんなにも沢山の方に支えていただいている私は本当に幸せです。皆様のお気持ちと今回学んだ経験を活かしてより一層努力を重ね成長出来るように精進して参ります。本当にありがとうございました。
永峰高志先生のコメント
研修目的
- キュッヒル先生のレッスンを受け、優秀なメンバーとオーケストラを演奏しヨーロッパの演奏スタイルを学びテクニックや音楽性、アンサンブル力の向上を図る。
- モーツァルト、バッハ、ベートーヴェンのゆかりの地で実際に生活し、現地でしか味わえない物を体感する。
- ザルツブルク音楽祭でのコンサートを聴きに行き、世界最高峰の演奏に触れる。
佐藤さんは上記の目的を持ち、モーツァルテウム国際アカデミーに参加されました。23日間という講習会にしては長い期間ヨーロッパで過ごし、レッスンだけでなく、いろいろな経験をすることが出来、今後の音楽家人生においてこの講習会は大きな心の拠り所になると思います。
そのレッスンはとても充実したもので自身の問題点もよく分かったと思います。学んだことをうまく自分自身の問題点に落とし込み、音楽家として成長されることを望みます。