ウィーン冬期国際ゼミナール(オーストリア・ウィーン)
中村 このみ 4年 演奏・創作学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)
研修概要
研修期間:ウィーン冬期国際音楽ゼミナール
研修期間:2019年2月9日~2月24日
担当講師:アレキサンダー・ロスラー教授
研修目的
この研修を大学4年間を経ての成長の確認、そして今後の自分の課題をはっきりと見極め、更なる演奏力や知識・経験を身につけるためのひとつのターニングポイントと位置づけ、音楽とより深く向き合うきっかけにしたい。
また、「百聞は一見に如かず」というように、音楽家たちが生まれ活躍した土地へ行き、実際に自分の目で見て肌で感じることで、自分自身の音楽や作曲家に対する理解をより深めることが出来るだろう。冬のウィーンは演奏会シーズンでもあり、本場の一流の演奏が聴ける貴重な機会でもあるので、多くに足を運び、沢山の刺激を受けたい。これらの研修目的を掲げ、この研修での多くの体験を通して更に自分の視野を広げられるよう、積極的に参加したい。
研修内容
2月11日(月) レッスン1回目
W.A.モーツァルト ピアノソナタ第13番 変ロ長調 K.333 1.2楽章
当日になってレッスン日程を知り、ほとんど練習をできないままレッスンに向かった。「まずは持ってきた曲全部の頭だけ聞かせて欲しい、それからモーツァルトをレッスンしましょう。」とのことだったので一回それぞれの冒頭を弾いてから今日のメインであるモーツァルトのレッスンになった。
今回ウィーンの講習会には絶対にモーツァルトを持ってこようと決めていたので、レッスンで見ていただけて、モーツァルトの育った地でそれを感じることができたのは非常に良い経験だった。
どんな超絶技巧を弾くよりも、モーツァルトを弾くことはとても難しいことだと、日本で勉強していたときからモーツァルトの演奏には非常に悩みを抱えていた。一音たりとも無駄がなく全てに意味があると思えば思うほどモーツァルトの音楽の持つ自然さを失ってしまうこと、逆に自然にしようと思うと極端に音が跳ねてしまったり、やりすぎてしまったりすることが私の課題であると常々感じていた。ご指導頂いたアレキサンダー・ロスラー先生は私の悩みをよく見抜いてくださり、丁寧にご指導くださった。
それから、倚音に重みがかかること、音楽の構成を明確に作ることも指導してもらった。倚音の重みについては、私の感覚が薄かったと気づくことができた。ドラマ性については、1楽章展開部の短調になる部分など、強弱の表現についてとても意外なアイディアをいただき、曲にメリハリが生まれて、生き生きした演奏になったことに驚いた。2楽章ではただ"綺麗"な音だけでなく、"綺麗"の中にも様々な種類を作ることを指導していただいた。そして、頂点に向かう前の連符から強く弾きすぎてしまうという自分の癖を見つけることができた。
2月15日(金) レッスン2回目
W.A.モーツァルト ピアノソナタ第13番 変ロ長調 K.333 1楽章
L.v.ベートーヴェン ピアノソナタ第23番 へ短調 Op.57 1楽章
最後のコンサートで弾く曲はモーツァルトの1楽章にしようとのお話しだったので、まずモーツァルトの1楽章をもう一度見ていただいた。「9割いいでしょう。でも、今君が全部通した時に僕が足でテンポを取らなければならない所が何箇所かあったよね。テンポを失ってしまうのは君の弱点だと思うよ。」とご指摘いただいた。それから、いつでも色々な楽器や歌い手のやり取りを考えて、それぞれに表情が必要なことを教えていただいた。
その後はベートーヴェンのピアノソナタ23番熱情の第1楽章を見ていただいた。
最初に出てくる和音連打の上行について、ベートーヴェンの時代の楽器の話しを交えながら、良いバランスで演奏することについて指導していただいた。どの声部がどのくらい聴こえる必要があるのか、和音連打の時は特に気をつけて演奏しなければならないと改めて思い、実践して弾いてみたら今までとは印象が変わったように思えた。
また、左の低い音域の連符の弾き方もご指導いただいた。音域ごとに弾き方やペダルの使い方を変えていかないと、結果として良い音響、バランスにはならないということを先生が例を出しながら弾いてくださり、とても分かりやすく納得した。
2月18日(月) レッスン3回目
W.A.モーツァルト ピアノソナタ第13番 変ロ長調 K.333 2.3楽章
この日はモーツァルトの2.3楽章をメインに見ていただいた。2楽章は「響きのある音色で音楽的に弾いているのはとても良いけど、AndanteじゃなくAdagioに近くなっているね、特に第2主題のところも最初と同じテンポで」とテンポに関するご指摘をいただいた。また展開部の音楽の作り方を先生自らが弾きながら提案してくださり、ここでそうするのかと新しい発見があり、演奏に深みの出るアイディアを沢山いただいた。3楽章は「音の末尾を跳ねすぎてはダメだよ、モーツァルトがスタッカートを書いていないところまで軽すぎる、もう少し響を持たせた方がいいね」とアーティキュレーションについてご指導いただいた。
私自身モーツァルトの演奏でアーティキュレーションについてとても悩んでいたので、このレッスンは非常に充実していた。先生が弾いてくださる演奏は弦楽器のように滑らかなフレーズで、音もしっとりしていて、気品ある雰囲気だった。それまで私はモーツァルトは現代の楽器で弾くと重くなってしまうから、なるべく軽く転がるようにと思っていたが、響を失ってはいけないと強く思ったし、今後モーツァルトの曲に取り組む際も自分の演奏が響のない薄いものになっていないかよく耳を使わないといけないと感じた。
2月21日(木) レッスン4日目
A.スクリャービン ピアノソナタ第4番 嬰へ長調 作品30
この日はスクリャービンのピアノソナタ第4番のレッスンをしていただいた。「bravo!難しい曲をよく弾いている、君はとても良い手を持っているね」とお褒めの言葉をいただいた。そしてスクリャービンの音楽構成の話になった。「スクリャービンの陰から陽へと向かう音楽の構成を考えるならば君のは最初から大きかったね、ppはもっと内なるものとして弾いた方が構成が見えやすい」とご指摘をいただき、特に2楽章頭のppについて確認した。音符の数がとても多いけれども軽くppで弾くのは難しくて変に構えてしまうという相談をしたところ、指揮者の話になった。「指揮者は音を出さないが伝え方によって演奏者はどういう音を求められているのか分かる。君も指揮者になって指揮をしてごらん、その時にどういう体の使い方をして音を求めているのか感じてごらん」と仰った。先生は前回のレッスンの時も歌い手のことに例えて話をしてくださり、ピアノを"弾く"ことだけではない様々な音楽との関わりを提示してくださったので、とてもイメージがつきやすかった。日本に帰って実践してみたい。
それから、このスクリャービンのピアノソナタ第4番とワーグナーのトリスタンとイゾルデとの関連について、そして時にショパンが用いるフレーズとの関連について面白おかしくお話しをした。非常に充実した時間だった。
クラスコンサート
2月20日に大学内でクラスコンサートがあり、モーツァルトの1楽章を演奏した。
受講者の他、主催者の方や一般のお客さんが入っていた。クラスコンサートでは今までのモーツァルトの演奏の中で一番自然体に楽しく演奏することが出来た。弾いている最中にこの曲を知っているお客さんがメロディを口ずさんでいるのが聴こえてきたり、終わったあとにはBravoと声をかけてもらえたり、ウィーンの方々がどれだけモーツァルトを愛し大切にしているかが伝わってきて、すごく嬉しくなった。他の受講者の方の演奏にも刺激を受けた。
最終日には先生を囲んでのお食事会があり、ロスラー先生と受講者の方と時間を忘れて楽しんだ。先生は最後まで笑顔で私たちと会話をしてくださり、とても温かな先生で、2週間ご指導いただけて本当に良かった。
レッスン以外の過ごし方
講習会では、大学から電車を使って行った場所にある練習室を用意してくれたが、一人一日1時間しか無料で借りられず、他に練習したい場合は空いている時間を見つけて有料で借りなければならなかった。そのため、プラス1時間有料のアップライトを借り、毎日2時間の練習をした。せっかくウィーンに来たのに練習ばかりしていてはもったいないと切り替え、練習時間の2時間は集中して、その他はウィーンを観光した。オペラ座で「トスカ」やバレエ「白鳥の湖」、楽友協会でピアノリサイタル、教会ではオルガンのコンサートを聴けて本当に充実した時間だったし、豪華絢爛な建物や素晴らしい美術にも触れ、音楽以外の芸術も存分に満喫した。
研修を終えて
今回、ウィーンでモーツァルトを演奏できたことは自分にとって非常に良い経験となった。日本でモーツァルトを勉強している時、とても悩み、どうすればモーツァルトらしい音楽になるのだろう、自然に弾くためにはどうすれば良いのだろうと何かを見つけてはまた戻り、モーツァルトを弾くことに何かしらの恐怖を感じてしまっていた。それを克服したい、何かヒントを見つけたいと今回ウィーンを選びモーツァルトを持って行った。実際にウィーンの街並みや風習、あちこちで聴こえる鐘の音や教会で響くオルガン、素晴らしい劇場、ホールでの演奏など、本場の土地、音楽に触れながら自分の音楽と向き合えたことは非常に良い影響を与えるもので、今まで変に凝り固まっていた自分の感覚を大きく変えてくれる経験ができた。
また、他の受講者との交流を通して、自分の強みと弱みを再認識することができ、今後の課題を見つけることもできた。
国内外研修奨学金を頂きこのような研修の機会を与えてくださったおかげで、刺激と実りある充実した2週間を過ごすことが出来ました。多くを担当してくださった学生支援課奨学金担当の皆様、事前の語学指導をしてくださった先生方、大学でご指導下さっている先生方、今回の研修でご指導いただいたアレキサンダー・ロスラー先生に心より感謝申し上げます。この経験を今後の糧として、精進して参ります。本当にありがとうございました。
奈良希愛先生のコメント
ピアノ科の中村このみさんは、ウィーン冬期国際音楽ゼミナールにおいて、Alexander Rössler先生のクラスに在籍し、2週間の滞在中充実した勉強の機会を受けられました。滞在中の4回のレッスンの中で、技術的な面だけではなく、音楽を奏でるための心構え、そして知識の大切さをご指導いただいて、ご自身も新たな視点から音楽を見つめ直すことができ、ご報告のご様子から多くのことを学ばれた、貴重な時間であったことがわかります。またレッスンのみならず演奏の機会にも恵まれ、当地での音楽の生き方を体感できたことは何よりだったと思います。練習時間に難しい点もあったようですが、見方を変えて、現地でしか味わえない音楽、芸術を体験することによって、五感を使った学びができたご様子ですので、それらの体験を活かし、今後ますます勉学に励まれ、大きく成長されることを願っております。