国立音楽大学

草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティバル

田中 裕梨恵 4年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)

研修概要

研修機関:第34回草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティバル
研修期間:2013年8月17日〜8月31日
担当講師:クリストファー・ヒンターフーバー

研修目的

私が草津夏期国際音楽アカデミーに参加した目的は、演奏技術の向上、また、音楽に対する想いを確かめ、自分の音楽と真剣に向き合えるようになることである。

研修内容

レッスンについて

クリストファー・ヒンターフーバー先生のレッスンは、1人45分、1日に3、4人を2週間のうちに各4回ずつ行われた。クリストファー・ヒンターフーバー先生のクラスはアカデミーの前半、後半だけでレッスンを受けに来ている生徒も含め、ピアノのクラスでは最も多い11人の生徒がいた。各自曲を2、3曲用意しているので、全員の曲を合わせると曲数は32曲にも及んだ。ヒンターフーバー先生は、曲の細部までレッスンしてくださったので、レッスン時間を大幅に越えてしまうこともしばしばあったが、生徒一人ひとりに対し、非常に真摯に向き合ったレッスンであった。

第1回レッスン 8月19日

初回のレッスンは立候補した4人がレッスンを受けた。私は積極的に手を挙げることが出来ず、1日目は聴講することになった。初日の聴講では、MozartからSchumann、Liszt、Rachmaninovといった幅広い作曲家の曲目だったが、先生がどの曲でも共通して言っている言葉があった。「Pedal」と、「Take the Time」であった。

「Pedal」とは、響きをサポートしてくれるものであり、下まで踏むペダルもあれば、半分までのペダル、表面だけ少し触れるようなペダル、など音楽の場面によって使い分けるものだと教わった。

「Take the Time」とは大事なところにもっと時間をかけて、という指示だった。観客に対して、大事に聴かせたいところとそうでないところで、大事なところはもっと時間をとるようにとのことだった。

翌日、私はレッスンでLisztの「二つの伝説」より“小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ”を見てもらったのだが、やはりペダルのことをとても追及された。私が今までつけていたペダルはとても古典的で、もっと印象派のペダルで演奏しなさいと言われた。私は音が濁るのが怖く、この曲でも楽譜に書いていないところでペダルを踏み変えていたが、ペダルを長く踏んでみると、とても不思議な、しかしとても美しい響きがすることに気がついた。中間部のRecitativoのところでは、アッシジの聖フランチェスコが小鳥たちに語りかける場面なので、ppでも弱々しくならず、言葉を話すように弾くことを求められた。

第2回レッスン 8月23日

この日も“小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ”からのレッスンとなった。自分が今思っているより更にキャラクターや場面の設定を変えて弾くことを要求された。盛り上がる場面でフレーズの中で何回も止まらないこと、3回同じ形が出てきたときに同じ強弱、同じテンポにならず、変化をつけることを求められた。変化を求められたときに、自分の中に同じパターンしか浮かばないのが悔しかった。

そしてこの曲の最後に再びRecitativoが現れる。この曲はLisztの晩年に作曲され、宗教心のとても強い時であった。よってここは「光」や「祈り」の場面であり、演奏する時に自分の感情を入れ込み過ぎず、教会のステンドグラスから光が差し込んでくるかのように、遠くの光を意識して演奏するように、と言われた。

続いて「二つの伝説」の2曲目である“波を渡るパオロの聖フランチェスコ”のレッスンとなった。

弾き終わって、この曲の物語は知っていますか?と聞かれた。あらすじは知っていたのだが、上手く話すことが出来ず、もっと深い解釈を求められた。最初左手はずっとトレモロなのだが、これは波を表わしている。左手のトレモロも規則正しくいれるのではなく、密度を変えて波を表現することを学んだ。

第3回レッスン 8月27日

この日は曲の始めから曲の流れにそって細かく止められながらのレッスンとなった。前回のレッスンのあとペダルに気をつけて練習していったのだが、通して弾き終わってからやはりペダルが気になると注意を受けた。ペダルの切り替えが多すぎるとのことだった。

左手で表現される波(スケールの部分)でペダルを使って音響効果を出すには、波が大きくなるのに合わせてペダルを深く、波がひいていくのと一緒にペダルも上げていく。これで波のうねりなどが上手く表現されるのだ。ペダルで波を調節する、まさに波マシーンだねと先生は笑って仰った。波を表現するのはとても難しく、先生のOKが出るまで何度もやり直した。

この曲には色々な種類の波が出てくる。次の波は二小節かけて右手と左手のアルペジオで表わされる波だ。私は出だしから大きく弾いていたので膨らみのないただ大きい平坦な波になっていた。しかし出だしと頂点で変化を持たせ、メリハリをつけると全体で大きな波に見えてくるようになった。そして次の波は跳躍して襲いかかってくるような波だ。ここは弾くのに必死になってしまうのだが、これも波だと感じてみるとまるで弾き方が変わって弾きやすくなった。そして次にやってくるのがこの曲の山場、Allegro mastosoの部分である。ここは聖フランチェスコが数々の試練と波を乗り越え、波を渡り切った喜びが表現されている。ここはテンポを遅くし過ぎずにバスをもっと感じるようにと言われた。先生はこの盛り上がる部分で和音にアルペジオをつけたり、バスに一オクターブ下の音を重ねたりと、色々なアイディアを教えて下さった。そして曲の最後に平穏が訪れる場面は聖フランチェスコが島に辿りついた喜びや安堵を表わしている。ただ小さく弾くのではなく威厳を持って、休符の間もテンションを落とさずに気持ちを持続させて弾くようにと注意を受けた。この日はレッスンが一時間にも及び、曲に対しての想いも一層深いものとなった。

この日の午後、アシスタントの先生から“波の上を渡る聖フランチェスコ”でスチューデントコンサートに出演することになったと電話で知らされた。

第4回レッスン 8月29日

この日のレッスンは、“波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ”を一度通して弾き、通しての指導を受けてからブラームスの“6つの小品”をみて頂いた。“パオラの聖フランチェスコ”はスチューデントコンサートの前に一度聴いておきたいとの先生の意向で一度通して弾いたのだが妙に緊張してしまい、前回のレッスンで掴んだ曲想のようには弾けなかった。

次のブラームスは時間があまりなく1.Intermezzoと2.Intermezzoで時間となってしまった。気持ちの内側からくるもの、それにはブラームスの人生、自身の苦しみを知ることも必要であると言われた。若い頃の作品、ピアノソナタ3番のような愛の対話がそのまま表れた作品とは違い、晩年のこの作品では過去を懐かしむように弾くように言われた。

レッスンの最後で、スチューデントコンサートには別の人に出演してもらおうと思う、と先生から直接言われてしまった。「もっと長い時間レッスンが出来たらよかったんだけど、時間がなさすぎたね」と。結局、George Crumbという作曲家の“マクロコスモス”という現代曲を持ってきていた人が出演することになった。

私は自分の曲の完成度の低さを猛烈に反省した。レッスンで出来て次に活かせないとなにも意味がないんだと痛感し、悔しくて涙が出た。スチューデントコンサートの代わりにその日のホテルでのロビーコンサートに急遽出演することになったので、気持ちを切り替えて本番に臨もうと思った。

ロビーコンサート

当日に急遽出演することになり焦るのと同時に悔しさもつのり、この日の演奏は2週間の集大成となるようにいつも以上に気合いが入った。本番はとても集中して曲と向き合えたと思う。アシスタントの先生も聴きに来て下さっていて演奏後には好評も頂けて嬉しかった。

聴講について

どのクラスも聴講が自由に出来た。しかしレッスン室の場所が各自離れているので、近場は徒歩で移動出来るが、遠いところだとバスで移動しないといけないので行ける場所が限られてしまうのが少し不便だった。

ピアノのクラスは他に2クラスあり、両方のクラスの聴講に行くことが出来た。

ブルーノ・カニーノ先生のレッスンは先生の人柄のままとても和やかな雰囲気でレッスンされていた。しかしひとたび先生がピアノを弾き始めると、見た目からは想像出来ない情熱に溢れたパワフルな演奏をするのでその演奏にも心惹かれた。

岡田博美さんのレッスンはコンサートホールのリハーサル室で行われており、そこは静かで独特な雰囲気に包まれていた。他にオーボエやヴァイオリン、声楽のレッスンなどを聴講しにいった。特に印象的だったのが声楽のレッスンで、常に笑顔の絶えないレッスンであった。声楽のジェンマ・ベルタニョッリ先生は今もイタリアで、現役で活躍されている。生徒一人ひとりに体の使い方から練習方法、曲へのアプローチの仕方を教えられていて、その場で生徒の歌声が生き生きしていくのが伝わってきた。

コンサートについて

草津音楽アカデミーでは毎晩、先生方や群馬交響楽団、弦楽合奏団などの演奏をアカデミーが開かれていた2週間、毎日聴きに行くことが出来た。本当に素晴らしい演奏に毎日接することが出来て、それだけでもとても勉強になったと思う。色々な楽器編成とプログラムで、普段聴けないハーモニウムという楽器のための音楽も聴くことが出来、様々な形で楽しむことが出来た。自分の先生の演奏も聴くことが出来たので、更に先生に対して尊敬の念が高まった。

レッスン以外の生活

基本的に、アカデミーとペンションの移動だけであったが、休講の日などにペンション近くの湯畑などに観光に行った。草津は真夏でも気温があまり高くないので、とても過ごしやすく、空気も澄んでいて気持ちのリフレッシュが出来た。

同じペンションの人たちはアカデミー生だけであった。様々な楽器の人がいて、毎日みんなで楽しく過ごすことが出来た。

研修を終えて

ヒンター・フーバー先生とパーティーにて
ヒンター・フーバー先生とパーティーにて

2週間の講習会、本当に毎日が充実した日々でした。

午前はレッスンで自分の演奏と向き合い、夜は素晴らしい音楽に感動しました。

レッスンでは幅広い年齢層の方がいてその人の演奏があり、それぞれの個性を感じることが出来ました。反省点として、語学を勉強していかなかったことが挙げられます。研修先が日本なので語学のことは考えていませんでした。先生はドイツ人なのですが、レッスンでは先生が英語で話され、アシスタントの先生が通訳して下さいました。しかしドイツ語が喋れる生徒とはドイツ語で会話し、一対一でディスカッションしていました。そして最終日には先生方との懇親会があったのですが、そこでも先生方に話しかけることが出来ずにもどかしい思いをしました。自分の言葉で自分の気持ちを伝えられることが大事なんだと感じました。

コンサートでは毎日素晴らしい演奏を聴くことが出来ましたが、中でも印象に残っているのがパノハ弦楽四重奏団の演奏です。4人での見事なアンサンブルに心が惹きつけられました。自分の演奏でも、ただ乱雑で響きだけの演奏ではなく、細やかな声部の構成を頭で思い浮かべつつ壮大で深みのある暖かい音楽を演奏出来るようになりたいと思いました。2週間の共同生活で一緒に過ごした仲間に毎日支えられていて、辛いときに支えてくれる友人もいつもそばにいてくれました。本当に周りの人にも恵まれていたと思います。この2週間での体験で私は音楽がより一層好きになり、これからの人生ずっと音楽と向き合って生きていこうと決意しました。

最後に、このような素晴らしい機会を与えてくださった皆様に心から感謝しています。この2週間の素晴らしい時間は私の宝物となりました。これからもこの宝物を胸に音楽と向き合っていこうと思います。

本当にありがとうございました。

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