国立音楽大学

サレルノ夏期国際音楽講習会

中野 希望 4年 演奏学科 声楽専修

研修概要

研修機関:Accademia Musicale Jacopo Napoli
研修期間:2013年8月19日〜8月25日
担当講師:葉玉洋子教授

ナポリ近郊のサレルノ、カーヴァ・デ・ティッレーニという中世の町並みを色濃く残す街で開催される。当講習会には年齢制限がなく、開講されるコースは、声楽、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、ギター、トランペットのほか、珍しいところではアコーディオンやマンドリン等幅広い。教授陣には、ローマ・サンタチェチリア音楽院声楽科教授を務めるベルカント唱法の葉玉洋子、1980年のパガニーニ国際コンクールで第3位に入賞し、超絶技巧作品を得意とするヴァイオリニスト、ソニグ・チェケリアン、チェロ界のヴィルトゥオーゾ、アンドレア・ノフェリーニ、イモラ国際ピアノアカデミー教授レオニード・マルガリウス、DeccaからCDを出すギタリスト、エドアルド・カテマリオなど、主にイタリアやヨーロッパを中心に第一線で活躍する演奏家たちが顔を揃える。世界各国から音楽家を志す者たちが訪れる魅力的な講習会。

講習は一週間ほど行われ、コース最終日には修了コンサートが開催される。

研修目的

  • クラシック音楽の聖地であるヨーロッパで、その歴史や文化、空気や匂いなどを肌で感じ、西洋音楽への理解を深める為。
  • 更に、ベルカント唱法の発祥地であるイタリアで、呼吸法や身体の使い方、イタリア語を母国語として用いる人々の言葉の扱い方やディクション等、ベルカント唱法の基礎を学ぶことを目的とする。
  • また、年齢制限や特別な規定が一切ないこの講習会で色々な方と知り合い、自身の視野を広げると共に、音楽への熱意をさらに深める機会としたい。

研修内容

レッスンは毎日、8:30〜14:00、16:00〜20:00くらいまで行われた。声楽コースの受講生は7人で、1人20〜30分程度のレッスンをローテーションしていき、他の受講生がレッスンを受けている時は聴講するという形だった。午前と午後にそれぞれ2回ずつ、計4回のレッスンがあり、1回目と3回目は発声、2回目と4回目は曲という非常に整理されたレッスンであった。また、午後のレッスンの初めにマエストラの旦那様である、元テノール歌手のクラウディオ先生のディクションのレッスンがあり、これもまた非常に有意義なものだった。

8月19日

初回のレッスン。発声のレッスンでは「第一オクターブ(一点B♭まで)の母音が全部暗い。もっと頬骨を上げて笑った感じで、apertoに」「一点B♭からはちょっと暗く、copertoで」と言われた。今まで第一オクターブについて真剣に考えたことがなかったので、この教えは新鮮だった。また「横隔膜が使えていない」とも言われた。具体的な使い方は「声を出している時に、下半身が下に伸びて上半身は背骨が伸びる感じ」だそう。横隔膜については使えていない自覚はあったものの、どの様にしたら使えるか解らなかった私にとって非常に為になるものだった。

曲のレッスンではドニゼッティ作曲、オペラ『Don pasquale』より“Quel guardo il cavaliere”を歌った。この曲では「音が下がるときポジションを落とさない、むしろ上げる」ということを言われた。これは基本的なことだが、私はそのことについて日本でもよく注意されるので、改めて基本の大切さに気付かされた。その他にも「装飾音をはっきり」「横隔膜!」や「‘amore’が‘ammore’になっている」という、ディクション等の指摘も受けた。

8月20日

二日目レッスン。この日の発声では主に横隔膜の使い方について指導を受けた。「一回横隔膜と繋がったらその後は息の流れを見る」これがやってみると難しくて、感覚を掴むのに時間がかかった。後はリラックスすること。リラックスすると音程ももっと良くなると言われた。また「あなたの声は本当はもっと可愛い(軽い、明るい?)。でももっと横隔膜は使わなければならない」と言われた。

曲のレッスンではモーツァルト作曲のオペラ『Idomeneo』より“Padre, germani, addio!”を歌った。このレッスンでは昨日と同様、「音が下がった時にポジションも下げてしまうと横隔膜が使えなくなる」とのご指摘を受けた。また、「喉をリラックスさせて」と何回か注意を受けた他、trの入れ方にも熱心に指導して下さった。

ディクションのレッスンでは同じくモーツァルトを見ていただいた。リブレットの朗読をしたら「もっと自然に」と言われたが、癖でついついアクセント等を不自然に強調してしまうと即座に指摘を受け、直すのが大変だった。また「ポジションを下げず、ずっと同じポジションで」とも言われた。受講生の中には日本人がたくさんいたが、アクセントを不自然に強調してしまうことや、ポジションを落としてしまうのは日本人の癖のようで、みなさん、そこにとても苦労しておられた。

8月21日

三日目レッスン。「横隔膜の使い方がちょっとわかってきた」と言って頂けた。自分の中でも少しずつではあるが分かってきたような気がしていたので「この感じか!」と改めて確認することができ、一段とやる気が湧いた。基本的に発声について言われることはいつも同じで、この日も横隔膜やaperto、coperto、リラックスについて指導を受けた。

“Padre, germani, addio!”ではポジションや、言葉の不鮮明さを指摘された。また、「オペラの中でこの曲を歌うときは最後を ritしないけれど、アリアだけ抜粋して歌う場合はritする(観客に終わることを伝えるため)」とも言われ、オペラの一部としてのアリアと、完全に独立した形で演奏されるアリアとの扱い方の違いについても教わった。

ディクションのレッスンでは、相変わらずポジションを下げないことと、rをしっかり巻くことを注意された。

8月22日

四日目レッスン。「B♭からcoperto ←この時に横隔膜とつなげる、喉をポコっと開ける」と言われた。この時私はcopertoの意味を、文字通り“暗く”と取っていたのだが、日本では「もっと明るい声で。こもらせないで」との指導を受けていたため、矛盾が生じてしまい混乱してしまった。

曲はモーツァルト作曲のモテット『Exsultate, jubilate』より第一楽章、 “Exsultate, jubilate”を見ていただいた。この曲でもtrの入れ方やポジションのことを指摘された。またu母音を発する時に、もっと口を突き出して深く発音するということも注意を受けた。アジリタについては「全ての音がマスケラ(眉毛の間〜額辺り)に当たっていて完璧。Bravissima!」と褒めていただき、自分のアジリタの歌い方が合っているのか不安だった私にとって、自信となった。

他の受講生のレッスンを聴講しているとき、その受講生は一点B♭よりも高い音を歌っているのに、マエストラが「aperto!」と言っていたので不思議に思い、一緒に聴講していた受講生に「今の音は一点B♭よりも高い音なのに何故マエストラはapertoと言うのですか? copertoの音域ですよね?」と尋ねてみたら「多分、copertoって言うのは音をあてるポジションはapertoの時と同じところで、響きだけが深くなるってことじゃないかな」とお答えいただいた。私はそれを聞いて「なるほど! copertoは“暗く”ではなくてあくまで深みのある声と言う意味で、響かせるポジションは明るいままで良いのか!」と納得し、日本で言われたこととの矛盾も解決したように感じた。

8月23日

五日目レッスン。「第一オクターブが全部濁っている。もっと自然な声で。それじゃあ何の母音かわからないし、イタリアでは通用しない」と言われた。apertoにすると自分には非常に薄っぺらい声に聞こえてしまい、慣れるのに時間がかかってしまった。第二オクターブのcopertoについては、私がもともとcoperto気味な歌い方をしていたことや、昨日copertoの本当の意味を理解したこともあってか「全部良い」と言っていただいた。

曲については「だいぶポジションが保てるようになった」と言っていただいた。ただ、まだ音が飛ぶときの前の音のポジションが下がってしまうので注意をうけた。

ディクションではポジションの事と、二重母音をちゃんと発音すること、また「リブレットを気をつけて発音するように、歌っている時もきちんとポジションを落とさないで歌わないと何を言っているか分からない」とのご指摘を受け、本当にその通りだと思った。

8月24日

六日目レッスン。「apertoわかったね!」と言っていただいた。あとは「音を伸ばしている時、横隔膜と繋がっていることを自覚して」「apertoにするとき、口先だけで変えるのではなく横隔膜に助けてもらって」と言われた。しかし「でもapertoも横隔膜も分かってきたね! bravissima!」と言っていただけてすごく嬉しかった。

“Exsultate, jubilate”では、一番最後のア・カペラで二点Aを伸ばすところの音程が時々下がる為、気をつけるよう言われた。

“Padre, germani, addio”では、「下がっていたポジションが全部上がった」と褒めて頂き、この日の発声のレッスンも含め、ずっと言われ続けていたことが直ってきて、自分自身でも成長を感じることができ、とても良い達成感を得ることができた。

8月25日

最終レッスン。「apertoはだいぶわかってきた。気をつけるのは第一オクターブと一点B♭〜C♯まで、それ以上のアクートは完璧」と言って頂いた。あとはお腹、横隔膜をしっかり使うこと、apertoの時iの母音がまだ濁るからすごく気をつけるよう言われた。

あとは「copertoにした時もっとリラックス、リラックスさせる為に少し顔を上げる(くびの後ろ側をポカっと開ける)と良い」というアドバイスを頂いた。

Concerto apertivo

この日は午前11:30から、各コースから選抜された受講生が参加するコンサートがあった。幸運にも「アグレッシブな曲が良い」という学校側の要求から、声楽クラスからは私の歌う“Exsultate, jubilate”が選ばれた。場所は講習会会場から少し離れた所で、会場はシャンデリアや大きな絵画が飾ってあるとてもお洒落な空間だった。あまり大きな部屋ではなかったが、非常に多くのお客様が足を運んで下さり、演奏後には沢山の拍手やBrava!を送って下さってとても感動した。

修了コンサート

Concerto apertivoと同じ日、19:00から修了コンサートが行われた。この日の修了コンサートには、各コースを修了した、声楽、ピアノ、室内楽の受講生全員が参加した。マエストラに連れられ19時前にコンサート会場に着いたのだが、会場が開いていない。しばらく待ってみるが一向に開く気配がなく、マエストラが事務の人に電話を掛けるも通じない。仕方なくマエストラがもう一度学校に戻り、演奏会の場所を確認してきて下さったのだが、何とコンサート会場が変更になったということだ。急いで会場に向かうも、到着したのは20時頃。声楽の演奏は一番最後だったのでギリギリ間に合うことが出来たが、当日の場所変更や連絡事項の適当さが、何ともイタリアらしいと笑ってしまった。会場は可愛らしい小さな教会で、とてもよく響き、気持ちよく歌うことができた。レッスンで注意を受けたところを直せるよう常に意識して歌ったが、まだ直すことが出来ていない箇所も沢山あり満足いく演奏とはいかなかった。しかし、自分の出来ていない所や今後の課題がはっきりと見えたので、とても有益なコンサートであったと思う。最後は声楽のコース生全員でヴェルディ作曲のオペラ『椿姫』より“乾杯の歌”を歌い、沢山のBravi!を頂けてとても楽しく、幸せな時間だった。

研修を終えて

葉玉先生と声楽コースの仲間(後列右から2番目が本人)
葉玉先生と声楽コースの仲間(後列右から2番目が本人)

今回この講習会に参加して一番良かったと思えることは、自分の弱点を知り、それを今後どう克服していくかという見通しが立ったことである。この一週間の講習を受け自分の中で発声の概念が大きく変わった。自分の意としないところに弱点や悪い癖があり、その癖によって、一見癖とは関係なく思えるところにも悪影響を来たしていたりと、自分で自分の首を絞めていることにも気がついた。逆に言えば、一つの悪い癖を直せば、それと関連して様々なことが改善されていくということも分かり、帰国後の今、正にそれを実感できていることはとても大きな収穫だと思う。また多くのイタリア人の前で歌い、暖かい声援を頂けたことは自信につながり、気持ちの面でも成長することができた。マエストラはベルカント唱法のプロフェッショナルで、いつも「喉がマッサージされているかのように」と言っていた。そんなマエストラの下でベルカント唱法の基礎を学べた一週間はとても充実しており、また人柄も穏やかで優しく面倒見が良い素敵な先生にお会いできたことは本当に幸運であったと思う。

しかし反省点も沢山ある。その中でも一番の反省すべき事は語学力の低さである。今回の講習会では日本人の方が大半を占めていたため、分からない事などがあればその方たちに助けて頂いたり通訳して頂くことができたのだが、自分一人の力ではイタリア人や外国国籍の方々とは満足のいくコミュニケーションを取ることができず、とても歯がゆい思いをした。冷静になって考えてみればイタリア語で話せる様な簡単な文章でも、いざイタリア人を前にすると焦ってしまいなかなか言葉が出て来ないことも多々あり、文法や単語の勉強と共に会話の実践練習も必要不可欠だと感じた。更に歌には言葉が非常に重要である為、ただ辞書の意味を知っているだけでなく、イタリア語を母国語として話す人達と同じ感覚を持てるくらい掘り下げて勉強する必要があるとも痛感した。

日本で勉強できること、すべき事はまだまだ沢山ある。この一週間で得た色々なヒントを一生懸命噛み砕き、自分のものにしていくと共に、語学の勉強もしっかり行っていきたいと思う。

最後に

今回、この様な貴重な経験をさせて頂き、本当にありがとうございました。国内外研修奨学生として素晴らしい機会を与えてくださった大学関係者の皆様、いつも親身になってサポートして下さった学生支援課の皆様、恩師の先生方、イタリア語研究室の先生方や応援してくれた友人、そしていつも支えてくれる家族に、心から感謝申し上げます。

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