国立音楽大学

ブリティッシュ・アイル・ミュージック・フェスティバル

新田 壮人 4年 演奏学科 声楽専修

研修概要

研修機関:ブリティッシュ・アイル・ミュージック・フェスティバル
研修期間:2013年8月17日〜8月25日
担当講師:パトリシア・ロザリオ教授

研修目的

私がブリティッシュ・アイル・ミュージック・フェスティバルに参加した目的は、本場のバロック音楽の唱法や表現方法を、実際にレッスンを受けて学びとることだった。また、教会でチェンバロと一緒に共演することは私の夢であり、ちょうどそのような機会が講習会にあったため、それに出演することも目的の一つだった。

研修内容

ブリティッシュ・アイル・ミュージック・フェスティバルは、主にバロック音楽と室内楽に力を入れており、講習期間毎日バロックレパートリー中心のコンサートが行われていた。受講生も出演することができ、声楽の受講生だけでなく、様々な楽器の受講生たちも毎日参加した。受講生はおよそ25カ国から80人近く研修にきていた。さらに教授陣はロイヤルアカデミーなどイギリスの各名門音楽大学から講師として招かれた方ばかりで、恵まれた環境でレッスンができた。毎日2回30分の個人レッスン、そして合唱のレッスンまであった。施設も小さなチャペルや大聖堂があり、それぞれチェンバロが一台ずつ置かれていて、バロック音楽を学びたい人には大変すばらしい環境だった。

8月17日

初日はレッスンがなかったが、到着して早々講習会の登録と一人一人簡単な面接があった。登録はなんとかなったが、面接で自分が演奏会で歌う曲のことを聞かれたが、うまく答えられず、もういいと言われてしまった。いきなり言葉の壁にぶつかりかなり落ちこんだ。そのあと、voice classのメンバーと顔合わせした。voiceは6人いて、フランス人1人、日本人2人、インド人1人、イギリス人2人だった。最初は不安だったが、他国の人はとても優しく、英語でコミュニケーションがあまりできない私に合わせてくれたり、話題を振ってくれたりして、このクラスなら楽しくやっていけそうだと思った。

8月18日

この日からレッスンが始まった。基本的に伴奏者はおらず、声楽のパトリシア先生がときどき音をくださりながら曲や発声を見てくださるというレッスンだった。1回目のレッスンは発声オンリーのレッスンだった。イエアイエアイエアエー、アエアエマー、マリヤマリヤマリーヤーの3種類の発声を行った。そこでは、口の中の空間をあけ声を前に出すことやポジションを落とさないことなど、基礎的なことを教えていただいた。そして、2回目のレッスンでは曲を中心に見ていただいた。私はモーツァルトオペラ「ポントの王ミトリダーテ」より“Venga pur”を歌った。久々に曲を歌ったので調子はいまいちだったが、自分らしい表現は出せた。歌い終えると先生から、「あなたの音楽性やサウンドはとてもすばらしいと思うし、人によっては好む人もいると思うけど、私はあなたの声は好きではない」と講評をいただいた。厳しい意見であったが、正直に思ったことを言ってくださり逆にとても嬉しかった。そのあと、改善すべき点を細かく教えてくださった。声をもっと前に出すこと、音楽をもっと前に進めること、口の中の空間をあけること、身体のあちこちをリラックスさせることをおっしゃっていた。イタリアのアリアは開放して歌わなければいけないらしく、今の演奏では声が後ろ向きにいってしまいのどにもプレッシャーをかけてしまうとも言われた。的確なアドバイスばかりで発声的にかなり充実した一日だった。合唱のレッスンではフォーレの“Cantique de Jean Racine”と“Le Ruisseau”をvoice class全員で歌った。フランス語のディクション指導を受けたが、特に日本人2人は母音の使い分けについて細かく注意された。他の受講生は、フランス人はもちろん、他の国の人たちのディクションはとてもクリアではっきり聴こえてきて、ほとんど注意を受けていなかったのでとても感心した。

8月19日

朝からレッスンとは別に呼吸エクササイズをvoice class全員で行った。内容は吸う・留める・吐くという作業をそれぞれ5秒間繰り返し行うというものと、どれだけ長く吸えるか吐けるかというものであった。このとき気をつけることは、息を吸うときはゆっくり肩をあげないように吸った息を下に流すイメージで行うことだった。こういう練習を曲の練習とは別に行うことが大事なのだと改めて感じた。エクササイズの後、レッスンが行われた。昨日に引き続き“Venga pur”を見ていただいたが、昨日の夜レッスン後自主練習した成果が出たのか先生から「まさと。昨日とは別人じゃない。とてもいいわ。どうしちゃったの」とお褒めの言葉をいただけた。このとき今までより楽に声が出たことを自分でも実感できたので、とても嬉しかった。この日レッスンで言われたことは、身体で歌うこと、硬膏蓋に声をあてること、低い音を地声ではなくsoft voiceで歌うこと、S、U、Fの発音を正しい発音で言うこと、口を横にすることだった。口を横にするというのは日本で言われていたことと正反対のことだったのですこし驚いた。同じvoice classのフランス人の友達も同じ疑問を持っていたようで一緒に考えた結果、アエイの発音のときに縦を意識しすぎると発音が明確にならないためだということで勝手に結論づけた。いまだに本当の意味はわかっていないが……自分のレッスンが終わったあと、先生に許可をもらい、受講生全員のレッスンを聴講した。自分が言われていることを改めて確認できてとても勉強になった。合唱のレッスンでは、フレージングを意識すること、ソロイスティックにならないこと、B、Vのフランス語の発音について指摘された。

8月20日

この日は合唱のレッスンはなく、個人レッスンだけだった。1回目のレッスンでは、“Venga pur”を伴奏つきで歌った。S、F、Uの発音と低い音でポジションを落ちるということを再び指摘されてしまった。あと新しくカデンツァについてのアドバイスもくださった。2回目のレッスンでは、バッハのオラトリオ「クリスマスオラトリオ」より“Bereite dich, Zion”を見ていただいた。Accompaniatoはぶつぶつ言葉を切らないよう、フレーズを流れるようにして歌うこと、語尾のnとウムラウトの発音をしっかり出すことを指摘された。発声の面では硬膏蓋を意識すること、高い音をアタックしないでsoft voiceで出すことを注意された。今日も的確にアドバイスをくださり、充実したレッスンだった。しかし、今日は語学力不足についても指摘されてしまった。この3日間何度も話が噛み合わなかったからだった。その結果この日からレッスン効率を上げるために、voice classで一緒の日本人に私のレッスン補助をお願いすることになった。その日は自分のふがいなさにかなり落ち込んだが、その後のレッスンはさらに快適に受けることができたので、今では補助をつけて本当によかったと思う。

8月21日

合唱レッスンで、同じvoice classのフランス人受講生のクレメンスによるディクション指導が行われた。一語一語細かく直してくれたおかげで、講習会が始まったときよりはだいぶまともな発音で歌えるようになった。個人レッスンでは、モーツァルトオペラ「皇帝ティートの慈悲」より“Deh, per questo”を見ていただいた。「全体的にはプレッシャーをかけることは少なくなったが、高音でプレッシャーをかけてしまうから、もう少しのどをあけて、やわらかい声で歌って」と言われた。しかし何回か良いときがあって、そのときは「That’s it!!」と言ってくださるので、この講習会中にそれが常にできるようになりたいと思った。24日のファイナルコンサートで“Bereite dich, Zion”を歌うので、この日チェンバロと初めて合わせた。チェンバロを弾いてくださったロバート先生はコレペティでもあり、ただ合わせるだけでなく、私が考えたバリエーションよりさらに良いものを提案してくださったり、accompaniatoの歌い方や言葉の捌き方についても教えてくださったりして、とても充実した合わせとなった。

8月22日

朝のレッスンの前に先生に突然「まさと、今日の演奏会出てみない?」と言われて、夕方の演奏会に出演することになった。曲は朝のレッスンで見ていただくヘンデルオペラ「リナルド」より“Cara sposa”を歌うことになった。突然のことすぎて驚いたが、チェンバロとチャペルで歌えることは貴重なことなので頑張ろうと思った。レッスンではいい感じで、先生から「すばらしい、この曲はきっと君のレパートリーになる。いいサウンドと世界観が出ている」と言っていただけたので、快く本番に迎えることができた。そして本番、ロバート先生のチェンバロ伴奏で演奏会に出演した。チャペルはとてもよく響いて、ロバート先生の即興のアレンジもすばらしかったので、普段の自分の実力以上のものが引き出されて無事演奏を終えることができた。終わった瞬間客席から「ブラボー」という声が聞こえてきて、そんなことを言われたことがなかった私にとってこれほど嬉しいことはなかった。外国の方々の温かさを感じた演奏会だった。

8月23日

24日にモーツァルトコンサートとファイナルコンサートで歌う曲をレッスンで見ていただいた。“Venga pur”では表現方法について指摘された。感情を込めて歌うのはいいが目をつぶってお客様との関係を絶ってしまうのはよくないということ、怒り、悲しみ、喜びの感情を一緒にせずしっかり分けて歌うことを言われた。“Bereite dich, Zion”では、たまに呼吸が上がることがあると指摘を受けた。

8月24日

演奏会当日。午前中会場となる大聖堂で最後のリハーサルを行った。そこでモーツァルト・フォーレ合唱・バッハを念入りに伴奏合わせした。そして午後、コンサートが始まった。一日に3回も演奏会に出たことがないのでいつも以上に気合を入れた。まず、モーツァルトランチコンサートで“Venga pur”を歌った。最初は良かったが、一番最後のFを失敗してしまい、演奏会が終わった後、かなり落ちこんだ。そんな演奏をしたにもかかわらず道で会う友達やお客様がlovely voice、very goodなど声をかけてくれた。そんな優しい友達やお客様のおかげで、そのあとの演奏会も頑張ろうと思えた。夕方の演奏会ではフォーレの合唱2曲“Le Ruisseau”と“Cantique de Jean Racine”をvoice class全員で歌った。練習の成果もあり、全員できれいなハーモニーを作り上げることができた。大聖堂で歌う合唱はとても気持ちよく、その壮大な響きはやみつきになりそうであった。最後は講習会で一番大きなコンサート、ファイナルコンサートに出演させていただいた。大聖堂でプロのチェンバロとバッハを歌える、私にとってこれほど嬉しいことはなかった。お客様がたくさんお越しくださったことも私の力になり、自分の今できるベストパフォーマンスができた。演奏が終わった瞬間、今まで聞いたことのない大きな拍手と「ブラボー」という歓声をいただき、嬉しくて楽屋で感極まった。演奏会終了後、声楽のパトリシア先生も「ブラボーまさと。この曲もあなたのレパートリーになるわね。すばらしかったわ」と言ってくださった。友達も会うたびに讃えてくれたりして、本当に海外の人たちは優しい人ばかりだと改めて思った。レセプションパーティーでは、あるお客様が講評をくださったあと「日本のアーティストと所縁があるから紹介したい」と言われ、メールアドレスを交換したり、パトリシア先生とメールアドレスを交換して今後の進路相談をしたり、他の先生や生徒と音楽の話をしたりなど、とても楽しい時間を過ごした。

8月25日

そして、講習会最終日。レッスンはなく、朝食後荷物をまとめ寮を出た。

研修を終えて

ファイナルコンサート終了後、お世話になったパトリシア先生と
ファイナルコンサート終了後、お世話になったパトリシア先生と

今回の研修で一番苦労したのは、英語でのコミュニケーションであった。日本人以外の外国人は全員英語を日常会話以上のレベルで話せていたので、幾度となく言葉の壁にぶつかった。友達や先生の言っていることを理解できず何度も気を遣わせてしまったり、伝えたいことを言葉にできなかったりして、自分の語学力のなさを痛感した。今回それがレッスンにも影響が出てしまったので、これからは今までの語学に対する甘い考えを捨てて、語学学習に真剣に取り組みたい。レッスン全体を通しては、声を前に出すこと、soft voiceで歌うこと、のどにプレッシャーをかけないこと、S、Uを正確に発音することが私の課題であることがわかった。また、バロック音楽のカデンツァやバリエーションのつけ方なども専門の方から教わり、とても勉強になったので、今後自分のレパートリーのバロック作品を演奏するときにいかしていきたい。一番心に残ったのは大聖堂でチェンバロとバッハを歌えたことだ。バロックを中心に勉強してきた私にとってそれは至福のときだった。大聖堂でのあの壮大な響きを私は一生忘れない。外国人の音楽に対する考え方も私はすばらしいと思った。一音のミスや小さなミスでその演奏すべてがだめという考えが全くなく、トータル的なものやいいところを見てくれる方ばかりだったので、のびのびと歌うことができた。ヨーロッパの方のレベルの高い理由には、骨格の違いの前に、まずそういう考え方からも違うのだと私は感じた。外国人は人柄もよく、すぐ友達になれた。

今回イギリスへ研修に行って、最初は不安でホームシックにもなったが、終わってみたらもっとイギリスで勉強したい、帰りたくないという気持ちに変わっていた。研修を経て、精神的に強くなったと同時に、海外留学へのあこがれもさらに強まった。だから、私は近い将来、今回お世話になったパトリシア先生が教えていらっしゃるイギリスのロイヤルアカデミーに進学しようと思う。そのために、2、3年でしっかり実力と語学力をつけられるように、今後はこれまで以上真剣に勉学に励みたい。

最後に、このようなすばらしい機会を与えてくださった大学関係者の皆様、様々な面でサポートしてくださった学生支援課の職員の皆様、いろいろ相談にのってくださった先生方、友人たち、家族に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

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