モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
鈴木 未夏 4 年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)
オーディション
私はディーナ・ヨッフェ先生のレッスンを受講したいと考えていた。今年の二期はピアノの講師が少なく、ディーナ・ヨッフェ先生のもとに希望が殺到していると聞いていた。
講習初日の16時半からディーナ・ヨッフェ先生のオーディションが始まった。オーディションには30人ほどの生徒たちが集まった。ディーナ・ヨッフェ先生は日本でレッスンをすることも多く少しだけ日本語も話せるため、オーディションのほとんどが日本の学生であった。
広い部屋であったため生徒全員が部屋に入って着席した。全員が着席するとヨッフェ教授は「オーディションを始めます。アルファベット順でいいかしら」と言い、すぐにオーディションが始まった。最初の方が演奏を始め、4分ほど弾くと「ありがとう。他の曲も弾いてくれる?」と、もう一曲弾くようおっしゃった。オーディションでは1曲しか弾かないと思っていたので、大変驚いた。1人5分ほどのオーディションだったが、私の前には30人ほど演奏するため、長い時間とても緊張しながら自分の番を待った。
オーディションではラフマニノフのピアノソナタを3分程と、ベートーヴェンのピアノソナタを2分程演奏した。あまり納得のいく演奏が出来なかった。全員の演奏が終わったのは21時近くで「明日の9時に結果を出すので、事務で結果を聞くように」とヨッフェ先生はおっしゃった。
翌日9時、事務へ行くと残念ながらオーディションに落ちてしまっていた。今期は空きのある先生が少なく、オーディションに落ちると例年より他の先生にうつることが難しいと聞いていた。私はすぐにチャン先生のもとへ向かい「ヨッフェ教授のオーディションに落ちてしまいましたが、先生のレッスンを受講したいです」と言った。すると、「じゃあ少し演奏してくれる?」言われたため、チャン先生の前で演奏した。先生は私の演奏を聴くと笑顔で「いいわ。レッスンしましょう」と言い、私はチャン先生のレッスンを受講できることになった。
レッスン
レッスンは45分レッスンが週2回、計4回であった。
8月1日 第1回目レッスン:ラフマニノフ ピアノソナタ 第2番 Op. 36 2楽章
オーディションで1楽章を弾いたとき、先生が「レッスンでは2楽章を聴いてみたい」とおっしゃっていたので、2楽章をみていただいた。始めに2楽章を通した後、「1楽章の最後の1段を弾いてみて」とおっしゃった。私が1楽章の最後の1段を演奏すると先生は「遅すぎるわ。1楽章の最後はもう少し速いテンポで終わらないと。だから2楽章のゆっくりとしたテンポが活かせていないのよ。1楽章は速いテンポで終わって、2楽章はもっと遅いテンポで始めなさい」とおっしゃった。言われた通り1楽章の最後を速いテンポで弾き、続けて2楽章をもっとゆっくりしたテンポで弾いた。すると「その方がいいわ」と先生はおっしゃった。2楽章を演奏するとき、1楽章のテンポの流れを感じながら弾かなければいけないと学んだ。
チャン先生はこの楽曲のCDを出されているため、先生の見本の演奏は本当に素晴らしかった。先生の演奏する2楽章は、1楽章の興奮した激しい曲調とは正反対で、2楽章らしい落ち着いた雰囲気、切なさや寂しさが表現されていた。ppがとても素敵で印象的であった。自分のppと先生のppは全く音色が違うと感じた。ただ音が小さいだけではなく、小さい音でもとても響く音であった。
先生の指導は大変細かく、理解しやすい指導であった。2楽章はゆっくりとしたテンポだが、遅いだけでは停滞してしまうため、中間部ではもっと前に進んで盛り上げなくてはいけないと学んだ。遅い個所は遅く、進むところは進む、といった細かな曲の流れを掴む事が出来た。
8月3日 第2回目レッスン:ベートーヴェン ピアノソナタ 第3番 Op. 2-3 2楽章
3番の2楽章は、ベートーヴェンソナタの2楽章の中で最も素敵に演奏しなければならない、と言われているほど、壮大で素晴らしい作品である。私は表現力に自信がなく、2楽章の表現を深く学びたいと思い、2楽章をみていただいた。最初に2楽章を通した後、先生に「この3番を全楽章弾いたとき、聴いていた人に『2楽章が本当に素敵だった。頭に残ったわ』と言ってもらえるくらい、この2楽章は素敵に弾かなくてはいけないのよ」と言われた。そのあとに、速度について指摘された。「Adagioだけど、遅すぎたらだめよ。4拍子で拍子をとっているからテンポが遅くなってしまうの。この曲は2拍子だから、ちゃんと2拍子で拍子をとりなさい」と言われた。2拍子を意識しテンポを速くして弾いてみると、曲の流れが自然になり弾きやすくなった。
またffの音色についての指導も受けた。ベートーヴェンのffはただ強いのではなく、奥深く厚みのある、太い音で弾かなければならないと指摘を受けた。他にも左手と右手は音色を変えて演奏するよう言われ、多様な音色について学ぶことが出来た。
8月7日 第3回目レッスン:シューベルト ピアノソナタ Op. 143 a–moll 1, 2 楽章
1楽章は、16分休符や細かなフレーズが多く書かれているため、書かれていることを忠実に表現するよう指導を受けた。また、だんだん遅くなってしまいがちなので、常に前に進むよう意識して表示されているAllegro giustoをまもって演奏するよう指摘された。
1楽章ではオクターブや和音が多く使われているため、それぞれの響きについて細かな指導を受けた。第1主題のオクターブは、上の音を強く出すのではなく下の音も出さなければならないと学んだ。第2主題の和音は暖かい音で、展開部は軽やかでつぶの揃った音で弾くよう指摘を受けた。
2楽章はゴツゴツした響きではなくまろやかな音を出すよう言われた。そのためにフレーズを長く感じることが大切だと指導を受けた。また、和音を弾く際の音のバランスについてアドバイスを受けた。悲しみのある響きの時はソプラノを強めに出し、暖かい響きの時はバスの音を響かせるようにと言われた。
このシューベルトのソナタは音が少なくとてもシンプルな曲のため、表現について悩んでいたが、先生のレッスンを受け、曲のイメージが湧き練習する意欲が高まった。
8月10日 第4回目レッスン:ジョリベ ピアノソナタ 第1番 1楽章
この曲の楽譜を先生に渡した時「この曲知らないわ」とおっしゃっていた。しかし、私が1回演奏しただけですぐに分析をし、構造を把握していた。私は近現代の曲にあまり慣れておらず、ただガチャガチャとしたうるさい演奏になってしまっていた。しかし、先生の指摘によりこの楽曲の構造を掴むことが出来、構造を活かした演奏方法を学ぶことが出来た。同じ音型が続くときは最後の音型のときを1番盛り上げ、フレーズはどこまで続くのか意識しながら弾くよう指摘を受けた。
先生は「ラフマニノフらしい部分やドビュッシーらしい部分があったり、ただ弾くのではなく様々なキャラクターを表現しないとつまらない演奏になってしまうわよ」とおっしゃった。
この楽曲をどうやってまとめればよいのか悩んでいたが、先生のレッスンを受け、この楽曲のおもしろさや魅力に気付くことが出来、この楽曲を素敵に演奏する自信がついた。
クラスコンサート
講習1週目と2週目にクラスコンサートが行われた。私は1週目に出演し、ラフマニノフのピアノソナタを演奏した。場所はミラベル庭園にあるバロックミュージアムで行われた。バロックミュージアムはバロック時代の絵画や象を展示しており、部屋の中央にピアノがおいてあった。ピアノはスタンウェイだったが、フォルテピアノと現代のピアノの中間のようなもので、弾き慣れない感触であった。しかし大変響きが良く教会で弾いているような、日本では味わうことのできない響きであった。
クラスコンサートにはミラベル庭園に訪れていた講習に関係のない方たちも聴きに来ていた。慣れない環境での演奏だったためとても緊張したが、「せっかく貴重な体験をさせてもらっているのだから、楽しく弾こう」と思い、楽しんで演奏した。
クラスコンサートでは、みんな自分の思いを表現していて素晴らしい演奏であった。ドビュッシーを弾いた女の子は、途中で暗譜がわからなくなってとまってしまっても、全く動揺せず終始堂々と演奏していた。「私はこうやって弾きたい」と、その子の思いが伝わる演奏であった。音楽は、間違えない完璧な演奏をすることよりも、いかに自分を表現できるかが大切だと感じた。クラスコンサート後、中国人の女性に「あなたのラフマニノフ良かったわ」と言ってもらい、非常に嬉しかった。
クラスコンサートが終わった後、クラスのみんなで食事会に行った。様々な国の人と英語で会話をし、国際交流を楽しんだ。
レッスン以外の過ごし方
レッスンがない時は、練習と聴講を行った。練習室は毎日11時〜13時、17時〜20時の1日5時間予約をした。練習室のピアノは、ベーゼンドルファーかスタンウェイでとても贅沢な環境であった。予約をしていない時間でも、あいている部屋で練習することも出来た。
聴講は、チャン先生、レヴィン先生、ヨッフェ先生、ウィバウト先生、ラング先生のレッスンを聴講させていただいた。自分が練習している曲を聴講することが出来たり、客観的にレッスンをみることで新たな発見が出来たりと、とても勉強になった。全体的にベートーヴェンやモーツァルトを先生にみてもらっている生徒が多かった。私は古典派の音楽があまり好きではなかったが、レッスンを聴講して古典派の魅力に気付くことが出来た。
アカデミーコンサート
毎日夕方から、先生に推薦された生徒しか出演できないアカデミーコンサートが行われていて、私はほぼ毎日聴きに行った。
アカデミーコンサートを聴いて、カナダ人の女性が演奏したFelix M.Blumenfeld作曲の「左手のための練習曲」が大変印象的であった。この曲は左手だけで演奏されるのだが、目を閉じて聴くと、声部によって音色が異なりまるで両手で弾いているように感じた。左手だけでこんなにも多彩な音色を奏でていて、とても感動した。
他にも15歳くらいの若い子や、日本人の方も多く出演されていて、とても刺激を受けた。
寮
講習期間中はハウスモーツァルトという大学の寮に泊まった。大学から徒歩7分ほどで、近くにはスーパーやパン屋さんもあり、とても便利であった。部屋も赤、白、黒の色で統一されおしゃれな内装であった。部屋は個室で各部屋にキッチン、シャワー、トイレ、冷蔵庫もあり、鍋や食器、洗剤やスポンジ、バスタオルまでもが揃っていて大変快適であった。
地下にはランドリーと練習室が6部屋あった。6部屋中ピアノがあるのは2部屋だけだったが、調律は狂い練習できるようなピアノではなかった。洗濯は、受付でチップをもらい、自販機でチャージをして使った。
とても有意義に過ごすことの出来る寮であった。
研修を終えて
2週間の講習は本当にあっという間でした。チャン先生の指導はとても丁寧で、わかりやすい指導でした。休憩時間には生徒とアイスを食べに行ったり、3回も食事会を開いてくださったりと、大変生徒思いの先生でした。
海外で様々な国の方たちの演奏を聴きとても刺激を受け、自分はまだまだだと痛感しました。演奏は、いかに自分を表現出来るかが重要で、間違いを恐れず堂々と弾くことが大事だと改めて感じました。これからも、聴衆を感動させることの出来る演奏を目指して、深く研究していきたいです。
このような機会を与えて下さった、大学関係者の皆様、学生支援課の皆様、いつも熱心にご指導くださる近藤先生、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。この貴重な体験を活かし、更なる向上を目指して頑張っていきます。有難うございました。