国立音楽大学

ニース夏期国際音楽アカデミー

古瀬 裕貴 3 年 演奏学科 声楽専修

研修内容

私は平成24年度国内外研修奨学生としてフランスのニース夏期国際音楽アカデミーに参加した。ほぼ全てのオーケストラ楽器とピアノ、声楽、室内楽、楽曲分析などのクラスがあり、私はDalton Baldwin先生の歌曲のクラスを受講した。担当する総勢60名以上の講師陣は、パリ高等国立音楽院やリヨン国立高等音楽院、パリ地方音楽院などといったフランストップランクの音楽院で教えている教授が中心である。またメインの講習会場であるニース地方音楽院は、近年、全面的にリニューアルし、音楽を学ぶのに理想的な環境が整ったモダンな新校舎となっている。

私の講習期間は1週間(実質6日)でレッスンは毎日行われた。クラスには日本人をはじめ中国人や韓国人などアジア人が多く、20名程受講生がいた。レッスンは公開レッスンの形で行われ、いつでも聴講ができ、空き時間には練習室で練習もできた。Dalton Baldwin先生に加えて、アシスタントピアニストが1人、ディクションの先生(フランス語・ドイツ語)が3人と、合計5名の先生方から指導を受けることができとても充実した講習会だった。

第1日目

初日のレッスンでは、緊張していたものの受講生とは英語や簡単なフランス語で会話をする中で打ち解けることができた。しかしながら、いざレッスンで先生を目の前にすると先生に自分から言葉を発することができなかった。この日は、C. Debussy作曲の「Romance」を歌ったのだが、Dalton Baldwin先生からはただ「Kirei(きれーい)」と言われて、それ以外はブレスの位置を指摘されたくらいで、あとは何も言われずにレッスンが終わってしまった。英語やフランス語が達者な受講生はもっとたくさんアドヴァイスをもらっているのに、自分から言葉が発することのできなかった私は得るものが少なく、とても歯がゆい思いをした。外国人の先生に「きれーい」と言ってもらうために遥々フランスに来たわけではない!と気を引き締めた私は、明日は絶対自分から発信していこうと心に決めた。

第2日目

そうやって迎えた2日目は、とにかく先生と話すときは目を合わせて英語でもフランス語でもいいから自分の言葉を発した。すると、前日とは違い先生は沢山のアドヴァイスをくださった。この日は、H. Berlioz作曲の「L’Îleinconnue」を歌ったのだが、「ドン・ジョヴァンニのように堂々と!」や「ここから声の色を明るく!」またフランス語ディクションにおける微妙なニュアンスなど様々な指導をくださった。

第3日目

3日目も同じくフランス歌曲を見てもらったのだが、この日は講習期間中に行われるコンサートの選抜があった。私は先生から「君の歌はすごく音楽的なんだけど、君は3日前に到着したばかりでまだ君の声もよく分かっていないし、コンサートに出られる実力があるかも分からないから、今回は残念だけどコンサートには出演できない」と言われた。全うな見解であるが正直悔しかった。でも、自分の現時点での実力を受け止めもっと努力しなくてはと心に誓った。

第4日目

4日目には、R. Hahn作曲の「À Chloris」をレッスンしていただいたのだが、フランス語ディクションの先生から沢山の指導を受けた。日本ではそれほど注意されたことのないフランス語の中間混合母音の発音のコーチングで、レッスンの内のかなりの時間を費やした。Dalton Baldwin先生からは「もっと優しい音色で包むように」という曲想のことや、「ここから歌だけCrescendoして!」など、曲全体を見通してピアノと歌との関係を分析することの重要性を教えていただいた。この頃には、毎日の生活にも慣れレッスンも充実したものとなっていた。

第5日目

5日目にはR. Schumann作曲の「Widmung」を見ていただいた。初めに1度通して歌ったのだが、Dalton Baldwin先生からは「すばらしい!よく勉強している。もっと君のシューマンが聴きたい」とお褒めの言葉を頂いた。また、ドイツ語ディクションの先生からも「あなたのドイツ語はとてもいい。あなたの家族にドイツ人がいるの?どうやってドイツ語を勉強しているの?」との評価をいただいた。私はドイツリートも好きなのだが、最近はもっぱらフランス歌曲にインスピレーションを受け、フランス歌曲をメインに勉強していただけにドイツリートで評価を受けるのは意外だったが、こうやって海外で自分の演奏を認めていただけたことは大きな自信へと繋がった。逆に自国の音楽であるフランスものにはやはり厳しいのだということも実感した。

第6日目

「君のシューマンをもっと聴きたい」という先生の一言から、6日目は急遽R. Schumann作曲の「Mit Myrten und Rosen」を課題として出された。実は今までにこの曲を歌ったことがなく、1日で譜読みしてレッスンに持って行った。そういうわけで、6日目はハードな最終日であったが最後には先生から「日本でまた会いましょう」と言っていただき充実した気分で講習を終えることができた。

研修を終えて

ここまで講習期間中の気づきを日ごとにレポートしてきたが、本講習会で感じたこと、学んだことを総括すると以下の通りである。

1. やはり外国語のコミュニケーション能力は重要

レッスンの一コマ。Dalton Baldwin先生と。
レッスンの一コマ。Dalton Baldwin先生と。

初日、なかなか自分から言葉を発することのできなかった私は、いないも同然の扱いを受けた。「欧米に行くと、自分から発言しない人間は空気と同じ扱いになる」と聞いていたが、それは事実だった。また、講習期間中一番外国語の運用能力が低いと感じたのはやはり日本人の講習生であり、そんな日本人講習生がかたまっている光景もよく目にした。私は、周りの友達に恵まれ、フランス、ロシア、ドイツ、カナダ、アルゼンチン、ブラジルなど世界各国の友達ができ、様々な面で助けてもらった。しかしながら、彼らとの会話をすべて理解できたわけではなく、彼らの意思をうまく汲み取ってあげられなかったり、また言いたいことをうまく表現できなかったりと悔しい思いも幾度となくした。これからはより一層、外国語の学習に一生懸命取り組みたい。具体的には、語学の検定試験を受けるなど具体的な目標を設定して語学力向上に励みたい。

2. 思考すること

自分から発信できないのは外国語の能力が十分でないという側面もあるが、日本にいるときにいかに思考してないかという表れでもあると思った。疑問が残るのにそのままにしておいたり、なんとなくやり過ごしてしまったりしていることがあるのは事実だ。これからは、広い視野で様々な事象に関心をもち、思考・判断し、自分の意見としてそれを発信する練習を沢山重ねたいと思う。このような思考の積み重ねは、きっとアイデンティティの確立やコミュニケーション能力の向上に寄与すると考える。

3. 私と声楽

今回のフランスでの研修で、やはり声楽は私を本気にしてくれ、ずっと勉強していきたいと思えるものだと再確認できた。レッスンでは、上記以外にも日本では言われたことがないことが沢山ありとても興味深く新鮮だった。もちろん発声や技術は大切だが、演奏にあたってのアイディアや発音の細かい指導などとても楽しかった。特に印象に残っているのは、「もっと響きを膨らませて」という先生の言葉である。正確で美しいディクションと豊かな音楽性は声楽の演奏における重要なファクターの一部だが、それを伝える声に響きがのっていないと聴衆には伝わらないということを何度も指摘された。私は、気持ちばかりが先行し声がもつ魅力を伝えられていなかったことに気づいた。表現と発声とのバランス感覚が歌い手には必要だと感じた。また、1つの提案としてカウンターテナーになることも示唆された。これには驚きだった。こういった日本では得られない様々な気づきがあったことは私にとって大きな収穫だ。

研修中の一週間はあっという間に過ぎていった。もちろん辛く苦しいことも沢山あったが、その一瞬一瞬が私にとってかけがえのない最高の思い出となった。最後になったが、このような素晴らしい機会を与えてくださった大学関係者のみなさま、様々な面でサポートしていただいた学生支援課の職員の方々、そして先生、家族、友人に心から感謝の言葉を述べたい。本当にありがとうございました。

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