国立音楽大学

モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー

金田 明樹 4年 演奏学科 声楽専修

研修先:モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
担当教授:Norman Shetler(ノーマン・シェトラー)

研修目的

私がモーツァルテウム夏期国際音楽アカデミーに参加した目的は、リートの表現を深めるために、詩を感じて歌う、表現するということはどういうことなのか、ドイツ語圏の国で学びとる事であった。また、音楽を志す世界各国の若者が集まる場所に身を置き、交流することで自分の世界を広げたいと考え参加した。

研修内容

レッスン開始まで

講習開始前日の28日に講習会受付と、練習室の手続きを行った。

オーディションは29日10時からとの掲示があり教室に集合し、1人ずつ自己紹介が終わったところで、先生からオーディションは無く毎日1人30分ずつのレッスンにすると告げられた。レッスン生は、日本・台湾・韓国・ドイツ・メキシコ・アメリカなどから、ピアノ5人・歌8人、計13人の参加。私が最も年少で、大学院生や教員、社会人、すでに音楽活動をされている方もあった。

レッスンの形態

原則的には、歌手は伴奏者を、ピアニストは歌手を確保してレッスンを受けるので、自分のレッスン曲を弾いてもらう、歌ってもらう相手を見つける交渉が必要だった。私は、ウィーン留学中の日本人ピアニストの方に自分のレッスンの伴奏をお願いし、そのピアニストの方のレッスンでも歌うことがあった。ただしせっかくの講習なので、他のピアニストの方から依頼された曲にも取り組むようにし、2週間を通し4人のピアニストとレッスンを受けた。急遽新曲に取り組むこともあり、一日で譜読みをして、毎日2コマ以上、多い日はレッスンが4コマという日もあった。

私を含めShetlerクラスの受講生の多くは、空き時間は教室で聴講をしていて、他のクラスのピアノ・歌の受講生や教授なども聴講に訪れることもあり、公開レッスンのような雰囲気で進められた。また、レッスンはドイツ語と英語で行われた。

レッスン概要

レッスンでは、まずレッスン曲を歌い、歌手のレッスンでは歌を、ピアニストのレッスンではピアノを主に、さらに歌曲演奏としてはデュオとしてどのようにあるべきか総合的な指導が行われた。

レッスン曲は17曲にわたり、中でもアカデミーコンサートとクラスコンサートで演奏した4曲は重点的にレッスンしていただいた。

レッスン曲

※ 伴奏者の方の希望曲も含む

  • R. Schumann
    • Widmung
    • Die Lotosblume
    • Lied der Suleika
    • In der Fremde
    • Intermezzo
    • Waldesgespräch
    • Seit ich ihn gesehen
    • Er, der Herrlichste von allen
    • Erstes Grün
    • Meine Rose
    • Kommen und Scheiden
    • Die Sennin
    • Der schwere Abend
    • Requiem
  • H. Wolf
    • Auf ein altes Bild
    • Gebet
  • R. Strauss
    • Ständchen

Kommen und Scheiden

先生から、この曲は歌とピアノの掛け合いの間が大切だが、掛け合いになっていないと指摘。出だしのピアノソロから受け取ってセリフのように歌いだすことは大変難しく、発音、特に出だしの子音を発音するタイミングや、フレーズの中での言葉の抑揚のリズムを歌にすることを繰り返し指導いただいた。

ピアノパートのピアノソロの部分はもっと歌い、歌手はそれをそのまま貰いなさいと言われたが、発音に気を付けようと思うと遅れてしまい、考えすぎずに曲の本質を見失わないようにしなければならないと痛感した。

Die Sennin

この曲は、まず、テンポを速くしすぎないように、でも慎重になりすぎないこと。また、リズム通りに歌うことは大切だけれど、それではリートにならない、言葉のリズムで自由にテンポは動いて良いとのこと。

「前半部分と後半部分の音楽の変化をピアノからもらい、変わらなくてはいけない。変えようとするのではなく、また、ピアノを聴くことでもなく、そこにある音楽に寄り添えば自然に感じることができる」とアドヴァイスいただいた。

曲の変わり目で変えよう、感じようとし、頭でいくら一生懸命考えても音楽にならないのだと改めて感じた。

Requiem

まず1フレーズは絶対に1ブレスで歌い切りなさい、歌いきれるようにピアノは弾くのだからあなたは安心して歌いなさいとの指導。

しかし、この曲はとくにフレーズが長いので、「歌いだしのテンポを速くするのか、少し声をセーブするのかどちらでしょうか?」と質問をすると、「テンポは今のまま、声ももっと出しても君は歌えるよ」と言われたが、それは無理だと思った。

すると、「魔法を見せてあげるよ」と先生が伴奏をして下さることになり、もう1度歌うと本当に1フレーズ1ブレスで歌うことができて、これは衝撃的だった。

その後、歌は長く伸ばす音でもあれこれ考えずに音楽に寄り添い、ピアノは1ブレスで歌いきれるようにピアノも1ブレスで弾き、フレーズの中の緩急を付けられるまで何度も何度も丁寧にレッスンしていただいた。

アカデミーコンサート

1週目の後半に先生から、ドイツ人デュオと私と日本人ピアニストのデュオの2組が、次週のアカデミーコンサートへの出演を告げられた。これは、先生からの推薦者が出演する大学主催の一般公開コンサートなので、大変光栄なことだったが、まさかそのような場に自分が立つとは全く考えていなかったので大変驚き、とても不安になった。

曲目は2週目の月曜日にR. SchumannのOp. 90よりKommen und Scheiden、Die Sennin、Requiemの3曲に決定。本番は4日後。Requiem以外は講習会に来て先生から勧められて歌った新曲だったので、必死に練習、暗譜に励み、毎日伴奏者の方と合わせをし、レッスンで見ていただいてアカデミーコンサートに臨んだ。

会場はWiener Saalという旧館の中にあるホールで、天上が高く、白と黄色で美しく装飾され、歴史を感じさせる荘厳な雰囲気が漂っていた。
コンサート当日はリハーサルもかねてWiener Saalでレッスンをしていただいた。大変よく響くホールとピアノで戸惑ったが、先生に「普段通りで大丈夫だからリラックスしなさい」と言われて少し落ち着くことができた。クラスの仲間には「toi toi toi」とドイツの幸運を祈る魔よけのおまじないをしてもらい、国立音楽大学からともに研修に来ている仲間も駆けつけてくれ、本番を迎えた。

本番は6番目の出演だったが、直前で前の出番の方の伴奏者が間に合わなかったため、急遽繰り上げで5番目に繰り上がるハプニング。緊張と戸惑いとで、頭が真っ白になったが、伴奏者の方も大丈夫と声をかけて下さり、なんとか3曲歌いきることができた。

曲に寄り添うことを目標としたが、歌いだしが不安や緊張で音楽に没頭できずに、反省点の多い演奏になったのは残念ではあるが、曲の途中からは、ホールの響きや会場の広さを感じて歌うことができ、夢のような大変貴重な体験となった。

クラスコンサート

クラスコンサートは講習の最終日に、クラスの受講生が講習の成果をコンサート形式で発表する場で、アットホームな雰囲気だった。

曲目はアカデミーコンサートと同じくR. SchumannのOp. 90よりKommen und Scheiden、Die Sennin、Requiemの3曲と、台湾のピアニストと組み、R. StraussのStändchenを演奏した。

前半にStändchenを歌い、自分の出番は後ろから3番目。

Ständchenを歌った時、2週間の疲労と曲への準備不足で途中声が出なくなった。後半は立て直し何とか最後までは歌いきったが、人前での大きな失敗は初めてだったので強くショックを受けた。また、せっかくの発表の場で万全の演奏をすることができず、ピアニストへも申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

自分の出番までに落ち着きを取り戻せないまま順番が来てしまい、歌えないかもしれないという、今まで経験したことのない焦燥感に襲われた。そんな時、伴奏者の方にあたたかく声をかけて頂き、そのおかげで何とか歌いだし、ピアニストへの信頼と安心でかえって音楽だけに集中して歌うことができた。特に最後のRequiemはピアノと一体になって音楽を届けていることを自ら実感できる演奏となった。歌い終わった余韻のなか、先生が「Schön!」とつぶやいて下さったことが心から嬉しく、あの時の安堵感と達成感は一生忘れることはないだろう。

生活について

研修期間中は、旧市街をバスで20分ほど郊外に向かう静かな住宅街の中にあるFranz von Sales Kollegという学生寮で過ごした。個室にシャワーやミニキッチンがつき、共同キッチンや共有スペースもあり、清潔に保たれていた。寮も街も治安は良く、ザルツブルグ音楽祭で街は世界中の人々で賑わっていた。

毎日6:30には起床し、仕度を整え学校に向かい、8:00から夜までほぼ一日中を学校で過ごし、寮には寝に帰るだけという日が続いた。練習室は8:00から10:00と17:00から19:00の4時間確保し、譜読み、練習、合わせ、レッスン、聴講の繰り返し。

ザルツブルグ音楽祭ではウィーンフィルの演奏会とモーツァルトの歌劇「Il Re Pastore」を鑑賞することができた。

自炊の予定だったが、朝食以外の昼食や夕食は、その場に居合わせた受講生と共に食べに出ることが多く、そこでレッスンの打ち合わせや、音楽の話、留学先の状況などの話を聞くことができた。日本食の集い、受講生の誕生日会、受講修了の打ち上げに参加し、食事の席で様々な国の方と様々な言語で交流をする機会に恵まれ、講習以外の面でも大変充実し大きな収穫を得た。私はドイツ語も英語もまだまだ未熟だが、聞きとりたい、伝えたいという強い思いを持って、コミュニケーションをはかることが何より大切だと感じた。また、他のアジアの国やヨーロッパの人たちは、流暢な英語を話す人が多かった。ドイツ語は大学で、英語は3カ月の個人授業を受けて臨んだが、英語もドイツ語もまだまだ勉強が必要だと痛感した。

研修を終えて

クラスコンサート終了後、Shetler先生と
クラスコンサート終了後、Shetler先生と

声楽専攻でのモーツァルテウム研修経験者の話を聞く機会も無く、ましてリートクラスの授業についての具体的な情報も無く、器楽の先輩方の研修報告書を読み、オーディションの有無や合否など多くの不安があった。しかし、どんなことがあろうと語学の上達、ザルツブルグ音楽祭の鑑賞などから、何かを得て帰ろうという覚悟で日本を旅立った。

ところが、全てにおいて予想は覆される結果となった。

音楽の面では、Shetler先生から大変多くの楽曲のレッスンを受け、リートの学び方、楽曲との向かい合い方、ピアノと歌の関係性について学び、課題を見つけることができた。

レッスンは、曲の数をたくさんこなしていくことを求められ、受講生同士のレパートリーのすり合わせで比較的曲数が多かった私は、多くのレッスンのチャンスに恵まれた。

私は、どうしたら深い表現ができるか、どういう表現がいいのかと考えるばかりで、考えすぎだと言われてきたのだが、《音楽に寄り添う》ということが何よりも大切で、表現は自然と生まれてくるものだということが、実体験を持って少し理解できたように思う。また、ピアノパートを聴く、ピアノと合わせるという意識は違っていて、互いが信頼し音楽に寄り添って、それぞれがしっかり自分の音楽をすることで自然に合ってくるのだと感じた。音楽に寄り添うためには、言葉や音楽に対する理解を深めていかなければならないと痛感した。

レッスン全体を通して、Shetler先生から、「いい声を持っているが君の歌はまだリートにはなっていない。ドイツ語の言葉の表現をもっと勉強していかなければならない」と言われ続けた。

具体的には

  • 子音の発音はもっと強く出す
  • ピアノ伴奏は歌を待つことができるのだから時間をかけて大切に発音する
  • 特に出だしの子音と語尾の発音は、ドイツ語を話すうえでも大切で、子音を味わい表現の幅を広げる

この3点を課題としディクションの面のさらなる上達をはかりたいと思う。

さらに、クラスの仲間をはじめ人々とのかけがえのない出会いを得た。クラスの受講生は年上の方ばかりで、音楽も言語も人間としても未熟な私にとって、まるで姉・兄のようになって助けていただいた。伴奏者の方との合わせにおいては、レッスン同様の指導をいただき、他クラスを受講している日本人歌手の方からも、音楽の作り方やディクションの面で具体的な指導をいただき、まさに一日中が学びの時間だった。

初めての1人での暮らしや文化の違い、言葉の壁、予想を超える忙しさに戸惑うことばかりだったが、2週間の楽しくも厳しい環境の中に身を置き学んだことは、私の一生の財産となると確信している。怒涛のような忙しさの中、一緒に音楽を作り食事をし、語り合った仲間の存在があったからこそ実りある講習を終えることができたのであり、この場を借り感謝を申し上げたい。

リートの奥深さ、難しさを実感し、長い年月をかけて勉強を続けている受講生の背中を思い出しながら、私も精進を続けていきたいと思う。

最後にこのような機会を与えて下さった大学関係者の皆様、学生支援課の皆様、いつも暖かくご指導くださる門脇先生、講習会参加の背中を押して下さった、宮谷先生、山内先生、応援してくれた家族、友人に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

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