モーツァルテウム夏期国際音楽アカデミー
皆川 海樹 3 年 演奏学科 声楽専修
研修内容
声楽のレッスン
私が参加したPro. Norman Shetlerのクラスは、7月31日にレッスンの打ち合わせをし、その際全員のレパートリーを確認して、翌日1日より本格的なレッスンが始まった。その後平日はほぼ毎日レッスン(1人30分)があった。レッスンにはクラス内の生徒だけでなく他のクラス生や一般の人も聴講に来るので、適度に緊張感のある良い環境だった。
私が主に学んだことは、節回しであった。オーストリアの人々が好むのはドイツほどには重くなく、イタリアほど暑くるしくなく、フランスほど甘ったるくない、均衡の保たれた、陽気で愛らしい音楽であるように思う。私は素朴な北米の音楽や教会音楽に長く触れてきたので、レッスンの最初は積極的にルバートを用いるPro. Shetlerの音楽が聴衆の心を無理矢理引きずり込む傲慢なものに思えたが、1、2日経って現地での生活に慣れてみると、それはザルツブルクの環境から生まれた音楽観であることがわかり、すっかりその遠慮のない節回しの虜になった。
数度目のレッスンで私がブラームスのMeerfahrtというリートを歌ったとき、Pro. Shetlerは私の声と音楽に興味を持ってくれたようで、「君に足りないものは、体全体に声を響かせる技術と、音楽を伝えようとする情熱だ」と私に言った。音楽性には問題がないので、それを表出させるためのスキルが足りないということだと理解した。彼は私をオペラ歌手であるPro. Helen Donathのクラスに連れて行き、わずかな時間のレッスンを受けさせてくれ、その後も彼女のクラスに聴講に行くよう私に勧めた。
私は彼のレッスンを計8回(うちピアノ1回)受講したが、その他に伴奏ピアニストのSophieのレッスンで、彼女が用意したWolfの歌曲を三つ歌った。Pro. Shetlerは、「ピアニストは絶対に歌手のブレスを待ってあげなければいけない」ということをよく彼女に言った。私は私で、自分の音楽のペースを強固なものにしてSophieにわかりやすく伝える必要があるということも学んだ。
ピアノのレッスン
私は国立音楽大学で声楽を専攻していて歌手になることを志望しているが、ピアノにもとても興味を持っているので、Pro. Shetlerにピアノのレッスンをしてほしいと頼み、J.S. BachのDie Kunst der FugeよりKontrapunktus 1、Das WohltemperteKlavier Band 2よりFuge 9 E-durを演奏した。彼は私の二つのフーガの演奏にとても興味を持ってくれたようだったが、私がほぼ我流でピアノを弾いてきたせいで演奏技術が未熟であることを指摘した。
声楽にも関連する問題だが、音楽性を磨くことと、それを演奏、作曲、指揮などの行為で表現することは別に考えられるべきで、彼によると私には表現する技術が足りないとのことであった。これからの課題を認識する良い機会となった。
語学
今回の研修の目的は音楽のレッスンだけでなく、卒業後ドイツ語圏の国で働くために必要なスキルや知識を確認することもあったので、Pro. Shetlerのクラスで伴奏ピアニスト兼日本語・英語の通訳のアサコさんという日本人女性に頼み込み、Frau Anna Rosenblattというドイツ人女性にドイツ語の会話、詩の解釈を教えてもらえるよう取り計らって貰った。
彼女はとても綺麗なドイツ語を話し、詩の内容を伝えるということに関しても親身になって教えてくれた。彼女は今Wiener Staatsoperで活躍しているRenee Flemingというアメリカ人のソプラノ歌手にもドイツ語を教えていたことがあるようで、そのことを得意気に話してきた。彼女の話によると、ドイツ語は文法が非常に複雑なので、Flemingのように英語が母語の人にとってもドイツ語は難しく、東洋の人にはなおさらだそうだ。ハンブルクかハノーファーで正しいドイツ語を学ぶのが良いと私に勧めた。
詩については、An die Musik、Staendchen、Meerfahrt、Wohl denk’ ich oft等のドイツ詩についての解釈を習った。この時思ったのは、私は主に英語でFrau Annaとコミュニケーションをしていたのだが、英語もドイツ語も日本語より広い意味で表現する言語だということだ。例えばAn die Musikにこのような節がある。
Oft hat ein Seufzer deiner Harfentschlossen,
Ein suesser, heiliger Akkord von dir!
Den Himmel bessrer Zeiten mir erschlossen,
Du holde Kunst, ich danke dir dafuer!
自分をとても心地よい気分にしてくれる美しいハープの音色に感謝しよう、というような内容である。Kunstという単語は「芸術、人の手によって作られたもの」という意味を持つ。Frau Annaは、ハープの音色それのみがKunstなのではなく、楽器も、椅子も、洋服も、この部屋も、もちろんこの曲も全てがKunstなので、全てに感謝しよう、神に感謝しよう、というような意味合いが最後の一行に込められていると教えてくれた。私は日本語で簡潔にそれだけのニュアンスを表現するには適切な単語が思い浮かばない(芸術、匠、人工、全てKunstよりもニュアンスが限定的である)。大きな言語の特質差があるので、日本に帰国した後も今まで以上に積極的に学ぶ必要があると痛感した。
また、外国語を学ぶのにネイティブスピーカーに習うのが非常に効率的だということに気付いたので、日本でドイツ人の教師と交流を深めていこうと思った。