霧島国際音楽祭
冨田 愛佳 4年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)
研修概要
- 研修機関 第31回 霧島国際音楽祭
- 受講期間 2010年7月26日~8月8日
- 担当教授 練木 繁夫
霧島国際音楽祭は、国内で優れた音楽家による教育と演奏会を聴く機会をつくることを目的としたもので、アジアを代表する音楽祭となっている。霧島の豊かな自然と地元の方々の温かい支援に支えられ、のびのびと学ぶことが出来る。
研修目的
音楽祭という環境の中で、真剣にじっくり自分と音楽に向き合うことを目的とする。世界で活躍する音楽家の奏でる生の音楽に間近で触れ、体感することができ、また同じ志を持つ仲間と刺激し合いながら共に深く学ぶことが出来るであろう。2週間にわたる世界的なピアニストのレッスンを通して、演奏するということだけではなく一流の音楽家が作曲家や音楽そのものについてどのような考えを抱いているのか、また、共に学ぶ仲間がどの様な思いで音楽に向き合っているのかということを知ることで自分の音楽への思いを深め、高める機会としたい。
研修内容
マスタークラスは事前に行われたテープオーディションにより受講者が決められていた。練木先生のクラスは毎年受講生が多いと聞いていたが、他のクラスが10人程度だったのに対して練木先生のクラスは18人だったので、レッスンは2週間のあいだに計4回行われた。
第一回レッスン/Beethoven: Sonate No.31 Op.110 第一楽章
演奏を聴いて頂くと、先生は「いいですね。綺麗ですよ。でも、もっと自分の中でしっかり納得して弾けると更にいいね。」と仰って、それからBeethovenの手稿譜についてとても詳しくお話して下さった。Beethovenが書いた小節の区切りは均等ではなく、小節によって大きく異なっていて、クレッシェンド等の記号の大きさもそれぞれ違って書かれている。手書きの楽譜からは印刷楽譜では分からない、Beethovenの本当の音楽を感じ取ることが出来る。そしてBeethovenの楽譜には、書かれた音を大胆に塗りつぶしたり、バツを幾つも重ねて消した跡が沢山残っていて、何度も推敲されて書かれているということが分かった。Beethovenが試行錯誤しながら書いている姿を想像すると、その音一つ一つをより大切に弾こうという気持ちになった。
第二回レッスン/Beethoven: Sonate No.31 Op.110 第二、三楽章
二回目のレッスンでは、古楽器や古典的なスタイルについてお話していただいた。特にこの曲の二楽章はfとpのコントラストが特徴だが、先生は「これを現代のピアノで表すのはとても難しい。」と仰った。現代のピアノでは大きな音を出しやすいように作られているのでfを出すのは簡単だが、pを出すのはとても難しい。Beethovenの時代に使われていたピアノフォルテではfはあまり出せないが、pは出しやすい。幸運なことに、練木先生のクラスでは、クラス独自で古楽器(チェンバロ、ピアノフォルテ)を弾くという取り組みがあり、実際にピアノフォルテを弾いてみる事が出来た。やはりとても繊細な楽器で、現代のように重く大きなfは出なかった。しかし、pはいつまでも耳を傾けていたいような、本当に温かく美しい音色であった。第三楽章では、レチタティーヴォやコラール、そしてフーガといった古典スタイルの要素が沢山詰まっていることが分かった。また、フーガでは手書きの楽譜と原典版でffの位置が異なる部分があり、Beethovenの意思をきちんと理解するために手稿譜を勉強することの大切さを改めて感じた。
第三回レッスン/Scriabin: Sonata No.5 Op.53
Beethovenのソナタとは全く違う性質を持っているようだが、細部にきちんと注目してみると、古典のソナタと同様に一つのテーマによって全体が構成されている。古典のソナタと異なる点は、そのテーマのモティーフが多様な変形やそれぞれ異なった感情が込められることにより『影絵』のように隠され、埋められていることである。その暗示されたモティーフを発見することによって、曲全体を関連付けることが出来る。先生の下さったこのヒントに基づいてこの曲を改めて分析してみると、今まで気付かなかった内面的な色彩や感情が見えてきて、この曲の魅力をさらに知ることが出来た。
第四回レッスン/Ravel: Gaspard de la Nuit 3.Scarbo
先生から次の様なとても興味深いお話を聴かせていただいた。
私たちが生活しているこの「太陽と共に生きる世界」とは逆の、「夜の世界」がある。地上に生きる私たちには見る事の出来ない「地下の世界」がある。この私たちの知らない世界に対し、私たちは様々な想像をし、幻想的なものを生み出した。この「スカルボ」という小悪魔も、実際に見た者は一人もいない。この「幻想的な世界への興味」が文学や芸術等を通して社会全体に出てきたのが、この曲が作曲された時代である。それ以前の時代に好まれていた美しい世界とは異なる「グロテスクな中にある美の世界」が焦点となった。これはこの曲への理解を深める為にとても重要なポイントである。先生は「この暗黒の世界を表現する為に、テクニックの種類を増やしていけるといいね。」と仰り、この世界を表現できる夜の響き、そして休符の部分である「音のない世界」について考えるようアドヴァイスをいただいた。
レッスン聴講
マスタークラスは朝から夕方までほぼ毎日開講されていて、沢山の方のレッスンを聴講することが出来た。受講曲はMozartやSchubertのソナタが多く、聴講しているとその作曲家のことや時代のこと、そしてソナタの構造、分析の仕方などについて知ることができた。また、聴講ではとても冷静で客観的に音を聴くことが出来るので、音のちょっとした違いにも気付けるよう注意深く耳を傾けた。これは耳を鍛えるとても良い練習になった。
演奏会を聴く
音楽祭の期間中には、音楽祭が主催する沢山の演奏会が開かれている。マスタークラスの受講生にはカリキュラムの一環として、マスタークラスの先生方や国内外で活躍するアーティストによる11の演奏会の聴講が必修となっていた。オーケストラやソロ演奏、様々な編成による室内楽、中にはピアノの連弾から4台16手まで増やしていくというユニークな演奏会もあり、様々な音の魅力を存分に楽しむことが出来た。更に、受講生はそれぞれの演奏会のリハーサルを鑑賞しても良いことになっていたので、私はオーケストラのリハーサルを聴講し、指揮者とオーケストラとのやり取りやその雰囲気を学んだ。
研修中の生活について
霧島は自然豊かで涼しく、とても過ごしやすかった。レッスンも緑に囲まれたコテージで行われ、落ち着いた雰囲気の中でじっくりと学ぶことが出来た。音楽祭スタッフの方々だけでなく、地元の方やホテルの方がとても親切にして下さり、音楽祭が沢山の方に支えられているのだと実感した。受講生は日本人が多かったが、韓国や中国、フランス、イギリスなど海外からの受講生も少なくなかった。夜に演奏会等がない日は、練木先生やクラスの仲間が集まり、色々な話を聴くことができた。この集まりには、世界で活躍されているアーティストの方を先生が大勢招いて下さり、世界をめぐる演奏活動のお話をじっくり聴かせていただいたことはとても貴重な体験だった。
研修を終えて

今回の研修でのレッスンや仲間との交流からはとても良い刺激を沢山受け、自分を見つめなおすきっかけとなった。私は実家に暮らしているので二週間も一人で過ごすのは初めてだったが、特に夜は一人で落ち着いた時間を過ごせることが多く、今の自分についてノートに分析し、それを基に今後のことを考えることが出来たのはとても良い機会だったと思う。レッスンでは音楽の様々な要素を知ったことで視野が広がり、これからもっと勉強を深めていきたいという気持ちが強まった。研修先を国内に決めて良かったと思うことも沢山ある。仲間とは勉強の悩みや今感じていることなど深く話し合う機会も多く、また、開放的な雰囲気の霧島国際音楽祭だからこそ、世界で活躍されているアーティストの方々から直接お話を聴くという貴重な経験をすることが出来た。レッスンを受けることだけでなく様々な視点から音楽について本当に沢山のことを感じ、学んだこの経験を活かし、これからもこの素晴らしい音楽の世界を更に味わえるよう、自分の音楽を深めていきたい。
最後になりましたが、国内外研修奨学生として今回このような貴重な機会を与えてくださった、学生生活委員の先生方、学生支援課の皆様、いつも温かく支えてくれる家族、励ましてくれる友人、そしていつも私を熱心に指導して下さる梅本実先生に、深く感謝いたします。