ウィーン夏期国際ゼミナール 研修報告書
大澤 里紗 3年 演奏学科 鍵盤楽器専修(ピアノ)
研修概要
- 研修機関 ウィーン夏期国際ゼミナール40th International master classes summer2010
- 受講期間 2010年8月2日~8月13日(11日間)
- 担当教授 トーマス・クロイツベルガー教授 Prof.Thomas Kreuzberger
ウィーン夏期国際ゼミナールは、ウィーン国立音楽大学の教授陣を中心に様々なマスタークラスが開講される、今年で40回を迎える歴史と伝統ある講習会である。
研修目的
研修目的は、クラシック音楽を育んだ本場の空気に触れ、より高度な技術や知識を習得すること。そして、世界各国から集まる受講者との様々な交流や経験を通して自分の音楽観を見つめ直し、視野を広げることを目的とした。
研修内容
研修日程
8月2日 | 講習会初日:オリエンテーション、オープニングコンサート |
3日 | 第1回目レッスン |
4日 | 教授陣によるコンサート |
6日 | 第2回目レッスン |
8日 | 参加者によるコンサートとシューベルト記念館への訪問 |
10日 | 第3回目レッスン |
11日 | クラスコンサート |
12日 | ディヒラーコンクール |
13日 | 講習会最終日:第4回目レッスン、受賞者によるコンサート、授賞式 |
講習会でのレッスンは、全てウィーン国立音楽大学にて一人1時間のレッスンが全4回行われた。参加者や教授陣による演奏会、シューベルト記念館への訪問などのイベントが多くあり、11日間という短い講習会ではあったが充実した内容であった。
講習会初日 8月2日
オリエンテーション
事務局からの事前連絡があり、9:00に大学へ向かうと担当教授のレッスン室が発表されていた。指定のレッスン室に向かうとクロイツベルガー先生が笑顔で迎えてくれ、レッスン室には10人程の受講生がいた。クロイツベルガー先生のクラスは受講者が他のクラスより受講生が多く、今年は私を含めて14人が受講していた。その場でレッスン表が配られ、一人1時間のレッスンが全4回といった説明を受けた。
オープニングコンサート
オープニングイベントとして、各教授陣の門下生によるコンサートが行われた。演奏を披露したのはウィーン国立音楽大学で勉強している学生であったが、スロヴァキア、韓国、日本、ウクライナ等様々な国の方たちで、演奏もその国柄を感じさせるような興味深いものであった。
第1回目レッスン 8月3日
クロイツベルガー先生とは約6年前にレッスンを受けたこともあり、これまでに3回ほどレッスンをして頂いたことがあった。今回久しぶりに先生にお会いしたが、私のことや以前のレッスンのことなどをよく覚えて下さっていて嬉しかった。
初回のレッスンでは Mozart: Fantasie in c-moll KV396 を見て頂いた。最初に一度通すと、なぜこのファンタジーを勉強しているのかを質問され、今までモーツァルトのファンタジーを勉強したことがなく、レパートリーの1つとしてこの曲を勉強しモーツァルトの形式や要素について学びたいということを説明すると、「一般的には d-moll やもう一つの c-moll (KV475) が有名だが、この KV396 は難しい曲でよくコンクールでも演奏される。なぜ難しいかというとモーツァルトの要素が全て詰まっている作品だからだ。しかし君の演奏は全体を通して音楽的にも技術的にもよく弾けている。」とお褒めの言葉をいただいた。そして、今弾いている音楽のワンランク上を目指すことを重点においたレッスンを目指す必要がある、とおっしゃられ、特にモーツァルトの様式感についての指導を頂いた。
隣で先生が弾きながら、音色や分散和音の弾きかたを指導していただき非常に分かりやすく、何よりも休符や間の捉えかたが重要であることを具体的に説明していただき初回のレッスンは展開部までで終了した。
レッスンの最後に先生から、講習会の終盤にあるディヒラーコンクールへの参加をしてみないかと声をかけていただいた。ディヒラーコンクールとは講習会中に行われる参加者の為のコンクールで、各クラス一人ずつ選出される。課題曲としてウィーン古典派の曲と何かヴィルトゥオーゾな曲が必要と言われたのだが、私は今回の講習ではヴィルトゥオーゾな曲を用意していなかった。他に用意した曲を説明すると、Debussy の前奏曲から何か技巧的な曲を持ってくるようにと言われ、次のレッスンでは Mozart の続きと Debussy を見ていただくことになった。
第2回目レッスン 8月6日
前回のレッスンで Debussy を持ってくるようにとおっしゃられたので、もともと用意していた曲である前奏曲第2集の「妖精たちはよい踊り子」と急遽練習し、「交差する3度」の計2曲を用意した。まず一度通して弾くと、ドビュッシーの様式をよく考えた演奏だけれど楽譜に書かれている多くのアイディアをもう一度見直さないといけない、とおっしゃられた。レッスンでは、細かいデュナーミクやフレージングについて確認や、ペダリングを工夫することで強弱の幅や音色をより多様に表現することができるとおっしゃられた。Debussy を2曲みていただいたあと、前回の続きである Mozart を展開部から見ていただいた。反復して行われるパッセージがこの曲には多く用いられるが、より幻想曲らしい演奏をするには、反復に対しての表現にもっと慎重になり、工夫をするようにと指導をいただいた。また和声進行に合った強弱、和音にあった緊張感をもっと表現するようにとおっしゃられた。レッスンの最後に「コンクールでは Mozart と Debussy の"交差する3度"を弾こう。コンクールで他の参加者は、派手でヴィルトゥオーゾな曲を用意してきているが、君は美しい音楽を奏でるということだけを考えなさい。」とおっしゃられた。クロイツベルガー先生のクラスの中で私を選んでいただいたことは、光栄であったけれど同時に不安も感じていた。けれどこの言葉をかけていただいたき気持ちがとても楽になった。
第3回目レッスン 8月10日
翌日のクラスコンサートで Mozart と Debussy を弾くのでまず一度両方の曲を通し、全体的な流れについて、Mozart から Debussy への切り替え方についての指導をいただいた。そして自分が人前で弾く際にどれだけ自分の音に集中し聴くことができるか、技術的なことの他にそのような精神的なモチベーションの持っていきかたなどについてアドヴァイスをいただいた。人によって本番への気持ちの持っていきかたや集中の度合いは違うと思うが、先生の意見を聞いてこれまで冷静に自分の演奏スタイルについて分析をしたことがなかったので、今までとは違った視点で「演奏する」という行為について考え直すことができた。
その後、Bach: Toccata e-moll BWV914 を見ていただき、一度通すと全体の作りや音楽的な表現に関してお褒めの言葉をいただいた。Adagio までは特に問題がないとおっしゃられ、特に Fuga からの細かいパッセージでの不安定なタッチの改善や声部の役割について、休符に対して強調的に弾いていた傾向があったので注意することや、音価が違う音に対しての弾き分けについての指導をいただいた。
クラスコンサート 8月11日
3回目のレッスンと4回目のレッスンの間にクラスコンサートとコンクールがあり、この日はクロイツベルガー先生のクラスのコンサートが大学のオーケストラスタジオで行われた。オーケストラスタジオのピアノは、スタインウェイで響きも会場に溶け込むような多彩な音色表現が可能なピアノであった。クラスコンサートでは参加者がそれぞれ思い思いに演奏をしていた。私は日本で弾く時とは全く違う音の響きを楽しみながら弾くことができた。しかし、Debussy に関しては技術的に不安が残った演奏となった。演奏が終わると先生は「明日もこの場所でコンクールが行われるからいい準備になったね。明日のコンクールは全てのクラス(ピアノ、弦、木管、声楽)合同で行われるし、周りは派手に演奏してくると思うけれど、君は自分の音楽のことだけに集中するんだよ。」と声をかけていただき、その後先生のレッスン室で2時間練習をすることができた。明日のコンクールでは今自分が出来る限りのことをして自分の音楽に集中しようと心に決めた。
ディヒラーコンクール 8月12日
午後にコンクールが始まり、声楽、ヴァイオリン、フルート、クラリネット、ピアノのクラスから一人ずつ出演し、クロイツベルガー先生のクラスは15人と大きなクラスであったので、私と Beethoven: Sonata Op.106 Hammerklavier を弾く方が選ばれた。コンクールは一人7分以内で演奏を披露するので、私は Mozart の再現部の前で一度切られ、その後 Debussy を弾いた。一曲目は緊張なく弾くことができたが、二曲目に入ると突然緊張をし始めて Debussy は納得のできる演奏をすることはできなかった。けれどコンクールが終わったあと、聴きにきていた聴衆の方に「あなたの演奏とてもよかった!」と握手を求められとても嬉しかった。その後、結果発表がされ3位入賞することができた。そして翌日の講習会最終日に旧市長舎で行われる受賞者コンサートで Mozart を演奏できることになり、入賞することが出来て嬉しく思ったのと同時に感謝の気持ちでいっぱいになった。
第4回目レッスン 8月13日
この日は昨日のコンクールでの講評をいただいた。講評の内容は「短い期間で準備したけれど、よく頑張った。今日の受賞者コンサート楽しみにしているよ。」と先生がおっしゃって下さった。その後 Schönberg: Sechs kleine klavier stücke を見ていただいた。現代音楽を勉強するには、楽譜に書かれていることにどれだけ忠実でいるか、楽譜から得られるあらゆる情報をどう判断するか、音色や音質に対してどれだけストイックに極められるか、など演奏する上で心がけるべきことについて細かく教えていただき非常に興味深かった。
レッスンの最後に、先生が今の私に何が足りないのかについて、「私の演奏は内に秘めている演奏になりがちだということ、比較的自分の中だけで音楽が奏でられている傾向があるということ。もっと自分を解放的にすることが、より人を惹きつける演奏になるのではないか」と助言をいただいた。今の自分に何が足りないのか、技術的なことはもちろんのこと、本質的な事に関しても熱心な助言をいただき、何か私の心の中で変化が起きたのが感じられた。「自分の音楽を聴いてくれる人たちに"与えて"あげるのだよ。」その先生の言葉が胸に響いた。そして先生がおっしゃった言葉を、自分なりに解釈して今日の受賞者コンサートに出ようと決めた。
受賞者コンサート
受賞者コンサートは旧市長舎で行われた。旧市長舎は歴史ある建物で、その中のホールは赤い絨毯が敷かれ、立派な彫刻が施されていたので想像していたよりも重厚で荘厳な雰囲気に圧倒されてしまった。ホールのピアノはベーゼンドルファーで年季の入った渋い音色がするものであった。講習会最終日なので多くの参加者が集まり、徐々に緊張も高まっていった。けれど、午前中の最後のレッスンで先生がおっしゃったことを思い出して冷静になると、一気に肩の力を抜くことが出来た。人前で弾くのは誰でも緊張する、けれど今日は色んな人たちに感謝の気持ちを込めて弾こう、そう自分に言い聞かせて本番を迎えると、なぜか今まで人前で弾く時に感じていたような嫌な「緊張」というものを全くしなかった。感じたのは心地いい緊張感ともう終わってしまいたくないという気持ちだった。
演奏が終わると温かい拍手が送られ、胸がいっぱいになった。クロイツベルガー先生にもお褒めの言葉をいただき、ピアノのジュゼッペ・マリオッティ教授にも「君の演奏とても気に入った!! Fantastisch!」と声をかけていてだいた時は、感激して目頭が熱くなった。
コンサート終了後は、参加者や教授陣たちとのビュッフェパーティーに参加することができた。パーティーではコンサート出演者とお互いの健闘を称えあい、色々な国籍の人と話すことができ楽しい時間を過ごすことができた。
講習会を終えて

音楽、美術、建築、文学など芸術文化の歴史ある国であるオーストリアで、沢山の音楽や芸術に触れながら過ごした日々は、私にとってかけがえのないものとなった。そして自分の時間を楽しみながら、ウィーンという街を満喫することができ異文化に対して視野を広げることが出来たのではないかと思う。時間のある時には、ウィーン市内を散策したり、街並みを見て楽しんだり、大好きな美術館で何時間も過ごしたり、シュテファン寺院でミサに参列してオルガンの響きに感銘を受けたり、思う存分自然を満喫したり・・・日本で感じられないような経験を沢山することができた。また講習会で、他の受講生や様々な国の人々と交流することができたことは、とても良い刺激となった。この海外研修で目にしたもの、聴いたもの、感じたもの、出会った人、全てが今後の自分の音楽人生の大きな糧となるに違いない。
11日間の講習期間であったが、充実した日々を過ごすことができたのも、レッスン以外に講習会のプログラムの一つとして参加者コンサートや教授陣によるコンサート、Schloss Heiligenkreuz Gutenbrunn でのコンサート、シューベルト記念館への訪問、そしてコンクールや旧市長舎での受賞者コンサートなど多くのイベントが催されていたからだろう。特に三日間連続して、人前で弾く機会があったのは貴重な体験であると同時に得たものは大きかった。私は最近、人前で弾くときに過度の緊張をしてしまうことに悩んでいたが、この講習会を通して自分の緊張への向き合い方について改めて考え直すことができ、徐々に緊張に対しての恐怖感が和らいできたような気がする。自分の音楽を誰かに与え、共有する喜び、演奏する楽しさを肌で感じることができた。この夏、日本とは違った環境で新しい自分の音楽観を発見することができたのがこの研修で得た一番の収穫であった。
最後に
国内外研修奨学生として、このような素晴らしい機会を与えてくださった国立音楽大学学生生活委員会の方々、学生支援課の方々、いつも温かく熱心にご指導してくださる花岡千春先生、遠藤志葉先生、そしていつも私を支えてくれている家族や友人に心から感謝を申し上げます。この海外研修で得たことを糧に、今後の勉強に活かしていきたいと思います。本当に有難うございました。