ニース夏期国際音楽アカデミー
下払 桐子 4年 演奏学科 弦管打楽器専修(フルート)
研修概要
- 研修機関 ニース夏季国際音楽アカデミー
- 受講期間 2010年8月3日~2010年8月8日
- 担当教授 フィリップ・ベルノルド教授
研修目的
私は今回の講習会に参加することで、これまで日本でのレッスンやコンクール、演奏会等で勉強してきた自分が世界でどのように評価されるのか、自分の力を知りたいということ、またフランスの文化や言語・空気に触れることで、今後フランス音楽を演奏する上で必要な感性を磨きたいと考えた。ちょうど今秋、全曲フランス音楽のプログラムでソロの演奏会を控えていたので、そこで演奏する曲をみていただいた。
また私は将来、フランスへの留学を希望しており、今回の講習を通して海外で生活することの厳しさや、勉強する意義などを目の当たりにしたいという思いがあった。また、ニースの講習会には世界中から受講生が集まるため、自分の語学力を向上させることもできるのではないかと考えた。
研修内容
私は今回、フィリップ・ベルノルド先生のクラスを受講した。ベルノルド先生のクラスは、日本人が7名、その他、韓国、台湾、イタリア、オーストリア人等、計20名を超える大人数クラスであった。年齢は、一番若い子で13歳という子もいたが、19歳~22歳くらいの同年代の子が多く、すぐにみんなと打ち解ける事が出来た。フルートは1クラスしかなく、また大人数であった為か、ベルノルド先生のレッスン2回に加え、アシスタントのジュリアン・ボーディモン先生のレッスンが2回の、計4回レッスンが行なわれた。また、実技のレッスンに加え、ベルノルド先生による"フルートを吹く上で重要なポイント"についての講義も計4回行なわれた。
スケジュール
8月3日 担当教授との打ち合わせ
8月4日 講義、第1回レッスン(ベルノルド先生)、ピアノ野外コンサート
8月5日 講義、第2回レッスン(ボーディモン先生)
8月6日 講義、ヴァイオリン野外コンサート
8月7日 講義、第3回レッスン(ベルノルド先生)、受講生コンサート
8月8日 第4回レッスン(ボーディモン先生)、受講生コンサート
* いずれの日も、時間が空いたときは他の受講生のレッスンを受講。
講義
講義は毎朝9:00~行なわれた。先生の話す言語は当たり前だが、英語と、ところどころフランス語であったため、聞き取るのに大変苦労したが、ゆっくり分かりやすく話してくださったので助かった。全4回の講義テーマはそれぞれ「呼吸」・「体の支え」・「くちびる」・「舌、タンギング」についてであった。私は身体が小さいこともあり、フルートを始めたばかりの頃から、呼吸や体の支えが足りない事について悩んでいたので、今回じっくり講義を聞く事が出来てとても勉強になった。ベルノルド先生は、毎回そのテーマにあった練習方法を教えてくださり、その全部がとても効果的であった。
全4回の講義を通して感じたことは、4つのポイントの全てが「音色」をより良くするという一つの目的を達成するためのステップであるという事だ。ベルノルド先生が、「フルートに限らず、楽器を演奏する者の永遠の課題は、どれだけ速く指を動かせられるかというテクニック面の事ではなく、いかによい音色(曲、フレーズに合った音色)で演奏できるかということである。」とおっしゃっていたのが、とても印象的であった。そんなベルノルド先生は、pppからfffまで自由自在に音を操っていた。それだけでなく、先生の音色には感情があった。優しく甘美なpp、それとは対照的にどこか物悲しくせつないpp、生き生きとしたff、怒り狂ったようなff…。多種多様な音色を、まるで職人芸のようにさらりと吹きわける姿に感激した。そして、私も先生のように"音色"についてもっと研究していこうと決意した。
講義の最中、海外の受講生はみんな仕切りに質問をしていて、積極的な姿勢に圧倒された。中でも印象に残ったのは、オーストリアからの受講生が、先生のおっしゃることに対して「自分はそうは思わない。」と、反論していたことだ。自分の意見・意思を、自信を持って真っ直ぐにぶつけている姿を見て感心すると共に、自分を含め日本人に足りない"積極性"を痛感した。
レッスン
第1回レッスン(ベルノルド先生): P.ゴーベール/ファンタジー
初回のレッスンということもあり、とても緊張していたためか、冒頭のフレーズを吹いた直後、「音色が少し硬く緊張した音になっている。もっと音楽を楽しんで。」と注意をうけた。気を取り直し、吹きなおすと「Tres bien!」と言ってくださった。どんなに緊張しても、音楽を楽しむことを忘れてはいけないなと気付かされた。
今回のレッスンで一貫して教えていただいたことは、呼吸についてであった。朝の講義でも先生がおっしゃっていた呼吸について、私には大きな問題があった。深く充分な呼吸=ブレスができていなかったのだ。そこで、先生からそんな私の弱点を改善する練習方法を教えていただいた。先生が「ちょっとやってみよう。」とおっしゃったので、その練習をレッスン中に少し試してみたのだが、たった2~3分程度行なっただけで、驚くほど楽に深いブレスが出来るようになった。さらに、今まで自分が苦手としていた高音域や力強いfも楽に出せるようになり、自分でも驚いた。
今回見ていただいたゴーベールのファンタジーは、フランスでも人気の曲で頻繁に演奏されるそうだ。繊細で美しいpの表現を要求されるこの曲は、pを出すのが得意な自分に合っているなと思っていた。しかし、綺麗なpを出すだけではメリハリがつかない。fとの差がついて初めてpの美しさが際立つ。fを出すには深いブレスが必要。以上のことに気づく事ができ、とても効果的なレッスンであった。
第2回レッスン(ボーディモン先生): P.ゴーベール/ファンタジー
今回も前回のレッスンに引き続き、ゴーベールのファンタジーを見ていただいた。今回のレッスンでも、私の欠点である深いブレスが出来ていないことについて指摘された。そこでボーディモン先生からも、私の欠点を克服する練習方法を2つ教えていただいた。
またボーディモン先生は、このゴーベールのファンタジーには、オペラ的な要素がたくさん盛り込まれているとお話ししてくださり、「オペラ歌手のようにもっと全身を使って演奏しなさい。」とアドバイスしてくださった。今まで指を正確に回すことや、腹式呼吸の大事さは考えているつもりであったが、先生の言うように全身を使うという意識をあまり持っていなかったので、そのアドバイスはとても新鮮であった。先生は続けて、「オペラ歌手は喉、声帯、顔の表情、首、背中、横隔膜、腰、手足の先まですべてを使って音楽を表現している。同じように音楽を表現できたら、君の演奏はより魅力的になるよ。」と言ってくださった。
私は2009年度の大学院オペラで、オペラの舞台に携わって以来、歌い手のようにフルートが吹けたらいいなと何度となく考えていたので今回のレッスンはとても興味深かった。
第3回レッスン(ベルノルド先生): F.プーランク/ソナタ1・2楽章
この日は、プーランクのソナタを見ていただいた。このソナタはテクニック的に難しいパッセージが少ないため"簡単な曲"と軽視されがちだが、「フルートを勉強する者にとってとても重要なレパートリーである。」と先生はおっしゃった。
第1楽章はmalincolicoと表記されているので、その憂鬱な雰囲気を出そうと意識して演奏した。しかし演奏し終えると先生は「malincolico」の雰囲気は出ているが、少し中・低音域の音色まで暗くなっているとおっしゃった。前回注意された呼吸についてはだいぶ改善され、高音域の響きも良くなったと言ってくださり安心したが、全音域を綺麗に響かせることの難しさを痛感した。中・低音域の響きを良くするための改善策として、アンブシュアをフォーカスして、息だけを楽器に吹き込む奏法を教えていただいた。しかし、この奏法は今の自分にはとても難しく、なかなかその場で実行できなかったので、日本に帰ってからも追及していきたいと思った。
第2楽章では長いフレーズを美しく繋げていくことが重要であると先生はおっしゃった。ところが私はその"フレーズを繋げる"ということがあまり理解できなかったのだが、先生はヴァイオリンのボーイングを例にあげ、弓をアップダウンさせるように息をまっすぐに出すとフレーズが繋がりやすくなることを教えていただき、少しイメージが湧いた。また私は今まで息のスピードが弱く、長い音を綺麗に伸ばしていられなかったのだが、同じようにヴァイオリンのイメージを持って演奏すると、少し綺麗に伸ばせるようになった。このイメージを今回の曲だけに留まらず、色々な曲に応用していきたいと思う。
今回のレッスンでは、ひとつのことを注意されたら、もうひとつのことが出来なくなってしまう自分の応用力の無さに気付かされた。今まで私は感覚的に音楽を作っていたが、もっと頭で考え、ひとつひとつの音色を吟味していこうと決意した。
4回レッスン(ボーディモン先生): G.フォーレ/コンクール用小品、F.プーランク/ソナタ1・2楽章
今回のレッスンでも、第3回目のレッスン時にベルノルド先生に指摘された中・低音域の音色について指摘されてしまった。ボーディモン先生は、「もっともっと唇の筋肉を鍛えて、よりアンブシュアをフォーカスできるようにならないといけない。」とおっしゃった。今回も唇の筋肉を鍛えるための練習方法を教えていただいた。
G.フォーレのコンクール用小品は、プーランクのソナタ2楽章と同様に、フレーズを綺麗につなげることを心がけなければならなかった。私は前回ベルノルド先生のレッスンで教えていただいたように、ヴァイオリンのイメージを持って演奏した。途中まで通したところで、ボーディモン先生からビブラートについて幾つか指摘された。私のかけているビブラートは、幅が広くスピードも遅いので、そのせいでフレーズの繋がりを邪魔していたそうだ。このビブラートについても改善する練習方法を教えていただいた。ボーディモン先生は、色々な問題点を改善する練習方法の引き出しがたくさんある方なのだなと驚いた。
F.プーランクのソナタは時間があまりなく、駆け足で1・2楽章を通して聴いていただいた。やはり私の問題点は呼吸、ビブラート、中・低音域にあるということを再確認し、レッスンは終了した。
レッスン以外の過ごし方
自分のレッスンがない時は、他の受講生のレッスンを聴講していた。他の人のレッスンを聴くことは、演奏を客観的に聴くことができるため、とてもいい勉強になった。また、語学の勉強にもなった。とある日本人の男の子のレッスンを聴講した時、そのレッスン室に居た全ての人が彼の演奏に聴き入り、まるでそのレッスン室がひとつのコンサート会場となったような時間があった。彼の演奏が終わったあとは、自然と拍手が沸き起こった。彼の演奏には"間違えないように"や、"指がすべらないように"といった保守的な意識は全く感じられず、大胆に表現し、純粋に音楽を楽しんでいるように感じられた。そういった演奏こそ、聴いている人を魅了するものがあるのだと思う。私も人を魅了し、感動させることができる演奏をしたいと、常日頃考えているので、彼の演奏は私にとってとても刺激になるものであった。他にも、自分にない感性を持った人の演奏をたくさん聴くことができた。特に、外国人の受講生の演奏はとても新鮮であった。また、先生のアドバイスはそのほとんどが自分にも当てはまることなので、他の受講生にされたアドバイスも全てメモをとり、多くのことを吸収できた気がした。
時間が余った日は、美術館に足を運んだ。2日にわけてシャガール美術館とマティス美術館に行った。もともとシャガールの絵が大好きだったので、彼の作品をたくさん見ることができ感動した。フランス近代芸術に触れ、自分の音楽にも何か活かしていきたいと思った。
コンサート
期間中はほぼ毎日のように演奏会があった。私はその内の2回、ピアノリサイタルとヴァイオリンリサイタルを聴きに行った。奏者は今回の講習会の講師陣で、フランスのコンセルヴァトワールで教鞭をとられている一流の先生であった。会場は、山の上の修道院であった。そこは野外ステージで、心地よい風が吹く中で一流の演奏を聴くのはとても気持ちが良かった。日本では野外ステージでのクラシックの演奏会はなかなか聴くことがないので、とても新鮮であり良い体験になった。ヴァイオリンリサイタルのプログラムは、フォーレ・ドビュッシー・フランクのヴァイオリンソナタであった。フォーレとフランクのソナタは、フルートにも編曲されており、とても馴染みのある大好きな曲であったので、とても楽しく聴くことができた。また、フルートでいう編曲作品の原曲を生で聴くことができてとても勉強になった。
また、講習会の最後の2日間は受講生による演奏会があった。印象的であったのは、13歳の韓国人の女の子の演奏だ。私は13歳のときにフルートを始めたので、13歳の時点で人を感動させる演奏ができる彼女を見て、大きなショックを受け、また羨ましく思ってしまった。フルート以外には、ピアノの受講生が特にレベルが高いように思ったが、出演した受講生のみんなが、確かなテクニックと、センスの良い表現力のある演奏でとても刺激を受けた。優秀な人の演奏をたくさん聴くことができて、今後目指していく目標と練習意欲が湧き、今以上に努力しようと思った。
研修を終えて

私は今回が初めての海外での講習会であり、言葉が通じるのだろうか、レッスンについていけるのだろうかと、とても不安だったが、そんな不安であったことを考える暇もなく忙しく、毎日音楽漬けでとても充実した1週間を過ごすことができた。レッスンが行なわれたニース国立地方音楽院は、滞在した寮から山道を15分程歩いたところにあり、自然に溢れた環境であった。寮の周りも自然に囲まれていて、毎日穏やかな気持ちで音楽と向き合うことができた。強い日差し、からっとした空気、青く澄んだ空、何もかもが日本とは別世界でそんな環境で音楽を勉強できたことはとても幸せであった。
ニース夏期国際音楽アカデミーは50年以上の歴史があり、システムやスケジュールもしっかりしていて、スタッフのみなさんもとても親切に接してくださり、講習会中に困ったことはほとんど無かった。また、同じ寮で生活した海外からの受講生と音楽や母国での勉強、将来の夢について語り合ったことはとても良い思い出である。
レッスンでは今まで気づいていなかった自分の欠点を見つけることができた。今回習った、ベルノルド先生もボーディモン先生も本当に素晴らしい演奏家であり、指導者であり、先生方から得るものは数え切れないほどたくさんあった。先生のアドバイスを全部自分の中で消化できるかどうかが今後の自分の課題である。
振り返ると、本当にあっという間で充実した1週間であった。こんなに充実した1週間は生まれて初めてだったと思う。期間中、海外の受講生の勢いに圧倒され、何度も悩むことがあった。これから音楽を続けていくことの厳しさや難しさも痛感した。音楽には終わりがなく、明確な正解もない。そんな不確かなものを追及していく上で、これからもきっと幾度となく迷いや挫折に出会うだろうと思う。しかし今回の経験はそれを乗り越える力になるに違いないと信じている。そして私は心から音楽が好きで、絶対に一生続けていきたいと改めて感じた。これからも前向きな心で音楽と向き合っていきたいと思う。
最後になりましたが、国内外研修奨学生としてこのような素晴らしい機会を与えてくださった大学関係者の皆様、親身になってサポートしてくださった学生支援課の皆様、ご指導くださった先生、支えてくださった家族・友人に心より感謝申し上げます。これからも、感謝の気持ちを忘れることなく努力し続けたいと思います。本当にありがとうございました。