ウィーン夏期国際音楽ゼミナール
鈴木 茜 4年 演奏学科 弦管打楽器専修(フルート)
研修概要
- 研修機関 ウィーン夏期国際音楽ゼミナール
- 受講期間 2010年8月2日~2010年8月13日
- 担当教授 Prof. Ervin Klambauer
研修目的
大学に入学した当初から、私はヨーロッパに強い憧れと興味を抱いていた。それは、やはりクラシック音楽はヨーロッパの文化であることや、周りの先生方でも留学されている方が多かったためである。いつかは留学をしてみたいと考えていたところ、実技や語学の勉強の準備が少し整った今年、このような研修のチャンスをいただくことができた。
今回の研修の目的は大きく3点あった。第1に、現地の音楽性に触れることである。以前、シンガポールからの留学生とアンサンブルをする機会があった。その時、日本では控えめに演奏するイメージの強い何気ないリズムを彼が強く演奏したことで、他のパートが音楽の流れをつかみやすくなった瞬間があったことに驚いた。同じアジア人でもこんなにも違いがあるのに、ヨーロッパの人々だったらどのように演奏するのだろうか、とさらに関心が高まると同時に大きな期待が生まれた。その経験から、今までとはまったく違う音楽環境に身をおくことで、新たな知識を得、感性を磨きたいと考えた。第2に、自分の演奏上の課題を克服するヒントを得たいと思ったことである。私はこの1年間、自分らしい、素直で人の心に響く演奏には何が必要なのか、なかなか見つけることができなかった。欧米では、日本に比べ自分の感情を積極的に表現する習慣があると認識していた。そのような文化を持つ現地の先生のレッスンを受けることや、外国の仲間の演奏を聴くことを通して、人に想いを伝えることのできる演奏を目指し、改善の手がかりを見出したいと考えた。そして第3に、ヨーロッパの音楽環境を知りたかったということがある。ウィーンは、特にクラシック音楽を勉強するには恵まれた環境であると聞いていた。コンサートの数、チケットの料金など、実際に生活することを想定して自分で確かめてみたかった。そして、人々がどのようにクラシック音楽と関わり、生活に結びついているのか、日本とはどういった違いがあるのか、肌で感じてみたいと考えていた。
研修内容
講習会日程
8月2日 | オープニングイベント |
8月3日 | レッスン |
8月4日 | 教授コンサート |
8月5日 | レッスン |
8月8日 | 遠足・参加者コンサート |
8月8日 | レッスン |
8月11日 | レッスン |
8月12日 | コンクール・参加者コンサート |
8月13日 | 入賞者コンサート |
レッスンについて
今回、私はErwin Klambauer先生のクラスを受講した。先生とは面識はなかったので、事前にメールを送り、その際案内をいただいた日本での演奏会を聴きにいっていた。所属されているオーケストラの演奏会だったが、ソロなどで先生の音色を聴くことができた。またホームページ上でもあらかじめ指導方針などを知ることができた。
クラスには、4人の生徒が参加していた。私を含め日本人が2人、スロバキア人1人とオーストリア人1人である。後者2人はすでにKlambauer先生の下で学んでいる学生だった。私の予想よりも人数が少なく、世界各国のフルート学生と交流というわけにはいかなかったのが残念だった。
レッスンは週に2回、期間中に4回受けることができた。オーストリアでのオーストリア人の先生のレッスンということを意識し、MozartのKonzert G-durとSchubertのVariation を準備していった。Mozartは、今までにも何人かの先生のレッスンを受けていて、自分の中で解釈が少し固まりつつあった。そのため今回の講習会では、その私なりの解釈がどのように評価されるか、またもっと違う曲作りが可能であれば、より良いものはなにか比較してみたいと思っていた。
第1楽章では、何箇所か私が採用していたものと違うアーティキュレーションを勧められた。また、フレーズにおいてもアウフタクトのとり方が違う部分があった。アーティキュレーションについては、もともとさまざまな解釈があるため、これからの練習の中で納得がいくものを選び取っていきたいと考えている。フレーズに関しては、先生が仰ったことの中で私がまったく考えつかなかった箇所があった。その場ではあまりなじむことができなかったためうまく演奏で表現することができなかったが、新しいアイデアとして研究してみたいと感じた。MozartのKonzertは、他の曲と比べても勉強する機会が多かったため、今回のフレーズ感の違い関する認識は新鮮で、まだまだ勉強不足であったということを実感した。その他の点では、カデンツァを含めまずまずの評価をいただけたように感じた。出演した参加者演奏会でも、この1楽章を演奏することとなった。
第2楽章では、表現を中心に見ていただいた。本当に些細な息のスピードの違い、また気持ちの持ち方で音がまったく違う色を持ち得るということを改めて感じた。十分に歌いこんでつくっていたつもりだったが、もっと細かい点まで気を配る必要があったと思った。
第3楽章については、ほとんど注意を受けなかった。自分の中でも一番イメージが固まっていて、理想を描きながら演奏することができていたためだと思う。しかしそのレッスンの中でも、音の処理、長さ、タンギングなど、よりよいものにするためのポイントを再確認することができた。
SchubertのVariationは、フルーティストにとって重要なレパートリーであるが、解釈が難しく、また高い表現力が必要とされるため今まで敬遠してきた。しかし学生の間に1度は勉強してみたいと考えていたため、今回の研修が絶好のチャンスと思い、挑戦することを決めた。
これまでにさまざまなフルーティストの演奏を聴き、日本でのレッスンや練習の中でも自分なりのイメージを持って講習会に臨んだためか、レッスンではニュアンスやダイナミクス、フレーズなどの違いにとまどった部分も多かった。それこそが解釈の難しさを示していると感じ、その中に正解というものは存在しないのだろうと思った。初めは自分が良いと思ってやっていた表現と違うことに反発も感じたが、実際に吹いて少しずつ慣れるとそこにはまた違った面白さ、良さがあることに気がついた。常に音楽には正解も絶対もないということは、冷静に考えていればごく当たり前のように感じるが、実際は自分の固定観念に縛られてしまっていることが多く、今回のこの曲のレッスンを通して改めて思い知らされたように思う。自分らしい演奏をするためには、いつも自分の中だけで狭い解釈をしているのではなく、まず幅広い選択肢を得て、そこから本当に良いと思えるものを選んでいくことで生まれるのだと感じた。
普段から先生に注意されていることと同じ指摘を受けることも多く、また自分の演奏を少しでも認めてもらえたときなどは、本当に音楽に国境はないのかもしれないと感じることができた。言葉よりも通じる瞬間があることを実感でき、クラシック音楽の勉強を続けてきたことを誇りに思えた。
共通点と違いをはっきりと見ることができ、これからの自分の将来にとっても重要だと思えることを学ぶことができた。曲そのものの勉強と合わせ、このようなことを身をもって体験できたことが、このレッスンでの最大の収穫であったと思う。
セミナーについて
このセミナーには、レッスン以外にもオープニングセレモニー、教授コンサート、参加者コンサート、遠足、コンクールなどさまざまなイベントがあった。どの企画も、私にとって刺激的なものばかりであった。
まず初日にオープニングコンサートが行われた。数人の参加者が演奏を披露したが、聴き終わったとき、自分がいかに狭い世界にいたかということを思い知った。日本ではあまり聴いたことがないような情熱的な演奏、タンギングやヴィブラート1つとっても日本人とは違う感性を持った学生たち。日本で感じていた自分と他の学生との音楽性の違いなど、ここでは本当に些細なものに思えた。私が自分自身で実感したいと考えていた国民性の違いによる音楽性の違いというものが、まさにこの場所に存在し、早くも講習会1日目からそれを感じることになったのだ。私は、今ここにいてこのような体験ができることの喜びを感じ、改めてその幸せに浸った。その後の参加者コンサートやコンクールでも何度も同じような体験をした。できる限り広い視野を持ち、あらゆる音楽を受け入れてその中から良いものを吸収するということが、自分らしい演奏をつくる原点になるのではないかと考えるようになった。
いくつかあった参加者コンサートの中で、どの演奏会に出演するかは担当の先生の推薦によって決まる。私は、1週目の週末に催された遠足の中で行われたコンサートに出演した。ウィーンの中心部から1時間ほどバスに乗り到着した宮殿風の建物は、緑に囲まれたとても美しい場所にあった。サロンのようなホールは音響もよく、真っ白な壁や天井が少し神聖で厳かな雰囲気を醸し出しているように感じられた。私はMozartのKonzert G-durより第1楽章を演奏した。大好きなMozartをとにかく私自身が楽しんで演奏しようと心がけ、おおむね実現できたように思う。その演奏の中で、気づいたことがあった。それは観客の視線や態度、そこから生まれる会場の雰囲気が日本と違ったことだ。会場はほぼ満席だったが、ほとんどの人が顔を上げて、時に微笑を浮かべながら実に楽しそうに演奏を聴いていた。心からクラシック音楽を愛し、コンサートを演奏者と一緒に楽しもうとしているように感じた。もちろん日本でも、私を含め聴衆は楽しんで演奏を聴いていると思う。しかし、こんなに温かい空気を会場に感じたのは初めての経験で、誰もがとても積極的で、能動的に音楽を聴いているように感じたのだ。違いはここなのかもしれない。ただ座っているのではなく、受動的に構えるのではなく、ほんの少し聴く姿勢を変えてみたら、もっといろいろな感情を聴き取れるのかもしれないと思った。私がMozartを楽しんで演奏できたのも、会場の人々が一緒に楽しもうとしてくれたおかげかもしれない。
最終日には入賞者演奏会があり、その後小さなパーティが催された。そこでは、先生やフルートの学生と少しドイツ語で話をすることができた。速い会話は聞き取れなかったが、私のつたないドイツ語にも熱心に耳を傾けてくださり、少しでも自分の言葉で伝えることができて嬉しかった。現地の言葉でコミュニケーションを取ろうとすること、そして多少間違っていても伝えようと努力することの大切さを感じた時間だった。
レッスン以外のイベントが充実していたため、その中で学んだこともとても多かった。レッスン室の中での、先生と自分という関係の中ではなかなか知ることのできない、ヨーロッパの音楽環境、音楽観などを垣間見ることができた。国際ゼミナールだからこそできた体験を大切にし、これからの日本での勉強に生かしていきたい。
生活について
ウィーンでは約3週間、講習会の提携ホテルに滞在した。清潔感があり、フロントの方も親切だったため、快適に生活することができた。オーストリア伝統の朝食を毎朝味わうことができ、昼食、夕食には共同キッチンで自炊もできたため、現地の食生活にも直接触れることができたように思う。また、私が部屋で練習していると、掃除のスタッフの方たちが一緒に歌いながら作業してくれたり、好きな音楽について話してくれたりと、とても音楽好きな方が多かったことが印象的だった。
講習会では自由時間も多く、ホテルも中心地に近かったため、さまざまな観光地を訪れる機会に恵まれた。ウィーン市内には歴史的に重要な建築物も多く、特にシュテファン寺院、シェーンブルン宮殿が素晴らしいと感じた。美しい景色や重厚感のある建造物を見ていると、自然と曲が頭に浮かんできて、思わず口ずさむことも多かった。このような景色から名曲の数々が生まれたのだと思うと、なんとも感慨深いものがあった。また美術館もいくつか見学することができ、たくさんの美術作品からも勉強のヒントを得ることができた。7~8月は残念ながらほとんどの劇場がオフシーズンにあり、コンサートはとても少なかった。しかし、唯一オペラ上演をしていた小さな歌劇場で「こうもり」を鑑賞することができ、本場の雰囲気を感じながら、服装、立ち見など、日本にはない文化を自分自身で確かめることができた。私は特に、立ち見席が約800円という日本では考えられない安さで購入できたこと、そして歌手の方たちの役に入り込んだ熱い演技に驚いた。学生にとっては、チケットの安さというのは勉強するにあたって非常にありがたいことであり、クラシックを学ぶ環境の良さを実感した。また、セミナーの中でも感じたことだが、出演者の方の表現力にはただただ尊敬の念を覚えた。今の私には到底真似できないと感じ、しかし同時にこのくらいの表現力を身につけていかなければいけないと思った。もうひとつ、市庁舎前で行われていたフィルムフェスティバルが強く印象に残っている。巨大なスクリーンを設置して過去の演奏会を上映するこのコンサートは、7月半ばから8月の終わりまで毎日催されている。私は、「カルメン」を鑑賞したのだが、ここでもウィーンの人々のクラシックとの結びつきを感じた。夏は暗くなるのが遅く、上映は夜9時過ぎから始まり、「カルメン」などのオペラは3時間以上かかるため、終わるのは12時を過ぎることもある。そのため、通りには毎日音楽が遅くまで響き渡っていて、そのことにとても驚いた。最近騒音問題に敏感な日本では考えられないことだと思い、ウィーンの人々が昔からクラシック音楽に親しみ、生活の一部となっているからこそのイベントではないかと感じた。歴史も生活スタイルも国民性も違う日本では難しいことだと考えられるが、クラシックを学ぶ私にとってはとても素敵な文化に思え、日本の生活の中に少しでもクラシック音楽が自然に存在する日がくることを願わずにはいられなかった。
このほかにも、たまたま見学していた教会でオルガン演奏を聴くことができ、教会独特の響きを全身で感じることができたり、国立オペラ座や楽友協会のガイドツアーに参加し、憧れのホールの座席に実際に座ることができたりと、毎日が感動と発見の連続であった。どこを歩いていてもクラシック音楽を身近に感じることができ、当初の私の予想以上に、クラシックが人々に愛され、街中に溢れているように感じられた。講習会に参加するだけでなく、こうして自分の目で街や人、文化を見ることができ、たくさんの貴重な経験をすることができた。直接の音楽の勉強ではないが、必ずこれからの生活に役に立つ体験ができたと思う。
研修を終えて

今回、私は初めて海外に出た。何もかもが初めてのことばかりで、戸惑いもとても多かった。しかしその分、すべてのことが発見であり、いろいろなことを敏感に感じることができたように思う。実際に行ってみて、本当に私の想像通りだったこと、予想以上で逆に驚いたこと、そして思い描いていたものとは違ったことなどさまざまであった。「百聞は一見にしかず」とはまさにこのことで、憧れの場所であったヨーロッパが、この旅を通じて現実味を帯びて私の中に存在するようになった。
振り返ってみると、こんなにも充実していた3週間は今までの人生の中ではなかったかもしれない。どこにいても、何をしていても、周りには勉強のヒントが溢れていた。さらに、日本ではなかなかないほど一人でいる時間が長かったため、そのヒントについて存分に考え、今の自分とじっくり向き合うことができた。演奏について、そしてこれからについて。自分の演奏のことや、音楽やフルートそのものについてはもちろん、卒業後の進路のこと、今後の「学び」に対する姿勢についてなど、思いがけず答えが見つかったことも多かった。
なぜクラシック音楽を勉強してきたのか、なぜフルートを吹いているのか、これから何をしたいのか。一番の強みである「好き」という気持ちは、気づいたら忘れてしまっていたりする。時間に追われ、学校と家を往復し練習に明け暮れる日本での毎日の中では、辛さの方が勝ってしまうときがあるからだ。しかし今回の研修の中で、私は何度も、クラシック音楽を学んできたことを誇りに感じた。自分には音楽があると思えた。クラシックの本場であり、偉大な音楽家を数多く輩出してきたウィーンの街が、音楽への愛で溢れていたためだと思う。これから、勉強が辛いと感じたとき、気持ちが揺らいだとき、少し立ち止まってこの3週間を思い起こしたいと思う。私の音楽に対する想いを、自信を持って演奏で表現できるよう、この旅で感じたひとつひとつの感情をずっと忘れずにいたい。
最後に
今回、国内外研修奨学生として大変貴重な機会を与えてくださいました大学、学生生活委員会の先生方、学生支援課の皆様、熱心にご指導くださる先生方、そしていつも私を支えてくれる家族や友人に、心より御礼申し上げます。本当にありがとうございました。