ニース夏期国際音楽アカデミー
真壁 実希 4年 演奏学科 弦管打楽器専修(フルート)
研修概要
- 研修機関 ニース夏季国際音楽アカデミー
- 受講期間 2010年7月27日~8月9日
- 担当教授 Davide Formisano / Philippe Bernold, Julien Beaudiment (アシスタント)
ニース夏期国際音楽アカデミーは1週間をひとつのクールとし、5週に渡って開催される。今回、私は2週間滞在し2つのクールを受講した。
研修内容
7月27日~8月2日 Davide Formisano教授
Formisano教授はイタリア出身、現在ミラノ・スカラ座管弦楽団の首席フルート奏者であり、シュトゥットガルト国立音楽大学で教鞭を取られている。ヨーロッパを中心に世界各国で演奏活動をされている。
顔合わせの際に、先生からクラスを3つに分けてレッスンを行う、とお話があった。受講生は23人、そのうち日本人は4人だった。全員1回ずつレッスンを受けたあとにクラス分けが発表されるとのこと。1つ目のクラスは先生のレッスンを3回受けることができ、2つ目は先生のレッスンが2回にアシスタントのレッスンが1回、3つ目は先生のレッスンが1回にアシスタントのレッスンが2回。実力によって厳しくクラスを分けられると知り、身の引き締まる思いだった。
レッスンの順番は決めずに希望した人から順に受ける形のため、同じ時間に希望者が多数居るとなかなか受けられず、レッスンに入るタイミングを計るため結果的に聴講する時間が多くなり、それがまた勉強にもなった。
第1回レッスン P.Sancan / Sonatine
先生は個人的にこの曲が好きでは無いそうで、楽譜を出したら「胃が痛い。」と冗談をおっしゃってから嫌な顔をされた。それならば他の曲を演奏しようと思い、楽譜を変えようとしたら「変えなくて良いから早く吹いて。」とのことだったので、このレッスンでクラス分けが決まるのに雰囲気が悪くて嫌だな、と思いつつもそのまま演奏した。
曲を通し終わると先生の雰囲気はガラッと変わり「すごく良い!君の名前は何だっけ?東京から来たの?学校はどこ?先生は?」と質問してくださった。私の演奏に興味をもっていただけたことが素直に嬉しく、また改めて、大学でいつも素晴らしいレッスンをして下さっている佐久間由美子先生への感謝の気持ちでいっぱいになった。
その後「より良くするための細かな技術だけ教えます。」とおっしゃり、滑らかに吹きたい部分は楽器を可愛がるように指も滑らかに優しく動かすこと、曲のなかで頻繁に出てくるスタッカートの連譜は舌を動かし過ぎずにタンギングをすれば効果的になること、を教えていただいた。僅かな意識を加えることで、演奏に大きな変化がもたらせることを体験できた。
レッスンが終わると、聴講生たちにも「良かったよ」と声を掛けてもらい、そのときにやっとみんなと親しく話せるようになった。言語に自信が無く、自分から積極的に話しかけることができなかった私にとって、とても喜ばしいきっかけとなった。
第2回レッスン W.A.Mozart / Andante
幸運にも1番上のクラスに入れてもらえることになり、2回目のレッスンも先生にご指導していただけた。曲を通し終わると、「魔笛のソロは吹ける?Andanteは魔笛とよく似ていることが分かるね。それとフルートコンチェルトG-durにも共通する部分が沢山あるから、参考にして演奏するともっと良くなるよ。」とおっしゃり、3曲を照合しながらのレッスンとなった。実際に曲を並べて分析すると、自然なフレーズの作り方や音の方向性、Mozartの特徴を手に取るように感じることができた。どの曲を演奏するときにも、その作曲家の作品をより多く聴き勉強することで、演奏する曲への理解とアプローチの助けになる、と改めて気付かされる瞬間だった。
第3回レッスン J.Ibert / Concerto
レッスンを聴講していて、先生はフルートの音程の癖と息の方向性を始終注意されていることが印象的だった。高音の音程が上ずらないためには、息を首の後ろに向けて吹きこむイメージで、且つ体を脱力しお腹を前に押し出す。逆に低音が下がらないためには息の方向を上に向け音を浮かせて、お腹を引っ込めるように。息の方向を変えることで効果的に音色を変化させることにこだわり、「この音は上に、この音は深く」と、1つずつ細かく指定し楽譜に書き込む様子から、曲に応じた確固たる解釈を伺えた。「吹くときには常にどのように息を吐くか、使い方、速度、方向、全てをイメージしてから音を出すように。単純なことだが、これだけでみんな良い人生を送れるはずだ!」と大きな声で強調されていたことからも、この点を特に重視されていることが分かった。
この曲の第1楽章(Allegro)は16分音符での跳躍進行が多数あるため、ひとつのフレーズで、音を同じ価値で並べることが難しい。この曲をレッスン前に練習していた際、先生の重視されている「息の方向性」を意識してみたところ、以前よりも少し理想の音楽に近付けた。レッスンでは、オーケストラを伴奏に書かれているので、弱奏の部分でも存在感を出すこと、低音も特に意識して楽器を鳴らすことを念頭に置くようご指摘いただいた。どの協奏曲もピアノ伴奏で吹くことの方が多いので意識が欠けてしまっていたが、あくまで作曲家のイメージの伴奏はオーケストラなので、ピアノ伴奏で吹く際にも作曲家が求めた音楽に一歩でも近づくために、このことは忘れずに居たいと感じた。
受講生コンサート
先生に推薦していただき、各クール2日間に渡って開催される受講生コンサートで演奏することができた。曲は1回目のレッスンを受けたSancan作曲、Sonatine。本番前、伴奏者には「難しいから嫌だ。」と言われ、他の受講生にもこの曲を否定され、このような想定外の状況のおかげで緊張も吹っ飛び、本番ではこの曲の良さを少しでも伝えられるように演奏しよう、と考えることができた。フランスで演奏会の舞台に立つことができ、現時点での精一杯の演奏を聴いてもらい、暖かい拍手をいただけたことは本当に嬉しかった。
演奏会では、国立の後輩である作曲クラスの川崎さんの作品も演奏させてもらった。演奏会直前まで作曲の先生と手直しをされ、音楽が磨かれていく様を私も身近に体験できた。作品発表として演奏させてもらうことで、ひとつひとつの音の重要性や価値に演奏家がどれだけ反応して表現するかによって作品の輝き方が変わるかを考えさせられ、そしてこの貴重な経験を通して学んだことは、この先、他の曲を演奏する際にも常に心に留めておこうと思う。
演奏会の客席には受講生の他に、一般の観客も沢山居た。この講習会では、受講生コンサートとは別に、講師陣の演奏会が近隣の修道院で毎晩のように開催されており、その演奏会も毎回ほぼ満員なのだ。演奏会を通してヨーロッパに於けるクラシック音楽との関わりの深さや、関心の高さを感じた。ヨーロッパの人々にとってクラシック音楽は生活の一部にごく自然に馴染んでいるのだろうな、と想像でき、この点は日本との大きな違いであり、また、そのような環境で生活できることが羨ましい。
8月2日~8月9日 Philippe Bernold教授、Julien Beaudiment(アシスタント)
Bernold教授は現在リヨン国立高等音楽院の教授であり、パリ国立高等音楽院にて室内楽の指導もされている。フルート奏者としてだけではなく、指揮者としても演奏活動をされている。
受講生は全員、先生に2回、アシスタントに2回ずつ習うとのこと。人数は約30人、そのうち日本人は7人だった。毎朝9時に全員集合し、講義を30分聞いてからレッスンが始まる。アシスタントのレッスンも別室で平行して進められるため、レッスンの順番も決められ、毎日17時半にはレッスンが終わる規則正しい一週間だった。
講義の内容
講義は全4回、先生の実演を交えてくださっていたのでとても理解しやすかった。ここに文章のみで要点を記すことにより、実際の講義より理解しにくいものになってしまうのが残念である。
毎回のように「フルートを吹くということは、腹、唇、舌、指の筋肉を使うという点でスポーツと同じなのだ!」と何度も強調されていたのが印象的だった。
【呼吸の仕方】
管楽器にとって息を沢山使うということは、弦楽器が弓を有効に使うのと等しく、とても大切な要素である。楽器を手にする前に、毎朝5分だけ呼吸の練習をすると良い。下腹部が膨らむように息を吸い、横隔膜(先生はblow machineと呼ばれていた)を利用して空気をヨーヨーのように体内で移動させ、支えとする。その支えはとても重要である。注意すべき点は、息を吸う際、息をお腹に落とすような感覚で、自動的に息が入るようにすることだ。水泳や30分だけでも走ることは、楽器を吹くために有意義である。
【響かせ方と支え方】
この点については唇、口の中、腹が重要となるが、唇以外は目で見て確認することはできない。音を聴き、感じて、理解するように。音階練習、分散和音を練習する際、上行形は攻撃的にならないよう注意しながら息の圧力を上げる。空気のスピードに変化をもたらすことで、演奏はより効果的になる。身体はできる限りリラックスして、高音に上るにつれて口はひらくように。音階練習は息の吐き方、支え方、響かせ方に集中して、決して指だけ動かす無機質な練習にならないよう留意する。常に練習は短い時間でより疲れるよう内容の濃いものにし、更に日々密度を高めるよう努める。
【ヴォカリーズ】
(先生が出版されている教則本のなかにヴォカリーズという項があり、分散和音があらゆる形態で記載されている)
毎日楽器を吹き始めるときは、絶対に身体を緊張させないように留意し、ヴォカリーズから始めると良い。まずロングトーンをする人が多いが、身体の準備を整えるにはヴォカリーズを勧める。弱奏のときは唇の穴を小さくするだけで、息を沢山吐くことは忘れないように。唇を鍛えることで表情豊かな演奏ができ、曲にも活用できるので重要である。毎日唇の練習も並行して行うことで、弓を使うように柔軟な演奏が可能となる。
【タンギング】
舌は歯の裏、または間にあてるようにし、唇の外には出さないように。タンギングに様々な変化をつけて練習する。ダブルタンギングとシングルタンギングは大体、四分音符120のテンポを境とする。モーツァルトの協奏曲はシングルタンギングで吹くように。バロックでもダブルタンギングは使わない。タンギングもまた、演奏をより表情豊かなものにする大切な要素である。タンギングの練習をする際も、常に息の支えについて留意するように。
レッスン Bernold教授: 受講曲 J.S.Bach / Sonata BWV1035
第1楽章、伴奏に合わせて楽譜から装飾的な音を除き、旋律の基盤となっている重要な音のみ抜粋して吹いてみるよう指示された。その音を演奏し、確認した上で、和声進行に基づき即興で演奏をすることに。私は即興が大変苦手なので、その場から逃げたくなる程嫌だった。きっと焦りが表情に出てしまった私に、先生は「音楽家である以上、即興の能力もとても重要である。トレバー・ワイのクラスではピアニストに同じ和音をひたすら弾いてもらい、止められるまで自由に吹き続ける練習をしていた。」とおっしゃり、実に楽しそうに演奏してくださった。私も続いてなんとか演奏したが、瞬時に着想が浮かばずもどかしかった。「バロック音楽を勉強する上で、厳格な通奏低音に対する、高音旋律の自由な装飾性と即興性は不可欠であり、また、自分で実際に作曲してみることでBachの紡ぎだした旋律がどれ程貴重で素晴らしいものか改めて理解できるだろう。」先生のお話をお聞きしてから、改めて楽譜通り演奏したところ、本当に全て先生のおっしゃる通りであり、ただただBachに敬意を表するしかなかった。新しい視点で曲を見つめることができ、また、それまでの自分の解釈の甘さを思い知らされた。
第2楽章Allegro「チェロの弓使いを想像し、躍動感を持って演奏するように。Bachは大人しく演奏するものだと勘違いされる傾向にあるが、それは大きな間違いなので、弦楽器の演奏を良く聴き、弓のアップ、ダウンのようにタンギングにも変化を付けるように。」先生がお手本を示してくださった。その演奏を間近で聴き、それはお話通りの大変説得力のある演奏で、思わず聴き惚れてしまった。その後、私の演奏に先生が伴奏を即興で加えて吹いてくださり、それは恐れ多くもあり、幸せな時間でもあった。
第3楽章、第4楽章も深い解釈に基づいた的確なアドバイスをいただき、2回のレッスンはあっという間に終わってしまった。
レッスン Beaudiment(アシスタント): 受講曲 P.Sancan / Sonatine, J.Ibert / Concerto
先生は具体的に注意点を絞って指摘してくださったので、とても理解しやすかった。両方の曲で指摘されたのは、ブレスの音が鳴らないように意識することだった。音が鳴らないことのみに留意すると時間がかかってしまうので、常に両方心がけるようにして、絶対に演奏の妨げにはならないようにしたい。自分では気付くことができなかった基本的な部分に立ち返ることができ、悪い癖を早く克服しなければならないと覚悟させられるレッスンだった。
レッスンの聴講
受講生の多くが10代であり、且つ魅力的な演奏をする人が少なくなかった。なかには技術的に劣る人もいたが、それを差し引いても魅了されてしまう演奏をすることに感服した。おかげでレッスンの聴講も有意義なものとなり、同時に改めて自分の実力に落胆することも多々あった。そのような演奏ができるのは、生まれながらに持った才能かもしれないし、私が努力をして習得するには既に手遅れのことも沢山あるかもしれないが、これ以上遅れを取らないためにも、今この年齢で学ぶべきことは数多くあるはずだと気付かされた。それらを追い求める精神を持ち続け、将来的に私独自の演奏の魅力を見出すことができたら、と願う。優秀な受講生達のおかげで焦燥感を感じられたことに感謝する。
研修を終えて

先生方は毎回、本当に熱心にレッスンをしてくださった。感情的にお話されるときは余りの迫力に圧倒されるほどであり、音楽に対する情熱と、受講生へ真摯に向き合ってくださっていることが常に伝わってきた。このようなレッスンを受講でき、本当に嬉しく感じる。
先生方のおっしゃることは時に真逆だった。国籍も違えば、中心に活動されている国も年齢も違うので当然である。ただ、求める音楽のために全身をあらゆる方法で駆使し、空気をも最大限に利用し、それら全てに神経を行き渡らせているという点では多分に共通していると感じた。先生方から学んだあらゆる手法を用いることで、実際に出す音に結果的にどのような効果が現れているか、自分自身の演奏に耳を澄まし、確認しながら、今回習得したことを深めていきたい。
全ては、洗練された至上の音楽を紡ぎだすための過程のものである。先生方独自の理論に基づいたその過程を学べたことは大きな収穫となった。そして、やはり根源となっているのは、どのような音楽を演奏するのか、という結果を導くためのものであるということを忘れずに居たい。
研修以外のこと
多くの芸術家が過ごしたパリの街を歩いてみたかったので、研修を終えてから3日間パリに滞在した。最も印象に残ったのがノートルダム大聖堂である。教会に入った瞬間、空気が神聖なものに変化し、荘厳な雰囲気のなかミサが行われた。天井は見上げていると首が痛くなるほど高く、オルガンの音はいつまでも鳴り響いている。司祭に続いて信徒が歌い、聖書を手にひざまずき、真剣な表情で神に祈る姿は、心に焼き付き忘れられないものとなった。日本とはこれ程までに違う文化のなかで生まれた芸術に、今の自分が極めてかけ離れた位置から向き合っているという驚きのあまり、極端な話、私自身がほぼ無宗教であることにさえ疑問が湧いてしまった。せめて、音楽に通じる宗教の最低限の知識は身につけていきたいと感じた。教会を出たあとは、音楽の起源に僅かながらも触れられたことが嬉しく、胸がいっぱいになり感無量で言葉にならなかった。
最後に
このような素晴らしい機会を与えて下さった学生生活委員会の先生方、学生支援課の皆様、そしていつも熱心にご指導をしてくださる先生方に心より御礼申し上げます。今回、実際に自分の耳で聴き、目で見て、肌で感じた全ての貴重な経験のうち、ひとつでも多くの要素を演奏に生かせるよう、弛まぬ努力を続けて参る所存です。