ニース夏期国際音楽アカデミー
川崎 真由子 3年 音楽文化デザイン学科 音楽創作専修
研修概要
- 研修機関 ニース夏期国際音楽アカデミー(フランス・ニース)
- 受講期間 2010年7月27日~2010年8月2日
- 講座名 Analyse et composition
- 担当教授 Bernard DE CREPY
研修目的
この講習会に参加するにあたり、まず、現在私が取り組んでいるスタイル和声の中でも、特にフォーレのスタイルの和声を勉強することが目的であった。音楽理論と言えど、フォーレの用いる和声はいわゆる“フランス的”なものであり、難しい。そこで、実際にフランスへ赴き、その地で色彩感豊かな独特の和声を身につけたいと考えた。それだけではなく、フランスを訪れることでその国の生活や文化を通して、フランスに息づく音楽を肌で感じたいと思ったからだ。
また、この講習会には毎年多くの国々から受講生が参加しており、様々な国の音楽家との交流を通して自分の視野を広げたいという思いがあった。
研修内容
研修日程
7月27日 | レッスン打ち合わせ、第1回レッスン |
28日 | 第2回レッスン |
29日 | 第3回レッスン |
30日 | 第4回レッスン |
31日 | 第5回レッスン |
8月1日 | 第6回レッスン、学生コンサート |
レッスン
初日の朝、早速レッスンの打ち合わせが行われた。CREPY先生のAnalyse et compositionのクラスには日本人3人、フランス人2人、韓国人2人、イタリア人1人、コロンビア人1人の合計9人が集まった。日本を出発してからこの時までほぼ英語で応対してきたので、飛び交うフランス語に緊張したが、どうにか先生のおっしゃることを理解し自分の意思を伝えることが出来た。私のこの研修での最大の目的はフォーレスタイルの和声を身につけることだった。だから、事前にインターネットでフォーレスタイルの和声が勉強したいと登録を済ませていたのだが、そのことは先生には伝わっていなかったようで、フランクとドビュッシーならば課題があるけれど、フォーレは用意していないと言われてしまった。しかし、私はこの一週間のために日本でフォーレの研究を重ねてきたのである。出来るならばこの研究課題は変えたくなかった。結局、パリでフォーレを研究している生徒が今ニースにいるというので、その方に課題を持ってきて頂くことになった。おそらくバカンス中であっただろうに課題を持ってきて下さったこの親切なフランス人には、本当に感謝している。
翌日からは毎日レッスンが行われた。クラスは日本人でまとめられてしまい、私以外の二人はフランス語がわからないということで最初のレッスンはほぼ英語で行われた。少し残念だったが、初めての海外で周りに同じ日本人がいることは心強くもあったし、レッスンも回数を重ねる毎にフランス語の割合が増えていった。
先生に出されたフォーレスタイルの和声課題はとても難しく、日本で解いているような和声課題とは全く違っていた。受験の時に勉強したような定型を使うと、それはすぐにフォーレの音楽ではなくなってしまう。しかし、先生がピアノでフォーレの音楽(時にラヴェル、ガーシュイン、ジャズ等…)を弾きながら丁寧に和声や伴奏の特徴を教えて下さるので、徐々にフォーレの和声が体に入っていくのが実感出来た。レッスンはずっとピアノを弾きながら行われたので、作曲的な思考だけでなく耳からも直接、実践的に学ぶことが出来た。レッスン中は大好きなフォーレの色彩豊かな音楽に包まれていて、私は思わずうっとりしてしまった。
先生は実際の楽曲を用いて様々なフォーレの特徴的な和声の例を提示して下さったが、フォーレの和声の大きなポイントは、半音階的な内声の動きと、バスの conjuint なラインであるとおっしゃった。しかし、バスははっきりとした方向性を持っていなくてはならない。私の持って行った課題には、バスの滑らかな動きを意識するあまり、音楽的に停滞してしまっている箇所があった。先生は「悪くはないけれど、こういうのはフランスでは cuisine musique と言うんだよ。もっと方向を定めた方がいい。」とおっしゃって、よりスマートな和声を一緒に考えて下さった。cuisine musique という言葉は初めて聞いたが、狭い台所であちこちに動く様に見たててそう言うのだと教えて頂いた。
また、最初は和音を当てはめることに精一杯だった課題も、段々とロジックに、その上その他の音楽を形作る様々なことを考えながら解くことが出来るようになった。たとえば、先生は非和声音によって生み出されるエネルギーを "amour" だと言う。フォーレの音楽は愛に満ちている、しかしそれには様々な形があり、いつも同じ形ではつまらない。なんともフランス人らしい解釈だと思ったが、確かに納得出来る理論である。このように、紙の上の理論に留まらず、作曲家の愛とは限らずとも、何らかの美意識に触れることが出来るということが、スタイル和声の醍醐味だと私は思う。私たちは昔の作曲家とは時間的にも空間的にも遠く隔たれており、その作曲家の真意を把握することは困難だが、音楽や楽譜を通して対話することが出来る。分析だけではなく実際に自分で楽譜を書いてみることで、その作曲家の作曲技法は自分の中に取り込まれ、より深い理解が生まれるだろう。それは作曲技法に留まらず、そこからその作曲家の美意識が見えてくる。それが演奏解釈に繋がることもあるだろう。スタイル和声の学習がフランスで広く取り入れられている理由にはこんなことがあったのかと、改めて実感した。
学生コンサート
最後の日、私は先生に推薦して頂き、学生コンサートで自分の解いたフォーレのスタイル和声の課題を演奏することになった。それはフルートとピアノのデュオ2曲で、フルートは私と同じく国立の真壁実希さんに演奏して頂いた。演奏はとても緊張したが、無事終えることが出来た。やはり、自分が書いた楽譜が実際に音になり聴衆に聞いてもらえる感動というのは何物にも代えがたい。それでこそ私は音楽をやっていると実感出来る。演奏が終わると、先生にも「この一週間は本当に fantastique だった、もし君がパリで勉強したかったら力になるよ。」とお言葉を頂きとても嬉しかった。しかし、先生のおっしゃることはどうにか理解出来ても、自分の考えを伝え切れなかったことが心残りだ。それにはもっともっと語学の勉強が必要だと痛感した。
Nice Music Night Festival
夜には、寮から徒歩20分くらいの場所にある修道院でコンサートが行われた。1回目のコンサートのプログラムはL'heure Espagnoleと題され、ピアノ伴奏のソプラノとフルートによってロドリーゴやグラナドス等スペインの作曲家の曲の他、ラヴェルやビゼー等のスペイン風の曲が演奏された。続いて21時からもコンサートがあり、こちらのプログラムはラヴェル、プーランク、ショーソンだった。ラヴェルを演奏したのはフランス人のとても若いカルテットだったが、とても表情豊かでなんとも粋な演奏で、確かに“ラヴェル”の音がしていた。その血が通っているというのはこういうことなのか、と感激した。また、生で聞くショーソンのコンセールはとても迫力があり圧倒された。
最後の日に行われたコンサートのプログラムはモーツァルトとメンデルスゾーンの弦楽四重奏で、和声のスタイルに注目して聞くと、とても興味深いものだった。やはり、実際の音楽と音楽理論は密接に関係している、音楽理論とは楽譜や書物の上だけで終わってしまうものではないと実感した。
現地での生活

この講習会には世界中の国々から受講生が集まり、CREPY先生のクラスにも日本人、フランス人、韓国人、イタリア人、コロンビア人が集まった。彼らと話した音楽、学校、母国での生活について等はとても興味深いことばかりで、他愛無い会話もとても面白かった。こんなにも離れた国で勉強していると、同じ研究課題でも研究方法はかなり違っていたりして、また、それによって考え方も変わってくる。それを聞くのはとても刺激的なことで、海外で勉強することの意義を感じた。多くの友人たちとは英語で会話したのでさほど困ることはなかったが、もっとスラスラ言葉が出てくれば、もっと沢山の表現を知っていれば…と思うことが多々あり、語学への学習意欲は高まった。
私は受講期間中は毎日レッスンと課題に追われどこにも行くことが出来なかったので、受講期間終了後数日間ニースに滞在し、ニース市内やその近郊の町を訪れた。この数日間は音楽以外の観点からこの国の文化に触れてみようと思い、町中を歩きまわり、多くの美術館や教会に足を運んだ。美術館や教会は勿論私の創作意欲をかきたててくれたが、そこで出会った地元の人々の優しさに驚いた。というのも、初めての海外でそのうえ南仏はスリも多いと聞くし、私は警戒心でいっぱいだった。しかし、実際には飛行機の中から受講中、観光中も気さくで親切な人ばかりで何も問題はなく、逆に沢山助けて頂き本当に感謝している。
研修を終えて
ほぼ2週間フランスに滞在したことになるが、この2週間は夢のような素晴らしい経験になった。レッスン、友人との会話、コンサート、観光等、毎日色々なところで新しい発見があり、それらはとても刺激的で、終わってしまうのが寂しいくらいだった。作曲理論の面白さや必要性、音楽そのものの素晴らしさも再確認出来、ここには書ききれない程、多くのものを得ることが出来た。それは、私が音楽を続けていくことへの自信へと繋がったように思う。この滞在を通して、これからは音楽に対してもっと前向きに、真摯な態度で向き合っていこうと心に決めた。
最後に
今回、このような貴重な機会を与えて下さった大学関係者の皆様、学生支援課の皆様、いつも熱心にご指導して下さる先生方、支えてくれた家族、友人たちに心から感謝申し上げます。本当に有難うございました。